ワイワイ感の醸成が鍵! 心理的安全の担保が、のびのび育つ生徒の礎

最終更新日:2024年1月15日

「私がすごいのではありません。そもそも生徒がsuper seedsのようにすばらしいポテンシャルを持っているのです。植物の種が良い土壌と環境を与えられればすくすく育つのと同じです。私たち教員の役目は、種がその潜在能力を最大限に発揮できるよう寄り添い、育むことだけです」。


そう語るのは、
久留米大学附設高等学校の藤木克哉先生。同校は、全国屈指の入試偏差値を誇り、これまで東京大学をはじめとするトップ大学や医学部へ進学する生徒を数多く輩出してきました。進学実績のみならず、国際数学オリンピックや国際生物オリンピックの日本代表として金メダルを取る生徒がいるなど、超進学校でありながら、生徒の個性を伸ばす教育を実現しています。その秘密は「心理的安全の担保」?! お話を伺いました。

受験一辺倒の殺伐とした雰囲気は皆無!和気あいあいとした校風と教育方針

(藤木)本校はすごく家族的な雰囲気の学校だと思います。生徒数は中学からの4クラス(160人)と高校から入学した1クラス(40人)。1学年計200人程度とコンパクトです。私たちの学年では、5クラス中4クラスは担任が6年間ずっと持ち上がりでしたので、とくに教員と生徒の距離が近く、みんな本当に仲がいいですね。もともと男子校だったので今でも2対1の割合で男子が多いのですが、女子もバイタリティに溢れ、人数の少なさを感じさせません。生徒がのびのび伸ばしている個性をさらに伸ばしたい。そう思いながら生徒と接しています。
———「進学校」のイメージは、スキルやテクニックを磨く受験勉強一色という面もあるかと思います。御校の生徒はご自身の興味からさまざまなことに挑戦し、知識を伸ばし、その結果がトップ大学への進学につながっている印象ですね。

(藤木)おっしゃる通りです。あくまで生徒ファーストの進路指導を行っており、本人の希望を差し置いて「東大や医学系に行け」などと無理強いすることは一切ありません。学問の本質や面白みを追求しよう、というのが本校の教員たちの共通認識です。本校の校訓に「為他の気概」という言葉があります。「他のために為す」という強い心を持った生徒の育成を目標に教育を行ってきた結果として、生徒たちが自らの意思で「国家社会に貢献したい」と思うようになり、その手段として東京大学に行ったり、医師になったりする生徒が出てきているのだと思います。

4技能を伸ばす取り組み

入り口はリスニング
———今、英語教育も従来のインプット重視型から変わってきています。具体的にどのような授業を行っているのでしょうか。

(藤木)4技能融合という観点では、リスニングを指導の入口にしています。たとえば共通テストでも、リーディングの点数が高いにもかかわらず、リスニングが伸びない生徒の数は思いのほか多いものです。逆に、リスニングが高得点なのにリーディング力が低い生徒は圧倒的に少ない傾向があります。この点を踏まえると、リスニングの力が備わっていれば、そのスピードで文章を読めますし、単語力・文法力もあるのでライティング能力の向上にも効果があります。さらに正しい音が頭に入っているのでスピーディにレスポンスもでき、スピーキングの上達にもつながります。つまり、リスニングが4技能融合の入り口になると考えています。

中1からディクテーションを導入
———リスニングを指導の入り口にする際、具体的な活動は何を行っていますか。

(藤木)とくに注力しているディクテーションは、中1から実施しています。初学者にはスピードが遅めの一般的な教材も活用しています。力の付いてくる高校1年生あたりからは、CNNワークブックのようなナチュラルスピードの教材を選び、よりいっそう鍛えていきます。授業の最後は、学んだことを使い、自分の意見を発信するアウトプット活動で締めています。

———ディクテーションは毎回の授業で取り組むのでしょうか。

(藤木)そうですね。高1の1学期を「リスニング強化月間」と銘打って、たっぷり1コマ使うこともありますが、リスニングは習慣化が大切なので、基本的に常に授業に取り入れています。ディクテーションの利点は、音声面だけでなく、文法力も見えてくるところです。聞いた音を書き取っていくので、音としてはそう聞こえていたとしても英文として破綻していれば、実際には聞き取れていないことになります。ディクテーションができないときは、音声面の課題なのか文法力の問題なのか、自分の間違いの可視化ができます

文法指導
———では、文法力はどのように培っているのでしょうか。

(藤木)初期指導は、英語の「基本のキ」を大切にしています。中1の最初の段階は、京都大学の田地野彰先生考案の「意味順」(英文は「意味のまとまりの順序」から成立しているという指導法)をもとに、英語の語順と意味をセットにしたスロットを作り、英語と日本語の語順や発想・概念の違いを叩き込みます。単語力が少なくても、 スペルが間違っていても、語順さえ間違わなければ一応の意思疎通を取ることは可能です。そのボトムラインの担保を意識しています。一方で、とにかく英語を嫌いにさせないことを意識し、楽しみながら学べるように明るい授業を心がけています。

ライティング指導
———そしてしっかり身に付いた文法をアウトプットで使う、という流れになるのですね。

(藤木)そうですね。授業でアウトプットをさせるからには、生徒が考えを深めたり、他の生徒の発信する内容をよりいっそう知りたくなる・聞きたくなる活動にしたいと思っています。仕掛けを考えるのは大変ですが、そこが教員の腕の見せどころです。考えた仕掛けがハマると、生徒はどんどん自走してくれますし、ディスカッションも私の予想を超えた盛り上がりとなります。

———アウトプットのトピックはどのようなものにしていますか?

