英語は「折り合い」を学ぶ場——テストをしない評価と協同学習の仕組み
最終更新日:2025年11月25日
文部科学省の方針が「点数やスコア」から「人間性を深め、アウトプットする力」へとシフトする中で、関心はあっても、具体的な実践のイメージが持てず導入に踏み切れない先生は多いのではないでしょうか。スコアでは測れない「真の学力」を育むため、自由の森学園中学校・高等学校の英語科では、協同学習と本質的評価を核とした独自の英語教育を実践しています。本稿では、その評価運用と授業の設計や成果について、玉木志乃先生にお話を伺いました。
テストなしでどう評価する?~自己評価と文章コメント~

▲評価表の例(玉木先生ご提供)
――自由の森学園が考える「真の学力」とは具体的にどのような力ですか?
(玉木)暗記してアウトプットするのではなく、物事を深く考え、それを自分の言葉で表現できる力です。例えば、社会事象について「何が起きたか」をただ覚えるのではなく、「なぜそうなったのか」を深く思考し、アウトプットできる能力を重視しています。
――定期テストがないそうですね。生徒の学びはどのように評価されるのですか?
(玉木)評価の軸は、普段の授業と作品づくりです。生徒はまず自己評価表を通じて自身の学びや感想、不足している点などを記述し、これに教員が文章でコメントを返します。スピーチ原稿やポスターなどの「作品」の出来栄えや取り組み方、自己評価表の内容を通じて、生徒が授業で何を考え、何を学んだかを総合的に評価します。公式な5段階評価も行いますが、生徒に直接開示されるのは教員による詳細な文章コメントです。
――個別の文章コメントは教員の負担が大きいように感じます。どのように運用を支えているのですか?
(玉木)細かい校則がないため、髪型や服装などの外面的な指導に時間を取られず、生徒の内面に深く向き合う時間を確保できています。
年に2回ある「評価表を書く期間」に限らず日常的にその生徒を見ていることも、負担を軽減しているのかもしれません。学校自体にゆとりがあり、1時間ある昼休みに食事をしながらなど、授業外でもさまざまな生徒と話す時間を持っています。授業も対話型なので、教科を通して生徒の考えを知る時間もありますし、担任からも各生徒の状況を随時聞いています。
「つまらない」を解決!~協同学習導入の経緯と進化~
――なぜ協同学習を導入しようと考えたのですか?
(玉木)テストや厳しい校則がない自由な学校環境では、「テストに出るから勉強しよう」という指導が通用せず、授業の成立が難しい場面がありました。その課題を解決するために、十数年前に私の担当クラスで「協同学習」を導入してみたのです。所属している新英語教育研究会全国大会の「仲間と学ぶ協同学習」分科会に参加して、やってみようと思ったのがきっかけでした。
授業や英語を「つまらない」と感じるときは、「わからない」とセットだと思うのです。協同学習で、小グループでわからないところを互いに質問し合い、訳したり作文したりしながら、生徒同士で助け合って課題を進めることで理解を深めていこうと考えました。
――協同学習を導入したことで、生徒や授業にどのような変化がありましたか?
(玉木)当初は生徒からの反発もありましたが、少人数のグループだと「ここがわからないから教えて」と質問しやすくなり、クラスメイト同士で声をかけ合うなど、授業の形ができていきました。
現在は、単に訳すだけでなく「この英文は何を言いたいのか」「作者の意図は何か」といった深い内容やそれについての意見まで話し合うようになり、学びが深まる生徒が増えました。英語が苦手でも、その内容に詳しい生徒の知識が加わることで、議論がより深まることもあります。キング牧師の黒人差別問題など、訳せても理解はできていないままになりがちな難しいテーマでも、通りすぎるのではなく深く考えられるようになったメリットを感じています。
4人グループの作り方と運営のコツ

