研究発表をモチベーションにつなげた実践紹介 日本人生徒をサイエンスの国際舞台で活躍できる人材に!
最終更新日:2024年11月18日
「サイエンスの国際舞台で日本の高校生を活躍させたい。」そんな思いで取り組んでいるのが立命館中学校・高等学校です。22年連続でSSH校の指定を受けるなど、理数教育のフロントランナーとして走り続け、立命館大学への内部進学に加え、国公立大学や難関大学への進学者を輩出しています。そんな同校が力を入れるのが高2・3対象の「理数系国際」に特化したSSGクラスです。今回は、高校2年生の同クラスの担任を務められている英語科の武田菜々子先生に、理系グローバル人材育成のための取り組みや英語授業実践についてお話を伺いました。
国際教育に焦点を当てた取り組みで、グローバルに活躍する科学者の育成を目指す
――先生がご担当されているSSGクラスの取り組みを教えてください。
本校はかねてより理数教育に力を入れており、文部科学省によるSSH事業が始まった初年度から指定を受けています。そして、2005年頃から理数系の生徒に対する国際教育と英語運用力に焦点を当て始め、現在では主に3つの取り組みを中心に学習実践を行っています。
・Japan Super Science Fair(以下JSSF):日本最大級の理系高校生のための国際学会。毎年11月に立命館高等学校が主催・運営を行う。2024年で22回目を迎える。
• 国際共同課題研究:海外の学校の生徒と共同で実施している取り組み。SSHの重点事業として他校と協働して実施。
• 国際科学交流:海外提携校の生徒の短期受け入れや本校生徒の派遣を通じた相互交流。将来出合う国際舞台を高校生のうちから体験させることが目的。
この中で、JSSFでの研究発表を一番の大きな柱とし、将来国際舞台で活躍する科学者の育成を目指しています。
目指すは質疑応答のできる英語運用力
――SSGクラスにはどのような生徒が在籍されているのですか?
学年に1クラスなので大体40名ほどになります。SSGクラスに入ってきた時点では、英語に苦手意識を感じていたり、海外経験や国際交流経験がない生徒も多いです。
――すると、SSGの柱として設定されている国際舞台での発表や共同研究などは、生徒にとって大きな挑戦ですね。ハードルの高さを払拭するために意識していることを教えてください。
SSGでは、「高3のクラス全員がJSSFで研究発表と質疑応答をする」をゴールに設定しています。ゴールへの約1年半の間に、普段の授業での段階的に少しずつ力を付けていくこと、そして場数を踏むことが非常に重要だと考えています。
いきなり高い目標を設定されると、生徒もつらいですからね。少しずつハードルを上げて、無理なく最終ゴールにたどり着けるように、何度も発表経験や質疑応答の活動を授業の中に組み入れています。そうして成長を遂げた3年生の発表を1・2年生が見ることで、「自分にもできる」と思えるのか、安心して授業に付いてきてくれます。
――取り組みの中で「研究発表」と「質疑応答」が特徴的だと感じました。「研究発表」に力を入れたのはクラス設立当初からですか?
いえ、私が着任した2005年当時はノウハウの蓄積もわずかで、どのように生徒の英語運用力を向上させるかの模索段階でした。そもそも文理選択の際、理系の生徒の選択理由が「英語が好きじゃない・苦手だから」なことは往々にしてありますよね。
――わかります。私も数学が苦手だったので文系選択をしました(笑)
そういった生徒が多い中で、何を英語学習のモチベーションにすればいいのか、とても悩みました。そんなとき、すごく印象的だったのが、当時、担任をしていた理系生徒が文化祭でポスター発表をしている姿でした。
日本語での発表でしたが、本当に生き生きと、そしてうれしそうに研究内容や成果を話していたのです。生徒の「伝えたい」という思いは非常に強いモチベーションになることを実感し、学習の柱につなげられないかと思ったのです。
ただ、現在の形になるまではかなりの紆余曲折がありました。本校では早い段階から海外のサイエンスフェアなどに参加するなど、英語で研究発表をする機会自体は設けていました。しかし当時は限られた生徒を短期集中的に指導するというやり方で、参加希望の1組程度の研究グループを放課後や長期休暇期間に手取り足取り、1から発表のやり方を教え、ようやく国際舞台に立つ、といった感じでした。
限られた生徒への集中特訓では教員も生徒も疲弊してしまい、サスティナブルではありません。やはり、時間をかけながらクラスに在籍する生徒全員がしっかりと研究発表をできる状態にしていく重要性を感じました。2007年にはクラス全員が研究発表を目指す方針を立て、授業のシラバスも変えました。その後、3年間でクラス全員が立派に研究発表できるまでになりました。
――すると、「質疑応答力の向上」は次の段階だったのでしょうか?
