「話す」偏重からの脱却と現場の葛藤 〜より良い小学校英語を目指して〜

最終更新日:2026年5月15日

西宮市総合教育センターで指導主事を務める羽渕弘毅先生。全国的にも珍しい小学校英語の専任指導主事として、2026年度からは年次研修、中でも初年次研修も担当されています。教育現場を巡回する中で見えてきたのは、「キラキラした」注目される実践が誰の役に立つのか、という疑問でした。 本記事では、小学校英語が抱えるリアルな課題と歴史的背景、そして明日からの授業をより良くしていくための具体的なアプローチについて、羽渕先生にお伺いしました。

現場で広がる格差――小学校英語のリアル

—— 小学校の英語教育について、現場を巡回される中でどのような課題を感じていらっしゃいますか?

(羽渕)現状、小学校の英語教育には非常に大きなギャップが存在しています。例えばInstagramなどのSNSを見ると、英語専科教員による「こんな実践をしました」という、素晴らしい「キラキラした実践」が多く発信されています。私自身も、小学校で授業を持っていたときに台湾の児童とオンライン交流をし、平和や歴史について英語で発信するといった取り組みをしました。中には他の教科と横断的に結びつけ、総合的な学習の時間を使って高度な探究活動を実践されている方もいます。しかし、そういった実践は個人の熱意やマンパワーに依存しているのが実情です。

一方で、多くの担任の先生方は、必死に教師用指導書(赤本)を握りしめながら、苦しみながら授業をされています。中学年で週1時間、高学年で週2時間という限られた時間数の中で長い単元を作るのは「コスパが悪い」と感じられ、英語と親しむ授業に留まっているケースもあります。キラキラした現場と苦労している現場を見ると、どうすればより良い授業を小学校現場でできるようになるか、考えずにはいられません。

—— 評価される教科となったことで、授業内容にはどのような影響が出ていますか?

(羽渕)教科化に伴い、児童を評価しなければならなくなったことで、「話すこと」に極端に偏重した授業が増えていることに大きな課題を感じています。話す活動は目に見えやすく、数値化や評価がしやすいからです。しかし本来であれば、小学校段階では文字を読むことや音を聞くことも大切にするべきでしょう。

これらが抜け落ちると、とにかく「いっぱい話す」「きれいに話す」ことを求める授業になりがちです。そうなると児童はAIやGoogle翻訳の音声を真似し、カタカナを読み上げるだけの状態に陥ってしまいます。それが「個別最適」や「協働的」といったきれいな言葉でコーティングされているケースもあります。私は、このような授業で基礎基本が身についているのか、本当に子どもたちが英語を楽しく感じているのかは疑問が残ります。

—— 小学校卒業段階で、生徒に最低限保証したい学力ラインはどのあたりだとお考えですか?

(羽渕)中学校へ送り出すための「セーフティネット」として、最低限次のラインは保証してあげたいと考えています。

「話す」面では、簡単な自己紹介ができ、自分のことを相手に伝えられること。「書く」面では、大文字と小文字をすべて正しく書け、自分の名前も書けること。「文構造」については、”I like baseball.”の”I like”と”baseball”をそれぞれ一つの塊として捉えられるかどうかが基準です。単語の間を空けて書けるかも見落とせません。「読む」面では、アルファベットをしっかり読めることが求められます。

小学校の先生は、受容的な学びよりも話す活動に偏りがちです。しかし、正しく読み書きできることは、中学校への接続に欠かせない最低限の力だと考えます。

『教科化』への変化――現場はついていけたか

—— なぜ学校間や教員間で、指導内容にこれほど大きなギャップが生まれてしまったのでしょうか?

(羽渕)そこには、約10年スパンで変わってきた小学校英語の歴史的背景があります。2000年代は国際教育などの枠組みの中で各校が独自の英会話に取り組んでいました。2010年代に「外国語活動」となり、そして2020年のコロナ禍に「教科化」されました。 この「位置づけの変化」が、現場の先生方にまだ十分に浸透しきれていないのです。

「外国語」が教科となった以上、小学5・6年生では、しっかり力をつける授業が必要です。しかし現場では、かつての「外国語活動」の延長で「慣れ親しめばよい」と捉える教員がいる一方、意識の高い実践を行う教員もおり、その差が中学進学時の生徒間の学力格差につながっています。

—— 先生方の世代によっても、英語指導に対するバックグラウンドが異なるとお聞きしました。

(羽渕)はい、世代間のギャップも深刻です。現在30代前半以下の若い世代の先生たちは、教員免許を取得する際に「小学校英語教育法」のような科目を大学で受講しています。しかし、40〜60代の先生方は当然そうした教育を受けていないため、「私は無免許なので」とおっしゃる方も珍しくありません。 私自身、働きながら大学院へ進学した理由の一つが、上の世代の先生から「羽渕先生みたいにはできない。無免許だから」と言われたことでした。中高の先生からすれば「教科の教育法を取っていないのに教えているの?」と驚かれるかもしれませんが、それが小学校の現状なのです。

—— ALTなど、先生を支える体制にはなっていないのでしょうか?

