「教科書を全部終わらせなきゃ」「単語をすべて教えなきゃ」そんなプレッシャーに縛られ、目の前でつまずいている生徒を置き去りにして授業を進めてしまった経験は、多くの教員にあるのではないでしょうか。 埼玉大学教育学部附属中学校で英語教諭を務める蓬澤(よもぎざわ)守先生も、かつては「教員だから教えなければいけない」という思いに囚われ、葛藤を抱えていたといいます。
では、蓬澤先生はどのようにして生徒と一緒に考える「ファシリテーター」へと指導観を転換させたのでしょうか。AIや翻訳ツールを活用する生徒へのリアルな「言い換え」指導の実践や、バックワードデザインを用いた単元計画、そして明日からできる中間指導のヒントについて伺いました。
生徒の困り感を学びの機会に変える中間指導
―― 授業の中で、生徒の「困り感」を取り上げた具体的な実践エピソードを教えてください。
(蓬澤)2年生の授業での出来事です。今の時期、2年生は3年生から部活動を引き継ぎ、学校の中心として後輩を引っ張っていく立場になります。ある生徒が、自分の思いを発表する場面で「責任感を持って取り組む」と言いたかったのですが、英語でどう言えばいいか分からず、翻訳ツールを使って調べました。
その生徒は発表で「responsible」という単語を使ったのですが、聞いている生徒には意味が伝わらず「What is responsible?」と聞き返されてしまいました。すると、ツールで調べて発表した当の本人すらも、質問は理解したものの、その質問に答えることができなかったのです。

そこで私は学級全体に、「今、responsibleって言ってくれたけど、責任感ってそもそも何だろう? 君たちだったら英語でどう表すか、みんなで考えてみようか」と投げかけました。すると生徒たちから、「一生懸命物事に取り組むことだから『Do my best』がいいんじゃないか」「自分の仕事をちゃんとやることだから『Do my job』で表せるのではないか」と、自分たちが知っている表現を使ったアイデアが次々と出てきました。
―― 翻訳ツールに頼るのではなく、自分たちの言葉で言い換えることに気づいたのですね。
(蓬澤)はい。言いたいことをそのままツールに入れて難しい単語を引き出すのではなく、「日本語から日本語へ噛み砕き、そして英語にする(日→日→英)」というプロセスが大切だということに、生徒自身が気づき始めました。私はAIや翻訳ツールを使うこと自体は否定していませんが、使い方には注意を促しています。
たとえばALTとのパフォーマンステストで、ツールを使って完璧な原稿を作り、それを発表したとします。道端で困っている外国人に、私たちが流暢な現地の言葉で話しかけたら、相手は「この人は話せるんだ」と思って容赦ないスピードで言葉を返してきますよね。それと同じで、自分が本当は意味を理解していない「背伸びした英語」を使うと、ALTから高いレベルの英語が返ってきてしまい、結果的に自分の首を絞めることになると伝えています。相手との共通言語を探り、聞き手の立場に立つことの重要性を、こうした中間指導の場面で伝えています。
中間指導を重視するようになった蓬澤先生の原点とは?
―― 蓬澤先生ご自身は、最初から現在のような指導スタイルだったのでしょうか?
(蓬澤)いいえ、教員になったばかりの頃は、「先生だからいろいろなことを教えてあげなきゃ」「子供だからできないのは当然で、大人が手ほどきしなきゃ」と思い込んでいました。しかし、そうやって教え込んでいるうちに、「この教え方は本当に生徒のためになっているのか?」と自問自答する時期がありました。
そこで自分が教員になった原点、「自分の言葉で自分の考えを伝えられる人を育てたい」という思いに立ち返ったのです。生徒たちは十数年生きてきて、すでにさまざまな人生経験を持っています。だからこそ、教員がゼロから教え込むのではなく、彼らが「持っているものを引き出してあげる」お手伝いをするべきだと気づきました。

―― そこから、生徒との関わり方はどのように変わっていったのでしょうか。
(蓬澤)以前は、生徒から意見が出ると、つい教員目線で「正しいね」「いいね」と自分の物差しを押し当てて評価してしまっていました。そこから脱却し、「なんでそう思ったの?」「なぜその言葉が出てきたの?」と、一緒になって考えるファシリテーターのような存在へとシフトしていきました。
もちろん、最初はうまくいきませんでした。授業を進めなければいけないという焦りがある中で、生徒に問いを投げて考えさせた結果、1時間の授業がぐちゃぐちゃになり、終わらなくなってしまったこともあります。それでも、「教員が授業を進めるための1時間」ではなく「生徒のための1時間」であるはずだと考え直し、グッとこらえて生徒の困り感に寄り添う経験を重ねることで、少しずつファシリテーションのスキルを調整してきました。
中間指導を実践できるようにするバックワードデザイン
―― 限られた授業時間の中で、生徒の困り感に寄り添う「余白」をどのように作っているのでしょうか。
(蓬澤)ベースにあるのは「バックワードデザイン(逆向き設計)」の考え方です。従来型の授業のように「この単元が終わったので、ここで学んだ文法(canなど)を使ってみましょう」という進め方だと、生徒は「canを使えばいいんでしょ」と空気を読むだけで、本当の力が測りづらくなってしまいます。
そこで本校の英語科では、1学期分の単元を横断する大きな「パフォーマンス課題」を事前に設定しています。例えば2年生なら、7月に行われる林間学校に向けて、「あなたにとってリーダーシップとは何か、それをどう実践するか」という深いテーマを設定し、早い段階で一度生徒にトライアウトさせました。

