コミュニケーション偏重への警鐘 ——グローバルな"校外活動"から得られた英語教育的知見とは

最終更新日:2023年6月18日

今回は巣鴨学園国際教育部部長の岡田英雅先生にお話をうかがいました。

岡田先生は巣鴨学園で英語を教えるかたわら、世界の一流教員を講師として迎え、学校の枠にとらわれず、高い学ぶ意欲を持つ各校の生徒が参加できるDouble Helixという校外プログラムを立ち上げられました。歴史・医療・芸術などをテ—マに2020年にオンラインでスタートした同プログラム。医療の道を志す生徒を対象としたDouble Helix: Translational Medicine(対面)、市川学園・鷗友学園の先生方が中心となったDouble Helix: Ichikawa x Ohyu(対面)など、さまざまな広がりを見せています。日本の国際教育をフロントランナーとして突き進む岡田先生。学校や国境を越えた活動に先生を突き動かす原動力とは。詳しくお伺いしました。(聞き手:小泉)

 

世界最高峰の教員を巻き込んだ国際教育プログラム

———Double Helixは他では類を見ない、質の高い国際教育プログラムですよね。プログラムの概要について教えてください。

(岡田)Double Helixとは「二重螺旋」を意味します。「知識」と「高次の思考」は二重螺旋のように上昇し続け人類を前進させていく、という理念を掲げています。学校や国境といった「枠」を越え、理念に共感した日本・海外の先生方を巻き込み作られたオールイングリッシュの国際教育プログラムです。

参加生徒も学ぶ意欲があれば所属校は関係ありません。実施内容によりますが、これまで市川学園、鷗友学園女子、四天王寺医志コース、洗足学園、駒場東邦、広尾学園、豊島岡女子学園、南山女子、そして巣鴨学園の生徒と先生が参加しています。

講師として迎える先生方は、これからの教育を牽引していく志を持った世界各国の中等教育機関50校が加盟するWorld Leading Schools Association(WLSA)の元最高戦略責任者の方や、イギリス・イートン校サマースクールのダイレクターなど世界最高峰です。そういった先生方と理念を共有し、何度もディスカッションを重ねて作られたのがDouble Helixです。プログラムでは、専門分野のレクチャーに加え、先生個人の人生についてのお話なども生徒に伝えていただいています。

休職してイギリス留学へ

———Double Helixという、学校組織から飛び出した活動を始めるきっかけを教えてください。

(岡田)イギリスのダラム大学大学院修士課程で学んだことが大きいです。それまで巣鴨学園で英語を教えている中で、限界を感じていました。このままやっていても、自分の知識を切り売りしていくだけで全く面白くない。生徒はそれなりに喜んでくれていましたが、私自身がその面白みのなさに耐えられなくなってしまって。本気で勉強したら今より20%くらい良くなりそうだなという自信がありました。家族に「どうしてももう一度、勉強したい」と頼み込み、2015年から休職のような形で留学しました。

———何を専攻されていたんですか?

(岡田)教育学です。2012年のイートン校サマースクールの引率時に出会ったCharlie が大きな影響を与えてくれました。彼はサマースクールのチェアマン、いわゆるプログラムの総大将でしたが、ことごとく意見が合わない(笑)。でも考え方があまりにも面白かったんです。教育学でトップクラスのダラム大学出身で、「面白そうだな」と思い、留学先に決めました。

そのサマースクール以来、Charlieとはずっと友人です。「日本に帰ったらこんなプログラムを作るつもりだ」と伝えたところ、「きみの理念はWLSAと似ている。一緒にやったらどうだ?」と。CharlieがWLSAとつなげてくれ、巣鴨学園も加盟することになりました。“Double Helix”も、Charlie推薦の本に出てきた言葉です。彼とは相変わらず意見は合わないこともありますが、私が常に本気でいることで、Charlieも本気で関わってきます。今もサポートし続けてくれています。

———留学でのご経験が今の活動の根源ということですね。

(岡田)もともと、留学前から日本の「国際教育」と呼ばれるプログラムに問題意識があったのもひとつです。巣鴨学園の参考になればと、他校の取り組みを見学させていただいたときのことです。英語のネイティブスピーカーを講師としたオールイングリッシュのキャンプでした。しかし「英語が苦手な生徒に楽しさを伝える」というのが目的なのに、講師に力がない。そのせいで、当の生徒が傷ついている姿がありました。メディアでもてはやされているプログラムでしたが、クオリティに疑問を持ちました。

仕事で通用する英語力の肝=文法・語彙学習?!

———Double Helixの活動を通して、ご自身の英語教育に対する考え方に変化はありましたか?

(岡田)文法をより詳しく教えるようになりました

———え?! 意外ですね。一般的な4技能学習の潮流とは真逆のように感じます。なぜですか?

