教育トーク : 外国語教育に役立つかもしれない? 言語学・音声学

最終更新日:2022年8月23日

プロフィール

  • 慶應義塾大学 言語文化研究所 教授 川原繁人

  • こども教育宝仙大学・青山学院大学 五十嵐美加

    2007年~和歌山信愛中学校・高等学校、2012年~慶應義塾大学社会学研究科修士課程、2014年~東京大学大学院教育学研究科博士課程、2020年~東洋英和女学院大学教職・実習センターを経て、現在、こども教育宝仙大学(実践英語担当)、青山学院大学(心理学応用演習担当)兼任。 修士課程在学中、英国オックスフォード大学への留学経験有り。

学習指導要領の改訂により、中学・高校の英語科について「授業は英語で行うことを基本とする」という方針が示されました。地域、学校によってはオールイングリッシュの授業を開始しているところもあるのではないでしょうか。

しかし生徒にとって、また教員にとって障壁の一つになり得るのが、英語の発音の習得です。ネイティブではない私たちは、どのようにして英語の発音を身につければよいのでしょうか?

2022年5月に『フリースタイル言語学』(大和書房)、『音声学者、娘とことばの不思議に飛び込む〜プリチュワからカピチュウ、おっけーぐるぐるまで〜』(朝日出版社)の2冊を上梓された慶應義塾大学言語文化研究所教授 川原繁人先生に、言語学・音声学と外国語学習や外国語教育の関係性について教えていただきました。(聞き手:五十嵐 美加)

 

英語上達のコツは「話し相手を見つけ、一緒に英語を楽しむこと」

(川原)先日、『フリースタイル言語学』のPRとして、ラジオに出演したんです。前もって本を読んでくれたMummy-Dさんというラッパーが「面白かった」と言ってくれて。その本では、直接ラップの分析に触れた部分は一部でしたが、言語学の考え方や日本語の構造を知ることでラッパーの方が「自分の歌に役立つかもしれない」と感じてくださっているので、同じことが英語教育関係者にも言えるといいなと思っています。

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(五十嵐)本の中には、「英語を上達させるためにはどうしたらよいか」をご自身の経験から語られている章もありましたね。現場の先生方は「英語の授業は英語で」と言われているんですが、自分自身の英語をどのように上達させるか悩んでいる教員は少なくないと思います。川原先生はどうお考えですか。

(川原)「楽しい」と思わないと絶対できるようにはならないと思います。特に、言語習得は義務感だけで登れる山ではないと私は思っています。英語科の先生方は「英語が楽しい」「話せるようになりたい」と思っていた時期が少なからずあったからこそ、その職に就いたはずです。英語を学ぶのが面白いと思う感覚や気持ちを思い出してみるのはすごく大事なことだと思います。

(五十嵐)川原先生が、もう英語に不自由はないと思ったのは何歳頃ですか。

(川原)大学3年生で留学したのですが、読むことについては大学3年生の時点で問題なくできました。内容が理解できないことはありましたが、英語の意味がわからなくて困るということはなかったです。聞く方も、英語の映画をビデオテープのテープが擦り切れるほど視ていたので割とできていました。ただ、留学に行くまで喋りは全然できなかったです。

(五十嵐)英語が使用されている環境に身を置いて、英語をたくさん話すことが大事ですよね。言語学の観点から見てもそう思われますか?

(川原)最近、認知科学について広く勉強しているのですが、人間というのは社会的動物で、一番幸せを感じるのは、人と一緒に何かをやっているときだと言われています。先ほどの「何かを学ぶためには、楽しむことが一番」ということと、「楽しむためには誰かと一緒に何かをやる」ということを組み合わせると、話し相手を見つけて一緒にやることが一番の近道だと思います。

(五十嵐)第二言語の習得における動機づけは大きく2つに分かれていて、道具的な動機づけと統合的な動機づけがあると言われています。道具的というのはビジネスや生活に必要で使う場合、統合的というのは言語を使用している集団に対する憧れや社会的に繋がりたいという欲求から起こる動機づけです。

ただ、「将来海外と繋がる気はないし、別に旅行も好きではない」という人もいます。日本にいて、外国語が必要だと思っていない学生への声かけについてはどうお考えですか?

