教員として数年のキャリアを積んだあと、「まだこんなに迷っていてよいのだろうか」と自問したことのある先生は少なくないのではないでしょうか。学んだ理論と目の前の生徒との間で葛藤し、一授業ごとに反省を重ねる。そんな誠実な問いを抱えながら、それでも教壇に立ち続ける先生たちがいます。彼らの言葉は、今まさに迷いの中にいる先生方にとって、「自分だけではない」という支えになるでしょう。この記事では、教員8年目の現在も「10年でようやくスタートライン」と語る、成蹊中学・高等学校の小宮山紗智先生に、改めてお話を伺いました。
英語が「記号」にしか見えなかった私が、英語に「よりどころ」を見つけるまで
——前回のインタビューから2年が経ちました。今の率直な状況を教えてください。
(小宮山)前回は6年目でしたが、もう8年目になりました。とはいえ、個人的には10年やってようやくスタートラインかな、という感じです。1年生から担当してきたクラスが3年生になり、3年間を共にできたのは嬉しいです。ただ授業については、相変わらず毎回反省ばかりで。「もっとこう準備できたな」「あの発問は変えたほうがよかった」——そういった積み重ねが続いています。

——英語の先生を目指したきっかけを教えてください。
(小宮山)高校のころ、英語は本当に苦手で記号にしか見えなかったのですが、予備校の先生との出会いで変わりました。その先生の説明は非常にロジカルで、「英語をただ日本語訳にする」のではなく、背景知識も含めて英文を読む楽しさを教えてくれたのです。夏休みに必死で取り組んでみたら、少しずつわかるようになってきて。「こういうふうに教えれば、苦手な人でも変われるんだ」と思い、英語の先生を目指しました。
——教員になってから、授業づくりの土台となるものと出会ったと伺っています。
(小宮山)語研(語学研究所)のことですね。語研は日本で一番歴史の長い外国語教育研究団体で、「英語を英語で教えること」をずっと研究してきた団体です。私は大学院の2年目から所属しているのですが、英語そのものの楽しさだけでなく、英語の授業法や英語教育そのものの楽しさを学びました。「語研にお世話になっていなければ今の自分はない」と思っているくらい、現在の授業づくりの根幹になっています。迷ったときに「ここに帰ればいい」という場所ができた感覚が、本当に大きかったです。
——語研での学びが、実際の授業でどう形になっているのか、具体的に教えてください。
(小宮山)語研で学んだ「オーラル・イントロダクション」という手法が、今の授業の軸になっています。名前だけ聞くと「授業前にトピックをざっと紹介する」程度のものだと思われがちなのですが、実際は違います。教科書を開く前に、語彙・文法文型・背景知識など教材内容を、英語で丁寧に導入するのです。そうすることで、教科書を開いた瞬間に「あ、読める」という状態を作るのが目的です。いわゆる「足場かけ」ですね。
単語を1つ導入するにも、日本語訳を即座に提示するのではなく、その言葉のイメージや使われる状況から入っていく。文法も、「be動詞とingで進行形だよ」とルールを上から教えるのではなく、実際にそういう状況の中で使いながら「ああ、こういうときはこう言えばいいんだ」と体験させていく。使いながら身につける、ということを徹底しています。
——それは、先生自身が「記号にしか見えなかった」経験と、つながっていますね。
(小宮山)そうなんです。昔の自分が「ここまで知っていたら、楽しかったのに」と感じていたことを、生徒に渡してあげたいのです。意味のわからない記号と向き合っていたあの辛さは、今でも覚えていて。だからこそ、「わかった」「読めた」という瞬間を、ちゃんと準備した状態で届けたい。それが、私の授業づくりの出発点です。

