未来のエンジニアを育てるCLIL型授業の開発と実践 ~意義あるトピック設定と足場掛けの工夫~
最終更新日:2025年11月26日
英語「を」学ぶではなく、英語「で」学ぶことを軸とした教授法“CLIL(Content and Language Integrated Learning)”。生徒の知識や経験を活用して学べることから、学習モチベーションへの効果も期待されています。
CLILだからこそ、苦しくなりすぎず、学びが深まるのです――。
そう語るのは、東京工業高等専門学校の樫村 真由先生。工学専門の教員とタッグを組み、工学を内容としたCLIL型授業の開発・実践に取り組んでいます。実社会の要求を反映させたトピックの設定方法や、英語に苦手意識を持つ学生へのアプローチ方法など、具体的なノウハウについてお話を伺いました。
基礎的なトピックこそ意義がある
――CLILをとり入れているのは、どのような授業でしょうか?
(樫村)5年生対象のComprehensive Englishという全学科の学生が受講できる選択授業です。教材は、長岡工業高等専門学校(以下、長岡高専)機械工学科の青柳 成俊先生らと一緒に開発しています。長岡高専でも、4・5年生対象の英語の選択授業で同じ教材を使っています。
――青柳先生(長岡高専)と協働することになった経緯を教えてください。
(樫村)青柳先生とは、J-CLILを通じて知り合いました。その後、出版社企画の『工学×CLIL』の教材開発プロジェクトが立ち上がった際、私が青柳先生をお誘いしチームに加わっていただいたのです。私が英語教育、青柳先生が工学教育、とそれぞれの専門分野の視点から議論を重ね、精度の高いCLIL教材の開発を目指していました。本件は頓挫してしまったのですが、引き続き教材開発を共に行いたいという想いから私よりお声掛けし、再びタッグを組むこととなりました。
――教材開発は具体的にどのように進められたのでしょうか?
(樫村)今回の教材開発では、長岡技術科学大学(以下、長岡技科大)主催の「高専-技科大 共同研究助成(2年連続採択)」と、その助成終了の翌年に交付された科研費(科学研究費用助成事業)を利用できました。複数名、複数教育機関の教員での教材開発なので、ADDIEモデル(ビジネス分野におけるPDCAサイクルを教育分野にとり入れたフレームワーク)を採択し、より緻密なステップを踏むことを意識して計画を立てました。

――分析に基づいたトピックの選定は、非常に特徴的ですね。
(樫村)調査自体はWebアンケートで、①工学を専攻する学生、②学生時代に工学を専攻した社会人、③高専生の教育に携わる教職員を対象に実施しました。アンケートの作成段階から学生に参画してもらい、まずは彼ら自身が学びたいトピックで選択肢を作り、それ以外のトピックについては自由記述してもらう形で調査をしました。学生のニーズを把握することで、彼らにとって関心の高い内容をとり入れ、学習モチベーションにつなげることを期待しました。高等専門学校は「技術者の育成」という役割を担っていますので、実社会の要求を反映させた教材を開発したいという想いがあったからです。
ニーズ分析の結果、グローバルエンジニアに必要な社会的責任の4つの基礎と題して「安全:Human Error」「倫理:Engineering Ethics」「環境:Environmental Issues」「貢献:Intellectual Property」という、あえて基礎的なテーマを選定しました。たとえば、現在ホットなテーマを設定したとしても、社会状況の変化や新技術の導入により、実際に授業で扱う頃には陳腐化してしまっていることってありますよね。また、授業を受講する学生たちの所属学科はさまざまなので、どの学生にとっても役に立つものになるよう配慮しました。
――青柳先生(長岡高専)との教材開発時の役割分担や進め方について教えてください。
(樫村)「マトリックス表」という、教材内での導入・展開・発展・総括的な活動およびタスクと役割分担の全体像が見える図を作成・共有しています。各タスクの狙いだけでなく、CLILの「4つのC」の分配を可視化することを大切にしています。教材作成者同士・教材使用者同士が「4つのC」をより意識できるからです。この構成に合わせて具体的なタスクを組んでいます。
タスクの作成にあたっては、まずは青柳先生が、テーマに沿った題材と一部のタスクを提案します。次に私が、題材に沿ったさらなるタスクを作成したり、青柳先生が作成されたタスクに肉付けしたりして、高専生が無理なく内容と英語を学習できるようなCLIL教材となるよう調整していきます。タスクがある程度仕上がった段階でオンラインもしくは対面でミーティングを行い、内容をブラッシュアップしていくという流れです。
「英語」教材の開発という点では、科研費で契約しているChatGPTを積極的に活用しています。また、私が作成した教材を複数の先生方の視点からご確認いただき、より精度を高めるようにしています。たとえば、青柳先生よりご紹介いただいた東北大学のKavanagh Barry先生にはネイティブチェックを、「高専-技科大 共同研究助成」時からお世話になっていた 藤井 数馬先生(元沼津工業高等専門学校 英語科教員)には、語彙レベルのチェックと調整を担っていただいています。それぞれのご専門分野のお力をお借りすることで自身の負担軽減となり、注ぐべきところに力を注げることにつながるのです。
足場掛けで「わかる」「できる」を積み重ねる
――開発した教材を利用した授業は基本的に英語で行うのでしょうか?
(樫村)使用言語のバランスは、受講する学生の英語力に合わせています。2025・2024年度は6~7割、2023年度は4割程度を英語で行いました。ただ、学生が理解できていないように思うときは、日本語で言い直すこともあります。学生は、専門科目に特化した知識やスキルが豊富な一方、一般教養や英語に苦手意識があることも多いです。All Englishにこだわるというよりは、学生の興味・関心の高い分野に引きつけ、彼らのモチベーションを刺激しながら授業ができるとよいと思っています。
――そういった学生に対して、授業をする上で工夫されていることを教えてください。
(樫村)意識していることは4点ほどあります。1つ目に、あえて長文の素材を入れず、ビジュアルエイドをなるべく使うようにしています。たとえば、Environmental Issuesを扱った授業の冒頭では、視覚的にわかりやすく、イメージが湧くような写真を選びました。文章の素材は、長くても100words程度にとどめ、学生の心理的ハードルが下がるよう工夫しています。

