「教育力」を最大化するための教務戦略

最終更新日:2023年9月3日

この5年、10年で社会では「働き方改革」が叫ばれるようになりました。一方、教職においては課題意識こそ表面化してきたものの、「改革」と言えるほどの変化には至っていないのが現状です。現場では、教員の働き方に対する問題意識や取り組みはどれぐらい広まっているのでしょうか。立命館慶祥高等学校の及川貴夫先生・吉川大二朗先生にお話を伺いました(聞き手:コトバンク株式会社 小泉)。

 

立命館慶祥の取り組み ― 業務改善のカギはDX

(吉川)僕は、非常勤講師として母校で勤務した後、前任校の京都にある女子校で専任として18年間勤めてこの学校に異動しました。最初に教務の仕事を任された時は、「大変な仕事」というイメージが強く、不安で仕方がなかったです。

まず春休みが取れないんです。3月の半ば頃から1部屋借り切って、4月の頭までひたすら時間割を組みます。その際に、各教科から条件が提示されるんですね。例えば、理科の先生だったら「実験の関係で2時間連続で取ってください」とか、「この曜日にこの会議を入れてほしい」とか、そういういろいろな条件を全部クリアした上で時間割を組みます。

やっとできたと思ったら、それを今度コンピューターに入力して打ち出したものを教員に配ると、「ここはこうじゃない」という戻しがあって、もう1回組み直して、ということを繰り返していたので、3月は基本的に休みは取れないというイメージを持っていました。

一方、本校では及川先生お1人が専用のソフトを利用しながら一手に引き受けて、4月の時点で時間割りも組めているという状態です。作業をほぼ1人でやっていらっしゃるというのが僕には信じられないですね。前任校ではそこにもう10数名関わっていたので。

教務の会議も、以前は週に1回、1時間は会議をして情報の共有を行っていましたが、今年はMicrosoft Teamsを取り入れながら、できる限り無駄に集まらないように設計されています。実質、今年ちゃんと集まったのはゼロに近いですね。集まったとしても50分費やすことはありません。

(小泉)そうすると、業務改善のキーになるのはやはりDXということでしょうか。

(吉川)そうですね。前の学校は紙ベースの「短冊」を作って、それをまたパソコンに入力するという二度手間の作業でしたが、本校では完全にパソコン入力のみです。以前は、さらに入力された成績と入力元の紙を読み上げてチェックするという作業もしていましたが、この学校では一切やっていません。

(及川)ただ、それもここ最近の話ではなく、本校の歴代の教務主任が改善を重ねて今があるのだと思います。例えば、成績表を校務システムに入力するというのも、今は一般化しましたが、本校では約20年前から自前で業者を見つけてきて、多額のお金を出してシステムを組んでいました。

(小泉)20年前から取り組んでいらっしゃったということは、合理的な校務システムの活用が当たり前に浸透しているのですね。

(及川)文化として「そんなものだ」と先生方は思ってくれているようです。

 

DX化をすすめるコツは「ツールよりもルール」

(小泉)今、時間割と成績入力のシステム化のお話がありましたが、DX化をすすめるにあたってのコツがあれば教えてください。

(及川)出席簿に関してはほぼ全員がパソコンで管理していますが、ご年配の先生はこれまで使ってこられたアナログの形を今でも使いたいという先生がいらっしゃいます。この場合、「デジタルデータ」を正とするという条件で、紙による運用も認めています

紙の運用を認めると、データ登録までにタイムラグが生じます。タイムラグがあると細かい情報を即時で把握できません。そういったデメリットはありますが、先生方が生徒の指導がしやすくなることを第一に考えました。もちろん公簿はデータと定めているので、紙はあくまでメモです。吉川先生のようにデータだけで管理する人もいれば、紙から転記する人もいます。

結局、大事なのはルール作りだと思います。DXと言っても、ツールをどう使うか、そしてルールをどう作るかだなと思っていたので、データを公簿として扱えるシステムを導入して、年度が終わった時にPDF化して電子保存するというところまでを学校のルールとしました。いろいろな業務がスムーズになったのはそれがポイントだと思っています。

(小泉)もともと組織的にもカルチャーがあったということですが、業務フローの変更は及川先生にとってどのような印象でしたか?

