直球でぶつからず「変化球」を極める 多読の実践者が語る、周囲の懸念や不安との向き合い方
最終更新日:2026年4月21日
教育現場において新しい取り組みを始める際には、必ずと言っていいほど周囲の不安や懸念や反発という壁にぶつかるものです。福岡女学院中学校・高等学校で「多読・多聴」をはじめとする英語教育の実践を続けてきた坂本彰男先生も、数々の試行錯誤と葛藤を経験されたお一人。本記事では、坂本先生の教育の原点となる出会いから、失敗とリカバリーのプロセス、そして「変化球」を極める重要性について伺います。
英語は「使ってなんぼ」。しかし、道は一つではない
—— 先生の英語教育における「原点」について教えてください。どのような経験が、今の教育観につながっているのでしょうか?
(坂本)私の英語教育の原点は、大学時代に所属していた英語サークル(ESS)での経験にあります。とても真面目でストイックなサークルで、毎日のようにリスニングやリーディング、暗唱、スピーチなどのレッスンがありました。私は通訳部門に所属し、長期休みには青少年自然の家に行って、英語しか使ってはいけないキャンプにも参加しました。朝起きてから寝るまで、お風呂に入っている時もご飯を食べる時も英語漬けの環境だったのです。
この「英語を使いながら覚えた」という強烈な体験が、教員となってからのスタンスを決定づけました。生徒に教えるときも、ただの座学ではなく「使ってなんぼ」だと思っています。教科書や問題集だけでなく、思いついたことをいろいろと試してきました。単なる多読・多聴にとどまらず、国際交流やプレゼンテーション、英語の曲を使った活動など、ありとあらゆるアプローチを柔軟に取り入れる姿勢は、この原体験からきています。
—— 新しい取り組みを次々と実践される中で、失敗や葛藤を感じたことはありましたか?
(坂本)新しいアイデアを次々と実行する中で、当然ながら失敗や葛藤もありました。たとえば数年前、高校生を教えていたときのことです。英語でカバーされた日本語のJ-POPを使い、生徒に歌う練習をさせました。その音声を教育支援アプリ「ロイロノート」で録音して提出する、という宿題を出したのです。軽音部でボーカルを務める生徒は普段以上に意欲的に課題に取り組む一方、歌うのを嫌がって課題をまったく出さなくなる生徒も現れました。そのとき、一つのことを全員に押し付ける指導は逆効果をもたらすと気づきました。
英語教員は真面目な人が多く、「これと決めたらこれしかしない」というベストメソッドに固執しがちですが、私は「全員に理想的な教材はまずありえない」と思っています。どんなことをやっても、生徒の反応を見るとやはり必ずうまくいくというものはありませんね。ディスレクシアのように文字の読み取りが苦手な生徒もいると思います。だからこそ、自分が良いと思うものであっても「余白」を残しておく必要があるのです。

良いと思って調子に乗り、鼻をくじかれる——そんな経験を繰り返す中で、生徒の多様性を学び、「数撃ちゃ当たる」という柔軟性が必要だと感じるようになりました。
やりたいことを実践するために必要なのは「データ」と「仲間」
—— 新しい実践をしようとすると孤独な戦いになりがちだと聞きますが、先生はどのように戦ってきたのでしょうか?
(坂本)多読のような読書教育を授業で行うことは、日本においてはハードルが高く、周囲の理解を得にくいという現実があります。読書が良いというのは分かっていても、それを授業時間を費やしてまでやるとなると、途端に実践者は激減し、孤独な戦いになっていきます。
周囲の懸念や不安に対抗するための武器となったのが、私の「理系マインド」です。実は高校時代、理数コースに在籍していたので、データを取って分析的に考える習慣が根付いているのだと思います。多読に関して、本当に大丈夫なのかという不安をぶつけられることもあります。でも、長い間データを取って検証し続けているので、「力もつくし、時間はかかるかもしれないけど成績にもつながりますよ」と話ができます。批判されても反論できるだけのデータやネタは常に持っているのです。
—— そのデータやネタを外部発信されているのはなぜですか?
(坂本)自分だけしか知らないテクニックを分かち合うことで、損をするとは思っていません。むしろ、惜しみなく分かち合うほど、天からもっと与えられるという信念があります。流していると、上からもっと流れてくるという感覚があるのです。アイデアの卵が孵ったとき、それがもしかしたら「ドラゴン」になるかもしれません。若い先生方も従来の考え方にとらわれない柔軟な発想で、ぜひいろいろなことを試してほしいですね。
また、発信をする中で孤独な戦いを救ってくれる「横のつながり」ができるのも大きいです。学校内だけだと孤独で戦うことになり、力が必要になります。校外に出て、あるいはオンラインでも構わないので、同じことを考えている仲間を作ることが大事です。悲しいときや理解されないときに、悩みを共有できて、自分は一人じゃないと思える居場所が助けになります。
反対意見は不安のあらわれ。「変化球」で寄り添うことが大切
—— 若手教員が新しいことを始めようとして壁にぶつかったとき、状況を打破するためのアドバイスをお願いします。
(坂本)若手や中堅教員の皆さんには、「直球だけではなく、変化球の投げ方を学ぶこと」をアドバイスしたいです。新しいことに対して、同僚や保護者は「よくわからない」という不安から反対することが多いです。そこで直球でガチンコ勝負をして水掛け論になっても、誰も幸せになりません。大切なのは、その不安に寄り添うことです。

私自身、多読における「変化球」を徹底的に極めています。多読に対して「絵本ばかり読んでいて受験は大丈夫か」という不安の声があることを踏まえ、10年近くかけて144冊もの英語の長文問題集を買い揃えました。総語数にして107万語分になります。絵本が嫌なら、長文問題集を読んで入試頻出のテーマに慣れてもいいよ、と水口まで連れて行くことができます。
さらに、多読の対極にあると思われがちな文法指導においても、ChatGPTを活用し、全て「バレーボールの例文」で構成されたフルカラーの文法解説スライドを300ページ以上も作成しました。
中途半端ではなく、徹底的に変化球も極めてしまう。自分のやり方が一番だと思っている人たち以上のことをやることで、相手に自分のことを理解し、受け入れてもらうための一歩になるのだと思います。