そうですね。まずは質疑応答の「応答力」に力を入れました。台本とスライドさえあれば発表自体はできます。しかし、応答力には英語での質問をしっかり聞き取ることが求められます。聴衆のなかには生徒が聞き慣れないアクセントを持つ方もいらっしゃいます。正確に聞き取り、さらに質問内容を理解し、回答するにはかなりの英語運用力が必要です。日ごろの訓練が大切なので、生徒全員の発表が軌道にのるようになった頃から授業の活動に応答力強化も取り入れ始めました。3~4年ほど続けた結果、応答力も身に付くようになりました。
そして次の段階を思索していた頃、ある大学の先生から「日本人の生徒にとって最も難しいのは、手を挙げて質問すること」という言葉をいただきました。たしかに国際舞台で聴衆として参加した発表に、その場で手を挙げて質問することのハードルは高いと感じました。あわせて、日本の生徒たちが国際舞台でリーダーシップを取れるマインドや行動を身に付けられないか、と考え、いまは「発表に対して積極的に挙手をして質問すること」を目標とした活動を取り入れています。
突飛なことはせず、まず基本的な英語力を身に付けることが大切
――普段の授業ではどのような指導をしているのでしょうか。
基本的に、検定教科書や教材を使って指導をしています。英語で研究発表するからといって、突飛なことはしていません。単語学習や音読練習といった普段の英語学習の中に、研究発表に必要な要素を授業に組み入れています。
高2の段階で、いきなり特殊な研究発表のまね事をするのはあまりおすすめできません。コンテンツの作成に時間を取られてしまいますし、基本的な英語力が身に付かない可能性もあります。理系の研究発表は専門用語が出てくるものの、ベースとなる英語表現などは日常会話で使うものと変わりはありません。
ディクテーションやリテリングなども、教科書の英文などを使って行っています。まずは教科書などに載っている既存の英文を使ってプレゼンのスキルを身に付けておき、最終的に自分の課題研究で発表させることが大切です。
――授業中の取り組みはどのようにしていますか?
一例ですが、英語で教科書の英単語の定義を書いたリストを作っています。それを、一人の生徒が定義を言ったらもう一人がその単語を答える、というように、英語から英語への言い換えを音読練習の時間に行っています。
ほかには、まず教員がスライド仕立てにした教科書の内容をプレゼンし、実際の発表と同じようにアイコンタクトやジェスチャーを意識しながらリテリングさせることもあります。
質疑応答については、必要な力を5つに整理し、それぞれを養うための活動をしています。
• 「質問を聞き取る力」
• 「多様な語彙力」
• 「聴衆とのコミュニケーション力」
• 「自分の言葉で自由に表現する力」
• 「研究内容についての十分な理解」
たとえば「質問を聞き取る力」の強化としてディクテーション、語彙力を鍛えるために単語テストを行ったりします。質疑応答には“Did I answer your question?”などの頻出表現をリストにして配布しています。ほかには、自分の考えを英語で伝えるために、1分間スピーチやディベートもさせています。
最初の3年間は大変。でも10年間で生徒は大きく成長した!
――生徒の変化を教えてください。
最初の3年間は本当に大変でしたが、課題発表に取り組んでから今年で20年目になり、特にこの10年間でだいぶ生徒にも浸透してきた印象です。生徒へのアンケート結果を比較すると、その変容がよくわかります。
たとえば、「英語での研究発表は意味のある経験だったか」という質問に対しては、「大変そう思う」と回答した生徒の割合が増えました。「満足のいく発表ができた」「質疑応答の場で海外のコメンテーターからの質問をほぼ聞き取れた」という生徒も増えており、プレゼン力やリスニング力が付いてきていることもわかります。
また、国際舞台で発表するに当たり、自分の研究をより深く理解しようという意識を持って取り組んだことで、研究の質が上がったと感じている生徒もいました。
モチベーションを持たせれば、英語嫌いの理系生徒もコロッと変わる!
――理数系生徒の英語運用力向上にご苦労されている先生も多いかと思います。まずはどのようなことから始めればよいでしょうか。
「英語で伝えたい」というモチベーションを持たせることが大切です。そのためには、なんとか海外の高校生と接する機会を作れるといいですよね。たとえば、修学旅行に来ている生徒を学校で引き受けて、雑談するだけでもいいと思います。
研究発表には、なるべく多くの場数を踏ませることが大切です。初めは、文化祭や部活などでも構いません。小さな発表から段階的に進めて、最終的なゴールとして大きな発表の場を設定してあげるのがおすすめです。発表では、司会を立てるなどして華やかな舞台を設定し、「サイエンスってかっこいい」という雰囲気を出すと生徒も意欲的に取り組めると思います。英語での発表のモチベーションを上げるために、できれば同じように科学研究をしている海外の高校生との共同の発表会ができれば理想です。
また、3年生の研究発表を見た1年生に「頑張ればここまでできるんだ!かっこいい!」と思わせることも大事なのです。そういう意味では、最初の3年間がかなりキーになるといってよいと思います。
取材・構成・編集:小林慧子/記事作成:白根理恵