【シリーズ 国際教育 × 探究学習】考え方を教える探究学習&生徒の劇的成長を支える国際教育! グローバル人材育成の先を追究する実践とは
最終更新日:2024年6月4日
「探究学習」――― 生徒の主体性や思考力、判断力、表現力の育成を目的として、小学校では2020年、中学校では21年、そして高校では22年より学習指導要領として実施が開始されました。体験・活動で得た疑問から課題を設定し、必要な情報を集め、分析し、アウトプットする。教科にとらわれない授業の実施など、これまでの教育法とは大きく異なる取り組みです。
解のない課題の解決に挑戦し続ける底力を培う探究学習。実際の教育現場でどのように実施すればいいのか、多くの学校や先生方が試行錯誤しているようです。そこで国際教育ナビでは、「シリーズ 国際教育 × 探究学習」と題し、積極的に国際教育と探究学習のコラボレーションを実現している学校を取材しました!
今回は、大阪府高槻市にある関西大学中等部・高等部。探究学習を担当している研究開発部主任の釈慶樹先生と、国際理解教育担当の堀尾美央先生にお話を伺いました。関西大学中等部・高等部では、教育理念のひとつである「学理と実際との調和」を目指した探究学習に取り組んでいます。また、「関関同立」の附属校の中で唯一、帰国生クラスやインターナショナルコースを設置していない学校でもあります。海外生活の経験がない生徒たちを、いかに将来、活躍できる国際人として育成するか―――。具体的な活動と、松村湖生校長先生に、同校が目指す「グローバルに活躍する人材の育成」についてもお聞きしました。
5つのコンピテンシーを育成する探究学習とは
関西大学中等部・高等部では、関西大学の学是として受け継がれている「学の実化」(「学理と実際との調和」「国際的精神の涵養」「外国語学習の必要」「体育の奨励」)を教育理念として掲げています。探究学習とは、教育理念の中心となる「学理と実際との調和」を目指して、5つのコンピテンシー(「自律力」「人間力」「社会力」「国際力」「創造力」)を育成し、社会の変化に応じて生徒が自分で考え行動する「考動力」を身に付けるための柱となる教育活動です。
探究学習では、教科学習で得た知識を駆使しながら、各自が決めたテーマについての研究に取り組みます。探究学習で培われた課題発見・解決能力や論理的思考力によって、教科学習のさらなる向上を目指せるだけでなく、自らの興味・関心に気付くことで学びへの意欲も高まります。
教育の2本柱で身に付ける課題解決力・異文化理解
――まず、御校の探究学習と国際理解教育の概要について教えてください。
(松村校長)本校には、探究学習と国際理解教育の2つの柱があります。探究学習は、生徒の問題解決能力を身に付けさせるのが目的です。生徒にはまず、興味のあることを持たせ、情報収集させることから始めます。集めた情報を分析し、考察していく中で新たな課題が浮かび上がります。
そこで、さらに新たな情報を収集する際に、専門的な知識を持った大学の先生などにサポートしてもらっています。探究学習においては、この「情報収集」「情報分析」「考察」「新たな問い」というプロセスが重要です。このプロセスを何度も繰り返すほど、課題が研ぎ澄まされ、問題解決能力は磨かれていきます。
一方、国際理解教育の目的は、異文化理解です。台湾やシンガポール、韓国などの学校から交換留学生を迎え、異文化に触れる機会を生徒に提供しながら、英語を活用してお互いの文化について理解を深めています。
ローカルからグローバルへ。「考える科」で思考スキルを磨く
――中等部ではどのような活動をしているのでしょうか。
(釈)中等部では、総合的な学習の時間を使い、自分の存在や社会との関わりについて考えるプロジェクトに取り組みます。1年生では「MACHI」プロジェクトとして、学校がある高槻市について知ることから始めます。2年生では、「MIRAIプロジェクト」として、産業を通じて人と経済とのつながりや地域社会について考えます。3年生では「MICHIプロジェクト」として、抽象的な概念を取り上げることで、最終的には自分のあり方について考えていきます。
――いわゆる5教科7科目とは別のカリキュラムで進めているのでしょうか。
(釈)基本的には別カリキュラムですが、他の教科と連携させながら進めるのが理想なので、試行錯誤しているところです。例えば、英語科と協力しながら、研修の内容を英語で発表させる場を持たせています。2022年度は、京都へのフィールドワークをポスターにまとめる形で発表しました。また、2023年度は沖縄研修の内容を、2月の総合学習の発表会後に、英語で報告しました。
――中等部の探究学習では、「考える科」という取り組みもされていますね。具体的な内容を教えてください。
(釈)「考える科」は、思考スキルを総合的に活用し、習得させる活動です。1年生では、水平思考を鍛えるとともに、教科や総合的な学習の時間で必要なディスカッションする力やプレゼンテーションをする力、書籍から調べてまとめる力などを育成していきます。
2年生では、さらに論理的・体験的に表現ができるように取組を進め、最後にはディベート大会を実施します。3年生では、高等部のプロジェクト学習につながるよう、パラグラフライティングなどで文章を書く力を育成します。図や写真について自分の意見を文章で表現する活動を繰り返していきます。
大学教員も参戦! 高等部の少人数ゼミで興味関心を深める
