音読を自主練する仕掛け「音読リレー選手権」——生徒が自走し、発音能力を手に入れる授業デザインの極意
最終更新日:2026年7月24日
英語の授業において「音読」が重要であることは、多くの教員が共通して抱く認識ではないでしょうか。しかし現場では、「宿題に出しても生徒が家でやってこない」「授業内でただ読ませるだけでは飽きてしまう」「一人ひとりの発音指導まで手が回らない」といった悩みが尽きません。埼玉県立坂戸高等学校で教壇に立つ小林優介先生も、限られた授業時間の中でいかにアウトプットを最大化し、生徒の力を伸ばすかに向き合い続けてきた一人です。
同校は普通科と外国語科を併設する進学校です。小林先生は自身の専門である「英語音声学」の知見を現場に落とし込み、生徒が自発的に音読の自主練に取り組み、発音まで改善していく独自の取り組み「音読リレー選手権」を実践されています。毎年必ず新しいチャレンジを授業に取り入れ、地道な試行錯誤を厭わない小林先生。今回は、理論と実践が入り混じるリアルな授業デザインの裏側と、生徒との確かなラポール(信頼関係)を築くための葛藤についてお話を伺いました。
音読リレー選手権とは——チームで挑む発音向上プログラム
――先生が授業で実践されている「音読リレー選手権」とは、具体的にどのような活動なのでしょうか。
(小林)名前の通り、音読をリレー形式で行うクラス内の列対抗戦です。例えば40人クラスの場合、1列6〜7人のチームになります。生徒のモチベーションを高めるため、あらかじめ対戦日を予告したうえで、大きく分けて「事前準備」「本番」「評価」の3ステップで進めていきます。

▲音読リレー選手権の3ステップ概要図(取材内容をもとに編集部作成)
【ステップ1:事前準備(チーム編成と自主練)】
・パート分けと戦略会議: 教科書のひとつのレッスンをすべて学習し終えた後、本文を6〜7箇所に分け、チーム内で誰がどのパートを読むかを決めさせます。「英語が苦手な子は短いところ」「得意な子は長いところをノーミスで」など、チームごとの戦略が問われる場面です。
・自学自習による発音修正: デジタル教科書の音源を聞き、自分の声を録音して聞き比べながら、英語らしい響きになるよう各自で練習します。自己調整学習による本番準備です。
【ステップ2:本番の進行】
・公平な環境づくり: 本番中は教室内にBGMを流し、廊下で読んでいる他チームの音声が聞こえないようにします。また、待機中の音読練習は禁止とし、別の課題に取り組ませます。直前練習による不公平を防ぐためです。
・廊下でのリレー音読: 1チームずつ廊下に出てもらい、最初のパートの生徒から順番にリレー形式で音読をつないでいきます。
・教員によるチェックと振り返り: 教員は手元のワークシートで音声を聞きながら、誤りがある箇所に下線を引いてチェック。自分のチームの発表が終わったら、教員がミスを指摘したワークシートを受け取り、教室で自らの誤り数や誤り率などを振り返りシートに記入します。
【ステップ3:評価とフィードバック】
基本的には「誤りの数が最も少ないチームが優勝」です。ただ、単なる減点方式では意欲が下がりやすいため、独自の「特別賞(マイナス点=加点)」も設けています。特別賞を両方受賞できれば、チーム内でヒーローになれる仕組みです。
・ネイティブイングリッシュ賞(-5点): 音素が間違っていても、英語らしいリズムや響きで読めていた場合に付与します。
・パーフェクト賞(-5点): 音素に一つも誤りがなかった場合に付与する賞です。
・公平なスコア調整: 欠席者がいる場合は教員が代読し、最終的には人数に応じた倍率をかけて数値を調整します。例えば5人チームなら、5分の7倍に換算する形です。
授業の最後に結果発表を行い、見事優勝したチームはささやかなプレゼントで称えます。締めくくりとして振り返りシートを書き、できたこととできなかったことを言語化してもらいます。

▲記録・振り返りシートフォーマット(小林先生ご提供)
自走するためのゲーミフィケーション——「自己調整学習」と「エンゲージメント」の両輪
――この取り組みを通じて、生徒たちにどのような変化が見られましたか?
(小林)回数を重ねるごとに、自発的な学び合いが生まれます。優勝するにはチーム全体が上達しなければならないので、上手な生徒が苦手な生徒にアドバイスをしたり、お互いに聞き合って発音を修正したりする姿が見られるようになります。
また、「音読が全くできなくて困る」という生徒がいなくなるのも大きな変化です。自分の担当箇所を必死に練習するため、最初は読めなかった子もスラスラ読めるようになり、結果として発音が劇的に向上していきます。

