英語教員である前に、大人として、人として教育と向き合おう。ESN春季セミナー開催レポート
最終更新日:2023年5月12日
2023年3月25日(土)、ESN英語教育総合研究会は春季セミナーを開催。2022年12月にオープンしたばかりの山脇学園 ラーニングフォレストを会場に、30名を超える教員の方々が集まりました。
<久保先生>「ESN(English Study Network)」とは?
まずはESN代表の久保敦先生による挨拶でセミナーの幕が開きました。高瀬先生と久保先生ら3名で設立した研究会「ESN(English Study Network)」は今年で10年目を迎え、現在は約800名の会員が参加する組織となりました。
名前に「English(英語)」とありますが、もとは英語科に限らず教員のネットワークを作ろうと始まった研究会です。私立の学校では同じ学校に長年勤務することが多く、他学校の教員と交流する機会が多くありません。そのため、困ったことがあった時に助けを求められる教員がメインの教員のためのネットワーク作りを目的として立ち上げられました。
今回のセミナーでは主に2つのテーマを設定し、前半では「教員の働き方の解決の糸口」について、後半では「現場の教員」について、英語と言葉に関する講義が行われるとのこと。現場の教員に寄り添うプログラムに期待が高まります。
<緒方先生>バーンアウトと自己肯定感には結びつきがある
続いて第一部は緒形健作先生(マギル大学講師)による教員の自己肯定感をテーマにした講演です。
バーンアウトは「精神疲労・離人化/離人症・自己達成感」の結果起こるといわれています。それらを引き起こす一番の原因は「時間」のストレス。中高校の教員の60%以上は週の労働時間が80時間(1日14時間程度・週6日労働)超えとなっているのが現状です。
このような労働時間の肥大化は、担任業務、校務分掌、部活指導、保護者対応によって起きていると緒方先生は指摘します。
例えば、担任業務のうち生徒指導や不登校の問題は、担任が1人で抱えるのではなくスクールカウンセラーに相談する等、業務のアウトソーシングをしていく必要があるでしょう。他にもLGBTQの生徒への対応や家庭訪問、給食費の催促、日記へのコメント書きなど教科学習に紐付かない業務が無数に存在します。緒方先生は「本当に教員がすべき仕事なのか、見直すことも必要」と提案します。
校務分掌にしても同様で、「時間割の作成や会計処理などは外部の専門家にお願いすべき」と緒方先生。これについては企業と連携し、教員の仕事から切り離すための試行錯誤を行っている最中であると語りました。
部活指導については、コーチを雇うことで解決できます。金銭的に難しい場合、OB・OGをバイトとして雇うのも一つの選択肢でしょう。実際、全体の10-15%は外部コーチの採用を実施しています。また、家庭を持っていない若い教員が引率の多い部活の顧問を任されやすい傾向にありますが、緒方先生は「自分の授業スタイルが確立する3-5年目までは部活引率の少ない顧問をすべき」と言います。
「保護者との間にはお客様センターのようなクッション的役割を担う組織が必要」というのが緒方先生の考えですが、それ以前にまず営業時間の設定をするべきであるとも指摘しました。
教員の勤務実態として、有給消化率は半数以下、平均睡眠時間は6時間以下に留まっているというデータがあります。特に睡眠時間は6時間を下回ると健康被害が出やすくなると言われている数値で、教員の半数以上が「ワークバランスを見直す必要がある」と回答しているのも頷けます。
教員の中には、教育的マインドを持つ人とビジネス的マインドを持つ人がいらっしゃいます。どちらの考え方も重要だからこそ、双方のコミュニケーションが必要です。「教員を志す若者を増やすためにも、上に立つ立場の人が広い視野を持って、生徒がどう幸せになるか、ゴールを示すことが大事」とセッションを締めくくりました。
<辻先生>「自分の機嫌は自分でとる」セルフマネージメントワークショップ