「先生、ずっと英語で話してますけど?」——理想と現実のあいだで
——語研で学んだことを携えて、最初は公立中学校に赴任されましたね。
(小宮山)はい、4年間勤めました。語研で学んだことを早く実践したくて、強い意欲を持って赴任しましたが、思ったようにはいきませんでした(苦笑)。英語で積極的に話しかけても、生徒の反応が薄くて。「先生、ずっと英語で話してますけど」という空気になってしまうこともあって。「あ、届いていないんだな」と気づかされる瞬間が、何度もありました。
——そういうとき、先生はどんな気持ちでしたか?
(小宮山)正直、かなり落ち込みました。語研で学んだことは正しいと信じていましたし、自分でも手応えを感じていたのに、それが目の前の生徒には届かない。「自分のやり方が間違っているのか」「この子たちには合っていないのか」と、ずっとぐるぐる考えていました。
——その「ぐるぐる」の中で、何かが変わったのですね。
(小宮山)「諦める」のではなく、「調整する」ことにしました。たとえば、オーラル・イントロダクションは内容を絞りました。「目の前の子の子たちには、この内容は多すぎるかな、5分が限界かな」と内容を吟味する。易しい英語で短く話す。日本語の使うタイミングや量を調節する。クラスの雰囲気や習熟度に合わせて、質問の難易度(Yes/Noか、オープンクエスチョンか)を変えるなど、常に目の前の生徒に合わせた授業設計を模索しています。その調整こそが一番大切な仕事だと思っています。「迷いながら直している」こと自体が、授業をつくっているということなのだと。
たった2文のために、ここまで調べる——「足場かけ」という仕事
——「足場を組む」とは、具体的にどういうことですか?
(小宮山)たとえば、中学1年生の教科書に「僕のお父さんはタクシードライバーです。彼はすべての道を知っています。」という英文があります。たった2文ですが、その2文のために、私はイギリスのタクシー運転手免許制度を調べました。日本のタクシーとはまったく違ってとても難しい制度です。コロナ禍で海外に行った経験も乏しく、想像しにくい面もあります。だから授業では、教科書を開く前に「イギリスのタクシー運転手になるのがどれだけ大変か」を英語でやり取りする。そこまで理解してから本文を読むと「お父さんは大変な仕事をしているんだ」という捉え方になる。何も知らないまま開くのとは、まるで違います。

——たった2文のために、そこまで! そのエネルギーはどこから来るのでしょうか?
(小宮山)知らない単語、知らない発音、知らない内容のまま英文を1人で読もうとするのは、本当に難しいです。よくわからない「記号」の羅列に見えてしまう。だからこそ、教科書を開く前に、その「わからない」をできるだけ埋めておいてあげたいのです。背景を持って読む生徒と、何も知らないまま読む生徒とでは、同じ2文でも受け取り方がまったく違ってきます。しかし、そこに還元できなければ教育である意味が薄れてしまうので、たった2文でも、その背景をちゃんと埋めてあげることが、自分の仕事だと思っています。
学んだことを、生徒に返すために——迷いながらも、前に進んでいきたい
——今後の目標を伺えますか。
(小宮山)30代のうちに、CELTAを取りたいと考えています。「Certificate in Teaching English to Speakers of Other Languages」という、国際的な英語教授の資格です。自分の英語力と指導力をもっと高めたくて。
——なぜCELTAを?
(小宮山)より具体的な指導を受けたり違う視点から学ぶことで、視野を広げたいです。発問の一つひとつ、授業の立ち回り方にもこだわっていきたくて。徹底したフィードバックを受けられる環境に身を置きたい。まだ全授業が反省点ばかりなので、もっと自分の授業を鍛えていきたいです。
——記事の冒頭で「10年やって、ようやくスタートライン」と話してくれましたが、それでもまだ、前を見ているのですね。
(小宮山)結局、そこに還元できなければ教育である意味が薄れてしまいます。自分が学んで、それが生徒に届かないなら意味がない。迷いながらでも、学び続けて、それを生徒に返していく——それが続く限りは、この仕事をやっていけると思っています。
取材・構成:小林 慧子/記事作成:黒田 昌代/編集:吉澤 瑠美