(羽渕)体制づくりへの一番の問題は「人手不足」です。校長先生にとっても、人が足りない中で英語教育の充実は優先順位が低くなりがちです。運良く英語の「専科教員」が配置されたとしても、その学校内で英語を教えるのはその人だけになり、相談相手が誰もいないという閉鎖的な状況に陥ります。 ALT(外国語指導助手)の配置についても、予算不足のために各校に常駐できない自治体がほとんどです。その学校にALTが全く来ない週すらあると思います。ALTが来ても担任と打ち合わせをする時間がなく、ALTが突然教室に立ったままになってしまったり、逆に担任がALTの存在を負担に感じてしまったりするケースも見受けられます。 

このようにリソースが限られている中で、塾や英会話教室に通っている児童とそうでない児童との差も広がっています。多様化への対応も先生に求められる時代です。「公教育としてみんなで集まって英語をする意義」が、改めて問われているのではないでしょうか。

キラキラしなくていい。明日の授業を一歩よくするために

—— 厳しい現状の中で、先生方は日々の授業づくりにおいて何から始めればよいのでしょうか。

(羽渕)まずは、教科書を使ってほしいです。 小学校は長く「外国語活動」として教科書がなかった時代の名残があり、教科書を使わないアクティビティ中心でもよいと思っている方も一定数いらっしゃいます。それに対して私は教科書というまとまったコンテンツを、言葉のやり取りの「スタート地点」や「素材」として活用してほしいのです。 私自身も教科書の執筆に関わっていますが、検定教科書は「読む」「書く」も含めてバランス良く設計されています。現場の先生方がより使いやすく、明日すぐできそうだと感じてもらえるような「現実的な具体例」を発信し始めていますし、今後一層充実していくと思います。

—— 授業を運営する上で、特に意識してほしいポイントはありますか。

(羽渕)「聞く」ことを大事にしてほしいです。 教育委員会という立場でいろいろな学校の授業を見学する機会がありますが、「聞く」ことができている雰囲気のあるクラスは、間違いなく英語の力がついていると感じます。とにかく「話す、話す」と発信ばかりに偏るのではなく、相手の話をしっかり聞けること。やり取りをしながらでも、相手の言葉を受け止める受容的な学びの土台があるクラスを作ることが、実は非常に大事なポイントだとこの1年で痛感しました。

孤軍奮闘の先生へ――ネットワークをつくろう

——  現場で孤軍奮闘されている先生方に向けて、今後どのようなサポートをお考えですか。

(羽渕)現在進めようとしているのが、「小学校英語のネットワークづくり」です。 各学校に散らばって一人で悩んでいる専科教員や担任の先生方が集まり、情報が共有できる「場」を作りたいと考えています。その中で私が一番大切にしたいのは、SNSにあるようなキラキラした成功事例の発表会にするのではなく、「私も悩んでいますよ」と本音を言い合える場にすることです。先生方が現場で困っていることや葛藤を口に出して表現し、共有できるようなネットワークになればと願っています。

※活動の詳細につきましてはHarvest NEOのHPをご参照ください:https://npoharvestneo.wixsite.com/2030/project-3

——  最後に、小学校で英語を教える先生方におすすめの書籍があれば教えてください。

(羽渕)私が自分の意識を変えるきっかけになった本として、柳瀬陽介先生の『小学校からの英語教育をどうするか』(岩波ブックレット、2015年)をおすすめします。 少し古い本で、教科化される前のものですが、今の状況に非常に通じる内容が書かれています。現在主流になりがちな「トレーニング中心主義」への警鐘です。子どもたちは賢いので、AIや翻訳を使って間違いを少なくし、先生から良い評価をもらえるように、求められているものをコピーして話すようになってしまいます。そこには、自分の言葉と心がつながっていない「ただ話すだけ」の状況があります。 この記事を読まれている先生方にも、「頭と心が動くような授業」とは何かを改めて見つめ直すきっかけとして、ぜひ読んでいただきたい一冊です。保護者の方にもおすすめしたいですね。

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