転任・コロナ・オンライン授業… 状況の変化に負けず生徒の学習モチベーションを維持する授業のカギ
最終更新日:2024年3月25日
「勤務校が変われば生徒のタイプも変わります。また生徒の学習環境も常に変化しており、それに応じて授業の仕方も当然変化しなければなりません」。そう語るのは、筑波大学附属駒場中学高等学校の松尾真太郎先生です。
今年度(2023年度)より本校にお勤めの松尾先生はこれまで、私立高校や、2つの県立高校で教鞭を取ってこられました。赴任校の変更に伴う生徒の変化、さらに前任校在任中にはコロナ禍を経験し、大きな状況の変化の中でどのように生徒の学習モチベーションを維持するかー その課題に取り組まれた松尾先生は、前任校での取組みを2023年の神奈川新英語教育研究会でも発表されました。状況・生徒に合わせた授業設計の工夫についてお話を伺いました。
転任一年目の気付き
―――まず前任校についてご紹介いただけますか。
(松尾)前任校の神奈川県立新栄高校は、横浜市都筑区に位置する、全校生徒1000人を超える大規模校です。2023年に創立41年目を迎えた、比較的新しい学校です。各学年9クラスすべて普通科で、クラス分けは習熟度別ではなく、選択科目等で分かれています。生徒の8~9割が大学や専門学校へ進学しますが、学校推薦型選抜や総合型選抜での受験が多いです。
―――転任されて、どのような課題を感じられたのでしょうか。
(松尾)前任校の神奈川県立新栄高校には2019年から、コロナ禍も含めて4年間勤務しました。生徒層は、もともと英語への苦手意識の強い生徒が多かったです。高校受験では英語より得意な他の教科で得点して合格した生徒や、他校への出願を最後まで迷いながら受験した生徒など、さまざまな背景をもって入学してきた生徒が多く見受けられました。
着任した初年度は授業に工夫を…と試行錯誤していたものの、生徒の興味関心を引き上げるのはなかなか難しかったです。学校が変われば当然生徒のタイプも変わります。生徒たちのモチベーションを上げるためにはやり方を変えなければいけないと気付き、2年目から授業の仕方を調整しました。
学習モチベーションアップは学校生活に対する姿勢から
―――具体的にどのように調整されましたか。
(松尾)まずは、英語教育に対する取り組み方だけでなく、学習全般に対する姿勢の作り方から始めました。学校そのものに気持ちが向いていない生徒たちが、ただ学校に来ているだけではなく、勉強・部活・学校行事にもきちんと取り組めるよう、生徒指導の側面からサポートしました。もとから気持ちが前向きな生徒の力も借りました。規模が大きいので伝わり方は遅いかもしれませんが、教員の連携もよく、教科に関係なく学校全体で取り組みました。その中の一つに授業方法の改善があったのだと思います。
―――学校生活が楽しくなれば、授業に対する取り組み方も変わるということですね。では、実際の授業内での工夫を教えて頂けますか。
(松尾)新しい学年を受け持ったとき、まず授業開きでアンケートを取り、生徒の現状を把握します。たとえば「中学校時代どういう授業でしたか?授業中に先生の話を理解し、しっかり取り組めましたか?外部試験を受けたことはありますか?」など授業自体に関することから、「海外に行ったことはありますか?英語は好きですか?なぜですか?」などもう少しプライベートな部分、さらに「なぜこの学校を選びましたか?どのような学習をしたいですか?将来どのような職業に就きたいですか?」など学習のモチベーションにつながる部分まで、幅広い質問です。
中学校からの情報を字面だけで見比べるのではなく、アンケートを踏まえ、名前と顔をより早く一致させるために活用します。
中学とのギャップを埋める科目横断授業
―――なるほど。では一人一人の生徒を理解したうえで、生徒のモチベーションを上げるために先生が導き出した工夫はどのようなものでしたか。
(松尾)主な取り組みの1つは、科目横断授業です。高校に入ると、中学で1つだった英語が2科目(改訂前の学習指導要領の学年だったので、コミュニケーション英語と英語表現)に分かれてしまいます。そこの心理的ハードルを下げるため、どちらの授業にも両方の教科書を持ってきて「どちらも同じ英語だよ」という意識を持たせるようにしました。
たとえば、コミュニケーション英語の授業で英語表現の教科書を辞書的に使ったり、英語表現でコミュニケーション英語のトピックを導入で取り入れたり、アウトプット活動の題材にしたりします。特に英語表現のパフォーマンステスト(たとえば、学校紹介の動画作成)については、コミュニケーション英語の教科書内容を参考に、自分たちで中学生の期待に応えうる、かつストーリー性のある作品が提出され、驚かされるほどでした。
―――それは学年全体で統一して行うのですか。
