「SLAを学んだ。CLILも試した。でも現場に持ち込んでみると、思うような手応えが得られない……」。そんな試行錯誤を経験したことのある英語教員は、決して少なくないはずです。南山高等学校・中学校女子部の池田達哉先生は、シドニー大学大学院でTESOLを修め、学んだ理論を「現場で生きる道具」として磨き続けてきた実践者です。池田先生が大切にしているのは、海外で確立された理論を、そのまま教室へ持ち込むことではありません。一つひとつの授業や活動に、「この時間で生徒にどんな力を身につけてほしいのか」というゴールを据え、その実現に最も適した理論を選び、目の前の生徒の実態や学習環境に合わせてモディファイ(修正・工夫)していく。その積み重ねによって、限られた授業時間の中でも、生徒が「できた」「分かった」と実感できる学びを生み出してきました。その授業設計の背景には、理論と現場の間で何度も試行錯誤を重ねながら、「どうすれば目の前の生徒が伸びるのか」を問い続けてきた池田先生の情熱がありました。
「海外の理論は、『そのまま』では使えない」──だからこそ、現場に合わせて生かしていく
—— 池田先生はTESOLを修められ、理論と実践の両方を深めてこられました。日々の授業づくりで、もっとも大切にされていることを教えてください。
(池田)私が大切にしているのは、「理論を学ぶこと」ではなく、「理論を目の前の生徒のためにどう生かすか」ということです。大学院では、第二言語習得理論をはじめ、さまざまな理論を体系的に学びました。帰国後は、「これを授業で生かしたい」という思いで教壇に立ちました。しかし、実際の教室には、授業時間の制約、生徒一人ひとりの理解度の違い、定期テストとの両立など、さまざまな条件があります。そうした現実の中では、学んだ理論をそのまま実践することが難しい場面も少なくありませんでした。
—— その試行錯誤の中で、どのようなことに気づかれたのでしょうか。
(池田)一番大きかったのは、「海外で生まれた理論は、その価値を理解した上で、日本の教育環境に合わせて生かしていく必要がある」ということです。海外の言語習得理論の多くは、英語を日常的に使う環境や、英語で英語を学ぶことを前提としています。一方、日本では英語は外国語として学ぶ教科であり、授業時間も限られています。そのため、理論をそのまま再現しようとしても、思うような成果につながらない場面があることを実感しました。だからといって、理論が役に立たないということではありません。むしろ大切なのは、理論を「そのまま再現する」ことではなく、「目の前の生徒にとって最も効果的な形で生かす」ことだと考えるようになりました。

—— 具体的に、「そのままでは難しかった」という経験はありましたか。
(池田)印象に残っているのは、オールイングリッシュで文法を指導しようとしたときです。もちろん、英語だけで授業を進めることが効果的な場面もあります。一方で、文法事項によっては、日本語で簡潔に説明した方が、生徒の理解が深まり、その後の英語での活動もより充実する場合があります。授業では、「この内容なら英語だけで十分伝えられる」「ここは日本語を使った方が、生徒が安心して学べる」。そうした判断を、一時間ごとに積み重ねてきました。理論を否定するのではなく、その本質を大切にしながら、日本の教育環境に合う形へ調整していく。そんな感覚です。
—— そうした経験を重ねる中で、先生の授業づくりの軸は、どのように変わっていったのでしょうか。
(池田)たどり着いたのは、「理論を守ること」が目的ではなく、「理論を生徒のために生かすこと」が目的だという考え方です。私はよく「モディファイ」という言葉を使います。ただ、それは理論を都合よく変えるという意味ではありません。理論が示している本質は大切にしながら、目の前の生徒や学校の教育環境に合わせて、最も効果的な形へ工夫していく。それが、私にとっての「モディファイ」です。もちろん、やみくもに変えればよいわけではありません。「何を大切にして変えるのか」「何は変えずに残すのか」。その基準がなければ、授業の軸はぶれてしまいます。だからこそ私は、「何を基準にモディファイするのか」という問いを、いつも大切にしています。そして、その問いの答えとしてたどり着いたのが、「評価から授業を設計する」という考え方でした。
