教育トーク : 100%の授業を提供するために必要なこと、今からできることとは? 〜個人レベルからはじめる、教員の働き方改革〜

最終更新日:2023年2月3日

プロフィール

  • マギル大学博士課程(教育心理学)/元英語教員 緒方健作

    コロンビア大学・修士課程(英語教授法)を首席で卒業。英語科教員として12年間教壇に立つ。「日本の教員サポート」を充実させるべく、2017年にマギル大学・博士課程に進学。同大学で教鞭を執る。主な研究領域は英語教授法、第二言語習得、教育心理学、言語学、教員教育など。現在は「教員のバーンアウト」を研究テーマに博士論文を執筆中。

国際教育ナビでは、着任後半年に満たない新任教員へ働き方に関するインタビューを実施しました。それによって明らかになったのは、授業以外の業務の多さや、それによって懸念される授業の質の低下、モチベーションの低下。多くの先生方が直面していると思われる、働き方に関する課題を目の当たりにしました。

 

そこで我々は、2022年2月に開催した「教員の働き方」セミナーにもご登壇いただいた緒方健作先生にインタビューを行いました。前回の新任教員インタビューを読んでいただき、日本の教育現場における課題と改善策についてご意見を頂きました。読者の皆さんの働き方を変えるヒントになれば幸いです。

 

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質の高い授業を提供するために必要なのは、日本の教育体制の変革

 

—— 大学を卒業し、今年から中学校に勤務し始めた新任教員の方は「授業以外の業務の多さ」や「授業の質が担保できない環境」について悩んでいました。緒方先生はどのようにお考えですか?

 

(緒方先生)はたから見れば「この業務は要らないかな」とわかることも、中に入ってしまうとわからなくなるものです。例えば生活指導はその一つです。持ち込み禁止の携帯が見つかると、担任が大幅に時間をさいて生徒指導を行います。いじめを含む人間関係のいざこざに関しても、補導など学校外で起きた問題に関しても、なぜか全てが学校側の責任になりがちです。生活指導はそもそも先生だけの仕事ではないと思っています。

 

担任がカウンセラーの資格を持つプロフェッショナルなら良いのですが、多くの先生はあくまでも教科担当で、カウンセリングの専門知識やノウハウを持つ先生はごく少数です。また、最近はスクールカウンセラーを置く学校も増えていますが、カウンセラーの人数が少なかったり、限られた時間にしかいらっしゃらなかったりするので、結局学校側(主に担任)が問題を引き受けざるを得ません。

いじめ問題も、本来はカウンセラーに対応してもらうべきです。「長年の教員経験があるから大丈夫」とおっしゃられていた先生も僕の周りにいらっしゃいましたが、教員経験とカウンセリング能力は無関係です。でもなぜか「担任がなんでもやる」というのが日本の文化なので、それを作り変えていかないと厳しいですね。

カナダやアメリカやヨーロッパでは、スクールカウンセラーが生徒の相談に乗ったり、生活指導をしたりするのが主流です。各教科の先生の教室に生徒たちが行って授業を受けるというシステムがあるように、先生方は教科のプロであってカウンセリングのプロではありません。カウンセリングには専門の方がいます。学習ができない生徒には学習アドバイザーが付きサポートしてくれ、先生や親御さんに話せないような悩みを抱えた生徒は、心理カウンセラーを頼ることができます。そのため教科の先生は生活指導や放課後補習に追われることなく、自分の授業に100%の力と時間を注げるんです。

 

日本の教員を対象にアンケートをとったところ、2015年のデータでは、授業準備の時間がほぼありませんでした。中学校の先生が帰宅後に授業準備にかける時間は平均で42分です。勤務時間内に授業準備の時間がとれない日本の先生と、きちんと授業準備ができる欧米の先生を比較したら、当然後者の方が授業の質は高くなります。生徒のためにも、先生のためにも、生活指導や補習指導にはカウンセラーやアドバイザーを専任として付けたほうが良いと思います。

愛知教育大学受託調査 教員養成ルネッサンス・HATOプロジェクト 特別プロジェクト 教員の魅力プロジェクト │ベネッセ教育総合研究所

 