(松尾)1学年9クラスもあると、いろいろな先生が関わります。当時、私はコミュニケーション英語と英語表現を3クラスずつ担当していました。9クラス中6クラスに関わると学年全体の雰囲気がわかるので、学年の英語科教員と協力しながら、共通教材で授業を進めました。もちろん担当者ごとに追加教材やアレンジも可能ですが、軸としては共通のハンドアウトを外さないという共通理解です。そのためには頻繁に教科会議をもつことが理想ですが、現実はそうもいきません。隙間時間を見つけては簡単な打ち合わせを繰り返し、ハンドアウトに修正を加えつつ、授業担当全員で教材準備を進めるイメージです。定期考査同様、あらかじめ単元のゴールが見えていると、逆算してアクティビティを考えることができます。
その結果、授業中に居眠りをしていた生徒がだいぶ減りました。寝たら怒られるから…という圧力ではなく、授業に積極的に関わるようになり、授業の雰囲気が少しずつ変わってきているという手ごたえはありました。
コロナ禍を経て得たもの
―――ちょうどその頃、コロナ禍が始まったわけですね。急激な状況の変化にどのように対応されたのでしょうか。
(松尾)前任校は、コロナ前はICT活用があまり進んでいなかったので、コロナ禍初期はオンライン授業が充分に行えない状況でした。そのため、当初はレターパックにプリントを詰め込んで生徒の自宅に郵送し、次の登校日に提出してもらうという形を取っていました。
このような方法では、各教員が自分の教科しか見ていないとバラつきが出てしまいますが、コロナ前からの良い連携体制があったため、学年と教科で連携して適切な課題量を設定することができました。
一方で、早急にオンライン授業体制の充実を図り、できるだけ学校にいる時と同じ生活リズムを崩さないようにしました。オンライン授業への移行に教科間で差があったり、きょうだいがいる生徒はそれぞれがオンライン授業を受けると自宅のインターネットがパンクする問題など、オンライン授業ならではの課題も多々ありましたが、時間割をフレキシブルにし、生徒も教員もやりながら慣れていきました。
そして登校日を大切にしました。普段と違うストレスを抱えている生徒が多かったので、養護教諭や管理職と連携しながらスクールカウンセラーの面談を設けるなど、授業以外のところでも学校に居場所を作ることによって、「学校っていいな」と思ってもらえるよう工夫しました。
そのおかげでコロナ禍においても、生徒の学習モチベーションもゼロに戻ることなく、上積みしていけたと思います。
―――コロナ禍でのモチベーション維持が、コロナが明けた今どのように役立っていると感じますか。
(松尾)通常の学校生活に戻り、前任校が英検の会場になったとき、これまで英検受験に消極的だった生徒が申し込みたいと相談に来たり、面接の練習を申し込んできたりと、学習に対する積極性が出てきました。
また、オンライン授業でパソコンを使う技術などを身に付けたので、対面式になってもその良いところを残していきたいと思っています。今となっては当然ですが、たとえば、英作文では、コロナ前は紙媒体のみでしたが、Google Documentなどを使ってオンラインで提出してくれると、添削も楽になりました。音読課題もスマホで音を吹き込んでGoogle Classroomで提出してくれたら、意外と声が出ているなど、一斉授業では気づかない発見もありました。
授業の課題の出し方も変わりました。音声提出でも動画作成でも前もって締め切りを予告し、提出期間は何度提出し直してもよい、などと設定しておくと、自分の納得がいくまで粘り強く取り組む生徒も出てきます。ある授業では、年度初めと年度末に同じテーマの英作文に取り組みましたが、多くの生徒が質・量ともに向上していました。
モチベーション維持の環境を整備しても、まかれた種が芽を出すまでには時間が掛かります。それでも授業の雰囲気が良くなるとクラス運営もしやすくなりますし、生徒の学校行事や部活動へのかかわり方も良くなる、良い循環が生まれます。
状況の変化に負けないカギは「リサーチマインドを持った教員」であること
(松尾)私自身いま大学院で学ぶチャンスをもらっています。そこで教授に言われた「リサーチマインドを持った教員でありなさい」という言葉が心に響きました。
生徒と向き合うためには、自分自身が常に学び続ける、授業を改善し続ける姿勢を持って、どう行動に移すかが大切です。
授業改善=教員たちにとってアウトプットの場、そのためにはインプットが必要です。他校種に目を向けることも含めて、いろいろな授業を見たり、対面でもオンラインでも研修会などから学び続ける、常にそういう「リサーチマインドを持った教員」でありたいと思っています。
そうすれば、学校が変わっても、コロナのような急激な状況の変化が生じても対応できる教員になれると信じています。
(取材・構成・記事作成:渡邉由佳理)