当然、最初はうまく言えません。しかし、その「できない経験」があるからこそ、続く単元の学習において「聞き手の立場に立って伝えるにはどうすればいいか」「構成をどう工夫すべきか」といった必要性に気づくことができます。たとえば、教科書本文の登場人物のやり取りからも「その発言をしたのは聞き手がこんな気持ちだったからだ」という構成やリアクションの価値に気づき、ただ音読活動に臨むだけでなく、実際に使いながら自分のものにしていく様子が見られました。ただ与えられた英文を音読するのではなく、自分の力に変えるために自ら音読活動に進んで参加していたのです。達成したい目標が明確にあるからこそ、単元の途中で生徒が「言いたいけど言えない」と困った時に立ち止まり、余白を使って一緒に考えることができるのです。
―― 学年や教科全体でそのような設計を共有するのは大変だったのではないですか?
(蓬澤)私は本校に11年在籍していますが、人事異動もあり、今の体制に落ち着いたのはここ数年のことです。初めは私一人で実践を重ねていましたが、「生徒に与える・教え込む」設計から「生徒が必要だから学ぶ」設計へと変えたことで、生徒の学びに向かう姿勢や発言が明らかに変わりました。生徒たちの変容を同僚の先生方が実感してくれたことが、英語科として方針を共有できた一番の要因だと思っています。
―― こうした単元設計や目標は、先生方の間だけでなく、生徒にも共有されていますか?
はい、そこはとても大事にしているポイントです。教師が「こうなってほしい」といくら強く願っていても、生徒自身がその目標を理解していなかったり、そもそも目標として意識できていなかったりすると、両者の間にズレが生まれてしまいます。それでは「学びたいのに学べない」という状況につながりかねません。だからこそ、目標を見える化して生徒と共有することを大切にしています。
一般的に、単元そのものの目標は「この文法項目を使えているか」など基準を明確にしやすいことが多いです。明確にしやすいが故に、生徒に明示をすると「これを達成すればAでしょ」と基準に合わせにいくだけの、いわば「空気を読むだけの時間」になってしまう側面もあります。そこで最近では、目指してほしい水準(B基準)は教師が示しつつ、それを超えるA基準は生徒自身に考えさせる、という進め方も取り入れています。
単元を超えた目標は使うべき表現や手段が一つに決まっているわけではありません。なので、ルーブリックのように細かく示すというよりは、目標を常に掲げておいて、生徒がそれを超えられたかどうかを都度確認していく、という関わり方のほうが合っていると感じています。

実際に授業で利用した授業案をサンプルとしてご提示いたします。
ポイント①:単元を超えた目標を明記しました。
ポイント②:「聞くこと」の単元目標を達成したあとに、単元を超えた目標に再度挑戦するための言語活動を設定しました。
「教え込む」のをやめて、「一緒に考える」ゆとりを持つ
―― 現場で授業をこなすことに精一杯になっている先生方へ、メッセージをお願いします。
(蓬澤)公立学校の先生方のお話を伺うと、「教科書のページ数が多いから全部終わらせなきゃ」「載っている単語はすべて100%理解させなきゃ」と思い込んでいる方が非常に多いと感じます。単語テストをして書けない生徒がいると、「もっと教え込まないと」と焦ってしまうのもよく分かります。 しかし、その生徒が書けないのは知識がないのではなく、発音が分からなくて書けないだけ、というように別の要因が隠れている時もあります。そこに気づかずに教え込んでしまうのはとてももったいないことです。

もし「この単元は8時間しかないから進めなきゃ」とプレッシャーを感じているなら、一度その思いから脱却してみるのをおすすめします。目の前で困っている生徒を放っておいて授業を1時間進めてしまうことの方がはるかに損失が大きいと思います。授業を生徒に委ねて反応を待つのは怖いかもしれません。しかし、「なんで書けないんだろうね」「みんなはどう思う?」と一言投げかけてみると、意外と生徒は答えを持っていますし、自分たちで考えることができます。
本校に来る教育実習生もよく、授業づくりで悩みます。そんな実習生にも「一緒に考えてみる」姿勢を伝えてみたところ、ある教育実習生は教え込むのをやめて生徒と同じ目線で悩むことで、授業内外でも「先生、これってこうですか?」と生徒から話しかけてもらう場面が増えたそうです。このようなちょっとしたことからも、新しい信頼関係が生まれることもあるのです。 まずは目の前の生徒の「困り感」に気づき、一緒に考えるゆとりを持つことから、一歩を踏み出してみてほしいと思います。





