社会言語学の視点から批判的に考える英語教育 生徒の「英語観」を広げる実践例と、その成果から考える多様性への認識の在り方
最終更新日:2026年2月20日
君にとって英語とは何だろう――。
生徒にこう問いかけるのは、武蔵高等学校中学校の教員であり、早稲田大学大学院博士課程に在籍する齋藤 浩一先生。専門である社会言語学の理論に基づいて、生徒に英語の多様性に触れる機会を提供し、「英語観」を広げることを目指した取り組みを実践しています。
英語観に着目した背景や具体的な授業実践の内容、そこで明らかになった、生徒の多様性への理解と当事者意識とのギャップとは――。英語を言語としてのみでなく、社会とのつながりの中で捉えることで見える新たな視点について、お話を伺いました。
リンガフランカが広まれば、生徒は自信を持てるのか!?
――社会言語学に興味を持たれたきっかけは何でしょうか。
(齋藤)私は元々ハリー・ポッターが好きで、映画の登場人物のようにイギリス英語を話せるようになりたいと考えていました。学生時代に初めてイギリスを訪れた後、インドにも行き、「こういう英語もあるんだ」と大きな衝撃を受けたんですよね。その後も、バックパック旅行でアジアや南米などさまざまな地域を巡り、「私が憧れていたイギリス英語が決してすべてではない」と気づくことができました。また、さまざまなバックグラウンドを持つ人々と交流をする中で、言語だけでなく文化や価値観の多様性を認識し、英語を言語としてのみではなく、さらに広い視点で捉えてみたいと考えるようになったのです。
――社会言語学の視点から捉えると、日本の学校英語教育の課題は何であるとお考えでしょうか。
(齋藤)日本の多くの中高生にとって、英語が将来の成功につなげるための「資本」として強く捉えられていることだと考えています。英語は試験で良い点数を取るため、ひいては希望する進路を実現するための、競争の道具として認識されているのです。
ある授業の中で生徒に「君にとって英語とは何だろう?」と問いかけ、紙面に自由に表現してもらったことがあります。すると、英語に攻撃されたり、抑圧されたりする描写が複数見られました。その後に行った生徒へのインタビュー調査では、社会的な成功に近づくために、英語を学ぶよう強いられていると感じるという声もありました。

日本の学校教育では、試験や成績のように、個人の英語力が測定されることが多々ありますよね。そうすると、試験で正解・不正解と評価されるのと同様に、実際のコミュニケーションも評価の対象となってしまうのではないか、という恐怖心が形成される恐れがあります。その結果、生徒が英語を使うことに対して消極的になる可能性が、過去の研究結果でも指摘されているのです。
――その課題解決の糸口として、生徒の「英語観」の拡大に着目しているとのことですが、具体的にはどういうことでしょうか。
(齋藤)実は私は、修士課程ではEnglish as a Lingua Franca(多様性および共通語としての英語)に関する研究に取り組み、この考え方が広まれば、生徒が英語使用に対して自信を持てるようになると考えていました。しかし、その概念を授業等で紹介してみると、必ずしもうまくは行きませんでした。「世界にはさまざまな英語がある」と頭では理解していても、日本で生活している限り、先述の教育制度など、さまざまな社会的背景により、その実感を得ることが難しいという実情があるからだと考えています。
ただ、英語を捉えるチャンネルを増やし、各生徒が「英語とは何か」を再考することが重要なのではないかと考えています。現状の英語教育では、英語母語話者の英語のみが模範とされるケースが少なくありません。そのような環境で教育を受けると、英語話者間で力関係が生じてしまい、英語を母語としない自分の英語に自信が持てなくなってしまう傾向があります。ですので、最終的に英語母語話者を目指すことは否定しませんが、生徒にはその過程で、限られた1つの見方だけではないと実感するきっかけを作ることを目指しています。
英語話者の多様性を知識として知っていても、その中に自分は入っていない
――授業を通じた実践について、詳しく教えてください。
(齋藤)週に1度、原則として高校生以上を対象に開講される選択科目「総合講座」の中で実践しています。総合講座は、教員の専門性に応じたトピックを扱う本校独自の取り組みで、私の担当する講座では、社会言語学を題材としています。受講生徒数は、2024年度が4名、2025年度が10名でした。
1学期に、『よくわかる社会言語学』などの日本語や英語の教材を使用し、社会言語学の基礎を広く学びます。生徒は教材の中から各自好きなチャプターを選び、ひとり1回以上発表を実施。その発表をきっかけにディスカッションなどを行い、さらに考えを深めていきます。そして生徒たちは、各自が興味のある分野からResearch Questionを設定し、研究計画を立て、データを収集。最終的には、学年末に研究成果を論文形式でまとめます。
生徒が研究の題材として選ぶトピックは多様です。たとえば、聴覚障害のある方にインタビューを実施し、その方の人生経験や英語教育への関わりを探ったり、linguistic soundscape の観点から、日本とイギリスの公共交通機関の車内アナウンスを比較・分析したりした生徒もいます。