▲グループワークの様子(玉木先生ご提供)
――グループ編成はどのように行っていますか? メンバー全員が読解が苦手なグループでも成立しますか?
(玉木)基本は4人グループで、習熟度は考慮せずに混ぜこぜで編成します。どのような編成になっても問題ないと考えているからです。そもそも「得意な人が教える」構造では、ヒエラルキー(階層)が生じてしまいます。佐藤学氏の「学びの共同体」を参考に、「わからない人が聞く、聞かれたら教える」という主体的な姿勢を促すことで、それを防ぐのです。グループ内で頑張っても解決できない場合でも、その後に設けている全体共有の場で解決できますし、教員がヒントを出すこともあります。グループは適宜変更し、流動的に運用しています。
――「得意な生徒」にとっては学習が物足りなくなるという懸念はありませんか?
(玉木)「得意な生徒は暇なのでは」という声も聞かれますが、そういった生徒にとっても深い学びの機会です。実際に昨年あった出来事ですが、英語が得意な生徒が、他の生徒への説明中に、自分の理解が合っているか、が不安になり再学習・確認に来たことがありました。協同学習は、苦手な生徒だけでなく得意な生徒の思考力や表現力も伸ばす仕組みであり、決して「苦手な生徒のためだけ」ではありません。
――先生の学校は、高入生や不登校経験のある生徒など、多様な生徒がおられると聞いています。どのような配慮を行っていますか?
(玉木)中学段階から協同学習に慣れている内部進学の生徒とは異なり、高校から入学する生徒にはスモールステップで慣れるための工夫をしています。例えば、高1の段階では全員の前でのプレゼンテーションは行いません。ペアや4人グループ内で作った作品を見せ合ったり英文を読み合ったりすることから始めます。
――協同学習の狙いは「英語力」以外にもあるのでしょうか?
(玉木)外国語学習の目標は「異質な他者とどう折り合いをつけて協同していくか」を学ぶことでもあると考えています。クラスという30人ほどの小さな空間で、異なる感性を持つ人々と協調する力を身につけ、将来より広い世界で活躍できる力を育てることです。 英語力に加え、他者理解や自己表現の力を養うことも大きな目標です。グループ編成によってうまく一緒に取り組めないときも当然あるのですが、それも含めてあえてこの学習形式にしています。
生徒を「自分ごと化」させる発問術
――「伝わる英語で自分の意見を言う」力を育むために、カリキュラムはどのように設計されていますか?
(玉木)教科書をベースにしつつ教員が独自に編成したテキストで、英文読解・グループでの考察・アウトプットを行います。トピックを重視し、最終的にどのようなまとめの課題を提出させるかという「テストではない出口」をあらかじめ決め、そこから逆算してカリキュラムを組み立てています。教科書を全て終えることを目的にしないため、高1では年間で4~6つ程度のトピックを、それぞれ約2か月かけてゆったりとしたスパンで進めます。
――生徒が深く思考し、「自分ごと化」するための発問はどのように作られていますか?
(玉木)ワークシートを作成し、学年ごとに思考を深める問いかけを工夫しています。高1では、例えば「50万人が飢餓で亡くなった」という数字について、生徒たちに自分なりの方法で実感できるよう説明させます。東京ドームの収容人数(約5万人)から「何個分に相当するか」を計算したり、身近な区の人口と比較したりする生徒もいます。また、“We Are The World”の背景を読んで「あなたなら参加しますか。別のことをしますか」と問うなど、生徒が自分ごととして捉え、実感を持って考えられるような発問を重視しています。これらの発問は、学年ごとの教員ミーティングで議論し、協力して作成しています。

▲ワークシートの例(玉木先生ご提供)
――文法指導はどの程度行っていますか?
(玉木)必修授業では、英文読解に必要な最低限の説明に留めています。文法をより深く学びたい生徒のためには、選択授業も設けています。
協同学習の課題を乗り越える~発音・表現力向上へ~
――現時点で感じている課題や、今後の展望について教えてください。
(玉木)生徒が意見を構築できるようになった一方で、それを「英語としてきちんと表現し、プレゼンテーションする」能力にはまだ課題を感じています。4人グループは助け合える反面、表現がつたなくても伝わったり、周囲の生徒が一緒に読んでフォローしてくれたりするため、不完全なままでも済んでしまうことがあるのす。特に発音や、自分の言葉で伝わるように話す力、そして英語力(語彙や文法)のさらなる向上を目指しています。
――プレゼンテーションの質を向上させるために、どのような取り組みを考えていますか?
(玉木)今後、生徒が声に出して英語を話す時間を増やすことを検討しています。英語学習には「筋トレ」のような側面もあり、地道な練習も必要です。時間との兼ね合いでなかなか難しいですが、教員間で知恵を出し合い、改善策を模索したいと考えています。最終的な目標は、たとえつたなくても、自分の意見や思っていることを伝わる英語で表現できるようになることです。
(取材・編集:小林慧子/構成・記事作成:松本亜紀)