(及川)このシステムを使い始めて5年になりますが、なかなか紙がなくならないんですよね。でも、文化を変えていくというのはそういうものだと思っています。少しずつ勢力が変わっていく中で一本化するタイミングを虎視眈々と狙っている状態ではあるんですが。

(小泉)現状は、その先生が追加コストを許容するのであれば構わない、ということですよね。

(及川)そうです。学校執行部によるトップダウン型の変更も可能なのでしょうが、必ずハレーションがあって、やり方を間違えると、良い取り組みも職場全体の反対でなくなってしまうということがあります。極力それは避けたいなと思って、調整を重ねているという感じです。

(小泉)今の「紙も使っていい」というルールのように、ハレーションを避けるために工夫している運用ルールはありますか?

(及川)各教科との時間割の調整では、具体的に動き出す前にルール作りを可視化しています。執行部内で担当の先生とも共有しながら、各科目の要望の必須の程度を調整した上で時間割を組んでいきます。それも1年かけて丁寧に合意形成できるよう調整しているところはありますね。

「期日が近くなってから突然言われても対応できないよ」ということを早めに念押ししたり、担当者が具体的に決まる前に、ある程度教科会で考えてもらったり。教科会としての意見は尊重しますけど、個人の希望は教科会を通してほしいな、というやり取りをします。

うまくいかないときは早めに言いますね。「ここはこういう理由でうまくいかない、何かアイデアありますか」というやり取りを2、3度繰り返して納得してもらって、1個1個解決していく。そうしないと、組み終えた後に修正がたくさん来ますし、中には1から組み直さないといけない致命的な修正が入ることもあって、そうすると1年間それを引きずるんですね。引きずると「教育力」も下がるので、丁寧な調整を心がけています

教務主任は事務室が担え?!「分業」が促す教育力の最大化

(小泉)「教育力」の最大化は重要なテーマですね。教育力を下げないために「まだ合理化できるな」という余白や、「次はこういうことをやってみたい」というものはお2人それぞれありますか?

(及川)本校はたぶん他校よりも教務の業務領域が狭いと思います。僕が勤め始めた頃の教務は入試執行や、教育研究、留学、いろいろなことをやっていました。でもそれを1個ずつ切り離していったんです。究極的には、教務主任は事務室がやるべきだと僕は思っています。大学の教学部は、教育研究に関して大学教授も入っていますが、事務作業だけであれば職員がやる業務です。大学の付属校ならではの発想かな、とは思いますが。

5、6年前からは、僕の業務も可能な範囲で職員の方やスクールサポートスタッフの方にお願いして、事務作業をすることが極力ないようにしています。定期試験があったら、試験の監督割も全部職員の方にお願いしています。

(小泉)素晴らしいですね。それだけ職員の方をフル活用されるというのは他の学校では聞かない話です。

(吉川)私も、前の学校では半分以上が事務作業でした。公立校は今でもそうだと思いますが。

(及川)だから、「職員を増やしてほしい」とお願いしていますし、そこはすごく意識しています。教員がやる必要のないものはとにかく職員の方にお願いして、予算化してもらう必要があるので、どうやって回せるのか考えたり。

初めは重いままお願いするんですけど、職員の方にもご意見いただきながら一緒に業務も整理して、スリム化できたら、また「この業務をお願いできますか」と言って、年々お願いする業務の幅が広がっています。結局1個1個の業務は圧縮できてると思います。

(小泉)最終目標は全部職員の方にお願いするということですが、最後まで手元に残りそうな業務は何ですか。

(及川)教員が絡む、特に時間割は残ると思いますね。教員の働き方とか教育のバランスを取りながら、各所との交渉業務になるので、教員が担うべき業務と考えています。

先生方が事務に関わる時間を減らしたいし、その上、生徒への教育が良くなるのであれば、DXを進めたいですよね。来年はデジタル教科書も、全教科全科目で、導入できるところは導入しようと思っています。とはいえ、紙を全部廃止することに反対な先生もいるので、教科書を家に置いて、学校はデジタルでもいいし、学校は紙で、家で勉強するときにデジタルを使うのでもいいし。とにかく、DXが100点だとは思っていなくて、良いバランスをどうやって見つけるかということかなと思って進めています。

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