教育トーク : 自分一人で授業を作る必要はない。チームで作る、「金融教育」のススメ

最終更新日:2022年12月16日

プロフィール

  • 東海国立大学機構 岐阜大学 副学長/教育学部教授 大藪千穂

    京都市生まれ。京都ノートルダム女子大学文学部卒業。大阪市立大学生活科学大学院博士課程単位取得修了(学術博士)。 1994年~岐阜大学教育学部助教授(家政教育講座)を経て現在、岐阜大学教育学部教授(兵庫教育大学大学院連合学校教育学研究科教授を兼任)。2021年より副学長(多様性・人権・図書館長担当)。専門は生活経済学(家計分析、消費者教育)、環境とライフスタイル論(アーミッシュ研究)。 主な著書に、「岐阜人の不思議」(岐阜新聞社)、「生活経済学」(放送大学)、「はじめての金融リテラシー」(昭和堂)、「ちほ先生の家計簿診察室」(名古屋リビング新聞社)、「アーミッシュの謎」「アーミッシュの学校」「アーミッシュの昨日・今日・明日」(論創社、訳書)など。

  • 岐阜総合学園高校 堀江雅子

    2000年岐阜大学教育学部家政教育講座卒業 2002年岐阜大学大学院教育学研究科教科教育専攻家政教育専修終了 2002年4月より岐阜県内の公立高等学校で常勤講師を務める 2006年11月より岐阜県内の企業(株式会社インフォファーム)にシステムエンジニアとして勤務 2010年より岐阜県内の公立高校勤務(教員として採用)現在3校目に配属。

岐阜総合学園高等学校で家庭科の指導にあたっている堀江雅子先生は、教員として勤務する傍ら、兵庫教育大学大学院連合学校教育学研究科にも入学し、家庭科の実践研究をされています。2021年に発表された岐阜大学・大藪千穂教授らとの共著論文「継続的金融経済教育の授業効果-高校家庭科教員と専門家との協働実践-」から、具体的にどのような授業を実施されたのか、また現場視点で金融教育にどのような課題を感じているかを伺いました。

 

また今回は、金融教育の専門家であり、堀江先生の師でもある大藪先生にもオブザーバーとして同席いただきました。

 

現役教員であり、大学院生。堀江先生がダブルキャリアの道に進んだ理由

 

—— 教員として勤務しながら大学院に進学された経緯を教えてください。

 

(堀江)正規の教員として採用されてから、なぜか研究授業が私によく当たるんです。県下の大きい地区の初任者研修でも研究授業が当たったり、年間研究の発表が当たったり、他の教員と比べるとかなりの機会をいただいてきました。この知識や経験を自分の授業以外にも活かせないかなと思っていた矢先に、大学の同窓会で大藪先生にお会いして大学院があることを教えていただきました。

 

(大藪)堀江先生が卒業した岐阜大学の教育学部には、もともと修士課程までしかなかったんですが、兵庫教育大学、上越教育大学、鳴門教育大学、岡山大学が連合で開設した兵庫教育大学大学院(博士課程)に、2019年から岐阜大学と滋賀大学も連携できることになりました。現職の教員用の大学院として開設されたので、土日や長期休業期間などの休みを利用して、仕事をしながら大学院に通えるというのが特徴です。

 

(堀江)休職する必要がないので、現場に迷惑をかけずやりたいことをやらせてもらえるのが良いと思い、働きながら入学することにしました。管理職の先生方にはかなり理解していただいているので、そのおかげでもあります。

兵庫教育大学大学院 連合学校教育学研究科

 

—— 家庭科の授業を進行するうえで、金融教育・消費者教育についてはどのような課題を感じていたのでしょうか。

 

(堀江)消費者教育は学習指導要領が改訂される前からずっと扱っていました。ただ、学校によって授業として履修する年が違ったり、学校のレベルによって授業の仕方が変わってきたりするんです。生徒にとっては身近なお金の問題である一方、指導するのはなかなか難しいなと感じていました。専門高校には座学の勉強が苦手な生徒も多いので、契約や法律の話になると寝てしまう生徒もいて、うまく伝えられなかったなと思いながら授業をやっていましたね。