(川原)人間はそこまで意志の強い動物ではないので、「道具として有用だから学ぼう!」という意志の強さだけで学べる人はごくわずかだと思います。しかし、英語ができれば、最新の論文や最新の研究が翻訳を待つことなくすぐ手に入るというのは事実です。英語を学ぶことで世界が広がるんですよね。さきほどの発言と矛盾するようですが、日本の中の世界だけでいいと思っているのはもったいなくもありますね。

プリキュアのキャラクター名はどうしてかわいいのか?

(五十嵐)世界を広げるという面では、先生のご研究はいろいろな分野と繋がっていて、生活が豊かになる印象を受けます。物理的な豊かさというより、精神的に豊かになるというか。

先生のご専門である、言語学や音声学の概論を教えていただけるとうれしいです。

(川原)私は言語学者で、その中でも音声学を専門にしています。音声学は3つに分かれていて、調音音声学というのは、私たちが肺や喉、口の中、唇などの器官を使って、どのようにどういう音を出しているのかを研究します。音響音声学は、器官を使って発した音が空気の振動になって、(そして今の時代では)パソコンにデジタルデータとして変換されて、それがインターネットを経由して相手に届くという、話者と聴者の間で何が起こっているかを研究します。そして、その空気の振動が相手の耳に入って、それを相手の頭がどう解釈しているかを解明するのが知覚音声学です。

音声学の大事な諸概念を子育てを切り口として書いた本が『音声学者、娘とことばの不思議に飛び込む〜プリチュワからカピチュウ、おっけーぐるぐるまで〜』です。

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例えば、「両唇音」というカテゴリは確かに音声学を分析する上では重要ですが、授業で「両唇音は[p][b][m][Φ][w]ですよ」と言うと、「だから何なの?」となるわけです。それをどうやって楽しく教えようかと思ったときに出会ったのがプリキュアでした。

プリキュアの名前を分析してみると、名前の始めに両唇音が多く表れます。その現象を捉えるためには両唇音という概念が必要で、なぜ両唇音かと考えると、喃語(赤ちゃんが最初に発する音)が両唇音だから、私たちは「両唇音はかわいい」というイメージを持っているというわけです。こういう教え方をすると、わりと音声学を楽しんでもらえます。

身近な話題から音声学を考えるだけで、ただの暗記から解放されるのではないかという願いを込めた本です。一方、体系的に音声学を紹介しようとした『音声学者、娘とことばの不思議に飛び込む』と違って、『フリースタイル言語学』では、私の好きなことを好きなだけ語っています(笑)。

(五十嵐)ALS(筋萎縮性側索硬化症)とマイボイスの話※はとても感動しました。素晴らしい研究をなさっていますね。
※将来自分の声が失われると分かっている難病(特にALS)の患者さんの声をあらかじめ録音し、声が失われた後もパソコンを通して再生することを可能にするソフト(マイボイス)の開発研究の話

(川原)本章に出てくる本間先生は作業療法士の先生で、音声学、言語学のトレーニングは全く積んでいない方です。私と出会う前は、独自の感覚だけでマイボイスを作成していたそうです。そんな中で音声学や言語学の知識を持った私がチームに加わってアドバイスをしたところ、「その問題を解決するために何ヶ月悩んだと思ってるんですか!」と言われました。自分の研究が、実社会の現場で役に立てたことがうれしかったですね。

(五十嵐)音声学を学ぶと、それぞれの単語の発音が明示的にわかって区別がつくようになりますね。音声学は発音の指導や、自分自身の発音の矯正など、英語らしく発音するためにどう修正すればいいのかを考えることに役立つと思いますか?

(川原)役立つと思いますよ。サザンカリフォルニア大学のspanというプロジェクトでは、世界中の主な言語の発音のMRIをオンラインで無料で見られます。昔は舌の形のイラストで書いていたものが、本物を動画で見られるわけですから便利ですよね。

5人の著名な音声学者がそれぞれ発音してくれています。人を選んで、記号をタップすると、全部動画が見られます。

(五十嵐)『音声学者、娘とことばの不思議に飛び込む』のほうで、語学の先生に読んでほしい部分はありますか。

(川原)音節(シラブル)の話は面白いかもしれませんね。第10話の「どうやって音を区切るか、それが問題だ」という章です。日本語はひらがなの拍で音を区切ると言われますが、子どもたちの言語習得のパターンを見ると、私たちも音節を持っていることがわかります。

(五十嵐)拍とは何でしょうか?

