多様化の時代を生きる生徒が、企業経験を持つ教員と触れ合う意義とは?

最終更新日:2024年7月4日

 『考えて行動のできる人』の育成を建学の精神とする神奈川県横浜市にある横浜創英中学・高等学校。同校の英語科に勤める前矢大地先生は、学生時代にバックパッカーとして諸外国を巡り、新卒で学習塾の湘南ゼミナールに就職した人物。同じようなバックグラウンドを持つ教員の多い教育現場において、非常にユニークな経歴をお持ちです。そこで今回は、自身の経歴に加え、これから多様化の時代を生きる生徒たちと向き合う中で、企業経験があることの利点を伺いました。

塾講師から学校の教員への転身。きっかけは“彼女”の存在でした(笑)

―――先生は湘南ゼミナールの講師から横浜創英の教員へ転身されました。教える立場にご興味があったのでしょうか?

(前矢)そもそも僕は湘南ゼミナール(以下、湘南ゼミ)の卒業生なんです。中学3年生から通い、そのときにお世話になった先生から、大学生になったらアルバイトをしないか、と言っていただきまして。それが講師になったきっかけでした。

湘南ゼミの雰囲気はとてもフレンドリーでした。「勉強勉強」というムードではなく、他校の生徒とも友達になったり、勉強を教えあったりして。僕も得意だった英語を教えることがありました。そうした様子をその先生が見ていてくれて、「教え方が上手だな」と。「絶対に戻ってこい。そのためにもGMARCH以上の大学に合格してこい」「わかりました!」という感じでしたね(笑)。

―――そうして就職先に湘南ゼミナールを選ばれたんですね。

(前矢)7年間勤めました。長く大学受験部門に配属され、最後の1年間だけは小学生と中学生を担当していました。

―――学校の教員を目指した理由は何かあったのでしょうか?

(前矢)とても個人的な話なのですが、きっかけは当時お付き合いしていた女性とのことでした(笑)。というのも、いざ結婚をしようとなったときにライフスタイルが合わないというのが理由でした。

その頃の稼働時間は13時から22時で、日付が変わらず帰宅できれば良い方というのが日常の生活。でも休みはしっかりもらえるし、人間関係もすこぶる良く、給与だって文句はなかった。僕としては最高の職場だったんです。が、結婚するにあたって彼女の意見を尊重し、転職を考え始めました。

とはいえ湘南ゼミで教えていた以外の経験はないわけです。そこでキャリアを活かせる職として学校の先生を目指そうと考え、大学の通信制に編入して、3年かけて教員免許を取りました。大変でした(笑)。今でもよく取得できたなと思うくらいです。学生時代に取った単位で汲み取れたのはわずか。60以上の単位を取りましたから

―――現在の学校にはどのようなタイミングで?

(前矢)湘南ゼミを退職し、初めの3年ぐらいは別の学校に勤めていました。当時は仕事先を見つけることが最優先でとにかく採用された学校に入ったのですが、そこが本当に合わなかったんです。自分自身も心身ともに健康を害してしまって、結婚するつもりでいた彼女とも別れてしまいました。

すっかり教員というものに絶望したので、学校を辞めて湘南ゼミに戻る気でいました。学習塾って、「お前はこうしろ」という具合に、先生がトップダウン的に生徒に教えるイメージが強いと思うんです。でも湘南ゼミでは生徒と一緒に話し合い、彼らが意思決定権を持って納得する勉強法で取り組むスタイルでした。だから生徒全員の顔と名前は一致しているし、誰がどこの学校で、何の部活をしているか、というバックグラウンドも把握していました。講師と生徒の距離が非常に近い環境で学習をしていて、結果も出していたんです。

しかし湘南ゼミ時代の上司が「横浜創英という学校が募集しているよ」と教えてくれて。正直、横浜創英のことは改革に取り組んでいることぐらいしか知りませんでしたが、流れに身を委ねるように受けたところ採用され、今に至ります。「自分の意思で入った学校だから頑張ろう」と勤め、2年目から担任を持たせていただき、2024年度は4年目。高校3年生の担任をしています。

多様なバックグラウンドを持つ大人との触れ合いは生徒の視野を広げる

―――塾の講師と学校の教員。教え方に違いはありますか?