(岡田)今の英語教育は、コミュニケーション重視ですよね。文法的な正しさよりも、「多少、間違っていても伝わればいい」と、運用力に比重が置かれています。しかし、生徒たちが将来、英語をどのように使うかはわかりません。医師になり国際学会で発表するかもしれないし、言語研究で論文を執筆するかもしれない。コミュニケーション重視の英語教育では、国際的な舞台に立つ生徒のチャンスを制限することにつながりかねません。

人は、相手の使う語彙や文法から同じ土俵に立てる人間か否かを判断することがあります。場に応じた適切な語彙と文法で受け答えができるかを、まず、試すんです。そして、土俵外だと判断されれば、言語で垣根を作られ、はじかれてしまう。私も留学中に経験しましたが、会話の流暢さは問題ではありません

———はじかれる…、それが現実なんですね。

(岡田)現実は厳しいです。だからこそ、6年間ですべきことはしっかりとした土台作りです。土台さえあれば、生徒はどんな道にでも進むことできます。

———先生は現在、世界のトップレベルの先生方やダイレクターと交渉し、グローバルプロジェクトを運営されています。つまり、先生のお考えというのは、トップの方々との仕事で通用するレベルの英語から逆算されているのでしょうか。

(岡田)仕事で英語を使うには、議論をできる力が必要なんです。そのためには、正確な文法と適切な語彙力は必須です。単純な英会話力では足りません。友人のCharlieとも交渉の連続です。例えばCharlieのDouble Helixへの考え方が間違っていれば、考え方、プラン、プログラムの作り方を一から彼にぶつけます。すると、Charlieも「こちらも手加減なしで勝負してやろう」と真剣になります。だからこそ信頼関係が生まれているんです。

議論をするためには、大量の本や論文を読む必要があります。会話重視の英語教育でその土台を作るのは難しい。英語は流暢だけど、仕事で英語圏の人たちと向き合うときに、中学生レベルのシンタックスでしか会話ができない。19世紀のイギリスを代表する評論家トーマス・カーライルの「衣装哲学」は全く歯が立たなくて読めません。そういう子どもたちに育ってしまっていいのだろうか、という危機感が、文法や語彙学習を大切にする私の授業に反映されています。

 

言語の機能を学ぶ巣鴨学園の授業

———具体的にはどのような授業なんですか?

(岡田)基礎徹底です。そうお伝えするといわゆる丸暗記の推奨と誤解されるかもしれませんが、文法の機能を徹底的に解説し、英語自体の理解に力を入れるという意味です。

例えば、“the 比較級, the比較級”の構文があります。一般的には「〜すればするほど、〇〇」と暗記して終わりです。しかし私の授業では、“the”の機能を学びます。1つ目のtheは冠詞ではなく、2つ目のtheからなる主節全体を説明する関係副詞です。関係副詞の「関係」は「関係づける」という意味なので、要は文章と文章をくっつける接着剤の役割をする。こんな形で、生徒にも伝わるように言葉をかみ砕き、板書をしながら視覚的にもわかりやすく説明します。

言語の機能を理解すれば、4技能のいずれでも自分で鍛えられるようになります。また、英語以外の言語を学習するときにも言語の機能に着目できる。その力をどこまでも高く積み上げるための基礎を築くのが中学・高校の役割ですし、巣鴨学園で英語を学ぶ意味です。

教員のパッションで発展し続けるプログラムへ

———今後は、確立されたDouble Helixというシステムを広めていきたいお考えなのでしょうか?

(岡田)Double Helixは「システム」ではありません。どちらかというと「理念」でしょうか。でも、理念を活かす方法は人によって違う。これが私の考え方です。

人間は物事を円滑に進めるためにシステムを作りたいですよね。しかし、気をつける必要があるのが、一度作ると、そのシステムに人間が支配されて抜け出せなくなることです。だからシステムやルールは嫌ですし、システム化にもあまり前向きではありません。常に「人ありき」でいたいんです。

———「教義はあれど教団はない」みたいなことでしょうか?

(岡田)そうですね。基本的には「来る者拒まず、去る者追わず」という姿勢ですが、システムやルールがないので、同じ理念を持っていたり、自ら「そこで役に立とう」という意思がないと一緒に活動できない形です。

システムにすると、「運営上、この役割に必要だから」という理由で、とりあえず人員の頭数をそろえることがありますよね。その内に、共通の理念を持たない人が入り込み、その人に合わせて仕事の質を落とさなければいけない事態が発生します。そうはしたくないんです。僕にとってチームは「作るもの」じゃなく「できるもの」ですから

Double Helixも、広がればいいなとは思っています。しかし「正しいもの」として広めることほどおせっかいはないですよね。Double Helixの理念に共感して集まった人たちの中に、考えが全く合わない人がいても構わない。でも、共感しない人にまで広める必要はないんです。

———Double Helixというシステムを作って全国的に募集して、参加校を偏差値などでスクリーニングして、というのは違うということですよね。志のある教員がいて、参加に熱意のある生徒がいれば誰でも参加できる。それがDouble Helixだと。

(岡田)そうです。必ずしも私がDouble Helixの中心である必要はありません。プログラムの内容も、今はDouble Helix: Translational Medicineですが、今後Double Helix: PoliticsやPhilosophyができる可能性もあります。今年初めて実施されるDouble Helix: Ichikawa x Ohyuは、市川学園の山本先生と鷗友学園の村田先生が作ったプログラムです。来日する先生方は、Double Helix史上、勝るとも劣らないとてつもないメンバーですよ。恐らく、日本のトップ大学の学生からすれば「うそだろ?!すごすぎる!」というレベルの先生方です。

Double Helixの先生方と人脈を築けるチャンスですが、生徒の反応が少し鈍かったかなと思います。大人になると人脈の大切さを痛感しますが、高校生にはわかりません。今後はもう少し生徒への広報の方法を考える必要があるかと考えています。

取材・構成:小泉純/記事作成:小林慧子

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