(川原)例えば、しりとりで繋がっていくものが拍です。リンゴ、ゴリラ、ラッパだと「ゴ」「ラ」「パ」は拍です。ひらがな一文字分と考えても良いでしょう。小さい「ゃゅょ」は例外ですが、日本人に1個の音といったら何ですかと言ったときに、ぱっと思いつくのが拍です。

それに対して音節というのは、例えば「パ」に「ン」がついて「パン」となると、拍としては「パ」「ン」で2つに分かれますが、音節としては1つです。あとは長音ですね。「父ちゃん」は拍では「と」「う」「ちゃ」「ん」の4つで数えますが、音節では「とう」「ちゃん」の2音節になります。

(五十嵐)「日本語は拍、英語は音節ベースで違うから難しい」ではなくて、「日本語にも音節があって、自分たちも無意識にできていることだ」と言ってあげると、学習者としては気付きになったり、学びが進んだりするかもしれませんね。

(川原)また、第6話では音韻変化について説明しています。私は音声学者であり、音韻論者でもあるのですが、一般の方々に音韻論を説明しようとするととても難しいです。まず音韻論という言葉が通じないので、プロフィールにも音韻論者と載せることを避けるぐらいです。

簡単に言うと、音は環境によって別の音に変わったり消えてしまったりすることが多くあります。それが音韻変化です。子どもの言い間違えを見てみると、日本語に潜む音韻変化が見えてくるというのが、第6話のポイントです。

ここでは子供が、うさぎ「グミ」、たんぽぽ「グミ」、ゆき「グミ」だから、「クミ」ではなくて「グミ」だと言っていたことを例に挙げています。

(五十嵐)クラスを意味する「組」は、「クミ」ではなく「グミ」としか聞いたことがなかったから「グミ」だろうと推測した、ということですね。

(川原)音韻論で大事なのは、音は環境によって変化するということです。日本語の「くみ」も前に何かがつくと「ぐみ」に変化する。英語の例を挙げれば、can’tはtがほとんど発音されない場合があり、I canなのかI can’tなのかわからないことがあります。しかし、学習者が英語の語末の[t]は消えやすいと知っていると対応しやすいと思うのです。英語ではどのような音韻変化が観察されるのかを知っておくと、英語を学ぶうえで役に立つのではないかと思います。

「間違いはあなたのせいじゃない、言語体系が違っただけ」

(五十嵐)中学生や小学生の素朴な疑問としては、「しっかり聞こえない場合は否定か肯定か、どうやって聞き分けているんだろう」というのがあると思います。それは文脈から推測になるのでしょうか。

(川原)その点は『フリースタイル言語学』の「部屋とエントロピーと私」という章で触れています。エントロピーとは、もともと情報理論の概念なのですが、予測可能性の量的な尺度で、実は言語の分析にも役立つという話です。今の文脈でいうと、話している方も誤解されたくないから、canなのかcan’tなのか、前後の文脈から判断しにくい場面ではきちんと[t]を発音することが多いわけです。しかし周りの文脈からcanなのかcan’tなのかが予測可能になって、そのエントロピーが低くなると[t]が消せるというわけです。

また、このような環境では [t]が消えやすいとわかっていると、聞き返せるというのもありますよね。音韻変化がわかっていると、そこに聞き取り問題が生じうる、だから聞き返すのは失礼ではない、という意識が持てるかもしれない。

(五十嵐)アニメの「デビルマン」ってあるじゃないですか。日本語だとデビルマンですが、英語でDevilとmanをくっつけるとDevilman(eにアクセント)で、私の中ではデビルマン(ビにアクセント)のイントネーションに違和感があって、デビルマン(デにアクセント)としか発音できないんです。私の中ではト↑マトマンだしポ↑テトマンなんですが、息子はそれをトマト↑マン、ポテト↑マンだと言うんです。英語に触れているうちに、元々持っていた日本語の直感が薄くなっていくこともあるんだなと思いました(トマトマン・ポテトマンは架空のヒーロー)。

(川原)それもまさに音韻論で、日本語は複合語をくっつけると、アクセントが複合語の境界あたりに落ちやすいんです。ポテトマンやデビルマンは繋がりの1個前のところにアクセントがきていますよね。それは日本語のルールを適用した結果です。それによって英語の元の発音から離れてしまうのは、あるあるです。日本語と英語のアクセントやストレスの位置の違いも、音韻論を知っていると役に立つかもしれないですね。