2つ目に、タスクを明確にし、今何をしたらいいのか、目に見えてわかるようにしています。たとえば、先ほどの写真を見て何が起きているのか考えさせるアクティビティでは、“What happened?”“Where?”“Who was/were responsible?”“Why do these things happen?”と、質問をいくつかに分けて提示し、答えを書き込める枠を作ることで、学生が迷わずにタスクに取り組めるようにしています。
3つ目に、足場掛けを意識しています。たとえば、アルミニウムの再生過程を理解するアクティビティでは、まずそれぞれのイラストと単語とをマッチングしてもらいます。そのうえで、再生過程の図に沿って、先ほどマッチングした単語を改めて書き込めるようにしています。アクティビティを1つするにしても、いくつかの段階に分けて提示することで、学生が無理なく理解できるようにしているのです。

授業中のシェアリングに向けた下地作りとして、表などのビジュアルエイドを完成させるようなタスクを出しています。授業中にうまく言葉で説明ができなくても、作成してきたビジュアルエイドを見せれば参加できるようにしているのです。また、サンプル解答やひな形となるような英語表現をあらかじめ提供することで、学生が授業に参画しやすいよう配慮しています。
4つ目にグルーピングは、なるべく違う学科の学生同士で組むようにしています。たとえば、先ほどのアルミニウムの再生については、物質工学科の学生は知識があると思うのですが、電気工学科の学生はあまり馴染みがないかもしれません。ダイバーシティは広く大きくなっていたほうがおもしろいし、誰がどこを補えるかはわかりません。学び合える環境づくりを意識しています。
STEAM教育としてCLIL教材活用の可能性を模索
――実際に授業で実践してみて、どのようなことが見えましたか?
(樫村)教材の英語レベルとしては一般的に難しい単語や読み物を使っていたとしても、高専の学生にとってはそれほど難しくなかったということがありました。彼らが日本語で知っている内容であったり、論文で見たことのある単語が出てきたりなど、すでに得ている知識をうまく活用できていたようです。
また、本プロジェクト実施期間中に、長岡高専で青柳先生が各年度で行ったCLIL型授業実施後に取った受講者アンケート結果をまとめたところ、興味深い結果が出ました。以下、2つの開発教材の受講者アンケート(2021年度前期トピック:Human Error、2022年度後期トピック:Engineering Ethics(回答者32名)、2024年度前期トピック:Environmental Issues(回答者36名)ただし、回答者は同じではない。)の結果を紹介します。
16問のアンケートにおいて、各設問に「とてもそう思う」・「そう思う」と回答した学生の割合を見てみました。3つの教材のアンケートの平均値を見ると、英語運用能力の向上という観点からは、特に「語彙力」(88%)、「文法理解」(80%)、「英語表現の活用」(88%)、「リーディング」(83%)の向上が望めるという肯定的な回答が多くありました。一方で、「リスニング」(50%)や「スピーキング」(50%)の向上については、他と比べて低く出ました。
とはいえ、全体として8割以上の学生が「英語学習への意欲が高まった」(81%)、「工学的内容に興味を持った」(84%)と回答しており、英語学習と専門学習の統合が学習動機の向上に寄与していることが確認できます。また、「工学専門の内容を同じ専攻の学生達と英語で学ぶと英語力が向上する」(89%)という回答も高く、同じ専攻分野の学生同士で専門知識を共有しながら学ぶことが、内容理解を助け、英語使用の実践機会を高めていると考えられます。
さらに、CLILが重視する高次思考との関連では、「思考力の向上」(89%)、「分析や創造を通じた英語理解」(88%)、「専門内容を英語で学ぶ重要性」(86%)、「社会的・国際的課題の英語での学習」(89%)といった項目がいずれも高く、教材が単なる言語学習に留まらず、内容理解・分析・創造を促す構成となっていることが示されていると思われます。特にHuman ErrorやEngineering Ethicsのユニットでは、社会的課題や倫理的問題に対する関心を喚起する効果が顕著であり、学習者の社会的意識を高める役割も果たしています。これらの結果は、英語力育成と工学に関連した思考、さらに社会的視野の拡張を同時に実現できる教材としての可能性を秘めていることの証しであると考えます。
――今後、開発された教材を中学校や高等学校の先生が使えるように公開したりなどのご予定はありますか。
(樫村)前向きに検討しています。実は、ネイティブチェックをご担当いただいている東北大学のKavanagh先生が、2025年度の後期に行う高校生と大学生の協働学習授業で、開発した教材を使用する予定です。一方で、今回の教材は高専や大学レベルでの開発ですので、学習者に合わせた調整が必要になってくると思います。STEAM教育とうまく絡めながら、最適なトピックを考えたい、というのが私の次の計画です。
取材・編集:小林 慧子/構成・記事作成:早田 愛
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