「英語」を超えて「世界」を伝える - Peacemakerを育てるための授業デザインとは

最終更新日:2025年2月6日

英語教育に求められる役割は、もはや言語スキルの習得だけではありません。グローバル社会で活躍できる人材の育成が期待されるなか、世界の課題に向き合い、自ら考え行動できる生徒をどう育てるか。この問いに悩む教員は少なくないはずです。台湾での生活経験を持ち30年以上教育に携わっている啓明学園の関根先生は、国際協働学習や演劇劇手法などを組み合わせ、生徒の意識と行動を変える授業を実践していますその具体的な指導法と、継続的な学びを実現するための工夫についてお話を伺いました。

 

世界の課題に向き合う教育の原点

―――先生は、世界の課題を学ぶ「国際理解」という独自の授業を担当されていますね。まず取り組まれた背景を教えていただけますか。

(関根)本校では、自分の考えを発信できるような英語力の習得を目指すべく、「英語思考力」を鍛えるための実践的な選択科目を複数用意しています。私が担当する高3生向けの「国際理解」もその一つで、必要性を感じて立ち上げた授業です。

背景には、世界で起きていることにアンテナを張っていてほしいという思いが強くあります。私自身、中高時代を台湾で過ごし、アメリカンスクールで学びました。その経験から、とくにアジアにおける女性の地位の低さという課題に気づきました。

―――具体的にはどのような課題を感じられたのでしょうか。

(関根)大学時代に一人で日本に帰国した時、女の子たちがみんな同じ格好やメイクをして、自己主張せずに合わせるという状況を目にしました。アメリカンスクールでは同等に意見を言えるのに、素を出さない、思ったことを言わない。それは日本だけでなく、アジアに多い傾向です。そこから児童労働、教育を受けられないなど、女の子が男の子よりも大変な境遇になっているという問題にも気づきました。固定観念や、親世代が経験した境遇を当然のこととして子ども世代に受け継がせてしまう「負の連鎖」が見えてきて、目を覚ましてよと感じたんです。

―――目指されている教育とはどのようなものですか。

(関根)「Peacemaker(平和を築く人)」を育てることが柱です。世界で起きている事情を知って、他者のために自ら考え行動できる人になってほしいですね。人を排除していく人ではなく、他者とともに相手を考えられる人に。お互いに話し合うことによってウィンウィンの関係を築く。そのためにはコミュニケーション力も必要だし、観察力も必要だし、誠実さもすごく大切です。そういう人を一人でも多く卒業生として送り出したいと思っています。

 

『知る』から『行動する』へ:二段階の学びのデザイン

―――「国際理解」の授業は、1年間どのように進められるのですか。

(関根)1学期は、開発途上国のドキュメンタリー映像で実際に起きたことを学びます。その際、オンラインで世界の人と話し合えるプラットフォーム “iEARN(International Education and Resource Network)” を利用しています。そうすることで他国と協働で取り組めるのです。まず各国の学校が女子教育問題を取り上げているドキュメンタリー映像集 “Girl Rising”  を見て、感じたことや学んだことを詩や劇で表現します。それをオンライン上で他国の生徒と共有し、意見交換をします。今年は6か国で協働学習を行い、アメリカ/アルゼンチン/ジョージア/インド/アゼルバイジャン/日本、総勢90名もの生徒たちがオンラインで2時間近く話し合いました。

 

―――映像を見た後はどのように展開するのでしょうか。

(関根)映像を見て「かわいそう」という感想を持つことで学びが止まってはいけませんなぜそういうことが起きるのか考えることが重要です。ネパールでは児童労働が法律で禁止されているのになぜ続いているのか、背景を調べ、現地の人にも話を聞きました。演劇的手法も取り入れて、母親などさまざまな立場を演じるなかで、それぞれの視点から問題を捉え直していきます。

“Girl Rising” の素晴らしい点は、一人の変化が社会全体に波及していくところです。周囲の助けで児童労働から解放された女の子は、その後他の女の子が自由になるための活動に参加します。「かわいそう」と黙って見ているだけでは何も変わりません。これらの活動を通じて、一人ひとりの小さなアクションでも、実行すれば水面の波紋のように広がり、社会を変える力になることを学んでいきます。

―――2学期はどのような内容を扱うのでしょうか。

(関根)生徒自身が社会の諸課題を疑似体験し、課題を解決すべくアクションを起こします。たとえば貿易ゲームでは、資源や技術のない国は利益を得られない社会構造を、その国の立場になって体験します。コーヒー農家になってみるワークショップでは、天候不順や市場価格の変動で収入が激減し、畑を手放さざるを得ない状況を実感しました。その後、CSRやフェアトレードについて調べ、消費者として私たちにできることを考えます。

難民問題も扱っていて、上智大学の難民支援グループとワークショップをしています。「せかいいちうつくしいぼくの村」という絵本を使って演劇をし、平和な暮らしが突然の紛争で一気にすべて奪われる過程を体験しました。そうした喪失感を知ったうえで、実際に今存在するそういう人たちについて、もう少し考えられないかな、と。

2年前には、ロシアの先生とオンラインで交流しました。ロシアに来れるとしたら来る? と聞かれ、ある生徒が『安全で紛争がなく、お互いに楽しくコミュニケーションが取れるなら行きたい』と答えた場面が印象に残っています。ロシアの先生は『国や戦争となると敵対してしまうけれど、本当は人は繋がれてお互い受け入れ合えるのに』と涙を流していました。今からデモに参加するというイランの生徒たちと、オンラインで話せたこともあります。戦争が他人事に思えなくなりましたし、受け取ったものはすごく大きかったですね。