(藤木)教科書のトピックを活用することもありますが、たとえば、高3の1学期末試験では「もし明日が人生最後の日であれば、最後に何を食べますか」というエッセイライティングを出題しました。このお題は、実は昔、就職活動時のエントリーシートにあったトピックです。
生徒のアウトプットには本当にいい作品が多かったです。ただ、ロジックの甘い英文もありましたので、テスト明けの授業では、必要な情報の意識付けを行いました。プリントの裏面に生徒の回答をいくつか例として掲載し、それを見ながら「何が不足しているか」をペアで話し合います。生徒同士がお互いに意見を出し合い、最後にもう一度書いてみる、という流れです。

———エッセイの復習とディスカッション、そして再ライティングを50分間の授業ですべて行うのですか。

(藤木)テスト返却の時間もあるので、実際は30分程度ですね。なお、配布したプリントの回答例にChatGPTの回答も載せてみました。ChatGPTもよくできていて、“If tomorrow were my last day, my last meal would be a simple yet a meaningful one.”などと回答するので、「AIのくせにmeaningfulなんて心を持っているようなふりするなよ(笑)」というツッコミで盛り上がりつつ、英語らしい感覚や表現の共有にもなりました。このような形でいつもワイワイ言いながら授業をしています。

———フランクな雰囲気で意見を出し合えるのは、英語力だけではなく、思考力など本質的な力が付きそうですね。

アウトプットを生徒同士で共有する大切さ

(藤木)みんなと共有することの意義は、自分や相手がどう思っているのか、意見の違いや新しい視点に気付き、自分の考えをバージョンアップしていけることです。共有方法は、口頭のときもあれば、紙ベースの場合もあります。たとえば、教科通信を作るのも取り組みのひとつです。口頭だと共有がクラス内に限定されますが、紙媒体であればクラスを越えて共有できます。たとえば他クラスの友達の作品から、「あ、あの子こんなこと書いているんだ」といった刺激を受けることになります。

(2022年の学年通信。2週に1度の頻度で配布。授業中に書き上げたエッセイを後にGoogle Classroomで先生に共有する)

上記掲載資料は、CNN WorkbookのSNSについてのトピックに紐づけし、「SNSに関連した諸問題について皆さんはどう考えますか?」というお題についての生徒たちのエッセイです。

宿題で内容について考えさせ、授業の最初に清書の時間を与えて書き上げます。その後、座席の列ごとに40秒や1分くらいでどんどん回し読んでいき、いいと思ったら“Like”の欄にサインを書きます。最終的に執筆した生徒の手元に戻って来る頃には、“Like”の欄に入りきらず、プリントのあちらこちらにクラスメイトのサインが入った状態になるんですよ。“Like”はいわば書き手への「報酬」です。とくに生徒たちの年頃は他人の目が気になりますし、やはり評価してもらえるとうれしいですよね。授業中にいろいろな形でインタラクティブにしたいと思い、取り入れた仕掛けの一つです。

頑張る先に何がある? アウトプットと共有で見通しを持つ

———授業内に英語でエッセイを書くのはなかなか大変ですよね。同級生に見られると思うと恥ずかしく、気後れしてしまいそうです。

(藤木)もちろん一朝一夕ではなく、積み重ねてきた結果だと思います。中1の時から定期考査ごとにライティングの課題を出し、お題の設定も試行錯誤を続けました。東大のライティング問題なども参考にしつつ、「このイラストを見て何を思うか」といった大喜利のような問題にすると回答に多様性が出ておもしろいですね。


アウトプットの共有は、教科通信でシェアをしたり、授業中にみんなで深めたりすることで、英語が苦手な生徒が「いい英作文が書けたら先生が紹介してくれる」「友達に“Like”をもらえる」「よし、今回は頑張ってみよう!」という、頑張った先の見通しになります。だからこそ共有は盛り上がりますし、実際には教員に課題をやらされているのですが、少しでもそこで生徒が主体性を発揮できる機会になればと思います。

絶対的な安全性を感じられる環境が何よりも大切

———アウトプットをするためには英語力以前に、自分の殻や精神的ハードルを越える必要がありますよね。そういったものを取り払う雰囲気が授業の中にあるのはすばらしいですね。

(藤木)生徒同士、そして教員と生徒がワイワイしているのが本校の強みの一つです。ホームルーム活動を含めると、通常でも朝8時30分から夕方16~17時頃まで、遅いときは下校時刻の18時まで、濃密でリラックスした時間を共有しています。さらに寮生は、家族よりも長い時間、生徒や教員と一緒にいることになります。だから「とにかく教室の中が心地よい」「安全な場所」と生徒は感じられるのだと思います。個性的なことを言ったり、人と違う行動をしたりしても決して攻撃されないという安心感。それは必ず担保してあげたいのです。英語に関して言えば、その担保さえあれば、あの年頃の子供たちは本当はもっともっと喋りたいものです。


私はティーチングモットーに“Welcome Mistakes”を掲げていています。生徒には「学校は失敗を学ぶ場所なんだよ」「失敗や間違いがあるからこそ成功できる」「だから失敗も成功の一部だよ」といった話もしています。間違うことや失敗することへのメンタルバリアを下げること、そしてTrial and Errorによって、自分で気付き、自らが学ぶ気概を持てるところに生徒を持っていきたいと考えながら、生徒に向き合い、これからも授業をしていければと思っています。

取材・構成:小林慧子/記事作成:渡邉由佳理

この記事を書いた人

国際教育ナビ編集部

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