地域の魅力を世界に発信! 生徒の本気を引き出すプロジェクト型学習(PBL)の実践
最終更新日:2025年12月16日
近年、生徒が自ら課題を見つけ、解決する力を育む「プロジェクト型学習(PBL)」を英語授業に取り入れる学校が増えています。しかし、授業内でどのように実践すればよいか悩む先生も少なくありません。
大阪府立久米田高等学校英語科の重野金美先生は、中学校勤務時代に、地域の抱える課題を解決するために、生徒たちが地域の魅力を英語で発信するプロジェクトに取り組みました。生徒が町の人々と出会い関わりながら英語を使って発信活動を行う中で、学習意欲や地域への関心が高まるなどの変化が見られたといいます。
今回は、重野先生に中学校で実践していたPBLの具体的な内容や生徒の変化、授業に取り入れる際のポイントについて伺いました。
生徒が「本気」になれる場面をつくりたい
――先生が育てたい生徒像や、授業で大切にしていることを教えてください。
(重野)生徒たちには、何かに夢中になれる人になってほしいと思っています。僕自身、小中高とハンドボールに打ち込んできた経験があり、振り返ると、夢中になっているときが一番成長できていたと感じています。特別に力を伸ばそうと意識していたわけでなく、没頭して取り組んだ結果、気づけばいろいろな力が身に付いていました。
学校教育においても同様で、夢中になった経験を持つ生徒は大きく成長すると考えています。だからこそ、授業でも生徒が本気になれる場面をつくることを大切にしています。その方法として取り組んできたのが、プロジェクト型学習(PBL)です。
PBLにはさまざまな形がありますが、僕が大事にしているのは、実社会とつながるプロジェクトです。「自分のやっていることが地域に役立つ」「大人に必要とされている」「町を変えられるかもしれない」と感じた瞬間に、生徒は本気になり、目の色が変わります。そのきっかけになるのが人との出会いです。生徒たちが地域の人々と出会い関わる機会を意識的につくるようにしました。
――中学校では、具体的にどのようなPBLに取り組んでいたのでしょうか。
(重野)中学1年生の授業で、「MEGAプロジェクト」という取り組みを行いました。MEGAは「MISAKI English Global Appeal」の頭文字で、岬町の抱える過疎問題を解決するために、岬町の魅力を世界に発信し、外国人観光客を呼び込むことを目的にしたプロジェクトです。生徒たちが地域の魅力を紹介するポスターを英語で制作し、岬町行政の公式SNSで公開することをゴールに設定しました。
ポスターの中で町の魅力を伝えるため、地域で活躍している方を学校に招き、話を聞く時間をつくりました。カフェ店主・エステティシャン・漁師・ブルーベリー農家・観光協会役員・岬町PR大使など、さまざまな職種の方に来ていただき生徒たちがインタビューしたんです。インタビューの際には、職業の内容に止まらず地域の方々の人生で大切にしていることや岬町に対する熱い想いにも生徒たちは触れることができました。
生徒たちは「英語力を高めて外国人に分かりやすい内容にしたい」「絵を多く入れていろいろな人に町の魅力を伝えたい」と、制作に意欲を見せてくれていました。

<MEGAプロジェクトのイメージ>
教科書の学びを生かしながら、地域の課題を解決するPBLを実践
――PBLは、普段の授業とは別に特別な時間を設けて実施していたのでしょうか。
(重野)正規の授業の中で行いました。特別な枠を設けたわけではありません。教科書で学ぶ内容と関連づけながら、地域や行政、他教科と連携する時間もつくりました。
たとえば、地域の方にインタビューする際は、ちょうど国語科でインタビューを扱う単元があったので、国語の授業の中で6時間ほど時間を確保してもらい準備しました。英語の基礎はしっかり学びつつ、アウトプットの場としてポスター制作に取り組んだというイメージです。
また、日々の授業の中で「なぜ今その英語を学んでいるのか」を意識させることも大切です。たとえば、代名詞や時間場所の表現、三人称単数の“s,es”などの文法や表現を学ぶときにも、「この文法や表現を使えば、インタビューした人のどんなことを紹介できる?」と発問をして生徒の意見を引き出しクラスで共有するなど、学ぶ目的を生徒たちと共有して学習を進めていました。