▲記録・振り返りシートの集計結果例(小林先生ご提供)
――生徒がそこまで夢中になり、自走できるようになる仕掛けの根底には何があるのでしょうか。
(小林)私が重視しているのは、「自己調整学習」と「エンゲージメント」の両輪です。前提として、私は生徒に「発音記号は絶対に読めるようになりなさい」と徹底的に指導しています。発音記号が読めなければ、正しい音を確認できず、リスニングでもつまずいてしまうからです。発音記号を理解し、自分の音声を録音して聞き比べることで、生徒は自分で自分の発音を改善する「自己調整学習」ができるようになります。
しかし、方法を教えただけで全員が動くわけではありません。そこで、エンゲージメント(没頭・参加意欲)を高めるために「ゲーミフィケーション」の要素を取り入れました。チーム戦という勝ち負けの要素があり、「自分が頑張らないとチームに迷惑がかかる」という良い意味での同調圧力が働くため、英語が苦手な子も一生懸命練習してくるようになります。この両輪が回ることで、教員が無理に引っ張らなくても生徒が自走し始めるのです。

▲生徒の振り返りコメントより抜粋(小林先生ご提供の内容をもとに編集部作成)
「先生が見てくれている」と感じるフィードバック——ひたむきな労力が生む信頼関係
――年に5回、各定期考査の範囲内で1回ずつこの選手権を実施されているそうですが、先生ご自身の負担も相当なものではないでしょうか。
(小林)そうですね、正直言って一番大変なのは「振り返りシートへのコメント」です。生徒が書いた毎回の振り返りに対して、「次はこういうふうにやっていこう」と一人ひとりに丁寧なコメントを書いて返却しています。これは残念ながら、現状のAIには任せられない部分だと思っています。生徒の実際の音声を直接聞き、その子の性格や学習の実態を踏まえて、「ここが足りないからこうしよう」と指導できるのは、現場の教員にしかできないことだからです。
――なぜそこまで手間のかかるフィードバックにこだわるのでしょうか。
(小林)生徒が自走するうえで一番大切なのは、「先生が自分のことをちゃんと見てくれている」という実感を持たせることだと思うからです。もし自分が生徒だったとして、一生懸命振り返りを書いても先生が何も反応してくれなかったら、「どうでもいいや」と投げやりになってしまいますよね。
教育における「バックワードデザイン(逆向き設計)」に基づき、到達すべき学習目標(ルーブリックなど)をトップダウンで提示することは重要です。しかし同時に、生徒一人ひとりのモチベーションや能力には差があるため、それに寄り添い、背中を押してあげるボトムアップの働きかけが絶対に必要です。時間外に紙面を通じて丁寧にやり取りをすることが、生徒のエンゲージメントを引き上げるための「必要経費」だと考えています。楽なところに正解はありません。
先生自身が頑張ることが生徒がついてくるきっかけに——太い幹から生まれる多様な実践
――小林先生は別の選択授業で、「ALTなしで教員も生徒も英語のみを使用する完全オールイングリッシュ」の授業も実践されています。生徒が抵抗感を持つことはないのでしょうか。
(小林)当然、最初は「なんで日本人の先生と生徒だけで、英語しか話しちゃいけないの?」と戸惑いますし、スピーキングに躊躇する生徒も多くいます。そうした状況で生徒に力をつけさせるには、最終的に「この先生についていけば絶対に力がつく」と信じてもらうしかありません。だからこそ、教員自身が自身の英語力や授業力を高める努力を怠ってはいけないと思っています。先生自身が一生懸命に英語を話し、誰よりも努力して「あっという間に時間が経つ面白い授業」をしていなければ、生徒はついてきてくれません。
――先生は毎年必ず「新しいチャレンジ」を授業に取り入れていると伺いました。ゼロから新しいアイデアを生み出す秘訣は何ですか?
(小林)よく「ゼロから生み出すのは難しい」と言われますが、私の場合は日頃から英語教育の専門誌や書籍を読んだり、他の先生の実践を調べたりと、とにかくたくさんの情報をインプットしています。自分の中に「触媒」となる知識をたくさん持っておくことで、「これとこれを組み合わせたらどうだろう?」という新たな化学反応(セレンディピティ)が起きやすくなるのです。
ただし、ただ手当たり次第に手法を取り入れるのではありません。自分の中に「こういう生徒を育てたい」「授業でこういう力をつけさせたい」という太くて折れない幹のような教育観があることが前提です。その確固たる幹を軸として、根っこからさまざまな実践の養分を吸い上げることで、たくさんの枝葉を伸ばしながら少しずつ花を咲かせていきたいと思っています。
――最後に、日々の業務に追われながらも「授業を良くしたい」と奮闘している全国の先生方へメッセージをお願いします。
(小林)授業時間は限られており、教室の中だけで生徒の英語力を劇的に引き上げることは不可能です。だからこそ、授業内では「一人ではできないこと(仲間との活動など)」に特化し、音読の練習など「一人でできること」は授業外の課題として課すことで、授業内外にメリハリをつける。そして、生徒が自学自習できる「道筋」を授業の中で示してあげることが重要です。
新しいことに挑戦するのは労力が要りますが、教員自身が成長し続ける背中を見せることで、必ず生徒は応えてくれます。私の「音読リレー選手権」も、特別な設備がなくても明日から取り入れられる工夫の一つです。ご自身の太い幹となる教育観を大切にしながら、目の前の生徒のためにぜひ新たな一歩を踏み出してみてください。私もその一歩を、同じ現場に立つ者として踏み続けていきます。



