実体験から生まれる「気づき」を成長の糧に 海外研修・留学で、語学力を高める以上に大切にしたいこととは?
最終更新日:2025年12月25日
「自主堅正」を校訓とし、絶えず人格向上に努める精神の育成を目指している高輪中学高等学校。その精神を実践的に養う機会として、アメリカやニュージーランドを渡航先とする短期研修・留学を実施しています。
語学研修実行委員会チーフを務める横尾 淳一先生は、「教員が一方的に何かを働きかけるよりも、生徒自身が気づくことのできる環境を整えることが大切だ」と語ります。プログラム作りの工夫や、完璧を求めすぎない事前準備の在り方、語学力以上に生徒に期待することについてお話を伺いました。
「何がやりたいのか」「なぜやりたいのか」自分の軸を持てる人を目指して
――育成したい生徒像を教えてください。
(横尾)本校は「自主堅正」を校訓に掲げ、自分の意志で自分を戒め正し、困難を乗り越えながら人格向上に励む精神の育成を目指しています。生徒には、自分という軸をしっかりと持ち、「何がやりたいのか」「なぜやりたいのか」自ら考え行動できる人になってほしいと考えています。
中高の6年間は、自立に向かう途中の期間だと思うんですよね。もしかしたら中学入学のきっかけは、保護者や塾の先生といった身近な大人の助言が大きく影響していたかもしれません。しかし、学校生活を通して、誰かの助言をそのまま受け入れるのではなく、自分はどうしたいのかを考えて行動する経験を積み重ねていく。その過程で、立ち止まったり、「もっとこうすればよかった」と悔やんだりしてもいいんです。自分自身で考え、判断し、行動してみること自体が重要で、そのような経験を通じて自分というものが少しずつ確立されていくと考えています。家族と離れ、新しい環境で生活をする海外研修・留学は、「自主堅正」の精神を実践的に磨くよい機会だと捉えています。
――希望者参加型の海外研修・留学は、4つのプログラムがあるとのこと。具体的な内容を教えてください。
(横尾)ニュージーランドとアメリカを渡航先とする2つの短期研修、ニュージーランドに2か月滞在する中期留学、アメリカに8か月滞在する長期留学があります。
ニュージーランドの短期研修は、中学3年生・高校1年生が対象です。夏休みの12日間を利用し、首都ウェリントンにある学校に通いながら、1家庭につき生徒1名ないしは2名でホームステイを体験。学校では、生徒1名に対し現地校生徒が1名「バディ」としてサポートしてくれます。バディと一緒に授業に参加し、現地校の雰囲気を体験しながら、毎日1時間ほどの英語レッスンを受けて語学力を高めていきます。

アメリカの短期研修は、中学3年生を対象に、春休みの10日間をカリフォルニア州サンタクルーズで過ごします。生徒2名が1家庭にホームステイをしながら、平日はモントレー・ベイ・アカデミーという私立ボーディングスクールの教室を借りて、現地法人が主催する語学プログラムに参加。午前はディスカッションを中心とした英会話レッスンを行い、午後は観光やスポーツなどのアクティビティをします。午前・午後ともに、生徒5名程度に対して現地の高校生や大学生が1名ついてくれるので、生徒は常に現地の人と交流する機会を持てるのです。

