脱・やらされている感! 心を動かす授業が生み出す、生徒が自ら学ぶサイクル
最終更新日:2024年8月14日
「英語教育」というと各技能の向上に注目が集まりがちです。しかし、「学校教育における英語教育」という文脈において、スキルを磨くだけでいいのでしょうか。
教員歴28年、当初からずっと人間教育を重視した授業づくりに取り組まれている、新島学園中学校・高等学校 中島 利恵子先生にお話を伺いました。中島先生は一般財団法人 英語教育協議会(ELEC)の研修で講師を務め、また教科書作成にも携わるなど、英語教員として学外でも幅広くご活躍されています。英語の授業を通じて生徒の感受性や思考力を育む、コンテンツを深める授業のヒントを教えていただきました。
目的は思考力と感受性の育成 授業はとことんコンテンツ重視
―― 現在は中学生を指導されていますが、以前は高校生を教えておられたと伺いました。
25歳から地元の群馬で公立高校の教員をしていましたが、7年前に今の私立の中高一貫校に移りました。3年前からはあえて中学生を受け持たせてもらっています。
中学生と高校生では発達段階や教え方が異なるものの、高校で20年以上教えてきたノウハウは中学校にも生かせます。それに「生徒の心を動かす授業をしたい」という信念からコンテンツを大切にした授業づくりは中学も高校も同じです。
―― 生徒の心を動かす授業とは、どのようなものなのでしょうか?
基本的には教科書の内容を重視した授業をしていますが、教科書にない情報を取り入れながら深堀りしていくことに力を入れています。その一例として、授業開始5分程度で行っているSmall Talkは、高校で教えていたときから実施し、今は中学1年生から行っています。内容は、たとえば今だと、パレスチナとイスラエルの戦争や能登の地震など、世界で起こっている出来事について生徒が自分の考えを話す時間です。
――時事問題に限らず、日本語でも英語でも自分の考えを発信するのが難しい生徒は多いですよね。それが中1からとなるとかなり難易度が高そうですね。
そうですね、ただ、学校教育の中の英語教育である以上、英語を通して人間教育をしていく必要があるというのが私の思いです。人間性を高めるためには、世界で起こっていることに無関心ではいけませんし、常に考え、自分の意見を持つことは非常に大切だと考えています。
そのため、たとえば私の授業では “I don’t know.” という回答は禁止です。「 “I don’t know.”は “It’s not my business.”と言っているのと同じだよ」と関心や考えを持つ意味を伝え続けます。すると生徒も、「先生は必ず教科書にはない質問をしてくる」「自分で考えなきゃいけない」と授業に臨む姿勢が少しずつ変わってくるのです。
三者面談で、生徒の保護者が「うちの子が『先生は今度これを聞いてくるかもしれない』と言って毎日ニュースを見るようになりました」とおっしゃるなど、日常生活の中で世界での出来事に接するようになります。
―― 毎回の授業で行うことで、生徒さんに考える習慣ができていくのですね。その他に興味関心を広げたり、意見を発信する場はあるのでしょうか?
アドバンスコースでは早めに教科書を終わらせて、学期に1回、人種差別などの社会課題を集中的に扱う機会を設けています。トピックは教科書から拾う場合もありますが、中学教科書の本文や単語は基礎的な内容が中心です。そこから社会課題とのリンクを見つけるのは、正直、かなり難しいです。それはもう、一単語、一節に目を配り、「あ! これなら使えるかも?!」とピックアップしていき、それを無理やりこじ開けてでも広げていくようなイメージです(笑)。
たとえば以前、ベジタリアンをトピックにしたことがあります。教科書の自己紹介の会話文に“My mother is vegetarian.”という一節があったので、「これは使えるぞ!」と。そこから私のカナダの友達がベジタリアンだという話を始め、ベジタリアンとは何か、ミートフリーマンデー(月曜日は肉類を食べない運動)や牛の飼育が環境に及ぼす影響など、話題をどんどん広げていきました。
―― 先生の身近なお話から始めると生徒にとっては興味を抱きやすそうですね。
ポイントは、教員が生徒と世界で起きていることの媒体になることです。「私の友達が」とか、「私がこんな経験をした」といった、私自身の心に残っていることをシェアすると、生徒は自分ごとにしたり、驚いたりしながら面白く聞いてくれます。感情が動くと興味につながりますし、心にも深く残ると思いますね。生徒の中に印象が残ると、半年、1年前に勉強した内容でも急に生徒の言葉に出てきたりするのです。
「私にとって、先生の授業は学んだことを披露する場だった」
―― 最近、正確な文法スキル V.S. 流暢なアウトプット という観点で、学習方法や指導方法に揺れがあるように感じています。先生は後者を重視されているのでしょうか?
