英語コミュニケーションの授業を「知識」から「思考」へ 授業用冊子と海外研修で深まる学び

最終更新日:2025年5月20日
新学習指導要領の実施に伴い、高校の英語教育は大きな転換期を迎えています。とくに「英語コミュニケーション」は、生徒のコミュニケーション能力の育成に重点を置いた科目として、多くの教員が指導方法に頭を悩ませているのではないでしょうか。今回、須磨学園高等学校・中学校(中高一貫コース)で教べんを執る山﨑 優美子先生に、実際の授業実践についてお話を伺いました。
生徒の「思考力」を育てる、実践的な英語コミュニケーション授業
―― まずはクラスの規模やレベルなどを教えてください。
(山﨑) 授業は1クラスあたり40人で行っています。本校は1学年を習熟度で2つのコースに分けていて、最難関大を目指すコースは高1の時点でほぼ全員が英検2級を取得しています。
―― 先生ご自身の英語コミュニケーションに対する考え方についてお聞かせいただけますか?
(山﨑) 正直なところ、現状ではまだ理想とする形にはいたっていません。教科書の内容を理解した上で、それを自分なりにどう思うか、どのような意見を持つか、というところまで落とし込めていないのが現状です。本来は、生徒たちが情報を共有し、意見を交換し合うような、活発なコミュニケーションの場を作りたいと考えています。
―― 新学習指導要領の目指すところは、まさにそういった「主体的な学び」の場ですよね。山﨑先生は、そのための土台作りとして、まず内容理解に重点を置かれているのですね。
(山﨑) そうですね。内容理解があってこそ、自分の意見を持つことができますから。もちろん、ただ内容を理解するだけでなく、少しずつでも、生徒たちが自分の考えを表現する機会を設けています。授業中に数分間ですが、生徒同士で話し合う時間を取ったりもしています。英語だと難しいので、まずは日本語でもいいから、自分の意見を持つことを意識させています。
―― 貴校は総じて習熟度の高い生徒が多いのではないかと思いますが、その中でも習熟度の差は生じてくると思います。授業における習熟度のギャップはどのようにフォローしているのですか?
(山﨑) 本校では「講座」と呼ばれる課外授業を行っています。指名・希望制で受講するのですが、習熟度のフォローだけでなく、さらに学習を深めたい生徒向けの講座も開いています。
―― 生徒一人ひとりの状況に合わせてスキルを伸ばせるということですね。
生徒一人ひとりの理解度に寄り添う「授業用冊子」を作成
―― 山﨑先生の授業で特徴的なのは、生徒一人ひとりに合わせた「授業用冊子」を作成されていることだと伺いました。この冊子について詳しく教えていただけますか?
(山﨑) この冊子は各レッスンごとに作成していて、教科書の本文や注釈に加えて、私が独自に作成した補足資料などをまとめています。
―― 作成のきっかけは何だったのでしょうか?
(山﨑) 生徒が教科書やノートなど、多くの教材を持ち運ぶ負担を少しでも減らしたいと思ったのがきっかけです。辞書は紙の辞書を使うように指導しているので、どうしても荷物が多くなってしまうんです。また、ノートを忘れた、どこにしまったかわからない、といったトラブルも防ぎたいと考えていました。この冊子があれば、授業で必要な情報がすべて1つにまとまっているので、生徒も安心して授業に臨めますし、テスト前の学習にも役立ちます。
―― 生徒さんにとって、この冊子は「これさえあれば大丈夫」という安心材料になっているのですね。
(山﨑) そうですね、生徒からも好評です。以前は、テスト前に教科書、ノート、プリントなど、複数の教材を広げて勉強しなければならず、大変そうでした。この冊子のおかげで、学習スペースも節約できますし、精神的な負担も軽減されているようです。
―― 冊子の内容について、もう少し詳しく教えていただけますか?
(山﨑) 教科書の本文を左側のページに掲載し、右側のページには重要な構文や語句の解説、キーセンテンスなどをまとめています。全訳ではなく、生徒に理解してほしい部分に絞って解説を入れています。また、教科書の練習問題に加えて、私が作成した補助問題や、リスニングのスクリプトなども掲載しています。
―― すごいですね。これだけの内容をレッスンごとに作成されるのは、準備がかなり大変なのではないでしょうか?
