「この海外研修で、英検の取得率はどれくらい上がったのですか?」
国際教育に携わると、まず問われるのは「数値で示せる成果」です。けれど、たった2週間でスコアが伸びるわけではないし、そこを求めてもいない。そう言い切る先生がいます。
奈良学園登美ヶ丘中学校・高等学校で、高校2年生全員参加のオーストラリア研修を率いる深石 芳弘先生のやり方は、何かを足すのではなく、あえて手放すこと。目標を立てず、仕掛けず、生徒に委ね、「機会」だけを用意します。育てたいのは語学力そのものだけではなく、機械では生み出せない、人と人が「通じ合う力」だからです。その確信の裏側には、ネイティブもいない時代に英語を学んだ、深石先生自身の原体験がありました。
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高校2年生全員が参加するオーストラリア研修
5月末から6月初旬にかけての約2週間を、オーストラリアのゴールドコーストで過ごすプログラム。1学年4クラスがそれぞれ4つの現地校に分かれ、午前中は少人数での英会話レッスン、午後はバディの授業に参加しながら交流を深めます。滞在はホームステイとし、人と人との「生身の接触」から生まれる学びを重視しています。コロナ禍による中止や希望者参加、一部参加を経て、2024年度、5年ぶりに全員参加での渡航が復活しました。
目標を立てない、という「引き算」の研修術
——海外研修では、成果を求めるあまり、つい現地の活動や事前・事後の仕掛けを「足して」いきたくなります。でも先生は、逆だそうですね。
(深石)仕掛けません。中学1年生の頃から、行事後に書かせた作文を冊子にまとめたり、プレゼンテーションに落とし込んだり、アウトプットの場はずっと用意しています。しかし、とくに海外研修では、こちらが意図した内容へ誘導するような仕掛けはしないのです。「自分たちで何か種を拾ってこい」とすら言葉にせず、送り出します。私たちが用意するのは、あくまでも「機会」だけ。高校1年生対象のターム留学も、中学3年生・高校1年生対象のシンガポール研修も、この私のスタンスは同じです。
仕掛けないので、生徒から出てくるものは本当にバラバラです。それでいて、ただ「面白かった」では終わらない。「ホストファミリーとこんなことがあって、心を打たれた」といった話が次々に出てくるのです。こちらが何も仕向けていないのに、想像以上のものを持ち帰ってきます。
——全員で海外へ、という形は多くの学校では難しいかもしれません。ただ、「足すのではなく、目標を立てず・仕掛けず・機会だけ用意して委ねる」という構えは、規模に関わらず取り入れられそうに感じます。
(深石)そうかもしれません。こちらが「こういう成果を出させよう」と手を加えて、その通りに仕上げさせることはしません。機会さえ用意すれば、あとは生徒がそれぞれ何かを掴んで帰ってくる。こちらの理想を押し付けるより、そのほうがよほど豊かなものが返ってくるのです。

なぜ、目標を「立てない」のか ——2週間で、数字は出ない
——これだけの研修なら、英検やTOEICのスコアといった成果を期待されることも多いと思います。
(深石)こうやって取材をしていただくと、必ず出てくるのが「成果は何ですか」という問いです。確かに、「スコアがこれだけ上がった」と数字で出せればキャッチーでしょう。けれど、正直に申し上げると、お話しできるほどの数字はありません。たった2週間で英語力が測れるほど伸びるわけではないし、そもそもそこを求めていない。数字はキャッチーですが、教育はそんな薄っぺらいものではないのではないか、と思うのです。「この2週間でこれを得させよう」と看板を掲げるほうが、むしろナンセンスだと感じています。
——目標に届かなければ「失敗」になってしまう、と。
(深石)そうなのです。到達できなければ失敗なのか、という話になる。けれど、教育はそんな単純なものではありません。そもそも数字で示せないことのほうが大きい。一人ひとり、得意なことも感じ方も違うのに、そこに一本の線を引くのは、どうも違う気がします。現地で得られるものが、すべて。だから、機会を用意することがすべてだと思っています。
では、何のために行くのか
——数字で測れないとしたら、この研修で本当に育てたいものは何でしょうか。
(深石)生徒が生きるこれからの30年は、私たちの世代が歩いてきた30年とはまるで違うはずです。国境や国籍の持つ意味も、大きく変わっていく。そんな時代に、国と国の、人と人との壁を、軽々と越えていける人であってほしい。語学そのものは、機械を使えば乗り越えられるかもしれません。けれど、人と人の温度のある関係は、機械ではなかなか生み出せない。私が手渡したいのは、いわゆる非認知能力。つまり、人と人が心を通わせる「通じ合う力」のほうなのです。
——すぐに測れる成果ではない、と。
(深石)ええ。私は高校で数学も理科も学習しましたが、たとえば微分積分をその後の実生活では一度も使ったことがありません。それでも、いろいろな角度から「考える頭」を持てたことは、確かに残っている。研修も同じです。2週間で感じたものが心のどこかに植わって、いつか次の一歩の踏み台になる。その道に進む生徒もいれば、まったく別の場面でふと効いてくる生徒もいる。そうであってほしい、と願っています。
生身でしか起きないこと
——その「通じ合う力」は、なぜオンラインではなく、わざわざ現地の「生身」でなければならないのでしょうか。
(深石)オンラインは便利ですが、どうしても「言語」に偏ってしまう。画面越しでは、その人の本当の「ぬくもり」や「熱量」までは伝わってこないのです。けれど、生身で同じ空間を過ごせば、オンラインでは決して生まれないコミュニケーションが起きる。英語に強い苦手意識のある生徒でも、です。

