英語学習に意欲的な生徒を育む!SLA(第二言語学習研究)を活かした授業法とは

最終更新日:2025年3月4日
近年、さまざまなメソッドや理論、学問をもとに組み立てられている英語授業。立正大学付属立正中学校・高等学校で教鞭をとる中村 拓也先生も、それを実践する一人だ。中村先生は、SLA(第二言語習得研究)の理論に基づいて自身の英語授業設計を行っている。SLAとは、母語ではない言語(第二言語)をどのようにして学習するか、そのプロセスなどを研究する学問である。
SLAに基づいた授業設計とはどのようなことなのか。SLAの基礎や授業内容、今後の展望について詳しく伺った。
外国人留学生からの飲み会の誘いを自身の英語力を理由に断らない生徒を育てたい
「生徒たちが大学生になってサークルに入って、同じサークル内に外国人留学生がいたとしましょう。その留学生に飲み会や食事に誘われたときに、英語が苦手、話せないという理由で断らない生徒を育てたいんです。この目標を話すといつも笑われて終わりなんですけど・・・」と苦笑する中村先生。
具体的なシチュエーションでの理想の生徒像を思い描くのは、自身の経験が関係している。
中村先生は長年、陸上競技に携わってきた。現在は同校の陸上部顧問を務め、インターハイを主管する全国高等学校体育連盟陸上競技専門部の事務局長も務めている。数年前、オリンピックでスタジアムアナウンサーを務めた経験もあるそう。その際、ディレクターなど運営関係者はほぼ外国人だったため、英語での会話に。話は盛り上がり、当時を「コミュニケーションって、本当におもしろいなって心底思いました」と振り返る。
「共通の趣味を持っていたからこそ、あそこまで盛り上がれたのだと思います。大学のサークルって、まさに同じシチュエーションですよね。同じ趣味嗜好を持った他国の人と盛り上がって楽しめる。その先に新たな価値観に触れられる可能性もある。そんな絶好の機会を、英語が苦手、話せないという理由で諦めないでほしいんです」と先生は熱を込めて言う。
そのような生徒を育成するために先生が授業設計時に取り入れているのが、SLAの理論だ。SLAとは、母語ではない言語の学習プロセスなどを研究する学問であり、さまざまな理論や仮説が提唱されている。中村先生は、研究によって裏打ちされた結果に基づき授業を設計している。
先生がSLAと出会ったのは約10年前。それ以前は、学生時代に通い、劇的に偏差値が上がった有名予備校の授業を理想の授業としていたため、文法訳読式の授業ばかりを行っていたという。「絶対に生徒たちの偏差値も上がるはず」と思っていたが、一向に成果が出ない。困り果て、さまざまな英語授業設計についての勉強会に行った結果、たどり着いたのがSLAだった。
「SLAはもともと、『海外の諜報員が外国語を話せるようになるには、どういう学習プロセスを辿ればいいのか』という研究から始まったという説もあるそうです」とSLAの興味深い起源説も教えてくれた。
SLAを取り入れた授業内容
SLAと一言で言っても、その研究はさまざまだ。ここからは、中村先生が取り入れているSLAの仮説や理論と、実際の授業への取り入れ方を紹介する。
アウトプット仮説
第二言語習得において、インプットだけでは十分でなく、「話す」「書く」といったアウトプットも必要であるというメリル・スウェイン氏が唱えた「アウトプット仮説」。
先生の授業では、基本的にペアワークで話し続けるスタイルをとっている。まずはウォーミングアップとして、”What did you do in weekends?”などのトピックでお互いにアウトプットを行う。その後、「こう伝えたかった英語で言えなかったことは?」をお互いにシェアする時間を設ける。今まで行ってきたインプットの成果を生徒自身が評価するようにしているのだ。これは、「アウトプット仮説」の中でアウトプットが第二言語習得において果たす役割として挙げられている「Noticing function(気づき機能)」に基づくものである。「Noticing function(気づき機能)」とは、「アウトプットをすることで、自分が伝えたいこと(Want)と、自分の能力で伝えられること(Can)とのギャップに気づくことができる」というもの。
「このウォーミングアップを行ったあと、次回の授業で『この週末やったこと』をまたお互いに話すから、週末の様子の写真を撮ってくるようにと宿題を出しました。そうすると、今回伝えたくても単語が出てこなかったりどう伝えればいいかわからなかったりしたことを、彼らは改めてインプットします。そして次の授業で、新たにインプットしてきたものをアウトプットすることで、定着が図れるのです」(中村先生)
さらに、「ペアワークの際はリスナーが大事」と強調する中村先生。これは、「相手からフィードバックを得ることで、必要に応じて修正していく」という「Hypothesis-testing function(仮説検証機能)」に基づいている。「Hypothesis-testing function(仮説検証機能)」も、アウトプットが第二言語習得において果たす役割のひとつである。
先生の授業では、スピーカーが話した中で、間違っている文法事項をリスナーが指摘・修正する時間も設け、この効果をより強めている。
自己決定理論
エドワード・デシ氏とリチャード・ライアン氏が提唱した動機づけ理論である「自己決定理論」。人に指摘されて行動するところから、自発的に行動するに至るまでの道筋を説いたものだ。自発的に動くためには、「関係性」「有能性」「自律性」の三大欲求を満たす必要があるとされている。
「たとえば関係性では、『〇〇ちゃんがやってるから私もやる』『英語の先生が好きだから頑張ってみよう』と思うことです。逆も然りで、『英語の先生が嫌いだから英語も嫌い』ともなり得ます。
