文法や語彙を教えても、生徒に学ぶためのモチベーションがなければ、学びは定着しません。「英語に興味がない生徒をどう学習に向かわせるか」――。これは多くの英語教員が抱える共通の課題です。
本記事では、女子美術大学付属高等学校・中学校で20年近くのキャリアを持つ英語科教員、横江和子先生への取材を通じ、生徒の情熱を動力源に変える独自科目「アートイングリッシュ」の仕組みを解き明かします。文法指導と探究を両立させる現実的なカリキュラムや、生徒が自ら読み進めたくなる手作り教材のカラクリなど、あらゆる学校の授業づくりで応用可能な実践のヒントを伺いました。
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英語への苦手意識がある生徒が、自ら前のめりに学ぶ理由
――英語に苦手意識を持っていたり、学習のモチベーションが湧かない生徒への指導は、多くの先生方の共通の悩みです。御校の生徒さんの様子はいかがですか。
(横江)もちろん英語への学習意欲が高い生徒や、得意な生徒もいます。ただ一方で、「自分にとって英語は何のために必要なんだろう」と感じている生徒も少なからずいるのが現状です。
――そうした生徒さんたちが、どのようにして英語学習に向かっていくのでしょうか。
(横江)やはり、題材が自分の興味のあるものだと、おのずとモチベーションは高くなります。本校の場合はそれが「美術」です。本校は普通科の進学校ですが、入学条件が「美術が好きなこと」であるほど、生徒たちは作ることや描くことが大好きです。生徒たちは大好きな美術に関して豊富な背景知識を持っているので、その知識が助けとなり、通常は難易度が高い英文でも、読めることがあるのです。
さらに、自分の好きな分野だからこそ、「作品について言いたいことはすごくたくさんあるのに、英語で何と言えばいいか分からない」という葛藤が生まれます。そこから「あ、こういう風に言えばいいんだ!」と分かった時の定着率はとても良いと感じています。興味がある内容で、かつ必要に迫られて知った表現だからこそ、忘れないのだと思います。

▲Art Englishの授業風景(先生ご提供)
――美術に限らず、サイエンスなど他の分野でも「生徒の興味関心を中心に据える」アプローチは、他校でも応用できそうですね。その際、教員はどのようなスタンスで生徒をサポートするのが効果的でしょうか。
(横江)いくら英語ができても、中身(言いたいこと)がないと何も出てきません。本校の生徒たちの場合は「美術が好き」という前提があるため、「言いたいことがたくさんある」という強みを持っています。
教員にできるのは、日本語でも言葉にしづらいモヤモヤした気持ちや、ふわっとした思いを、どうやって違う言語で表現していくか手助けすることです。本校の生徒は作品づくりと向き合う中で、「自分はどういうことをやりたいのか」を常に突き詰められています。そうした生徒が何を言いたいのかをうまく引き出し、英語と結びつけるサポートをしてあげたいと意識して聞くようにしています。
理想と現実のギャップを埋める「アルファ」と「ベータ」の役割分担
――授業はどのように設計されているのでしょうか。
(横江)高校の「論理・表現」の授業として、通称「アートイングリッシュ」という科目を設け、授業は「ベータ」と「アルファ」の二つの形で展開しています。「ベータ」は日本人教員2名がつき、1クラスを2つのグループに分け、少人数で同じ内容を行うインプット中心の授業です。文法事項を扱いながら、アーティストの生い立ちや美術史の流れを汲んだ文章を読み込みます。
「アルファ」は、ネイティブ教員と日本人教員がクラス全体を2人で見るティームティーチングです。このアルファの授業では、実際に美術館へ行った時の鑑賞方法や、目の前の絵画についての英語でのディスカッションなど、実践的な活動を行います。
――「アルファ」の授業では、英語が苦手な生徒が専門的な内容についていけなくなる懸念はないのでしょうか。
(横江)アルファの授業で担当しているアメリカ人教員は、母国で美術を教えていた経験があり、自身もアーティストです。美術の言葉にならないような感覚を英語で言語化するのをリードしてくれるのですが、専門的な内容を英語で次々と説明されると、英語が苦手な生徒はついていけなくなる部分もあります。
そこで、日本人教員がクラス運営のスケジュール管理や、英語が苦手な生徒へのきめ細やかなフォローを担う役割分担をしています。