 

私自身、教育学部では広く家政学の分野全体を勉強しましたが、消費者教育を専門に学んできたわけではないので、指導に十分な自信が持てない部分も少なからずありました。

 

(大藪)高校の家庭科教員のうちほとんどの人は大学で食物研究を専攻して教員になっています。あとは被服を専攻した人が少し。消費者教育を専攻する人は1割にも満たないと思います。そうすると結局、教科書の字面を追って終わる授業になりがちです。けれど、消費の分野は社会でも重要になってきているので、「勉強したい」という教員は今非常に増えています。

 

(堀江)消費者教育や金融・経済の勉強をしたうえで家庭科教員になろうと考える人は少ないですよね。そもそも経済系の学部では家庭科の教員免許も取れないですし。

 

(大藪)反対にいえば、FP協会や金融広報委員会などの団体が大学や高校で「この授業枠を1つ下さい」と参入しているのは、つまり専門家が学校の中にいないということなんです。

 

ただ、専門家の授業で多いのは、まったくの丸投げです。それはあまり良くないと私は思うんですよね。例えば、私が当たり前だと思っている言葉でも生徒は知らない、ということに気が付くのは現場の教員です。「今のところをもう一度説明してください」とか助け舟を出してくれると私たちも説明しやすいし、生徒も置いてきぼりにしなくて済む。お互い自分の得意なところをやるのが理想ですね。

日本FP協会 パーソナルファイナンス教育インストラクターによる出張授業
https://www.jafp.or.jp/personal_finance/high/inst_disp/

 

進学校・普通校・専門校で違いが出た、授業の進め方と生徒の受け止め方

 

—— 論文で取り上げられた授業の例について、詳しく伺いたいと思います。専門家として大藪先生を迎えて、6時間分のプログラムを3校で実施されたのですよね。

 

(堀江)1校は県下トップの進学校で、東大や京大に進学するような生徒たちです。それと偏差値58ぐらいの普通校、それから私が所属している偏差値50ぐらいの専門高校。この3校でデータを取りながら授業を行ないました。1クラスあたりの人数は各校とも約40人です。生徒の状況には少しばらつきがあります。進学校と普通校は大半が大学進学する生徒です。進学校はほとんど一般入試、普通校も3分の1ぐらいは一般入試で、あとは推薦入試です。専門高校から進学する生徒はほとんど推薦入試、全体の3分の1は進学せず就職します。

 

(大藪)進学校は受験科目ではない分、自分に必要ないと思えば寝たり内職したりしてしまいますが、うまくはまれば熱心に楽しんでやってくれる生徒も多いので、まずはその学校をターゲットに6時間分の授業を作ることにしました。

 

傾向としては、受験校の生徒は社会保険や社会保障、少子高齢化など、一般的な制度についてはすぐ理解できるのですが、理論と現実が結びついていない印象がありましたね。逆に、専門高校の生徒は、生活の具体的なことをよく知っていると感じました。

 

(堀江)たぶん、彼らはキャッシュレスの決済なども日常的に使っていると思います。でも、理論的な根拠に基づいたことはちょっと弱いですね。

 

—— そういう意味で、タイプのまったく違う3校で実施されたのですね。

 

(大藪)今回はたまたまそういう学校の協力が得られたので。初回の授業をやってみたら、堀江さんの学校ではまったく時間が足りないということがすぐにわかって、「やっぱりタイプごとに違うんだ」と思って内容を一部変えたりもしましたよね。

 

(堀江)うちの学校は補足などでとにかく時間がかかるんです。どうしても時間は、進学校と比べると2倍近い時間数がかかってしまう。もちろん、授業時間も60分と50分と違うんですけど。

 

(大藪)同じ内容でも、進学校が6時間で普通校が9時間、堀江さんのところの専門高校は11時間でした。進学校はそのまま進められたけれど、他の学校は途中で止めて説明を加えたり当てたりしていたから、時間が結構かかったと思います。

 

—— 1時間の授業の流れみたいなものを、大まかに伺ってみてもいいですか?