<プロジェクト全体の連携図>
―PBLを授業に取り入れる際のポイントを教えてください。
(重野)「MEGAプロジェクト」の際にまず取り組んだのは、僕自身が地域を知ることでした。岬町が発行している「まちづくり計画」を読み、町の課題や目指す姿を知るところから始めました。そこで、「この課題なら生徒たちが学校教育(今回は英語)での学びを生かして解決できるかもしれない」ということに気づいたんです。
これは、公立校だから成り立ったプロジェクトかもしれませんが、本質的には私立校でも同じだと思います。生徒が「自分の力で地域や社会の課題を解決できるかもしれない」と感じることができれば、本気になって取り組めるのではないでしょうか。
また、教員一人でやろうとしないことも大切です。僕も、最初は行政と連携するのは無理だろうと思っていました。しかし、たまたま同僚の先生に相談したところ、町役場の観光課に勤めている卒業生を紹介していただき、地域の事業者の方々との接点もすべて整えていただけたんです。
国語科との連携についても同様に、「インタビューをやりたい」と話している中で、「ちょうど教科書にインタビューを扱った領域があるから一緒にやろう」と学年の国語の先生に仰っていただきました。協力してくれる人がいれば、実現しやすくなると思います。

<左:岬町公式HPでの発信 右:実際のポスター成果物>
――習熟度に差があるクラスの場合は、どのように授業を進めたらよいでしょうか。
(重野)すべて一人で取り組ませるのではなく、協働しながら進めていくことですね。今回も、ポスター制作自体は個人で行いましたが、途中で中間発表をして班の仲間にポスターの試作品を見せてフィードバックをもらったり、別の教員からアドバイスをしてもらったりしました。
「全部一人でやりなさい」という形にすると、習熟度の差がそのまま結果に表れてしまいます。しかし、仲間や教員から支援を受けながら進められるようにすれば、その差を補えると思います。
生徒の学習動機や意識が大きく変化。枠を超えて広がる学びの可能性
――評価はどのように行ったのでしょうか。
(重野)英語学習においては、「書くこと」の領域に焦点を当て、ポスターづくりのために学んだ文法や表現の知識が実際のコミュニケーションの中で、適切に使えているかを評価しました。たとえば、地域の人の紹介文を書く前に、「ALTの先生に身近にいるステキな人の紹介文を書こう」というパフォーマンス課題を行い、その中で三人称単数の“s,es”などの知識・技能が適切に使われているかなどを確認します。評価のための課題やテストも、英語紹介ポスター作成というPBLのプロセスの一部として取り入れました。
また、主体性については、2学期間の振り返りを1枚にまとめる「一枚ポートフォリオ評価」を活用しました。生徒自身が各単元で「プロジェクトに向けて何を学んだか」「プロジェクトに向けて、足りていない力は何か」を振り返り、それに対し僕がフィードバックをするという流れです。すべての学習活動や評価、フィードバックが、最終的なポスター制作につながるようにしました。
――生徒さんにはどのような変化がありましたか。
(重野)まず、生徒自身の英語学習に対する意識や動機が変わりました。文法や表現を学ぶときも、「地域の人を紹介するため」「ポスターづくりで使うため」という目的を持って取り組めていたと思います。振り返りの中で「2学期の全部の授業が、このポスターに入り込んでいるなと感じました」と書いた生徒もいました。
もう一つは、地域への理解や関心が深まったことです。岬町は人口減少が進んでおり、地域とのつながりが薄くなっているという課題があります。今回のプロジェクトを通して、「自分が今まで知らないところまで岬町を深く知れた」「岬町を良くするために努力している姿がかっこいい」という発見をした生徒もいます。「岬町がもっと好きになりました」という声もありました。
さらに、「自分たちで岬町を良い方向に変えることができるかもしれない」と感じ、自己効力感が高まったことも、大きな変化の一つだと感じています。
――今後の展望を教えてください。
(重野)PBLが、学習動機にどれほどの効果を残し続けるのかを研究したいと考えています。これまでの研究では、実施直後の効果は報告されていますが、1年や2年たってもその効果が持続するかどうかは明らかになっていません。そこを確かめたいという思いがあります。
また、地域と連携したPBLを本校でも実践したいですね。さらに、多くの学校が枠を超えた学びを実現できるよう支援していきたいとも考えています。岬中学校でのプロジェクトは、英語科だけでは実現できませんでした。学年間の連携や国語科との協力、地域や行政とのつながりがあったからこそ実現できた学びです。
高校では、教科の専門性の高さや担当教員の多さなどにより、中学校よりも連携のハードルは高いかもしれません。しかし、総合的な探究の時間を活用するなど、やり方を工夫すれば可能だと考えています。
取り組みの内容を聞くと「大変そう」と感じられるかもしれませんが、さまざまな立場の方と連携し、負担を分散すれば実現できることを示していきたいと思います。
取材・編集:浜田結和/構成・記事作成:白根理恵



