教育トーク : 金融教育の専門家に聞く評価指標と授業理解度を深める3つの「F」
最終更新日:2022年12月16日
プロフィール
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東海国立大学機構 岐阜大学 副学長/教育学部教授 大藪千穂
京都市生まれ。京都ノートルダム女子大学文学部卒業。大阪市立大学生活科学大学院博士課程単位取得修了(学術博士)。 1994年~岐阜大学教育学部助教授(家政教育講座)を経て現在、岐阜大学教育学部教授(兵庫教育大学大学院連合学校教育学研究科教授を兼任)。2021年より副学長(多様性・人権・図書館長担当)。専門は生活経済学(家計分析、消費者教育)、環境とライフスタイル論(アーミッシュ研究)。 主な著書に、「岐阜人の不思議」(岐阜新聞社)、「生活経済学」(放送大学)、「はじめての金融リテラシー」(昭和堂)、「ちほ先生の家計簿診察室」(名古屋リビング新聞社)、「アーミッシュの謎」「アーミッシュの学校」「アーミッシュの昨日・今日・明日」(論創社、訳書)など。
学習指導要領の改訂によって2022年4⽉より導⼊が本格化した、⾼校家庭科・公民科での⾦融教育。前編では、その背景と現状にフォーカスして岐阜大学の⼤藪先⽣にお話を伺いました。
後編では、金融教育における評価の仕方について解説。また、これから授業を実施する際にチェックしておきたい情報源、授業を深めるために大藪先生が大切にされている3つの「F」についても教えていただきました。
授業後のアンケートから生徒の理解度を評価に反映
—— 授業における成果・評価は、どのように設定していますか。
(大藪) 私は、点数として何点というよりは、理解度を授業後の自由記述の感想として取ります。定量的な結果は出ませんが、微妙な心の動きや思考の変化が表れます。例えば社会保障制度についての授業後、「これは政府がおかしいんじゃないか?」「社会保障制度をもっと変えていくべきなんじゃないか?」と意見を持つ生徒や、「今の社会保障制度について、この部分はちょっと理解できなかった」と素直に表明してくれる生徒もいます。私は心が動いているところは積極的に評価していきたいと思うので、感想はいつも書いてもらって評価するようにしています。
人間の発達には3段階あります。まず1つは「わかる」、現状把握です。授業を受けて「面白かった」とか、「結構お金がかかるんだな」「老後って大変なんだ」とか、感想を書きますよね。その段階です。
もうちょっと深まる生徒は「こんなにお金がかかるなら、消費税を上げるぐらいで足りるんだろうか?」とか、「自分は親の面倒を見られるだろうか?」というように内面を掘り下げるようになります(価値の内面化)。そうすると、「じゃあ、あのお金はどうやって用意しているんだろう?」「政府はお金がないと言っているけれど、これから消費税はどうなるんだろう?」と課題や疑問にまで発展する感想が書けるようになるんです。
さらにもう一段階進むと、「私だったら、それを踏まえて貯金する習慣をつけよう」「今日先生が言っていた『iDeCo』というものをもう一度調べてみよう」というように、自己創造まで到達するのが、人間の発達と言われています。授業では生徒の書いた感想を読んで、現状把握だけに留まらず、価値の内面化とか自己創造までできているかどうかを確認するようにしています。それをもって評価に反映していますね。
授業で意識したい、理解を深める3つの「F」
—— 家庭科において生徒の理解を深めるには、授業でどのような工夫ができるでしょうか。
(大藪) 私は以前の共同研究者の杉原利治先生が提唱された「3F」というものを意識しています。まず、教育は面白くないといけないということで「Fun」。ゲームや映像というのは、そのための手段のひとつだと考えています。映像を授業に入れると、目から入る情報が多い分、より授業に集中しやすい傾向にあります。文章だと自分で想像しないといけないから、読むことによほど慣れていないとインプットは難しいですね。何より、楽しくできるというのがゲームや映像の良さです。
そして「Freshness」、情報の新しさです。知っていることを聞いても面白くないじゃないですか。授業後の感想を読んでみると、生徒それぞれハッとした部分や感じることが違うんです。「ここでこう思うのか」と私自身も気づかされますが、そういう新しい発見や気づき、「Fresh」な部分が1つでも感じてもらえるようにするのが大事だと思いますね。
最後は「Freedom」、どんな意見でも受け止めるという自由度は大切にしています。よく研究授業などを見ていると、最後の感想で、先生がクラスでも特によくできる生徒を指して、とても綺麗な答えを言って終わるというのがありますが、たとえ変な答えが出たとしても、それはそれで「どうしてそう思ったの?」と、その答えを起点に深めてあげたらいいと思います。
投資なんて、別に全員がやらなくたっていいんですよ。今は「投資をやらないと死んでしまう」みたいな同調傾向がありますが、そんなことはない。向いていないと思ったら地道に貯蓄して、節約して暮らしたらいいと思うんですよね。そういう意味でも、授業の中ではどんな意見でもまず「なるほど」と聞いてあげる。その上でおかしなところがあれば、「それはどういうこと?」とみんなで考えさせる。そうすることで、どんどん考えが深まっていきます。
—— 授業の中で、グループワークやディスカッションの時間は多く取られていますか?