――実践を通して、生徒の英語観にはどのような変化が見られましたか。
(齋藤)手応えとしては、英語に対する見方に広がりや深まりが生まれたという声が、生徒へのインタビューで多く聞かれました。自分とは異なる境遇や環境で使用される英語を研究することで、今までとは違った視点で英語を捉えることができるようになった結果だと考えています。この視点の広がりが、自らの英語使用に対する自信にもつながったという声もありました。
一方で、生徒の英語観に大きな変化が見られなかった例もありました。講座を通じて、他人に対しては「伝わる英語で十分」という寛容さが生まれたものの、自分に対してはNative English Speakerの基準を求めるというもの。この生徒には英国での生活経験があり、その経験によって形成される強い信念が、彼の英語観の根底にあると考えられます。
しかし、このように生徒の英語観が変わらなかったとしても、多様な視点を得た上で、あらためて「こうありたい」と生徒が選択できたことに、大きな意義があったと考えています。また、生徒のバックグラウンドが教育的効果にも影響することを再認識するきっかけになり、質的研究者として私自身の研究哲学にも大きく影響を与えてくれました。
――英語の多様性に理解を示すことと、そこに当事者意識を持つこととは別なのですね。
(齋藤)興味深いですよね。ある授業で、「英語話者の絵を描いてみよう」という活動を行ったことがあります。すると、多くの生徒がコケイジャンやアフリカン・オリジンの方を描き、自分自身やアジアの方の絵を描く生徒はほとんどいませんでした。英語話者の多様性を知識としては知っているはずなのに、その多様性の中に自分や一部の人種は入っていなかったのです。
なぜこのようなことが起こるのかというと、生徒が普段目にしたり触れたりするものから、彼らの英語観を形成する要素が無意識のうちに醸成されてしまっているからだろうと考えています。たとえば、英会話学校の広告ではコケイジャンの方が多用される傾向にありますし、テレビやSNSなどでよく目にする英語話者に影響を受けている場合もあるでしょう。
一方で、たとえ無意識だとしても、多様性から一部の要素が抜け落ちてしまっている事実には注意が必要です。なぜなら、実際のコミュニケーションにおいても、排除や差別につながってしまう危険性があるからです。私が担当する総合講座の中では、先ほどのような広告やメディアを批判的に見ることも実施しています。無意識のうちに醸成されてしまったものほど、自分では気づきにくいものです。生徒が意識して考える機会を持つことが大切だと考えています。

英語は、自分と異なるものを受け入れる姿勢や勇気を醸成してくれるもの
――今後の展望を教えてください。
(齋藤)社会の主流から取り残されがちな、いわゆるマージナライズされた方々に焦点を当てた研究を、生徒と共に進めていきたいと考えています。本校のような私立の中高一貫校となると、6年間を同じ環境、あるいは慣れ親しんだ仲間や教員との関係の中で過ごすわけですよね。それが安心感というよさを生み出す一方で、その中での基準を当たり前のように捉えてしまうリスクもあります。だからこそ、彼らとはまったく異なる価値観や経験をしてきた人々の声に触れ、多様な背景や考え方に想いを寄せることが重要だと考えています。
総合講座の中である生徒が行った、聴覚障害のある方へのインタビューは、生徒が持つ「当たり前」を塗り替える1つのよいきっかけでした。英語は、言語そのものへのアプローチにとどまらず、より広い意味での多様性や社会の中の不平等といった側面も見せてくれます。今後は、英語を切り口として社会問題に着目し、それを解決するための道筋を探っていければと考えています。
――最後に、齋藤先生にとって英語とは何でしょうか。
(齋藤)自分と異なるものを受け入れる姿勢や勇気を醸成してくれるものだと考えています。自分が日常的に使用しない言語で他者とコミュニケーションを取ること。つまり、言語が異なることで、自分とは「違う」という心構えができるんですよね。「違い」が前提にあることが、寛容さであったり、歩み寄りであったり、他者を理解し受け入れようとする姿勢につながっていくと思うのです。そして、英語を使うこと自体、異なる文化背景を持つ人とコミュニケーションを取ること自体、とても勇気が要ります。英語を学び使うことは、一歩踏み出す力を積み重ねていくことだと考えています。
たとえ「卒業後は一生英語を使わない」という生徒がいたとしても、英語学習を通じて培われた、違いを受け入れようとする姿勢や勇気は、日本人と日本語でコミュニケーションを取る際にも必要不可欠だと考えています。日本で生まれ育って日本語で話していれば共通点は多いだろう、という認識が生まれがちですが、実際、自分と考え方や価値観がまったく異なる人はたくさんいますからね。
英語を通じて生徒の視野を広げ、彼らが社会に出た時に、自分と異なる人々を排除することなく受け入れようとする姿勢を育むことに、少しでも貢献できていればと願っています。
取材・編集:小林 慧子/構成・記事作成:早田 愛
参考文献
▼授業で使用している教材
田中春美・田中幸子 (2015) 『よくわかる社会言語学 やわらかアカデミズム・〈わかる〉シリーズ』 ミネルヴァ書房
東照二 (2009) 『社会言語学入門<改訂版> 生きた言葉のおもしろさに迫る』 研究社
Holmes, J. and Wilson, N. (2017). An Introduction to Sociolinguistics: Learning about Language (5th ed.). Routledge.
Heinrich, P. and Ohara, Y. (2019). Routledge Handbook of Japanese Sociolinguistics (1st ed.). Routledge.



