「自分はどうせ英語なんてできない」。そんな分厚いフィルターを持った生徒たちを前に、頭を抱える教員は少なくないでしょう。石川県の北陸学院中学校・高等学校で教鞭をとる平田 純先生のクラスにも、ローマ字を書くことが苦手な生徒から、中学校段階で英検準1級を取得している生徒まで、非常に多様な学力層が混在しています。そんな中で平田先生が辿り着いたのは、「音読は実技である」という割り切りと、読みやすい教科書を使って「あれ、自分も英語読めるじゃん」という成功体験を生み出すことでした。
教員1年目、ひたすら黒板に英文を書き写していた泥臭い試行錯誤の時代から、プロジェクターを活用した現在の「同時通訳チャレンジ」へと至るまでの葛藤。そして、昨今の「コミュニケーション重視」「和訳廃止」の風潮とは一線を画し、あえて「教科書を声に出して読めること」にこだわる独自の教育観。「自分の子どもに受けさせたい授業」を目指す平田先生に、音読を用いた授業設計のプロセスを伺いました。
「読める快感」を与える音読活動
―― 現在担当されている生徒の状況と、授業で大切にされていることを教えてください。
(平田)本校は私立の学校であり、生徒の学力層は非常に幅広いです。中学校の段階で英検準1級を取っている生徒もいれば、ローマ字の学習でつまづいた経験があったり、「dog」の最初の文字を「b」と書いてしまったりする生徒も同じ学校にいます。だからこそ、私の根底にあるのは「英語を好きになってもらいたい」という強い思いです。多くの生徒は、過去のつまずきから「自分はどうせ英語なんかできない」という分厚いフィルターをかけてしまっています。まずはそのフィルターを取り外すことが先決です。
そのため、授業では相対的にわりと読みやすい教科書(『Revised LANDMARK Fit』啓林館)をあえて選んで使っています。難しい文章を時間をかけて少しだけ読むより、平易な文章で量をこなし、「あれ、自分でもこの英語読めるかもしれない」という成功体験、言ってみれば“良い勘違い”をさせたいのです。
私は英語の「音読」を、体育や家庭科と同じ「実技」だと捉えています。どれだけ英語がわからない生徒でも、「私はあなたを愛している」は英語で「I you love」ではなく正しい語順で「I love you」と言えますよね。これは文法の知識としてではなく、今までの人生のどこかでその音を聞き、口に出した経験があるからです。たとえスペルが書けなくても、練習して目で見た情報を音に変え、口から出して耳から入れる作業を繰り返せば、英語は実技として必ずできるようになります。
―― 授業の中で、具体的にどのような音読活動を行っているのでしょうか?
(平田)読めない単語ばかりのスライドを見せられても、生徒は絶対に暗記できませんし、やる気をなくします。だからこそ、「読める快感」を仕掛ける必要があります。具体的には、教室のプロジェクターや電子黒板を活用し、PowerPointで英文をスター・ウォーズの最後の字幕のように下から上へとスクロールさせます。生徒はそれに遅れないように音読するのです。物理的に文章が上に流れて消えてしまうので、一種のゲーム感覚で必死に目で追いかけます。

また、これをYouTubeに限定公開でアップロードし、家庭での練習用としてプリントに二次元コードを載せて配っています。そして、学期末の定期テスト後には、この動画を使った「パフォーマンステスト」を実施します。ただ単にテストをするだけでなく、定期テスト自体にも「音読さえしていれば、単語のスペルが完璧でなくても音の記憶で括弧の穴埋めができる」という問題を必ず入れます。テスト勉強と音読練習を直結させることで、テスト前になるとYouTubeの動画再生回数がグンと跳ね上がります。「テストがあるから仕方なく」読んでいるのかもしれませんが、教員からすれば「しめしめ」という仕掛けです。
音読活動に取り組むようになったのは、自分も英語ができなかったから
―― 現在の授業スタイルに至るまでには、どのような試行錯誤や葛藤があったのでしょうか。
(平田)英語教師になるなんて思ってもいなかった高校入学当初は「have」を「ハベ」、「shine」を「シネ」と読んでいたくらいでした(笑)。だからこそ、英語がわからない子の気持ちが痛いほどわかるんです。
教員1年目の頃(バージョン0)は、とにかく生徒が迷子にならないよう、教科書の英文を黒板にすべて手書きしていました。しかし、私の字は汚く、書くのも遅かったので非常に効率が悪かったです。そこから10年ほど経ち、学校にプロジェクターを借りて、背景を黒、文字を白にして投影し始めました(バージョン1)。これで板書の手間が省け、過去の授業の画面もパッと出せるようになりました。
そして現在(バージョン2)は、さらにアニメーションを使って英文を流すなど、音読や実技をメインにしたスタイルに行き着いています。ただ、パワポには「チョークで黒板をカンカンと叩く音」や「黒板を消す動作」がないため、寝ている生徒を起こすきっかけが減ってしまい、できない生徒を置いていってしまう弊害もありました。そうした失敗にも気づきながら、少しずつ今の形にアップデートしてきました。また、生徒の実態に合わせるため、誰が担当するかもわからない前年度のうちに副教材を決めてしまうことにも反対し、目の前の生徒の顔を見てから教材を選ぶようにしています。