—— 緒方先生は、研究の一環で日本の現職教員の方々にアンケートを取られたのですよね。どのような内容なのでしょうか。

 

(緒方先生)僕が研究しているのは先生方の「バーンアウト」、いわゆる燃え尽き症候群についてです。2021年の11月から132名の先生方に「バーンアウト」や自己肯定感(効力感ともいいますが)に関するアンケート項目に答えていただき、どの要素が教員のバーンアウトに影響するのかを統計学的に探りました。

 

全教科から集めると分析が難しいので、今回は英語科の先生だけを対象とし、アンケートをとりました。英語科の先生を対象とした理由はいくつかありますが、まず、文科省の制度や政策が変わるとき、一番振れ幅が大きく打撃を受けるのは英語科の先生方だと思っています。その上、昨今のグローバル志向の影響から、英語科の先生には社会の期待やプレッシャーが強くかかっています。その結果、英語科の先生の離職率が一番高いと言われています。ただ今後は、他教科の先生方からもアンケートをとったり、インタビューをさせていただければと思っています。

 

—— 確かに、プレッシャーというのはわかる気がします。現在の学習指導要領でも、小学校英語が教科になりましたし、中高でもオールイングリッシュの推進で対応に困っているという話を聞きます。

 

(緒方先生)英語力を磨いていければいいんですけどね。ただ、教員は忙しいので「いつ勉強すればいいの」という話ですよね。小学校で英語教育が始まりましたが、ほとんどの先生が英語の勉強にかける時間がないようです。

 

「どうやって時間を生み出すか」に関しては、小さな取り組みを重ねて1日2時間削るという「マイナス2時間プロジェクト」を、以前のコトバンクさんのセミナーでも提案させていただきました。長いだけの会議や、暗記だけの定期考査がそれに当たります。部活も経験者やコーチを部費で雇うか学校側が負担をする形にすれば、教員の負担も減ると思います。そうやって一つ一つの仕事を見直して無駄を削っていけば、睡眠時間を増やしたり、自分の授業準備に充てたりできるというお話をさせていただきました。

 

自己肯定感を高め、バーンアウトを回避するためのファクターとは?

 

—— 教員のバーンアウトについて、データ分析ではどのようなことがわかったのでしょうか。

 

(緒方先生)バーンアウトを誘発する要素はたくさんあります。コロナ禍というのはもちろん、英語科教員の場合、先行研究では、さきほどの自己肯定感、政府の方針、英語力といった要素がバーンアウトに影響しています。

興味深かったのは、僕は若い人ほどバーンアウトを感じやすいのかなと思っていましたが、どの世代でもバーンアウトになると分かりました。20代でも30代でも、50代でも。先生はみんな疲れているんです。

 

バーンアウトと自己肯定感にはもちろん相関関係があって、自己肯定感が高ければバーンアウトにはなりにくいです。自己肯定感には授業力や学級運営力が含まれます。これはもともと海外の先行研究でも言われていたので、納得でした。

さらに学校自体がもたらす影響についても測りました。

  1. 保護者との関係性
  2. 自主判断の許容度(トップダウン体制)
  3. 上司や先輩からのサポート
  4. 問題行動を起こす生徒への対応
  5. 部活や会議も含めた「時間」の影響

この5つのファクターとバーンアウトを比べたところ、後半の3つが大いに関係があるということが見えてきました

 

一番は時間です。ここが解決できればほぼ全て解決すると思いますが、時間がないということにプラスして「生徒がいじめをしたから、万引きをしたから」と親を呼んで生徒指導をすれば、夜の7時、8時になっても帰れない状況は続きますよね。そもそも生徒指導は教員の仕事ではないと考えている教員も多くいらっしゃいますから、余計にストレスですよね。さらに、そこで上司からのサポートが少ないんです。上司も忙しくてサポートが不十分で、そのことが特に若手教員のバーンアウトに繋がります。