私は、正確な文法スキルと流暢なアウトプットを二者択一的に捉えるのではなく、Fluencyを高めながらAccuracyも高めていくことは可能だと考えています。たとえば、私の授業では、「リキャスト(recast)」と言って、なるべく多く生徒にしゃべらせながら逐一誤りを直すことで、その両立を図っています。
生徒に考えさせ、意見をアウトプットする授業を行っていると、「文法や語彙学習がおろそかになり、大学受験に対応できなくなる」などと言われがちで、私も過去に批判的な指摘を受けたことがあります。ですが、私の考えは、まずアウトプットさせなければ文法のスキルも高まらないこと。そして、アウトプットの場を設けることで、生徒自身がどんどん自分で勉強する良いサイクルを生み出せることです。
以前、卒業生に「私にとって、先生の授業は学んだことを披露する場だった」と言われたことがあります。「先生がたくさんのアウトプットの機会を与えてくれるから、私は学んだことを使いたくて単語帳や文法問題集を必死で学んだし、先生が授業で使う表現を『ああいう風に言えばいいのか!』とめちゃめちゃ盗んでいました」と。
そもそも、おもしろい・興味深い内容について考え、話すことは、生徒にとってとても楽しい時間なのです。その中で、毎回の授業で新しい単語やイディオムに出会ったり、逆に教科書や単語帳で学んだ表現を使えたり。お互いがどんどんリンクしてくることで生徒はどんどん自分で勉強するようになっていきます。毎週、単語テストも実施しますが、「この単語は、先生がこの前の授業で使っていた単語だ!」と気付くと、良い点を取るためではなく、自分が使うために頑張って覚えるようになるのですね。
また、実際に自分で使ってみて初めて、生徒は自分の英語の誤りや、言いたいことを適切に表現するためには適切な文法や語彙力を増やす必要があることを実感します。そして私からも、文法というルールやイディオムを学ぶことの意義を生徒の視点や状況に合わせて言語化して伝えます。すると生徒にも「なるほど、そういうことか」とストンと入っていき、より自ら学ぶようになるのです。
その結果、前任校では週末課題を3年間出さなかったにもかかわらず、課題を出していた教科よりも英語の偏差値が高くなりました。それが受験の良い結果にも繋がりました。驚きましたが、ある意味、納得しました。どんな勉強でもそうですが、生徒たちは「やらされている」間は、やはり伸びていかないものだと思います。
授業中の発言はすべてスクリプト化!質の高い英語を生徒にインプット
―― 授業の前にはスクリプト(台本)を作成されると伺いました。授業のどのあたりに影響するのでしょうか?
先ほどお伝えしたように、授業内における私の英語は生徒が手本にしてくれています。以前、英語授業研究学会で授業発表をした際に神奈川大学の久保野先生から「教員はペラペラしゃべればいいというものではない。質の高い、きちんとした英語を生徒にインプットさせることが大事。だから書いたほうがいいよ」とアドバイスをいただきました。それをきっかけに、授業中に発言する内容は、授業開始の “Good morning, everyone.” から授業終了の “That’s all for today. Thank you.” まで、すべてスクリプトに起こしています。生徒とのインターラクションも含め、すべて想定して書いていますね。
―― 毎回の授業でですか?! 準備に時間がかかりそうですね。
そうですね。ただ、スクリプト作成自体は30分もかからないですよ。その他、画像の用意やパワーポイント作成で30分〜1時間ぐらい。私自身、「生徒にこういう風になってもらいたい」というビジョンがはっきりあります。すると、この授業で何をメッセージとして伝えるのか、どういう質問をすべきかが明確になってきます。スクリプトづくりは授業づくりと同じですから、自分のこだわりがあれば、さほど大変ではありません。
長年教えていて感じるのは、自分で考えたり、多方面に興味があったりする生徒は、英語も伸びていく傾向にあることです。授業で扱った内容が、単語であれトピックであれ文法であれ心に残っていれば、生徒が人として成長する糧になります。
先日の授業でも「ベジタリアンはeco-friendlyだ」と発言した生徒がいました。ベジタリアンとeco-friendlyをそれぞれ扱った授業は半年以上の間隔がありましたが、心のどこかに引っかかり、それぞれをつなげて自分の考えを構築したのだと思います。1回のSmall Talkや授業が生徒全員の心に響かなくとも、回数を重ねることでそれぞれの生徒の心を育む種になればいいなと考えています。