「設計の起点は『評価』」──理論を、現場で生かすための逆算設計
—— 「何を基準にモディファイするのか」。その基準は何でしょうか。
(池田)今の私が大切にしている考え方の一つが、評価を授業設計の起点に考えることです。もちろん、私自身もまだ模索を続けている途中ですが、この考え方が授業づくりの軸になっています。ここで言う評価とは、テストの点数そのものではありません。「この授業を通して、生徒にどんな力を身につけてほしいのか」。そのゴールを明確にすることです。私は、授業を組み立てる前に、この問いに向き合うことが最も大切だと考えています。
—— 「評価を起点にする」とは、具体的にはどのようなことなのでしょうか。
(池田)実際には、一つのクラスでも、生徒の学力や理解度はさまざまです。そこで私は、「どの生徒に、どこまで力を伸ばしてほしいか」を最初に考えます。例えば、上位層には9割程度の到達を目指してほしい。多くの生徒には7割程度の理解を目標にしたい。英語が苦手な生徒には、まず5割でも「分かった」「できた」という成功体験を積み重ねてほしい。もちろん、これは点数だけを目標にしているわけではありません。それぞれの生徒が、今より一歩成長するための到達点を描いているのです。その目標に合わせて、授業で扱う内容、活動の組み立て、そして定期考査まで、一つの流れとして設計していきます。だから私にとって評価は、「授業の終わり」ではなく、「授業の始まり」にあります。

—— 評価を先に考えずに授業を進めると、どのようなことが起こるのでしょうか。
(池田)「授業はとりあえず進めておいて、テスト1週間前になってから、どんな問題を作ろうか考えよう」という状況になりがちです。もちろん、私自身も設問の表現や細かな内容は、生徒の理解の様子を見ながら直前まで見直すことが少なくありません。ただ、「どんな力を評価したいのか」「どのような形式で評価するのか」という大きな方向性は、授業を始める前から持っておきたいと思っています。そうすることで、授業で積み重ねてきた学びと評価が一本の線でつながり、生徒にとっても学ぶ目的が見えやすくなると考えています。
—— 「評価」と「理論」は、どのようにつながるのでしょうか。
(池田)私は、評価もまた「理論」の上に成り立っていると考えています。例えば、読む・聞く・話す・書くという四技能を、どのような課題で、どのような基準によって評価するのか。そこには、第二言語習得研究や教育評価の分野で積み重ねられてきた知見があります。もちろん、教師の経験や感覚も大切ですが、それに理論という土台が加わることで、「どの力を、どのように評価するのか」という視点に深みが生まれます。語彙指導や文法指導、動機づけだけが理論ではありません。「何を、どのように評価するか」も、理論に支えられた専門的な営みです。だから私は、理論を土台に評価を設計し、その評価から授業を逆算していく。この順序を、大切にしていきたいと思っています。
「理論を『5分・10分のスパイス』に」──英語嫌いも動く、仕掛けづくり
—— 実際に、理論を授業の中へどのように落とし込んでいるのでしょうか。
(池田)私が意識しているのは、授業のすべてを理論で組み立てることではありません。むしろ大切なのは、授業のどの場面で、どんな力を身につけてほしいのかを考え、その目的に合った理論を「スパイス」として効かせることです。例えば語彙指導なら、普段の10分間を、「この10分で、生徒に何を身につけてほしいのか」という視点でもう一度見直します。スピーキングも同じです。毎日30分の活動時間を確保することは難しくても、5分、10分なら授業の中に組み込むことができます。限られた授業時間だからこそ、授業全体に理論を広げるのではなく、本当に効果が期待できる場面へ丁寧に取り入れていく。そんなイメージで授業を設計しています。
※編集部補足:具体的な「10分のスパイス」の作り方として、以前に池田先生が、オーセンティック教材を取り入れた授業づくりを紹介してくださっています。こちらの記事もあわせてご覧ください。

—— 生徒の理解度の違いには、どのように対応されていますか。
