本当の自分を目の当たりにする――― ディベートを使った英作文授業の実践で生徒のHumanityを掘り下げる

最終更新日:2024年4月10日

神奈川県随一の中高一貫校である栄光学園中学高等学校。学習指導要領にとらわれない自由な授業設計の同校で、生徒に思考の言語化を通し、客観的に自分を見つめられるようになってほしいという願いから、片居木純太先生はディベートを使った英作文の授業に力を入れています。英語のスキルのみならず、人間教育を実現する授業実践について伺いました。

自らの持っている偏見を自覚してほしい

―――育成したい生徒像をお伺いできますか?

(片居木)本校はカトリックのイエズス会学校で、理想の人間像として「MEN FOR OTHERS, WITH OTHERS」を掲げています。他者とともに、そして他者のために奉仕するリーダーの育成が目標です。私自身も同じ想いで、生徒指導や教科指導に取り組んでいます。

英語教育の面では、生徒が自分自身の思考を言語化する機会を多く作っています。英語は多様な文化的背景を持つ人々と通じ合うためのコミュニケーションツールです。文化というと「折り紙」などの触れることのできる文化物が浮かぶかもしれませんが、私は「人の考え」ととらえています。

つまり、「他者の文化を理解するとは、他者の考えを理解する」 ことであり、そのためには偏見があってはならないと思うのです。自分の持っている思考を言語化することで客観視し、浮かび上がってきた自らの偏見を自覚することが最初の重要なステップです。その上で、相手に誤解を与えないように表現し、受け取った情報を正しく解釈できるようになることを意識して授業を行っています。

また、授業中のさまざまな場面で「他者とともに、他者のために」というモットーに沿った授業を行っています。中でも大切にしているのが「生徒同士の教え合い」です。授業内ではクラスメイト同士での意見交換や単語の情報などを共有する場を設けています。

教科書を使わない、生徒が助け合いながら行う授業

―――具体的な授業内容を教えてください。

(片居木)私の授業は1つの単元が6つのタスクで構成されており、ディベートを使った英作文を中心としています。授業の目標は「トピックに関する英作文を時間内に1人で書けるようになる」と設定し、ディベートはその目標を達成するために実施しています。ディベートそのものも難しい活動なので、ディベートをする上で必要な学習を段階的に含めています。

 

●第1タスク:英作文
トピックを提示し、制限時間10分間で、辞書や参考書の助けを借りずに自分の意見を書かせます。事前知識なしで取り組むので十分に書けない生徒がほとんどです。しかし、ここでのねらいは、書けない事実を自覚すること。そして、書けない理由が語彙不足なのか、知識不足なのかなど、生徒の学ぶべき内容を浮き彫りにし、その後の授業を受ける目的を意識してもらいます。

●第2タスク:読解
ここからディベート準備が始まります。トピックへの理解を深めるために、関連する文章の読解を行います。文章読解ではジグソー法を用いています。具体的な方法としては、まずトピックについて文章を複数用意し、生徒をグループ分け。次にグループ内のメンバーそれぞれが異なる文章読解を担当するように配布。読解を進める中で、たとえばAの文章を託された生徒はAグループで集まり、単語や文章、内容を確認し合います。その後、自分のグループに戻り、自分の担当した文章の内容をグループのメンバーにプレゼン。学び合い・教え合いの機会を作るとともに、知識を深めていきます。読解用の文章は、教科書ではなく、海外の出版社が出しているディベート教材や論文から引用しています。

●第3タスク:立論準備
トピックへの肯定・否定の立論を作成します。ポイントはグループで協力し合いながら立論を共同制作すること。トピックの内容が難しいのでアイデアが浮かばなかったり、自分の考えを適切に表現するための文法が分からなかったりで筆が進まなくなることが多々あります。

そんなとき、一緒に立論を作る仲間がいることで補完し合えるのです。具体的には、まずは生徒①が冒頭部分を書きます。次に生徒②が続きを書く。続きは生徒③…という流れでどんどん立論が増え、最終的に複数の生徒が書いてくれた文章が自分のもとに返ってくるシステムです。すると、英語が苦手な生徒でも「こういうふうに書けばいいんだ」と参考にできるわけです。生徒同士が助け合うことでディベートのハードルを下げ、「これを見れば立論は書ける!」と思える状態を作ります。

立論作成を通して、関連語彙や専門用語を必然的に使うこととなり、さらに論ずる内容が増えれば、文章量が増える。加えて複雑な内容を表現するために使用する文法事項も多様化します。そんな試行錯誤を通して、どんどん学びの機会が増加していきます。