――高等部での学習の進め方について教えてください。
(釈)高等部になると、少人数のゼミに分かれて活動します。ゼミは「社会系列」「人間系列」「自然系列」「安全系列」の4つの系列に分かれており、生徒が自分の興味・関心のある系列から活動したいゼミを選んで学びます。
・社会系列(3ゼミ):経済産業・地域創生・政治
・人間系列(3ゼミ):国際協力・文化歴史・教育
・自然系列(2ゼミ):都市環境・自然環境
・安全系列(2ゼミ):危機管理・災害事故
1年生ではグループ研究によって身近なことから課題を見つけながら、探究活動の基礎を養います。2年生になると個人研究に変わり、一人ひとりが自分の学び方を優先しながら、課題解決に向けて取り組みま、論文を執筆します。
3年生では、これまでの探究活動のまとめとして、抄録の作成や研究発表会を実施します。ゼミでの取り組みには多様性を持たせており、フィールドワークに行ったり、一般企業で働く人に話を聞いたりすることもあります。
――ゼミ活動にはそれぞれの教科担当の先生が指導するのですか?
(釈)教員は、基本的に生徒に伴走しながらフォローする役割なので、必ずしも専門に関わるゼミにつくわけでははありません。専門性の部分については、年間に6回、各ゼミに1名ずつ大学の先生に来てもらい、サポートをお願いしています。
生徒たちだけでは視野が狭くなりがちな部分にアドバイスをもらいながら、研究を進めていきます。SGHの指定を受けてから、大学との関わりも強くなり、先生に特別講師を協力してもらえる流れもスムーズになりました。
――生徒さんたちはどのようなテーマで研究していますか。
(釈)社会系列で「大阪にある能勢町における物流サービスの最適化」・人間系列で「日本における重国籍の是非と国籍選択」・自然系列で「昆虫を利用した飼料削減の方法」・安全系列で「多剤服用の危険性」などのテーマに取り組んでいる生徒もいました。
研究の内容については、1年生の最後にポスター発表、2年生の終わりには論文、3年生の6月に卒業研究発表会という形で発表します。3年間通して同じテーマに取り組む生徒もいれば、2年生から新たな研究をスタートする生徒など、個人によってさまざまです。
中高で取り組んだ研究を生かして大学へ進学する生徒もいます。ただ、中にはやりたいテーマが見つからない生徒もいるんです。そういう生徒に対しても、少人数制のゼミなら教員の目が届きやすいので、サポートしやすい環境が作れているのではないかと思います。
自分に何ができる? 相手を思い行動を起こせる「グローバル市民」へ
――国際理解教育ではどのようなことに注力して取り組んでいるのでしょうか。
(堀尾)中等部から高等部へと探究学習を進めていく段階で、世界にも視野を広げていくための柱となるのが国際理解教育です。国際理解教育の最終的なゴールは、グローバルリーダーの育成ですが、まずお互いの文化を理解し、違いを尊重した上でコミュニケーションが取れる「グローバル市民」になることが大事だと思っています。
本校では、生徒の異文化理解を深めるために、海外研修や交換留学生制度に取り組んでいます。コロナ禍の間は中止していましたが、2023年度から、イギリスへの語学研修や、台湾やシンガポールとの交換プログラムを再開しました。台湾の國立台湾師範大学附属高級中学高中部・國中部とは協定を結んでおり、中等部で3名、高等部で4名の留学生を受け入れています。
<シンガボールの現地校での交流風景>
――交換留学生の受け入れについて、具体的な内容を教えてください。
(堀尾)受け入れる生徒の人数は、1クラスにつき1~2人です。一緒に授業を受けたり、エクスカーションとして校外活動にも参加したりしています。基本的に、交換留学生として現地の学校に行く生徒が、「バディ」となって受け入れる生徒を担当する「バディ制度」を取り入れています。
とはいえ、バディ以外の生徒たちも、それぞれの場面に応じてサポートする様子が見られたので、学年全体で受け入れていたという印象です。
――生徒さんたちの反応はいかがでしたか。
(堀尾)生徒たちの様子を見て、人との関わりが人間として成長する鍵になることをすごく感じました。受け入れを再開するときは正直心配もありましたが、同年代で共通点も多く、同じ目線に立てることがとてもよく作用していたと思います。
<数日間の受け入れでも、別れを惜しんで涙する姿も…>
例えば、「学食のメニューがわからないと困るだろうな」と相手の立場に立って考えて、英語に苦手意識を持っている生徒がなんとか説明しようと頑張っている場面もありました。言葉を超えたコミュニケーションを経験することで、生徒本人の自信にもつながりますし、英語の勉強ももっと頑張ってみたいという気持ちが生まれると思います。
――学校や学年全体として何か具体的に取り組んだプログラムなどがあれば教えてください。
(堀尾)留学生たちの来日に合わせて、生徒たちが構成した「国際交流委員会」が学食に働きかけてシンガポールフェアや台湾フェアをやっていました。例えば、ルーロー飯やマンゴープリンなど、その国の料理をメニューに入れてもらえるよう学食と交渉し、値段まで決めていました。
留学生たちもとても喜んでくれていたようです。シンガポールからの生徒たちとは、一緒に京都へフィールドワークに行って和菓子作りを体験したり、生徒が考えたプランで京都の町を散策したりもしました。
2024年度、韓国・タイへの新たな研修スタート!