(池田)そこで大切になるのが、「足場かけ(Scaffolding)」という考え方です。生徒によって、今できることも、つまずくところも違います。だからこそ、「あと少し頑張ればできそうだ」と思える状態を、授業の中でどうつくるかを大切にしています。そのためには、事前にどんな準備をしておけば安心して取り組めるか、どんな支援があれば自分の力で最後までやり切れるかを考えながら活動を組み立てています。一方で、英語をもっと伸ばしたい生徒には、考え続けたくなる問いや、少し背伸びをしないと届かない課題を用意することも意識しています。どの生徒にも、「少し頑張ればできる」という挑戦を用意することが大切だと考えています。
以前、英語が苦手な生徒の多いクラスを担当したことがありました。今振り返ると、「もっとハードルを下げ、『英語を使えた』『伝わった』という成功体験を積み重ねられる活動を、もっと用意できたのではないか」と思うことがあります。私は、「できた」という経験こそが、「次もやってみよう」という意欲につながると考えています。だから今も、最初の成功体験をどうつくるかということを、授業設計の中で大切にしています。
—— 授業設計全体として、もっとも意識されていることは何でしょうか。
(池田)私はよく、「授業はネタ」と言っています。少し意外に思われるかもしれませんが、授業は漫才とよく似ていると思うんです。漫才師は、どこで笑いが起こるか、どこで空気が変わるか、どこでお客さんを引き込むか、そこまで考えて舞台へ上がります。教師も同じです。教室へ入る前に、「ここは集中して聞いてもらう」「ここは友達と話しながら考えてもらう」「ここは少し笑いを入れて空気を変える」。そんな展開までイメージしておきます。もちろん、思い描いた通りにいかず、「今日は滑ってしまったな」と感じる授業もあります。だからこそ、次はどうすればもっと伝わるかを振り返りながら、授業を少しずつ磨いていくことが大切だと思っています。私は、「授業の成功は、教室へ入る前にかなり決まっている」と考えています。だからこそ、授業準備には時間を惜しみません。
—— その授業設計へのこだわりは、どこから生まれてきたのでしょうか。
(池田)やはり、自分自身の経験が大きいと思います。順風満帆な学校生活だったわけではありませんし、若い頃には授業づくりでも何度も壁にぶつかりました。だからこそ、「目の前の生徒には、自分と同じような思いをできるだけさせたくない」。その気持ちが、今でも授業設計の根っこにあります。
「だけど、生徒のせいにはしたくなかった」──現場での葛藤が、理論を学び直す原点になった
—— 「以前の着任校での苦しかった時間」とおっしゃいました。当時はどのような状況だったのでしょうか。
(池田)2校目に赴任した学校では、生徒の学習への意欲を引き出すことに、本当に苦労しました。授業が始まっても、最初の10〜15分は教室がなかなか落ち着かないこともありました。放課後は生徒指導が続き、帰宅が遅くなる日も少なくありませんでした。毎日が手探りで、「どうしたら授業に向き合ってもらえるのだろう」と考え続ける日々でした。それでも、生徒のせいにはしたくありませんでした。私の中には、「工夫すれば、この子たちは変われるはずだ」という思いがあったからです。だからこそ、「もっと自分にできることがあるのではないか」。その問いを、自分自身に何度も投げかけていました。
—— 授業をよくしたい。でも、それがなかなか実現できなかったのはなぜですか。
(池田)ちょうど、学習指導要領が改訂され、英語教育でコミュニケーションの比重が大きく高まっていく過渡期でした。先輩の先生方は、それぞれ長年積み重ねてこられた授業実践を大切にされていました。そこには、多くの経験と知恵があります。私自身、その授業から学ばせていただいたことも数え切れないほどあります。一方で、新しい学習指導要領では、「英語を使ってコミュニケーションする力」が、これまで以上に求められるようになりました。その変化に、授業をどう合わせていけばよいのか。現場全体が模索していた時期だったのだと思います。若手だった私は、「こんな方法も考えられるのではないでしょうか」と提案することもありました。しかし、長年積み重ねてこられた実践がある中で、新しい考え方に理解や共感をいただくことは、決して簡単ではありませんでした。今振り返れば、それは当然のことだったと思います。