(山﨑) 正直、準備は大変です(笑)。ちょこちょこ作業を進めてはいますが、1レッスンあたり、まとめると半日くらいはかかっていますね。まず素案を作るのに1時間ほど、その後、生徒の理解度を見ながらバージョンアップを加えているので、どうしても時間がかかってしまいます。
―― それだけ時間をかけて丁寧に作成されているからこそ、生徒さんの理解度も高まっているのですね。この冊子はすべてのコースで同じものを使われているのでしょうか?
(山﨑) はい、授業中のフォローはコースによって変えつつも、冊子自体は同じものを使っています。論理・表現の授業でも冊子を作って活用しています。
生徒の「思考の変換」を促す、工夫を凝らした授業展開
―― 山﨑先生は、授業の中で、生徒の「思考の変換」を促すために、どのような工夫を凝らしていらっしゃるのでしょうか?
(山﨑) まずは、授業の導入で、教科書のトピックに関連する短い動画を見せることがあります。YouTubeなどを活用して、5分程度の動画を選んでいます。視覚的に内容を理解することで、生徒の興味関心を高め、より深く内容を理解してもらうための導入としています。
―― なるほど。動画を使うことで、生徒の学習意欲を高める効果も期待できそうですね。
(山﨑) 授業中は、日本語での解説も取り入れています。英語で説明するよりも、生徒の理解が深まる場合もありますし、何より、生徒に「自分の意見」を考えさせるためには、日本語で思考を整理させる時間が必要だと考えています。
―― 英語の授業でありながら、日本語を効果的に使うことで、生徒の思考力を育成されているのですね。
(山﨑) そうですね。英語の授業だからといって、すべて英語で進める必要はないと考えています。生徒の理解度を最優先に考え、柔軟に指導方法を変えています。たとえば、教科書の本文を読み解く際にも、重要な構文や語句は日本語で解説し、生徒が内容を正確に理解できるようにしています。
―― 生徒同士で話し合う時間も設けていらっしゃるとのことですが、具体的にはどのような活動を行っているのでしょうか?
(山﨑) 教科書の本文を読んだ後には、内容についてペアやグループで話し合う時間を設けています。もちろん、時間がある時に限られますが、生徒同士で意見交換をすることで、多角的な視点が得られますし、自分の考えを整理する良い機会にもなります。
教科書の内容を「現実世界」と接続させる試み
―― 山﨑先生の学校では、海外研修が盛んだと伺いました。授業内容と海外研修をリンクさせることで、生徒の学びをより深めているそうですね。
(山﨑) はい。教科書で学んだ内容が、実際に海外で体験することで、より鮮明に記憶に残りますし、生徒の学習意欲向上にもつながると考えています。たとえば、今年の教科書で「ナチスによるユダヤ人迫害」を扱ったのですが、ちょうど研修旅行ではドイツの強制収容所を訪れる予定でした。そこで、授業でもその内容に触れ、「コンセントレーションキャンプ」といったキーワードを事前に学習させました。
―― それは貴重な経験ですね。教科書の内容が、現実世界と繋がったことで、生徒さんの理解度も深まったのではないでしょうか。
(山﨑) そうですね。単語を覚えるだけでなく、それがどのような文脈で使われるか、どのような歴史的背景があるのかを理解することで、より深く記憶に定着します。海外研修の事前学習として、訪問先の歴史や文化を学ぶだけでなく、教科書で扱っている内容と関連付けることで、生徒の興味関心を高め、学習効果を高めるように工夫しています。
―― 具体的に、どのような国に研修旅行に行かれるのでしょうか?
(山﨑) 中高一貫の生徒は中2でアジア、中3でアメリカ東海岸と西海岸、そして高1ではヨーロッパ4カ国を訪れます。それぞれの国で、現地の生徒と交流する機会も設けているんですよ。また、希望者は夏もしくは春の長期休暇を利用して短期留学に行くことも可能です。
―― すごいですね!多様な文化に触れることで、生徒さんの視野も大きく広がりそうですね。
(山﨑) はい。ベトナムの生徒と交流した際には、彼らの高い英語力に刺激を受けて、「もっと頑張らなければ」という気持ちになった生徒もいました。アメリカやイギリスでは、本場の英語に触れられますし、ヨーロッパでは、英語を外国語として学ぶ生徒たちとの交流を通して、新たな発見があったようです。
(取材・編集:小林慧子/構成・記事作成:吉澤瑠美)