 

(堀江)教材のプリントからスタートして、大藪先生の映像をもとに進めていく部分があって、その後にパワーポイントで説明をしながらやっていくというような流れです。各回授業の最後にはまとめをして、自己評価を必ず行なうことと、授業での学びや感想を記述させることまでを1つの流れにしています。

 

全体の授業を始める前に、情報処理能力や金融リテラシーについての事前アンケートをとり、最後にも事後のアンケートとして知識の状況を聞きました。生徒の学習がどれくらい定着して、抽象的な把握がだんだん具体的になって、将来像について考えを深めることができているかどうか、一連の流れを確認するようにしました。

 

—— 各授業単位でも、プログラム全体でも、学びのビフォーアフターをヒアリングし評価につなげたということですね。教材はほとんど自作だったのでしょうか?教科書や副教材はあまり使っていませんか?

 

(大藪)教科書は全部参照していますが、今回はその中でも特に教えたいポイントを自作教材で補いました。例えば、家計について、エンゲル係数が最近すごく増えていることや、コロナ禍で家計がどのように変わったかという点は教材を補いました。そこがないとおもしろくないですが、学校の教員は忙しくてそこまで調べる余裕がないと思います。だから、そこは私たちの役割ですよね。

 

(堀江)教科書をなぞっていて「うーん」と思ってしまうのは、現実に即していないという点ですね。それはどの分野にも当てはまります。

—— 家庭科や消費者教育は他教科以上に生活と密接だからこそ、その古さが目立ちそうですね。

 

(堀江)そうです。法改正が終わって、もう社会は新制度で動いているのに教科書は古いままということが多いので、生徒にはプリントでそれを補足して渡しています。「この制度はもう変わっているよ」というのを教員がきちんと勉強していないと、古い知識のまま教えてしまうのが非常に怖いです。

 

(大藪)法改正に合わせて毎回アップデートしていくのは私たちでも大変なぐらいですから、高校の教員はより大変だと思います。私たちはこれだけを専門にしているのでまだ良いですが、高校の教員は全部網羅しないといけませんからね。

 

(堀江)自分の勉強が追いついていない部分を補っていただけるので、とてもありがたかったです。やはり自信がない分野でもあるので、きちんと専門家の方に話していただくのは、生徒にとってのメリットも大きいと思います。外部の専門家の方から得られる知識は私自身も勉強になりますし、生徒にも自分にも還元できるのが一番ありがたいです。

 

(大藪)今回は私だけでなく、弁護士さんにも参加していただきました。消費者問題で、「こういうときにはどう解決できる?」と生徒が質問しても弁護士さんがすぐに答えてくださるし、生徒にとっても本物の弁護士さんと話す機会は貴重な体験になったと思います。「弁護士になろうと思った」という生徒もいました。

 

(堀江)キャリア教育は今回の主題ではありませんが、授業がそういった機会にもなるという意味では、進学校の生徒にとってはリアルに職業選択につながるかもしれませんね。専門高校のほうは、オンラインだったので生徒がバタバタ寝ていってしまうっていう……。

 

(大藪)言葉が難しいからね(笑)。

 

(堀江)申し訳なかったです……。でも、興味のある生徒からは「あっ、そうなんや」と素直な反応がありましたし、「解決方法がちゃんとわかって良かった」という声も聞けました。進学したい生徒に奨学金の話をきちんとすると、「じゃあアルバイトして、お金を貯めないと」と自分に結びつけて考える生徒もいました。

 

校内の教員、校外の専門家と連携して授業を作っていくには何が必要?