●第4タスク:誤文訂正
以前別トピックで提出した自由英作文の中で高頻出の間違いをピックアップした誤文訂正のタスクをグループで取り組みます。教員の添削を返却するだけだと、添削箇所に十分な意識が向かないことがあります。ポイントなのは「なぜ間違っているか」を生徒たち自身が思考する点。その後、「間違っている理由」の情報を教員が与えることがとても重要だと思っています。

●第5タスク:ディベート
1対1のディベートを実施します。複数名でのグループディベートにしない理由は、自分以外のメンバーが話す間、黙って待つ時間が長くなることを避けたいからです。また、そのグループ内で英語のできる生徒が頑張り、他の生徒から任せられてしまう状態も良くないと思っています。

1人でのディベートは、立論から反論、トピックについての内容や必要な語彙など、すべて自分が理解している必要があるのです。ハードルが高くなりますが、前述のような工夫で1人だけでも挑戦できるように生徒の素地づくりをフォローアップしています。

●第6タスク:英作文
第1タスクと同じ条件(辞書・参考書・援助なし)で、同じトピックについて立論を書きます。トピックについての知識や語彙、使用する文法の知識が増えているので、文章量が2倍に増える生徒もいるんですよ。驚きですよね。

1回目の英作文

2回目の英作文

自分自身で気づいていない偏見を炙り出すテーマを

―――ディベートや英作文のトピックはどのようなものでしょうか?

(片居木)肯定・否定で議論しやすいテーマでかつ、生徒がアイデアを出しやすいもの、そして生徒自身が気づいていない偏見を炙り出せるトピックを選んでいます。そのため、生徒の属性である「日本人」「男子」「若者」とはまったく異なるトピックを扱います。

たとえば、国際的に批判の多い日本の捕鯨活動の禁止について。捕鯨活動の賛否を扱う文章を見せ、賛成・反対の両方の意見とその理由を考えるよう促します。国外からの批判に目を向けることで、「日本」を客観的に見られるトピックです。

ほかには、定年制度廃止を題材にしたことがあります。「若者」とは異なる世代である「高齢者」への理解を深めることで、高齢者の方への先入観や偏見の存在に気づく生徒もいました。議論を通して、「今まで自分が思っていたことは正しかったのか」を見つめ直す機会になると思っています。

実感した3つの生徒の変化

―――授業を通じて生徒の変化は感じられますか?

(片居木)そうですね、ディベートを活用した英作文の授業によって、大きく3つあります。

まず英作文への苦手意識を持つ生徒が減ったこと。何をどう書けばロジックとして成立するか、というパターンを習得してくれている気がします。それによって外部試験で点数が取れるか否かはまた別の問題なのですが、「何も書けないことはなくなりました」と生徒からも言われています。

2つ目は、ロジックづくりのパターンを習得したおかげで、無根拠で英作文を書くことがなくなったこと。理由付けが弱かったり、トピックと無関係なことを書く生徒は少しずつ減っている印象はあります。

最後に、物事を中立的に第三者の視点で見られる生徒が増えたことです。「~についてあなたの考えを書きなさい」という英作文では、賛否どちらかの意見しか持てなかったのが、「どちらもあり得るよね」と書く生徒が若干増えました。「違う考えも間違いではないんだ」と視野が広がっていたら嬉しいです。

小さな成功体験を積み重ねることで自信をつけてほしい

―――自由な環境下であっても自分で考え行動する、という御校の校風が授業にも反映されているように感じました。

(片居木)そうですね。われわれ教員はとくに意識していると思います。英語の授業で多くの生徒が怖がるのは、「失敗して恥をかく」とか「せっかくやったのにうまくいかなかった」ということです。

ディベートをしたことがない人にとって、英語で社会問題について人前で話すのはハードルが高いです。「何も言えなかったらどうしよう」という恐怖心は、授業に向かう学習意欲を萎ませてしまいます。そこで、「何も言えない」状態に陥らせないための工夫が必要です。具体的には、トピックに関する知識、関連語彙、スピーチの型、素早く英作文を書く経験などといった、ディベートの成功に必要な知識・技能習得を小さな目標として設定し、成功体験を積み重ねることができる教室環境を作ることです。

「できなかった」ではなく、「できる!」と思わせるタスクを用意する―小さな目標を設定して、成功体験を増やす。そんな経験を漆を薄く塗るかのように少しずつ生徒みんなに積ませることで、失敗を恐れずに自由な発想や行動ができるようになるのではないでしょうか。ディベートをやるなんて難しいかもしれないし、自由英作文を書くのも自分には無理、と思うかもしれません。ですが、そのような壁を乗り越えるための適切な「足場掛け」を与え、自力でできることが増えていくのを実感することで、難しいことを成長のチャンスととらえ、前向きにチャレンジしていけるようなメンタルになっていく気がしています。

取材・構成:小林慧子/記事作成:大久保さやか

この記事を書いた人

国際教育ナビ編集部

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