留学は、中・長期ともに高校1・2年生を対象としています。中期留学は、ニュージーランドの3学期にあたる7月下旬~9月下旬に留学。現地の1学期分をまるごと体験しながらも、日本の夏休み期間を活用することで本校授業への影響を最小限に抑えられます。
アメリカの長期留学は、現地の1学年分にあたる8か月を現地校の生徒として過ごします。留学中に取得した単位は本校の単位として変換できるので、帰国後にそのまま進級できます。
短期研修の定員はニュージーランドが40名、アメリカが30名ですが、毎年抽選が必要になるほど、多くの生徒が参加を希望しています。中・長期留学の参加者数は年度によって異なりますが、中期留学は最大で12名、長期留学は最大で8名を派遣した年もあります。
「なぜ?」と問われることが、自分を見つめ直すきっかけになる
――プログラムを作る上で、とくに大切にしていることは何でしょうか。
(横尾)机上の勉強だけではなく、現地の人と触れ合う機会を重視しています。たとえば短期研修では、日中の活動も本校生徒だけでなく現地の高校生・大学生と一緒に過ごします。滞在方法も寮やホテルではなく、あえて全日程をホームステイにしているんです。現地の人と接する時間をできるだけ多く設けることで、彼らの振る舞いや人との接し方から、さまざまなことを学んでほしいと考えているからです。
そう考える背景には、私自身の留学経験が大きく影響しています。私は大学院をイギリスで過ごしまして、当時は捕鯨問題について、友人たちと議論したりしたんですね。鯨の数がどのぐらい減少しているとか、鯨は痛みを感じるからもっと配慮が必要だとか、彼らはデータや論理を用いてバンバン主張を展開するわけですよ。それに対して私は、当たり障りのないことしか言えなかった。この時に抱いたなんとも言えない強烈な感情は、日本のいつもと同じコミュニティに居るだけでは得られなかったと思います。
この議論に限らず、現地の人と関わっていると「なぜ?」という質問が多く飛び交うんですよね。「なぜ?」と聞かれると、今まであまり考えて来なかった部分が浮き彫りになる。人と向き合っているようで結局は、自分自身の在り方を顧みることになるんです。こうして自分を見つめ直した上で、自分はどうしたいのかを考え、実際に行動へ移していく。この経験こそが、校訓の「自主堅正」に通ずるように、人間的な成長につながっていくと考えています。
ニュージーランドの短期研修で、マオリの文化に関する授業を受けた生徒がいました。現地の生徒と共に学ぶ中で、「彼らが文化を尊重する姿勢に感銘を受けた」と言っていたんです。現地の人と同じ空間・時間を過ごすことで、生徒は多くのことを吸収しているのだなと嬉しく思いました。
――現地の人と関わる機会が多くあっても、とくに短期研修のような限られた期間では、なかなか積極的になれずに時間が過ぎてしまうことはないのでしょうか。
(横尾)そうならないよう、現地受入機関との関係性構築を非常に大切にしています。アメリカの受入機関とは、もう10年弱のお付き合いですし、ニュージーランドの現地校の先生や生徒は、本校を訪れてくれたこともあります。現地の皆さんが本校生徒の特徴をよく理解し、滞在初日からとてもウェルカムな雰囲気で迎えてくださるんです。生徒が過度な心理的ハードルを感じることなく、挑戦するための気持ちを前向きに整える手助けになっています。
一方で中・長期の留学に関しては、もちろん安心して生活できる環境に送り出してはいますが、自立への挑戦のハードルを少し高く設定しています。ニュージーランド中期留学のホームステイは、高輪の生徒1名に対し1家庭ですし、現地で通う学校も、1校あたりに生徒が2名までになるよう調整しています。アメリカ長期留学は、学期中はアメリカや他国の生徒との寮生活になります。
実際に、短期研修で得た成功体験を糧に、中・長期留学に挑戦する生徒もいます。短期研修と中・長期留学、それぞれで大切にしたいことを棲み分けたプログラム構成にすることで、生徒にとってのステップアップにつながっているようです。

完璧な準備よりも、体験を通して得られる「気づき」を大切に
――事前準備はどのように進めていますか。
(横尾)語学に関しては、生徒によって課題が異なるので、各自で進めるほうが効率的だと考えています。学校としては、DMM英会話やスタディサプリなどのツールは提供していますが、その活用については生徒一人ひとりの判断やタイミングに任せているんです。この他に、渡航準備や現地での生活に関する説明会やワークショップを、短期研修は2回、中・長期留学は4回程度実施しています。
一方で、完璧な事前準備は必ずしも重要視していません。なぜなら、実際に体験することによって得られる気づきこそが大切だと考えているからです。たとえば、私が「DMM英会話を毎日やりましょう」と言って生徒がやっている間は、「やらされている」なんですよね。毎日コツコツと準備できずに、現地に行ってみて「やっておけばよかった…」と少し後悔するくらいが、かえってちょうどよいのかもしれません。そうやって得た気づきこそが、「じゃあ次どうしたいか」「そのために何をすべきか」と、生徒が自分で考えて行動するきっかけになりますから。
――短期研修や留学を経て、英語力という観点で生徒に期待することはどのようなことでしょうか。
(横尾)英語はあくまでも媒体で、英語自体を学ぶことが目的ではないと考えています。英語を使う中で、さまざまなことに気づいたり考えたりするきっかけを得ることが、語学力を高めること以上に大切な気がするんです。
短期研修に参加した生徒が、自分の完璧でない英語でも理解してもらえたという経験を通して、「伝えようとする意志が大切だとわかった」と言っていたんですね。これは、人と向き合う上での在り方と言いますか、コミュニケーションの本質だと思うんです。単に流暢な英語が話せるようになることよりも、ずっと大切な気づきだと思います。
同時に英語科教員として、授業を通して生徒にどこまで・どのぐらいの英語力を身に着けてほしいというのは、あえて定めていません。もちろん生徒自身に明確な目標がある場合は、そこに向かう手助けを全力でします。そうでない限りは、無理に焚き付けるようなことはしないんです。
「自主堅正」の精神にもあるように、生徒自身が必要性に気づいて、意志を持って学びに向かう姿勢が育つことが大切だと考えています。生徒によって気づくタイミングはそれぞれなので、決して急かすことなく、どんと構えるような気持ちで、彼らの関心を引き出せる授業作りを心掛けています。
――今後の展望を教えてください。
(横尾)海外生徒の受け入れ拡充を目指しています。ニュージーランドの現地校からは、昨年は30名程度の生徒が本校を訪れ、今年も留学生が1名本校に3週間ほど滞在しました。留学生を受け入れたクラスの生徒たちは、すごく楽しかったようで、わずか3週間の交流でも、生徒たちの雰囲気が大きく変わるものなのだと感じました。今後本校の受け入れ体制をさらに整えていくことで、国際交流という実体験を経てこそ得られる気づきを、より多くの生徒に与えたいというのが私の願いです。
取材・編集:小林 慧子/構成・記事作成:早田 愛
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