—— どうやって突破口を見つけたのですか。
(池田)転機になったのは、ある先輩の先生からいただいた言葉でした。「あなたのアイデアはいい。でも、それを人に伝えられるだけの根拠が必要だ」。そう言っていただいたんです。さらに、「他の先生方の実践を尊重しながら、『なぜその方法がよいのか』を説明できなければ、人は動かない」とも教えていただきました。その言葉は、今でも忘れられません。私はそこで初めて、「熱意だけでは授業は変えられない」ということを痛感しました。よりよい授業を実現したいのであれば、理論や研究を学び、それを自分の言葉で説明できる教師にならなければならない。そう考えるようになりました。それが、大学院で学び直すことを決意した最も大きな理由です。大学院へ行きたかったのは、理論を学ぶためだけではありません。理論を通して、目の前の生徒によりよい授業を届けられる教師になりたかった。その思いが、私を再び学びの場へ向かわせました。
「受験で培った力を、その先の英語へ」──池田先生の原点と、英語教師としての使命
—— そもそも先生が「英語を教える」という道を選ばれたきっかけは、どのようなものだったのでしょうか。
(池田)教員という仕事に憧れた原点は、中学生の頃に出会った一人の先生です。その先生の授業は、ただ分かりやすいだけではありませんでした。教室全体が自然と引き込まれ、笑いがあり、考える時間があり、生徒一人ひとりが授業に参加している。「先生という仕事は、人の心を動かすことができる仕事なんだ」。当時の私は、そんなふうに感じました。その出会いが、「いつか自分も、こんな授業ができる教師になりたい」という思いにつながっていきました。
英語という教科を強く意識するようになったのは、大学に入ってからです。大学へ入るまでは、自分では英語が得意な方だと思っていました。ところが大学には、帰国子女の学生がたくさんいました。彼らは、ごく自然に英語で笑い、議論し、コミュニケーションを取っていました。その姿を目の前にして、「受験勉強で身につけてきた力と、実際に英語を使う力は、必ずしも同じではない」。そう実感したんです。もちろん、受験英語を否定したいわけではありません。受験勉強で培われる語彙力や読解力、文法の知識は、英語学習の土台になります。だからこそ、その土台を「実際に使える英語」へどうつないでいくか。そこに教師としての役割があるのではないか、と考えるようになりました。
—— そのとき、英語が嫌いになったりはしなかったのですか。
(池田)むしろ、「英語を教えることで、何か役に立てないか」という気持ちが出てきました。うまくいかない経験をしたからこそ、同じような思いをする生徒に、英語の面白さを届けたい——そこが、自分の原点だと思います。どの生徒にも、それぞれの可能性があります。その可能性を信じ、「英語ってできるかもしれない」と思えるきっかけをつくることが、今の私の授業づくりの原点です。
—— 最後に、同じように授業づくりに悩む先生方へメッセージをお願いします。
(池田)「100点の授業」を最初から目指す必要はないと思っています。今の授業が50点だと感じるなら、明日は70点を目指せばいい。昨日より少しでも前へ進もうとする積み重ねが、授業を変え、教師自身を成長させてくれる。私はそう信じています。

そのためにも、外の研究会やワークショップに顔を出してみてほしいと思います。学校の外に出れば、自分と同じように悩んでいる先生方に、きっと出会えます。そのつながりが、一歩踏み出す力になります。私も何度もつまずいてきました。でも、英語を通して、いつも前を向いてきた。だからこそ、英語教師としての使命感が生まれたのだと思います。今も授業の前には、「この授業で、一人でも多くの生徒が『英語ってできるかもしれない』と思ってくれるだろうか」と自分に問いかけています。理論も、評価も、授業設計も、すべては目の前の一人ひとりの生徒のためにある。それが、私の変わらない信念です。
取材・編集:小林 慧子/構成・記事作成:黒田 昌代