スポーツドクターでメンタルトレーニングがご専門の辻秀一先生は、「自分の機嫌は自分でとるセルフマネージメントが必要であり、自己肯定感より自己存在感が大切」と語り、ワークショップを実施しました。「自己肯定感を高めるべき」という社会風潮こそが人を苦しめる原因となっている現状を指摘し、誰かと比べるのではなく自分の中にあるものを大切にしていくことが大事であると辻先生は言います。
パフォーマンス(成果)は内容と質から構成されており、何をどんな心でするのかを大事にしなければいけません。心が乱れたまま何かをしているとパフォーマンスの質は低下します。逆に心を大事にし、「幸せ・貢献感・働きがい」があると、イキイキのびのびしている機嫌が良い状態となります。つまりセルフマネジメントを行いご機嫌な状態になると、結果や成果につながり、変革や成長につながるというわけです。
私たちの心の状態を作っているのは脳です。他の動物に比べ、人間の脳は認知的能力が進化していますが、常識や固定概念など対外的な考え方を司る「認知的な脳」だけでなく、「非認知的な脳」を使って自分の感情に目を向けるトレーニングが大切であると辻先生は解説しました。
後半はワークによって自分のご機嫌をとる方法を体験していきます。周りの参加者2、3人でグループを組み、「機嫌が良かったらどうなるか」を互いに話し合いました。「機嫌が良いときがない」と考えるのに苦労している先生もいれば、「機嫌が良いと生徒に優しく接することができる」という意見に深く頷く先生もいて反応はさまざま。しかしどの先生も、話し合う中で少しずつ自分の感情を意識し始めているようでした。
脳の練習のためには、自分を見つめてアウトプットすることが重要です。たとえば、人と比べる必要のない「好きなこと」を考え声に出すだけでもご機嫌になってくるはず。今度は先ほどのグループで好きな食べ物について語り合ってみました。「ベトナム料理」「体に悪そうなもの」など、どのグループも和気藹々と食べ物の話に花が咲きます。序盤よりも話す表情が明るくなっている様子。今後も自分の機嫌をとるワークを継続することでパフォーマンスを高められるようになると良いですね。
<高瀬先生・鮫島先生>「教育に必要なもの・不要なもの」を教員自身が考えるべき
休憩を挟んで、高瀬聡伸先生(山脇学園中学高等学校)、鮫島慶太先生(共立女子中学高等学校)が「教育改革と揺れる現場」というテーマでお話をされました。
教育改革によって「明るい未来」が叫ばれている一方で、近年目立つのは疲弊する教員の姿です。Twitterでも、「#教師のバトン」というハッシュタグをつけた現場からの悲鳴や恨み節が多くツイートされています。現場で疲弊している教員からの声をまとめると「文科省からの要求が多い」という意見が多いようですが、要求をしているのは本当に文科省なのでしょうか?
例えば、「入試においてTOEFLやTOEICなどによる英語能力の4技能測定を活用する」という提言は、2013年に経済団体連合会から出されたものです。「大学入試の弊害が深刻になりつつあるので科目数の見直しをしてはどうだろうか」というのも同じく経済団体連合会から2000年に発せられた内容です。
実は、今行われている教育改革の大半が今から20年以上前の2000年3月に、文科省ではなく経済団体連合会から発信されたものなのです。教員が『教育の諸政策は文科省から下ろされる』といった近視眼的なものの見方をするのではなく、また受け身で捉えるのではなく、現在の教育現場を広く市民社会から支持されるコモンズとしてUpdateしていく動きが必要だというメッセージを発信していました。そのためには、何を捨てて、何を得て、何を伝えていくべきなのかということを教員自身が考えることも必要なのではないでしょうか。
会場では「30年前から変わったもの・変わっていないもの」について近くの参加者と話し合う時間が設けられました。
30年前から変わったもの
・給食の箸が1人1人個別のものができた
・モンスターペアレンツの発言力
・ICTツールの活用
・先生のリスペクトがなくなった
30年前から変わっていないもの
・ノートのコメントを担任がひとこと返す
・いじめがある
・一斉授業の形式