(大藪) 大学の授業は100人規模になってくるのでなかなか難しいですが、オンラインの授業だとブレイクアウトルームを作って実施することもありますよ。また、学生が書いた回答を名前は出さずに公開して意見を言ってもらうとか、そういうことはやっています。
ゲームを使った授業も取り入れていますが、ゲームの部分は10〜20分くらいで、あとはグループワークです。ダラダラとゲームばかりやって「楽しかった、おしまい」では収拾がつかないので。私が作ったオンラインの人生ゲームでは、最後に自分の人生がグラフで出てくるので、なぜそうなったかを自分でコメントするんです。そうしたら、グループの人たちがそのコメントに対して、みんながコメントを返すみたいな形で、楽しみながら気づきが得られるような仕組みを入れました。
だから、グループワークで他者の意見を聞くというのは大事です。いわゆるアクティブラーニングですね。班の中で生徒同士で話しているといろいろな意見が出てきます。
無料で使えるツールいろいろ、金融教育はじめの一歩
—— 金融教育を導入するにあたり、「まず何をすべきかわからない」という先生方はまだ多いと思います。はじめの一歩としてチェックしておくべき情報源、活用できるツールなどはあるでしょうか。
(大藪) 金融教育だったら、金融広報中央委員会が「知るぽると」という情報サイトを公開しています。また公益財団法人生命保険文化センターのサイトには、私も参加して高校の先生方と作った教材もいくつか掲載されていて、そのまま使えるPowerPointデータや指導案もすべて無料ダウンロードできるようになっています。お金にまつわるリスクのことや保険、成人年齢引き下げに関する内容として充実していると思いますよ。
消費者庁のサイトにもかなりたくさんの教材が出ています。手っ取り早く利用するなら、そういう公的機関のものが良いと思いますね。
—— 他に、読んでおくべき本などはありますか。
(大藪) 本は少し専門的になってしまいます。例えば、投資について詳しい書籍となると大学で使用している教科書はありますが、読むのは結構大変だと思います。それを読む時間は先生方にはないでしょう。
YouTubeでわかりやすく解説している日経の記者さんもいらっしゃいます。そのまま全編を授業で流すというのは無理がありますが、投資のこととか、説明を聞き流しながら、「ここ大事だな」と思うところだけをメモして授業に反映することはできると思います。
また、情報商材の話は、日本証券業協会が作っている3分程度の短い動画がうまくまとめられていると思います。私も授業で使っていますが、マルチ商法の説明動画で、学生にはインパクトがあるようです。
教育委員会や研修の場を活用し、身近な人に相談してみては
—— コーディネーターについてのお話もありましたが(前編参照)、「何からすればいいかわからない」というとき、教員は誰に相談したらいいと思いますか?
(大藪) 分野が多岐にわたるので、「ここに相談してください」という窓口は残念ながらないですね。教育委員会が一番のルートだと思います。教育委員会が大学や専門機関と繋がっていたら「今こういうことができますよ」といくつか選択肢を提案してくれるのではないでしょうか。他にはやはり教員同士からの情報ですね。
大学の先生に相談するのも手だと思います。卒業生は私のところに連絡してきます。大学時代の先生との繋がりがあったら聞きやすいですよね。
実際には、研修の場での口コミが多いと思います。研修は本編だけでなく、その情報交換の場という機能がすごく大事なんですよね。研修に参加すると、そこで他校の先生方にもたくさん会いますから、そこで情報交換をしたり、連絡をとるようになるというのはありますね。「あの人に聞いた方がいいよ」「ああ、そうなんだ」という口コミから依頼が来ることもあります。
教員免許更新講習が廃止(発展的解消!)されましたが、やり方次第では先生方にはとても有用な場だったんじゃないかと思います。私も環境教育についての教材をたくさん渡して、「こんな授業ができます」と伝えたりしていました。小中高の先生方が集まるので、そこでかなり情報交換をしていました。それぞれ悩みがちょっとずつ違うから、個別に直接話すのが一番有効なんです。
公的機関以外、外部講師は難しいと思います。学校は公平性を重視していますので。
—— 何か制約があるということでしょうか。
(大藪) 大学ぐらいになるとまた別ですが、小・中学校などに保険会社の人が来て、「◯◯生命から来ました」と言って保険の話を聞いたら、もうそれだけで社名が耳に残ります。そうすると、後日テレビでその保険会社のコマーシャルを見たときに「◯◯生命なら知っている」という刷り込みになる可能性があるので敬遠されることが多いですね。そういう場合は公的機関を頼ったほうが良いと思います。