―― 「コミュニケーション」や「即興性」が重視される昨今ですが、あえて「教科書を読めること」にフォーカスする理由は何ですか?
(平田)最近のパフォーマンステストといえば、ALTの先生との即興のやり取りなどが主流ですよね。もちろん即興性も大事ですが、私は「与えられたものを読めない人が、即興で自分の考えをペラペラ喋れるわけがない」と思っています。
まずは文科省の検定を通った目の前の教科書を、しっかりと読めるようにすること。それができて初めて、テストで点数が取れて「今回は赤点じゃなかった」と喜べる。そこから次のコミュニケーションへと繋がるのではないでしょうか。即興性を測るテストは教員にとっても評価基準が曖昧になりがちです。しかし、音読のパフォーマンステストなら、教員の負担を減らしつつ、生徒に対して平等で不公平感のない明確な評価ができます。レベルの低い話だと思われるかもしれませんが、私はこれが英語学習の土台として絶対に必要だと信じています。
音読×同時通訳の位置づけ
―― レベルが上がると取り組むという「同時通訳チャレンジ」は、どのような意図で行っているのですか?
(平田)先ほどの下から上へスクロールする英文に合わせて、英語を読むのではなく日本語訳を遅れないように口頭で言わせる活動です。物理的に英文が流れていくので、後ろから前に戻る「返り読み」をしていたら絶対に置いていかれます。目に入った順に、頭の中でスラッシュを引きながらポンポンと日本語にしていく感覚を養うためです。

ペアワークで1文ずつ交代で日本語訳をさせてみると、「意味はわかるんだけど、言葉にならない」という生徒が必ず出てきます。しかし、それは「わかっていない」証拠です。本当にわかっていることは、どんなに美しくない表現でも必ず日本語になります。実はこの活動、特進クラスの成績上位者でも、初見の文章では意外とできません。私はあえて「予習をするな」と指示しているのですが、初見でできないからこそ生徒の「悔しい」という心に火がつき、必死に練習するようになります。できる生徒は、画面に表示されていない先の文章まで読んでしまうこともあり、それを見ると「あいつ、ここまで練習したな」と嬉しくなりますね。
―― 和訳を避ける風潮もある中で、あえて日本語訳を取り入れる理由は何でしょうか?
(平田)今は「文法訳読式は古い」「和訳はNGだ」という風潮がありますが、私は「なぜ和訳が悪なのか?」と疑問に思っています。
もちろん、授業中に一生懸命ノートに日本語訳を書かせるような無駄なことはさせません。プリントの裏に訳はすべて載せていますし、「生徒が今目の前にある英文を理解できているか」を手っ取り早く確認する手段として、日本語訳を口頭で言わせること以上に最適な方法はないと思っています。 同時通訳のようなスピードで日本語が言えるということは、その教科書の英文を完璧に理解しているというサインです。いくらコミュニケーション重視とはいえ、アルファベットを書くことも苦手な生徒を放っておいて、すべて英語でコミュニカティブな授業を進めるのは、現場のリアルとして間違っていると感じています。

一生モノの英語力を生徒たちに届けていきたい
―― 音読や、時には洋楽などの活動を取り入れると、教科書が終わらないという焦りはありませんか?
(平田)大きな声で言っていいかわかりませんが、教科書が終わらないことはよくあります(笑)。シラバスに書いたからといって、意地でもその通りに進めるのは教員のエゴです。目の前の生徒の様子を見ながら、進捗は柔軟に変えていくべきだと思っています。
よく「魚を与えるのではなく、魚の釣り方を教えよ」と言いますよね。私は生徒に「英語の読み方」を伝えたいのです。「こういうふうに同時通訳的に読むんだよ」という方法さえわかれば、あとは単語さえ調べれば自分たちで自学自習ができるようになります。だから、授業で全レッスンを終わらせることに固執せず、読み方を伝えた上で残りは長期休暇中の宿題にすることもあります。

―― 最後に、平田先生が授業づくりにおいて今後も大切にしていきたいことを教えてください。
(平田)「自分の子どもをこの学校に入れたい」「親戚の子に自分の授業を受けさせたい」と思えるような教育をしていきたいですね。本校ではオンライン英会話も導入していますが、やはり最後は人間の温かみがコミュニケーションのすべてです。AIではなく人間相手だからこそ、家族を紹介して笑い合うような温かい会話が生まれます。
本校には、公立高校が不合格になり、すべり止めで入学してきた生徒もたくさんいます。世界に羽ばたくグローバル人材を育成することも大事ですが、私は国内で頑張る生徒たちにとっても「わからないことがわかるようになる喜び」を味わわせてあげたい。 英語はみんなの敵ではありません。「最初は嫌だったけど、先生にいっぱいやらされて、なんだかんだ読めるようになって楽しかったな」という思い出を作って卒業してほしい。そして、いつかふとした瞬間に、音読で染みついた英語が自然と口から出てくるような、そんな一生モノの力を生徒たちに届けていきたいと思っています。