加えて、「30年後はなくすべき・30年後も残すべきもの」についても話し合われました。
30年後はなくすべきもの
・大量の紙
・学校で配られる手書きの手紙
30年後ものこすべきもの
・生徒の関係を育みながらする教員が前にたってする授業
・道徳教育
教員は良い社会を作っていくために教育に関わっています。良い社会を作り、生徒にそれを伝えていくためには一生懸命考えて大人自身が楽しんで学んでいくことが必要ではないでしょうか。得るもの、繋いでいくものを我々大人が自ら考えていくべきである、と第三部をまとめました。
<山田先生>ことばとこころの結びつきを考える
最後の第四部では山田英雄先生(かえつ有明中学校高等学校)が「ことばとこころ、英語教育と探究の接点」というテーマでグループディスカッションを挟みながらお話をされました。
子供が母語を習得することと、大人が英語(第二言語)を習得することにはさまざまな面で違いがあります。
・獲得するタイミング(生物学的な面)臨界期仮説など
・言語そのものの違い(言語的な面)言語間距離、発音の違いなど
・触れている時間(言語環境面)インプットやアウトプットの総量など
・必要の度合い(社会的な面)英語が生活に必要となるかなど
・学び方の違い(認知的な面)子供と大人の学び方の違い
中でも特に注目したいのは心理的な壁です。心理的な面のハードルが払拭されれば問題は技術面だけになり、シンプルな問題になると言えるのではないでしょうか。
ここで参加者にワークが課されました。「テクノロジーが発達したおかげで私たちは英語を学ぶ必要がない」という言説について賛成か反対かを議論するというものです。山田先生は最後に付け加えます。
”Please get ready to talk in English.”
一気にざわつく会場。先生方の戸惑いが手に取るように伝わってきます。ポイントは指示をしたり話を乗っ取ったりせず相手の話を最後まで聞くこと、否定的な気持ちが起こっても顔に出さないこと、そして話している相手の「感情」に耳を傾けること。
議論を終えてホッとする参加者に、今度は「英語で」と言われたときの感情について(今度は日本語で)話し合っていただきました。「英語で表現することがうまくできず恥ずかしく思った」「とっさに英語が出てこないのではないかと不安になった」という意見や、「英語で話すほうが自分を表現しやすくなるためワクワクした」「自分の思いをどうやって伝えようか考えるのが楽しかった」とポジティブな意見も。つかの間ながら、生徒の気持ちが感じられたのではないでしょうか。
山田先生は「思った感情を伝えることは大切」と語ります。それは生徒に対して先生の気持ちを伝えることも同様です。英語の教員であるということは、言葉の教師であるということです。「思ったことを伝えてほしい」と言っても、感情が外に出てきていないのに言葉が上手くなるわけがありません。それは英語でも日本語でも同じことです。
話す側が少しでも言いたいと思えるか、言っても大丈夫と思える空間はそこにあるのかということが大事です。聞く側はただ聞いて、受け止めてあげる。相手が気持ちよく話せるよう、聞く人はガイドしてあげる。英語の授業にも大切なことなのではないでしょうか。山田先生は心を整え、社会性を育む学び方の一つとして「SEL(Social & Emotional Learning)」を紹介し、学校でも取り入れてはどうかと提案しました。
参加者のコメント
最後に、参加者の方々からコメントを頂きましたのでご紹介します。
「登壇者の先生方からこのイベントをご紹介いただき参加しました。生徒たちの自己存在感を引き出すアプローチなど、クラスに還元できる学びがありました」
「自己存在感や自己肯定感へのアプローチは一つではないし、必ずしも全員に効果が出るものではないと思うので、一つの事例だけで判断せずいろいろ試してみたいと思います」
「同僚の紹介で参加したのですが、期待以上に面白かったです。上司の不機嫌な態度で自分のパフォーマンスが下がっていることは感じていましたが、自分の態度が誰かに影響を与えているのかもしれないと気づきました。生徒と一緒に思考から変えていきたいと思います」