▲英語教育のグランドデザイン(当校ホームページより ※1)
文法はおろそかにしない。明日からできる「例文の工夫」という妥協点
――「ベータ」での文法指導と、アートについて学ぶ時間のバランスはどのように取っているのですか。現場の先生方からは「探究的な活動をしたいが、文法を教える時間がなくなる」という葛藤をよく聞きます。
(横江)週のコマ数にもよりますが、1学期間で約10コマあるとすると、半分はアートに関すること、半分は文法事項という半々くらいのペースです。英語の基本構造が分かっていなければ美術のことは語れません。ですから文法指導はおろそかにせず体系的に行っています。ただ、少しの工夫として、文法を伝える際の例文を生徒の興味を惹く内容で提示するようにしています。
――文法とアートのテーマを、どのように行き来させているのでしょうか。
(横江)例えば、助動詞や完了形など、文法学習の時間を計画的に配置しています。そして、その間に「今日はバスキアの作品解説のリスニングを聞いてみよう」と、生徒が興味を持つアートの話題に浸る時間を挟むこともあるのです。
大好きなアーティストの話であれば、難解で長時間のリスニングでも生徒は前向きに取り組んでくれます。プリントの穴埋めをしながらアーティストの時代背景や作品について知り、さらに自分の感想や面白いと思った部分を話し合ったり書いたりします。文法も学習しつつ、背景知識を知れるアートの話でリフレッシュするような、良いサイクルで流れています。
「読めない部分が気になる」心理を突いた一次資料のカラクリ
――教材にはアーティストの一次資料を取り入れ、手作りされていると伺いました。あえて難解な資料を使う理由は何でしょうか。
(横江)教科書の他に、ゴッホが残した手紙を読み、返事を英語で書く活動をしたことがあります。読解には難しいことも多いですが、生徒には背景知識があります。そのため、英語が苦手な生徒でも、小難しい文法用語を並べ立てずとも、ざっと読んでみて「よく分からない表現もあるけれど、こういうことを言っているんでしょ」と文脈から推測できたりするのです。あえて本物の一次資料を使い、難しい文章でも「意外に読めるじゃん!」「私にも読めるんだ」という成功体験を積んでもらう。そして英語への心理的なハードルを下げることを意識しています。

▲手作り教材例(先生ご提供)
さらに、英文の中で、自分が知っている「読めるところ」と「読めるところ」の間に挟まれて「読めないところ」があると、生徒はそこがすごく気になるのです。「ここに書いてあることをもっと深く読みたい、大好きなアーティストについて知りたい」と強く思うからこそ、一生懸命辞書を引いて調べようとするのです。
――インプットの素材として、アーティストの映像なども活用されているそうですね。
(横江)はい。近年まで活動していて、映像が残っている画家の『アーティストトーク』のリスニングなども行います。実際に活躍しているアーティストが自身について語るのを聞くことで、「将来自分がその立場になったら、こういうイメージでやればいいんだな」と、ロールモデルとして示せる側面もあります。
悔し涙と挫折。グローバルな舞台を見据える原動力
――プログラムの集大成としては、どのようなアウトプットに挑むのでしょうか。
(横江)高校3年生の最後に、「ベータ」では『アーティストステートメント』といって、自分がどんなアーティストなのかを説明するプロフィール文を書けるようにします。「アルファ」の最終目標は『アーティストトーク』です。実際に海外の美術館で自分がアーティストとして呼ばれた想定で、自分の作品を英語でプレゼンし、そのときに飛んでくる予測不能な質問への質疑応答までをすべて踏まえてやっていきます。
――テストのために学ぶのではなく、「表現者として答えたい」という内発的な必要性から英語を求めるようになるのですね。
(横江)そうですね。今はSNSなどが普及しているので、作品をインターネット上に公開すると海外からアクセスがあり、さまざまな質問が来ます。そこに応対する必然性が生じることもあります。
また、高校3年生が上野の東京都美術館で卒業制作展を行うのですが、過去には外国の方から作品について「なぜこうしたのか」と聞かれた生徒が、作品に込めた言いたいことは山ほどあるのに、「何と言えばいいか分からなくて、適当に笑ってごまかしてしまった」「意図していない形で伝わってしまった」と悔しい思いをしたそうです。さらに、海外で個展のチャンスをもらった卒業生が、アーティストとして英語で何を求められるかが分からず「すごく大変だった」というリアルな苦労話も聞いてきました。

▲2024卒業制作展の様子(学校公式動画より ※2)
――そうした生徒の悔しさや苦労を目の当たりにした経験が、この授業の立ち上げの原動力につながっているのですね。
(横江)ええ。英語の知識が十分でないことで「自分には難しい」と感じ、萎縮して諦めてしまうことがあるのは、できるだけ避けたいと感じています。だからこそ、彼女たちにチャンスが巡ってきた時には、臆せずにそのチャンスを掴んでもらいたい。少しでもその手助けができたら、という切実な思いがありました。
7年前の立ち上げ当初から、正解のない時代に、自ら導き出した独創的なアイデアを、グローバルな舞台で臆せず自分の言葉で表現できる生徒を育てたいという思いを持っています。将来、アーティストにならなかったとしても、独創的なものを臆せずに表現し、チャンスを自らの手で掴み取れるよう、これからも生徒のサポートを続けていきたいと思っています。
(取材・編集:小林慧子/構成・記事作成:松本亜紀)
関連サイト
※1:当校のArt in English
https://www.fuzoku.joshibi.ac.jp/education/english/
※2:2024年度卒業制作展の説明動画より画面キャプチャ。
「最新動画一覧」(https://www.fuzoku.joshibi.ac.jp/movie/)内の「2025.06.25 [【スクールポット】2024卒業制作]」