次に、さきほどの5つのファクターと自己肯定感を比較したところ、生徒の保護者との関係性がうまくいっていれば自己肯定感が上がることが分かりました。これは僕も経験があります。教員歴5年目ぐらいのとき、僕の連絡不徹底が原因で親との関係がうまくいかなかったことが一度ありました。「なんで忘れちゃったんだろう」「なんで簡単な報告ができなかったんだろう」と2ヶ月ぐらい凹みましたが、逆に言えば、多忙の中でゆとりがなかったんだとも思います。

 

保護者との関係は大事ですが、そもそもを言えば、そこまで親に対して手厚くサポートする必要はあるでしょうか。親との関係は良ければ良いに越したことはありませんが、誰もがコミュニケーション上手とは限りません。僕は99%、保護者と良好な関係を築いていましたが、1%が疎かになったせいで2ヶ月間、精神的に引きずってしまいました。そんな先生も、僕以外にもきっといらっしゃると思います。保護者のひと言は、いい意味でも逆の意味でもけっこう大きいんです。

アンケートでは先生方の英語力に関してもデータを取りました。英語力に自信がないと自己肯定感が下がり、バーンアウトレベルが上がります。逆に言えば、英語力が上がれば自己肯定感が上がります。例えば、フィンランドの先生は全員が修士課程でプロフェッショナルレベルですが、僕が今回アンケートをとった先生の中で修士課程を出ていらっしゃるのは34%、3人に1人です。基本的に修士課程の学生の方が学士課程の学生よりも英語力が高いこと、さらには英語力向上が自己肯定感を上げることを考えると、将来的には(教員不足が解消されてから)日本でも「修士の資格を持つ人が教員になれる」ということにしてもいいかもしれません。まだまだ先の話だとは思いますが。

ただし学士、修士という教育レベルや教員経験、海外経験自体は、直接バーンアウトに絶大な影響をもたらさないことも分かりました。修士まで進めば自己肯定感は高まりますが、誰でもバーンアウトし得るのです。今回のデータをポジティブに考えるのであれば、修士課程に進み、英語力や教授法の知識を得ることによって自己肯定感を高めることが、結果的にバーンアウトを食い止める、ということは考えられると思います。

 

最後に、自己肯定感と教員歴の因果関係がデータに表れました。教員歴を積めば積むほど、自己肯定感が上がります。ただ問題なのは、3年以内で辞める先生が多くいらっしゃるということです。5年、10年経験を積むと自己肯定感が上がる実感も得られると思いますが、その経験を積む前に多くの先生が辞めてしまいます。教員歴3年目ぐらいまでの先生へのサポート体制を整え、なるべく続けてもらって、自己肯定感が上がってきたところから、担任を持ってもらうようにしたほうが良いと思います。

 

前回の記事でインタビューを受けていた彼も、たくさん仕事をやらされていますよね。

 

—— 緒方先生は現役時代、どんなことに苦労されましたか。

 

(緒方先生)僕は日本で12年間教員として勤めましたが、基本的に毎日楽しかったです。1日12〜14時間ぐらい働いて、土曜も仕事、日曜も部活でした。僕自身はそれでも楽しくて仕方なかったんですが、気付いたら僕の周りから同期はほとんどいなくなっていました。激務に耐えきれず辞めてしまった人、授業中に倒れた人もいました。僕みたいに楽しいと思える人はともかく、この働き方を楽しいと思えない人もたくさんいますから、全員にそれを強いるのはかなり酷だと思います。

 

新任教員を支える仕組み、業務時間を効率化する工夫をはじめよう

 

—— 3年以内に辞めてしまう先生が後を絶たないということでしたが、それに対して上司や周りのサポートを実践されている例はありますか?

 

(緒方先生)サポートという意味では、千代田区の麹町中学校で導入されている全員担任制というものがあります。1、2年目ですぐ担任になるのは荷が重いので、いっそのこと教員全員が担任になろうというシステムで、9人の先生で6クラスを見ています。そうすると、朝礼に行かなくていい日もできますし、クラスで何か起こったときに、新人の先生が一人で責任を負うこともなくなります。

 

また、部活をコーチに任せる学校も出てきていますね。部活の時間が除かれると休日出勤や試合の引率もなくなり、本来の業務に多少ゆとりが出ます。例えば週3日ある部活のうち1日をコーチや卒業生に依頼することで、仕事量が1日あたり18分減ります。部費や生徒会費からコーチ代を支払うことで先生が働きやすくなるなら、検討する価値はあると思いませんか?