このような交流ができたのもiEARNのおかげです。先進国に偏らないさまざま国で頑張っている教員が集まっているプラットフォームで、とても絆が強いのです。

 

多様な手法で育む当事者意識

―――唯一無二の授業ばかりに感じました。先生が独自で考えておられるのですか?とくに演劇的手法とは、どのようなものでしょうか。

(関根)どこで何をするか、1年間のカリキュラムの流れや内容は私が考えています。演劇的手法は、故渡部淳先生の研究会に入って、集まった先生方といろいろな実践をしているんです。演劇的手法のなかでも、とくにホットシーティングを活用しています。いきなり演劇をするのはハードルが高いので、代表生徒が学んだ場面の主人公になり、他の生徒からの質問に答える形から始めます。最初は教員が主人公になって生徒からの質問に答える様子を見せます。次に、生徒が主人公になり、3人くらいで同じ役を演じたり、お母さんの立場、ソーシャルワーカーの立場になってみたりします。

―――実践的な活動として、マイクロファイナンス(貧しい人たちを対象にした小規模融資)を導入されているそうですね。

(関根)はい。高校生でもできる支援活動として始めました。サイトでさまざまな国の人々の状況を見て、誰に融資するのが最も効果的か、グループごとに調べて発表し合います。最後は学校のアカウントを使って実際に融資を行います。最初に生徒が自分たちでお金を出し合って作ったアカウントが今も続いていて、毎年2、3グループが実際に融資できています

―――お話を伺っていると、受け身の生徒さんがいないように感じます。生徒の主体性を引き出すポイントは何でしょうか。

(関根)大事にしているのは、体を通して実際にやってみることです。マイクロファイナンスもそうです。思っただけで終わらせたくないのです。必ずアクションまで行ってほしい。それをしないと、きっと卒業してからもアクションを取らないと思うのです。学んだことを踏まえて「自分たちに何ができるか」を考え、実際の行動につなげていくことを大切にしています。

また、協働作業では必ずリーダーシップの三原則を確認します。グループでの目標確認、自分ができることをやる、困っている人がいたら手助けする。

これを年度の初めに伝えたうえで、毎回宿題の振り返りシートで、学んだことのまとめと合わせてお互いを評価します。こうしてフリーライダーを防ぎ、全員が参加する授業を実現しています。

 

持続可能な教育の仕掛け

―――プロジェクト型の学習をする際に起きがちな注意点はございますか。

(関根)一過性で終わらせないことが大切です。探究やさまざまななプロジェクトで、指導者が変わったらそのプロジェクトがどうなるのかが一番懸念されます。責任を持って本当に携わるのであればいいのですが、体験させたいからという視点だけでプロジェクトを組むのは良くないと思います。

―――一過性で終わらせないように、先生はどのような取り組みをされていますか。

(関根)卒業生とはLINEグループを作って情報交換を続けています。大学でこういうことをやっている、社会人になってこういう活動をしているなど、お互いに情報交換できる場を作っています。実際、多くの卒業生が国際的な活動を展開しています。早稲田大学を卒業後、イギリスに留学し、今は起業してアフリカの良さを日本に紹介する活動を始めた卒業生もいます。

―――先生は毎年カンボジア支援のお取り組みもされていますね。どのような活動なのでしょうか。

(関根)同好会として、「Stitches for Riches」という活動を続けています日本でいらなくなった布を学校で集め、生徒が型紙で生地を切り、それをカンボジアに送るんです。現地の貧困地域のお母さんたちが仕事として縫製し、バッグなどの商品になって戻ってきます。それを学園祭で販売するというサイクルを作っています。毎年新しい商品も開発していて、去年も生徒と一緒にカンボジアに行ってお母さんたちと交流しました。

この活動は、NPO法人ASAP(アジアの子どもたちの就学を支援する会)の「Mother to Mother活動」のお手伝いで、私の人生のライフワークとしても大切にしています。

―――先生が重視されている「一過性にならない学び」のために大切なことは何でしょうか。

(関根)本当にその国の人たちのことを考えたら、本気になります。そのためには実際に話してみる、会ってみることが重要です。見ただけ、聞いただけではなく、自分で関心を持って話してみる。「かわいそう」で終わらせず、なぜその問題が起きているのか、自分たちに何ができるのかを考え続けることで、本当の国際理解が生まれるのだと思います。

 

関連URL

先生のお取り組みの詳細:ICT を活用した国際協働学習 iEARN “Girl Rising Project”

Girl Rising映像: https://www.youtube.com/@girlrising

『せかいいちうつくしいぼくの村』(ポプラ社):https://www.poplar.co.jp/book/search/result/archive/3440040.html


『教育プレゼンテーション』(編集代表:渡部淳、執筆者:関根真理 他、株式会社旬報社)
https://www.junposha.com/book/b317201.html

NPO法人 ASAP(Asia School Attendance Partnership。特定非営利活動法人アジアの子どもたちの就学を支援する会)による「Mother to Mother活動」
https://asap-cambodia.org/activity/mother-to-mother

 

(取材・編集:大久保さやか/構成・執筆:松本亜紀)

この記事を書いた人

国際教育ナビ編集部

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