――国際理解教育の観点から取り組んでいるプログラムがあれば教えてください。
(堀尾)2024年度から、韓国とタイへの研修旅行の実施を予定しています。韓国研修は台湾・シンガポールと同様に相互交流プログラムです。5月にまず韓国の生徒が本校を訪問して交流を行います。その後、本校の希望者が12月に韓国の学校を訪問する予定です。事前学習として、参加希望生徒は放課後などを利用して韓国語や韓国文化について学ぶ機会を設ける予定です。
――韓国の生徒さんが来校した際には、どのような交流を予定されているのでしょうか。
(堀尾)本校の授業に参加してもらう予定です。また、たまたま同じタイミングでハワイからも高校生が来校することになっているので、放課後に韓国とハワイと本校の生徒でインターナショナルデーのようなイベントを企画しています。韓国の先生からSDGsや多文化共生について話す時間を設けてほしいとの要望もいただいているので、ぜひ実現したいと考えています。
――タイへの研修旅行ではどのようなことを予定していますか。
(堀尾)1月に、高等部2年生の全員(約150名)が参加します。主な目的は、異文化理解と探究です。タイと日本には長い交流の歴史があり、旅行先としても人気があり、さまざまな価値観に触れる切り口がたくさんあります。異文化を受け入れる良い機会にもなると思い、研修旅行先に選びました。タイでは、探究学習の一環として、現地の社会課題について考える機会も設けたいと考えています。
その1つとして、スラム街の子どもたちを支援している、「ドゥアン・プラティープ財団」という団体を視察する予定です。タイは、貧富の格差が非常に大きい国です。タイのスラム街で暮らす人々の生活や、彼らを支援している人々の活動を見ることで、世界の現状や、さまざまな人の生き方についての認識を深めてほしいという思いもあります。
また、0(ゼロ)バーツショップの見学や体験なども予定しています。0バーツショップというのは、スラム街に住む人々が集めたゴミと引き換えに業者からクーポンをもらい、商品と交換できる仕組みです。生徒たちには、知恵を使ったアイデアや取り組みが、人の生活に変化を与えられることを感じてもらいたいと思います。
――生徒さんたちが自分の生活とかけ離れている状況を見て自分事化できるような工夫などは考えていますか。
(堀尾)「自分ごととして考えなさい」と言われて考えるのではなく、生徒たち自身で気付けることが大切だと思っています。そのためにも、自分たちが持っている視点を変えて、現地の生活を見てほしいです。
探究学習には労力が必要。しかしそれだけの価値がある
――最後に、今後の展望をお聞かせください。
(釈)探究学習の内容については開校以来ずっと深めてきてはいますが、今後は中等部・高等部ともに、各教科とのつながりや、キャリア教育へのつながりも含めてもう少しブラッシュアップしていきたいと考えています。
(松村校長)本校では「探究学習」と「国際理解教育」の2つの柱によって、「問題解決力」「異文化理解」「英語力」を身に付けた生徒を育成し、グローバルに活躍できる人材を育てるという目標を掲げています。
ただし、本来の目的はその先にあるウェルビーイングです。自分だけでなく、みんなで幸せになろうという人材を育てたいと考えています。探究学習も国際理解教育も、教員たちの並々ならぬ努力や熱い思いがあってこそ実現しているものです。大学とのつながりや交換留学生の受け入れなどは、確かに労力のいる仕事ですが、生徒たちの成長を思うと、それだけの価値がある取り組みだと考えています。
取材:小泉純・小林慧子/構成:小林慧子/記事作成:白根理恵