本来なら先生が働きやすい体制を国なり行政なりが作るべきなのですが、それを待っているうちにどんどんバーンアウトする先生が増える一方です。個人レベルでできることを少しずつ実行して時間を減らしていくだけでも、一日数十分は削減できるかと思います。

(緒方先生)先日のコトバンクセミナーの「マイナス2時間プロジェクト」でも話しましたが、もし定期考査等の再試験をやっているなら、なくしたほうが良いと思います。再試験や追試は意味がなく、そもそも試験自体あまり意味がないというデータが出ています。中学や高校で受けた歴史や漢文の試験の暗記問題って、大人になった今、覚えていないですよね。数学の公式も、僕はほとんど忘れましたし、大人になって「あー!この公式使えるなぁ」なんて思ったことはありません。むしろ、本当に必要な知識は自ら学んでいくように好奇心をそそるような授業をすることの方が大切だと思います。だから授業準備の時間が大切なんです。そういった意味で、試験は教育の上でそこまで重要ではなくて、年間5回も要らないと思います。再試験をなくすだけでも1日あたり36分ぐらい仕事量が減ります。

—— 再試験や定期考査をなくすことで時間はたしかに削減できますが、学習の定着度や生徒の評価を考えると、現実的には難しいのではないでしょうか。

 

(緒方先生)定期考査を作るだけで20時間程かかりますし、採点でさらに時間がかかります。試験は昔から当たり前だと思って続けられていますが、試験の有効性はあまり検証されていません。今の時代は子供の数が減っているため、ある程度勉強ができればどこの大学でも入れます。一方で、良い大学と言われるところに入ったとしても、就職の保証はありません。そういう時代に、試験ばかりに力を注ぐ意味はないと思います。

 

評価制度という意味では、例えば、授業内で生徒がプレゼンをする時間を作って表現力を伸ばしてあげたほうが良いと思います。例えば、プレゼンが評価の20%と明記してルーブリックを出せば、生徒たちは真剣に取り組みます。​​さっきの試験のための暗記とは違って、自分が必要として考えたものや調べたものは時間が経っても覚えているんです。僕が最後に勤めた学校で、1年間定期試験をやらずに授業内でプレゼン課題を出したところ、成績はかなり上がりましたよ。ボキャブラリーも増え、英語のプレゼン力も上がりました。

 

文科省がその辺りも含め見直してくれれば良いですが、現場の状況も知らないでしょうし、なぜ定期考査が良いのか悪いのかも説明できないと思います。だから給特法(公立の義務教育諸学校等の教育職員の給与等に関する特別措置法)も変わらないんです。給特法では月に給与の約4%(大体8時間分)の手当が出ますが、教員の6割は過労死ラインを超えて月に80時間以上残業しています。仮に月に30万円もらえる人であれば、8時間分というと1万2000円、時給150円ぐらいの労働です。一般職なら違法ですが、教員の世界ではそれが給特法で成り立ってしまっています。こんな条件で誰も教員になりたくないですよね。

—— 前回記事の新任教員の方へ、また読者の方々にも伝えるべきことはありますか。緒方先生からメッセージがあれば頂きたいと思います。

 

(緒方先生)「きちんと寝られているのか」ということが、まず僕は心配でした。睡眠時間を減らして仕事をするとすぐにバーンアウトになります。自分の健康が保てないと他人のサポートはできないので、自分にとって適正な時間、寝ることがまず大事です。

 

セルフサクリファイス、つまり自己犠牲は日本の悪しき習慣だと思います。「他の人も頑張っているから僕も頑張らなきゃ」「私が頑張ったら他の人が休める」ではなくて、まずは自分の健康が第一です。コップの中の水が一気に溢れたらもう戻らないように、バーンアウトすると元に戻ることは難しいので、僕から日本の先生方に一つ言うとしたら「健康を維持するための時間を確保してください」ということですね

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