有能性は、『テストの点数が良かったからもう少し頑張ろう』『英語で話が通じて嬉しかったからもっと勉強しよう』などと思うことです。
自立性は、『自分で決めたから頑張ろう』と思うことです。逆に、せっかく勉強していたのに、お母さんから『勉強しなさい』と言われたからやる気が出なくなったなども起こり得ます」(中村先生)
ペアワークを多く行うのはこの理論をもとにしているからだ。お互いの頑張りを見せ合わせることで「自分も頑張ろう」と関係性の欲求を満たし、「自分の英語が伝わった」と実感を得ることで有能性の欲求を満たす。さまざまな相手とのコミュニケーションを経てモチベーションを上げられるよう、毎回席順を変えて違う生徒同士をペアにする工夫もしている。
また、動機づけの理論を学んでからは、コミュニケーション形態の授業を得意としない生徒に対し配慮できるようになったと言う。
「この理論を知るまでは、『コミュニケーションを取るよう言っているのに、何でやらないんだ』とフラストレーションが溜まることがありました。しかし、言語学習には個人差があるんだと知ってからは、そのような生徒に対し『コミュニケーションが苦手なタイプなんだな』とすごくおおらかに思えるようになりました。動機づけをすれば苦手でも前向き取り組んでくれるかもしれないと、意識的に声掛けするようになりましたね」(中村先生)
情意フィルター仮説
SLAの第一人者の一人であるスティーブン・クラッシェン氏が提唱する「情意フィルター仮説」。情意フィルターとは、「不安」「自信のなさ」「動機付けの弱さ」といったネガティブな感情で、これがあると第二言語の習得を難しくしてしまうという仮説だ。言い換えれば、「動機」や「自信」があり情意フィルターがない、もしくは低ければ第二言語習得がしやすくなる。
中村先生が教える生徒たちの多くは情意フィルターが低く、学習に意欲的だと言う。
「ペアワークなどでアウトプットを多く行い、『英語が話せる、伝わる』経験をして、不安がだんだん少なくなったのだと思います。また、間違っても誰にも非難されないという心理的安全性も関係しているかもしれません。でも何と言っても、最大の効果はイレイザーゲームですね」と楽しげに話す先生。
イレイザーゲームとは、決められた時間内にテーマに沿った単語を言い合い、タイムアップした際に順番が回ってきている人が負けというものだ。ペンなどを爆弾に見立て、交互に渡していくスリル感満載のゲームなのだ。
ウォーミングアップとして授業に取り入れ、テーマは「前回授業で習った新出単語」などにしているという。「本当に盛り上がるんですよ。これが終わったあとは自然と前向きな姿勢で授業に取り組んでくれます」と嬉しそうに話してくれた。
イレイザーゲームが英語学習への「動機」となり、情意フィルターを低くしてくれているのだ。
SLAに偏りすぎてないか?と模索する日々
そんなSLAだが、学習意欲向上以外に、効果はあるのだろうか?
「SLAにもとづいた授業設計をした成果は正確にはわからないのですが」と前置きしたあと、「私が教えた生徒たちのGTECの結果が良くて、本当に嬉しかったですね」と笑顔で教えてくれた。
「あとは、SLAという学問的な裏付けがあるため、私自身、授業設計する際の安心材料や自信になっています。そのおかげで、設計する時間も短くなりました」(中村先生)
「でも、最近は『SLAに偏りすぎてないか?』とも思い始めています」と進んで自らの課題を教えてくれる先生。そのきっかけは、ある講演で「生徒も教員も日々成長する中で、学年始めに立てたゴールは1年間変わらなくていいのか?生徒や教員の成長に合わせた、ゴールやメソッドに縛られすぎない柔軟な授業設計をするべきではないのか?あなたたちはそもそも、何かに縛られて授業をしたいと思って教員になったわけはなく、『こう教えたい』という魂があったでしょう」という提言を聞いたからだそう。
「本当にその通りだなと思いました。たとえば私が大学で学んだ罪と罰の話をすごく簡単に話をすると、『へえ~』と関心を寄せてくれ、新たな学びを与えられたと思えるあの瞬間がたまらなく好きだった。『授業中に少し寄り道してもいい、ゴールは少しくらい崩れたっていい』そう思ったのです。」(中村先生)
さらに、SLAを基に授業設計をする教員たちとの意見交換の際、昔の英語教育への回帰も部分的に必要という意見も出たと言う。
「私は、SLAに基づいた授業設計をしていればすべてうまくいくと考えていた節がありました。でも、実は先人たちがやってきた英語教育は、それはそれでものすごい財産だと気づかされたのです。今後は、少しくらいゴールが崩れたり変わったりしてもいい、先人たちの財産は部分的に導入し、より柔軟な授業を目指したいです」
そして最後に、中村先生はこう付け加えた。
「SLAに基づいた授業にせよ、柔軟な授業にせよ、結局は生徒たちが大学生や社会人になったときに役立つ学び方を教えたいです。学校にいる時間より、卒業したあとの人生の方がはるかに長いですから。その長い人生の中で学ぶべきことに直面したとき、『中村先生の授業でこういう学び方をして効果的だったな。それをやってみよう』と思い出してくれたら――そんな授業を提供するのが真の目標です」
取材:小林 慧子、大久保さやか/構成・記事作成:大久保さやか
参考HP
アウトプット仮説とは?第二言語習得に関するスウェインの仮説|English Hub
モチベーションを理論化した「自己決定理論」とは?|コーチングガイド
自己決定理論とは?重要な3欲求や内発的動機づけまでの段階を解説|Musubuライブラリ
情意フィルター仮説とは?第二言語習得に関するクラッシェンの5つの仮説(5)|English Hub