例えば、Scienceをサ↑イエンスと言っている人がいました。日本語のアクセントのルールを考えると、サイエ↑ンスの方がしっくりくるんですよね。

(五十嵐)アカデミアではない友人と話している際に、フェ↑イスブックと言ってしまってフェイスブ↑ックだと訂正されたり、グ↑ーグルと言うとグーグ↑ルだと笑われたりすることがあります。英語のアクセントを意識しているわけではないのですが、アクセントの位置の違いを体系的に説明できると、英語の先生としては、生徒に面白い話ができそうです。

(川原)日本語には日本語の、英語には英語のルールがあって、その違いによって誤解が生じてしまうかもしれない、ということだけ頭の片隅に置いておけばいいと思います。通じなかったときに、私の発音が駄目なんだと思う必要はありません。Scienceをサイエ↑ンスと言ってしまったのも、日本語の音韻のルールではそこにアクセントを落とすのが自然だからそうしただけ。落ち込まずに「日本語に引っ張られてしまった」と考えると、気分として違うと思うんですよね。

(五十嵐)間違いを極端に恐れる必要はないですよね。それを生徒にも教えなきゃいけないし、そういう雰囲気を作らなければいけない。

教員向けのセミナーやワークショップでも、「何か質問やコメントはありませんか」というシーンで誰も発言しないことがよくあります。生徒には質問しなさいと言う一方で、先生が質問やコメントしない。「変なことを聞いたらまずい」と思ってしまうのだと思いますが、間違ってもいいからチャレンジする姿勢を教員自身が持つことも大事だと思います。

自分の頭の中からスタートできる学問、それが言語学

(川原)英語は私たちが思っているよりも多様です。アフリカンアメリカンの英語もあるし、ヒスパニック系の英語もあるし、日本人訛りの英語もある。その多様性ってすごく素晴らしいことだと思います。

山寺宏一さん(声優)と北山陽一さん(歌手)とお話ししたときに、北山さんは青森出身で、山寺さんは宮城出身で、「日本人は出せる音の引き出しが少ない。それは言語の多様性に対する寛容性が日本人は低いからだ」という話で盛り上がりました。歌手にしても声優にしても、英語に比べて出せる音の範囲が狭いというか、武器が少ない、と。それは、言語の多様性に寛容でなさすぎて、この発音はこれと決めてしまうからだと思います。

(五十嵐)日本人の言語観は、一つの言語に対して一つの標準語、基本的にそれで話すべきと考えている節があって、それを英語に対しても当てはめてしまっているのかなと思います。

中・高の教科書の音声はほぼアメリカ英語です。アメリカ英語が目標とすべき言語で、そこを目指していきましょうという価値観が、日本人学習者にはなんとなくある気がします。ある大学の先生は、日頃から学生に「English is YOUR language.」と言っているそうです。アメリカ人が使う言葉を自分が目指すのではなくて、自分の中でdevelopしていけばいいということが英語教育の中でもっと広まってほしいということでした。多様性はどの言語でも大事にしたいですね。

(川原)英語という未知なもので多様性を感じるよりは、日本語でまず多様性を感じて「こういうものなんだ」と思えた方が近道だと思います。

(五十嵐)そうですね。英語の方言や訛りを聞いても、どこの訛りかわかりませんが、日本だと「この辺の地域の言葉だな」「これはこういう意味になるかな」と直感がきくし、自分の言葉と比べて捉えやすいので、身近な言語から多様性を感じていけると良いですね。

今、探究学習が学習指導要領に入ってきましたが、言語学って探究学習にうってつけなものだと思うんです。

(川原)教育学専攻の方も、そういった感想をくれました。「プリキュアでもポケモンでもドラクエでも、何でも分析できるんだ」という態度そのものが、自由研究の見本になると言ってくれました。

(五十嵐)本当にそうだと思います。フィールドワークに出かけて調査をすることもありますが、例えば、先生のご研究のように、プリキュアやポケモンのキャラクターの名前でも分析ができます。気軽に、自分の頭の中の知識から研究が始められるというのは面白いですね。これからの日本の学校教育現場で求められるニーズにも合っている学問ではないかと私は思っています。

好奇心旺盛でいろいろな疑問を持っている生徒たちの疑問に答えるためには、指導者も好奇心を持ち続けて、いろいろな方向にアンテナを張ることが大事だと思いますし、その一つとして英語を教えているのだとすれば、言語学は知っていて損はない分野ですね。

この記事を書いた人

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