 

—— 今回は、進学校、普通校の教員とも連携して授業を実践されました。専門家の方と授業を作るというのも有効な手段ですが、他校の教員と一緒に授業を作るというのも普段行われているのでしょうか?

 

(堀江)それはほとんどないケースです。年に2回、岐阜県の家庭科教員で研究会があるので、そこで自分が作成した指導案を共有したり、研究授業を見たりということはありますが、実際に共同で授業を作っていくというのは本当にレアなケースです。今回こういう形で他校の教員と一緒に授業を作れたことは、私にとってとても良い経験でした。

 

私は複数の家庭科教員がいる学校に勤務をしているので、授業の作り方を先輩教員に聞くことができます。でも、一般的に家庭科教員が一人だけの高校は多いので、そういう環境の教員にとって一緒に授業を作ることは大きなメリットだと思います。

 

—— 今後、「こういった授業をやっていきたい」と考えていることはありますか?

 

(堀江)消費の分野だけではなく、それ以外の分野でも今回のように誰かと連携して授業が作れると良いと考えています。今は、公共の授業を校内で協働して授業実践する話を進めているところです。消費者教育の分野で進められる話もあるでしょうし、保育の分野であれば保健体育の教員とか、育休を取っている男性の教員にお話をしていただけないか、とか。

 

大藪先生と私なら連携しやすいですが、他の教員たちが急に外部の方と関係性を作るのは難しいのが現状ですよね。今回、こうやって授業実践をしたことで、4月にNHKに取材していただきました。その放送がきっかけになって、岐阜県下の他の学校からも大藪先生に出張授業の依頼が相次いでいるということです。

—— 校内外の方と連携して授業を作っていくにあたり、大事なこととは何でしょうか?

 

(堀江)「こういうことはできそうですか?」と提案をもとにできること、できないことを確認して、「こうやってやると面白そうじゃないですか?」「ちょっと力を貸してもらえませんか?」とお願いすると、快く引き受けてくれる教員も多いのではないかと思います。

 

あとは、学校組織を運営する長の教員や管理職の方にもお話をしておくとスムーズだと思います。教科横断的な学習については、新学習指導要領にも書かれていることなので、今後よりやりやすくなっていくかもしれません。

 

外部との連携については、アンテナを高く持って、積極的にきっかけをつかむことだと思います。先ほど名前の上がったFP協会など、外部機関からの情報は学校にもたくさん届いているはずなので、担当している分野に限らず、情報は幅広く自分から取得するようにしたほうが良いと思います。その辺は個人による工夫や努力の要素が大きいですね。私は、関心のある分野のメールマガジンに登録したり、欲しい情報はインターネットでこまめに探したりしています。

 

—— 今、次の課題として考えていることはありますか?

 

(堀江)新学習指導要領から、評価の観点が「知識・技能」「思考・判断・表現」「主体的に学習に取り組む態度」の3つに分かれました。知識・技能や思考・判断・表現は今までどおりペーパーテストや記述、表記の状況で点数化できると思うのですが、主体的に学習に取り組む態度をどのような場に設定するのか、数値化しにくい部分をどう評価するのかそれに合わせて教材も変更する必要があると考えています。

https://www.nier.go.jp/kaihatsu/pdf/gakushuhyouka_R010613-01.pdf

 

指導と評価の一体化については、以前の学習指導要領でもいわれてきましたが、それが今回の改訂でさらに強くなったという印象です。ただ授業をすればいい、やっておしまいというわけにはいかないので、難易度の高いところを求められていて、ちょっとしんどいなというのが本音ですね。

 

—— この点についても研究を進められる予定はありますか?

 

(堀江)研究ではありませんが、保育の分野と家族・家庭に関する分野については以前の授業実践を通してルーブリック評価を導入する形で作っているので、それを他の分野にも展開できると良いかなと考えているところです。ただ、今は私のおもな分野が家庭基礎ではないので、同僚の教員と協力しながら行っています。

 

—— ありがとうございました。

 

 

この記事を書いた人

国際教育ナビ編集部

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