(前矢)軸は変わりませんが、とくに授業においては違いはありますね。湘南ゼミのときは、持つべき武器は1つで良かったんです。当時の僕の売りは徹底した論理的なアプローチ。英語は体系化された言語で、文法にしても、読み書きやヒアリングにおいても構造が非常に論理的なんです。そこを重視して教えていました。

けれど学校の授業では、おそらく1つの武器で対応するのは難しい。単純に生徒数は増えますし、学習に対する意欲にもグラデーションがある。塾の生徒は何かしらの学習へのモチベーションがある程度備わっているものですが、学校においては生徒間でばらつきがあるんです。論理的なアプローチが合わない生徒もいます。すると一点突破では難しく、感情に訴えかけてみたりなど、論理とは違う武器に持ち替えて向き合う必要性が出てくる。本来1つの物事を伝えるのにその方法は何通りもあるわけで、引き出しの中の武器を増やすような意識を持つようになりました。

―――企業で働いたご経験は、学校という現場で役立つと言えますか?

(前矢)プラスでしかないでしょうね。というのも、学校の教員は似たバックグラウンドの人が多い傾向にありますよね。高校を卒業して、4年制大学に入学して、ブランクなしで就職―――。それが「普通」なので生徒にも自然と同じことを求めてしまいます。でも社会で出会う人はそれだけではありませんよね。企業を経験しているとか、そこに至るまで紆余曲折のある先生が生徒に伝えられることは多いと思います。

とくにこれから生徒たちが生き抜くのは多様性の時代。起業や転職が一般的に考えられる時代を生き抜く上では、多様なバックグラウンドを持つ大人と触れ合うことは非常に大切なことだと思います。単純に、「こういうおもしろい大人もいるんだな」という気づきは世界を広げてくれますから。

たとえば僕のバックパッカーとしてロシアやウクライナなど海外を巡った経験を授業中に話します。生徒たちは興味深く聞いてくれ、少しでも刺激になっていればいいなと思います。

―――実際の授業内容はどのようなものですか?

(前矢)2023年から高校2年生で「英語探求」という選択科目をスタートしました。週3回、約100名の生徒が参加しています。この授業の最大のポイントは、「教室での学び」と「社会」をシームレスにつなげること。そして英語をそのためのアウトプットツールとして使うことです。

具体的には、昨年度・今年度の前期は、3〜4人のグループでオリジナルの英語絵本の作成です。校内で予選を行い、選ばれた作品をインターナショナルプリスクールに提供しています。実際の園児の反応や感想を動画で生徒に共有すると、すごく喜び、学ぶモチベーションが向上しているように思います。

後期は個人ワークで、今度やろうと思っているのが「オーバーツーリズム」です。一極集中しないよう、外国人に対して交通の便を考慮したパッケージツアーを提案したり、他の旅行客が来ないようなマイナーなところを紹介したり、いろいろ考えてもらいます。ちょうど修学旅行も後期にあるので、 お世話になっている旅行代理店のインバウンド担当の方の前で発表し、フィードバックをもらう予定です。

―――先生の授業中の役割はどのようになるのでしょうか?

(前矢)思考のお手伝いです。最近の生徒は、ひとつの質問に対して10の回答をすると引いてしまう傾向があります。質問されている以上の情報を一方的に与えてしまうと生徒は受け身になりますし、「先生の自己満足じゃん」と煙たがられるように感じます。

ガヤガヤしている教室を僕が動き回り、「このイラスト可愛いじゃん」とか、「どんなストーリーか教えてよ」とか、取材のように声をかけて生徒とコミュニケーションを取ります。そうすると、会話の中から「そういえば今、ここでどう表現すればいいか迷ってるんだよね」とか「これって英語でどう言えばいいのかな」といった言葉がポロッと出てきます。

そのときがチャンス! 生徒が興味を持っている合図です。ときに個別に教えたり、ときに興味のある生徒だけを集めたミニ講義を教室の一部でしてみたりと、解決に導くために効果的な方法を考えながら指導していきます。

一般的な英語授業では、まず学ぶべき英語表現が先にあり、そのためのシチュエーションが設定され、生徒に教える構造になっていますよね。しかし、実生活とかけ離れたシチュエーションの、しかもいつ使うかもわからないような英語表現を学ぶことにどれほど意味があるのでしょうか? 

「英語探究」の授業では、「相手に伝える」ことをゴールに設定しているので、英語が思考とつながり、自然と身につくように思います。

取材・構成:小林慧子/記事作成:小山内 隆・吉澤瑠美

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