——そう確信した、きっかけがあったのでしょうか。
(深石)ずいぶん昔のことですが、英語もコミュニケーションも苦手な男子生徒がいました。当時は生徒1人1家庭のホームステイで、「ホストファミリーの迎えが来たら、コーディネーターに『帰ります』と伝えてから帰る」という決まりでした。けれどその生徒は、迎えに来たホストファミリーに「コーディネーターさんに声をかけてから帰りたい」のひと言が言えなかったのでしょう。そのまま黙って帰ってしまい、名簿に印がつきません。電話もつながらず、大慌てでお宅へ向かいました。すると、普段はほとんど話さないその生徒が、2歳ほどのホストファミリーの子を抱っこして「こんにちは」と出てきたのです。
ああ、これか、と。コミュニケーションとは、こういうことか、と思いました。英語の教員として、言葉は大切にしたい。けれど、現地に来たからこそ言葉のいらない交流はたくさんあるし、そこにこそ学べるものがある。そう気づいた、最初の出来事でした。
——一方で、彼のように何かを掴める生徒ばかりではないと思います。2週間で、何も得られなかったように見える生徒もいるのではないでしょうか。
(深石)それで、いいと思っています。殻を破れずに、「自分は何も得られなかったかもしれない」という葛藤を抱えて帰ってくる生徒もいる。けれど、それでいい。その生徒は「破れなかった自分」を、ちゃんと持って帰っているのですから。
同じように2週間どっぷりとホームステイする機会なんて、その後そうそうありません。だからこそ、何かのたびに、その経験を物差しにして次を考えられる。うまくいった生徒だけが得をして、そうでない生徒は無駄だった。そんなことは、決してないのです。
「生身の凄み」を知る者として
——先生がそこまで「生身」を信じられるのは、ご自身の経験があるからだと伺いました。
(深石)私たちの時代は、学校にALTもいませんでした。ネイティブが1人そこにいるのと、いないのとの「差」を、私たちの世代は身をもって知っているのです。カセットテープやラジオで音は聞けても、生身の人が1人いるだけで生まれる「何か」がある。その凄みを知っている。だから、生身にこだわりたいのです。
——その実感が、生徒に「委ねる」姿勢にもつながっているのですね。
(深石)そうなのです。留学経験もない私には、何をすれば何を得られるのかが、正直わかりません。だから、仕掛け方もわからない。ネイティブもいない環境で英語を学んできた私が、今の生徒たちに偉そうに何かを仕掛けたところで、かえって陳腐なものになりはしないか。それなら、生徒一人ひとりが本来持っている力に賭けてみるほうがよいのではないか。もちろん、実務としての安全管理や見守りは、教員がしっかりと現地に同行して対応します。けれど、精神的には「行ってこい!」という気持ちですね。

全員に、最初の一粒を
——現地で生徒に「見つけてほしい」もの。それを全員に、学校が用意することの意味は何でしょうか。
(深石)生徒に繰り返し伝えるのは「比べない」ということです。70家庭あれば、70通りの暮らしがある。夕食の後、家族みんなでリビングに集まり、ポテトチップスをつまみながら映画を見て、ボードゲームで盛り上がる家庭もあれば、ひとつの食卓に集まらず、ソファで思い思いに食べている家庭もある。どちらが良い悪いではありません。ありのままを受け止めて、そこで何を感じるか。結局は「自分次第」で、「何か得て帰ってやろう」という受け皿があるかどうかなのです。
そして、こうした機会は、生徒本人に意識がなければ一生訪れないかもしれない。だからこそ、全員に手渡したい。意識があってもなくても、半ば強制的にでも、海外へ目を向けさせることができる。それが、学校で全員を行かせる意味だと思っています。
——5年ぶりの全員参加での再開でした。受け入れ先の手配も、簡単ではなかったのではないでしょうか。
(深石)本当に大変でした。5年も空くと、ホストファミリーの登録がほぼ総入れ替えになっていて。現地のご家庭も、手配してくださるエージェントも、一から集め直すのに相当な苦労をしてくださった。現在も数が十分とは言えず、本来は1人1家庭で過ごさせたいのですが、現実にはほぼ全員が2人1家庭です。それでも、いえ、だからこそ、この機会を絶やしたくない。現地で大変な思いをして支えてくださる方々がいて、ようやく成り立っている研修なのです。
——最後に、今の課題と今後の展望を伺えますか。
(深石)今悩んでいるのは、全員参加だからこそ生まれる難しさを、どう解消するかです。もっと深く踏み込みたいと感じた生徒に、希望者対象のターム留学やシンガポール研修だけでなく、全員参加のプログラムの中で、少し発展的な別メニューを用意できないか。ただ、現実的な費用や運営の壁がついてまわります。それに、大学入試は総合型選抜の時代で、「せっかくの機会だから入試にも活かしては」という声も感じます。けれど、それをやろうとすると「成果物」が必要になる。それは、私がやろうとしてきたことと少し違うのです。
最大公約数的な方針を取るのが正解なのか。あるいは、その求め方も含めて、正直まだわかりません。それでも、生徒が本来持っている力を信じて、この「種」を手渡し続けたい。きっと、彼らの今後の人生のどこかで芽を出すはずだと信じて、私はこれからも生徒を送り出していきます。
取材・構成・編集:小林 慧子/記事作成:早田 愛
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