教育トーク : 英語と国語の連携で実現する効果的なディベート指導

最終更新日:2023年8月16日

プロフィール

  • 獨協中学高等学校 教諭 藤田 麻友美

    慶應義塾大学文学部人文社会学科教育学専攻卒(修士課程) 同大学院教育学研究科修了 PDA認定教育ジャッジ資格 大学3年生の春休みに、アメリカのカリフォルニア州に3週間語学留学。 趣味は脱出ゲームと海外旅行。特に教会、寺院、モスクなどの信仰に関する場所を巡るのが好きで、トルコ、ギリシャ、タイなどに行ったことがある。1児のママ。 取材時、本校に勤めて10年目。令和4年度は高校3年生の担任。

  • こども教育宝仙大学・青山学院大学 五十嵐美加

    2007年~和歌山信愛中学校・高等学校、2012年~慶應義塾大学社会学研究科修士課程、2014年~東京大学大学院教育学研究科博士課程、2020年~東洋英和女学院大学教職・実習センターを経て、現在、こども教育宝仙大学(実践英語担当)、青山学院大学(心理学応用演習担当)兼任。 修士課程在学中、英国オックスフォード大学への留学経験有り。

「主体的・対話的で深い学び」が推進されるようになってしばらく経ちました。課題発見・解決能力、論理的思考力、コミュニケーション能力の育成は「主体的・対話的で深い学び」における重要な要素の一つです。
そのような能力を包括的に育成する手法として、ディベートが注目されています。かつては、ディベート=二項対立的で、相手をやり込める主張をし合う、というイメージがありました。しかし、インクルーシブ教育や多様性を尊重する社会の在り方に沿って、現在は、多様な観点から考察し、二者択一の主張にとどまらないディベート指導も普及しつつあります。
今回は、PDA(一般社団法人 パーラメンタリーディベート人財育成協会)認定教育ジャッジの資格もお持ちの、獨協中学高等学校、藤田麻友美先生にお話を伺いました。

中身のあるディベートが求められる時代ーそのためのカギは母語での思考力

(五十嵐)普段どういうことを意識して授業をしていますか。また、工夫していることや実践例などがあれば教えてください。

(藤田)ここ最近は、高校生のディベートに力を入れています。ディベート部を立ち上げつつ、授業でもなるべくディベートの要素を入れるよう工夫しています。近年は「Deep L」など高度な翻訳ツールが出てきて、中身がないと勝負できない時代になっています。それで、生徒たちにも中身のある、自分の意見を言うような内容を重視して行わせています。

(五十嵐)与えられた日本語を単純に英語に訳すことはAIでできるので、ディベートでは与えられた題材について洞察・考察をし、実のある意見を出して、それを英語でアウトプット出来るようになること、それが藤田先生の狙いということですね。
ディベートは型式が決まってはいますが、結構難しいと思うんです。日本語でさえディベートをきちんと行うのは難しいですよね。いきなり英語でやらせるのは結構ハードルが高そうな気がしますが、まず日本語で考えさせますか。難易度の問題はどのようにクリアしていますか。

(藤田)仰る通りで、英語にするのは最後の最後です。ディベートをやるときは2時間くらい時間をとって、まずは日本語でそのテーマについてざっくばらんに意見を出し合うようにしています。
例えば、先日中国で遺伝子組換えの子どもが生まれたことについて、良いことか悪いことかというテーマを扱いました。なぜ良いこと・なぜ悪いことという考え方ができるのかという話を日本語でしっかり行いました。

母語の思考を高める教科横断授業

(五十嵐)それ、国語の先生に入ってもらうのもいいですよね。

(藤田)そうなんです。教科横断型を結構やっていて、英語で化学をやったこともあります。実際、遺伝子組換えの回も国語の先生に来てもらい、生命倫理の課題についてバックグラウンドを話してもらいました。

(五十嵐)すごいですね。英語の先生の役割は最後に英語に落とし込むときの表現や文法のアドバイスや修正、フィードバックなどかと思いますが、国語の先生は、ディベートの授業でどんな役割を果たしますか。教科横断の授業においてそれぞれの教師の役割分担や、ディベートをどんな形で進めたのか気になります。

(藤田)その授業では、題材にした洋楽の歌詞の中に”デザインベイビー”という表現がありました。そのデザインベイビーとは、何をどうデザインするのか、英語の解釈の部分を私が担当し、それが実際の世の中でどんなトピックで使われているかという部分を国語の先生にフォローしてもらいました。本校はパーラメンタリティというディベートの型をとっているのですが、ディベートは私が音頭をとりながら進め、総評を国語の先生が行い、最後に英作文やエッセイを提出してもらうときに、また私が担当します。

(五十嵐)日本語での思考を英語でアウトプットするときの接続のコツについて、どんな指導をなさっているのか教えてください。

(藤田)観点や考え方を学ぶことを重視しているので、接続について何か考えてやっているわけではありません。振り返ってみて思うのは、ディベートは答えが合っているかどうかではなく、いかに説得力を持って主張できるかがポイントなので、自分の論をどうしたら説得力を持って伝えられるか、というテクニックは母語の力を借りないと無理です。国語の先生の具体例の出し方や接続詞の使い方などは本当に助けになります。
例えば、「デザインベイビーは生命倫理上、良くないと思います。なぜなら遺伝子を操作することは今後の社会活動を考える上で危険なものになりうるからです。」ぐらいは言えますが、「ではなぜ危険なものになるのか、今後の社会活動って何か」というところまで説明しなかったら、茶飲み話で終わってしまいます。そこを埋めていくにあたって、日本語の先生の力は大きいと思います。

(五十嵐)本当にそう思います。英語で何か喋らなければいけないところから考えてしまうと、自分の手持ちの英語の語彙しか使えないですよね。そうすると、平易な語彙でしか表せないところで思考自体が止まってしまいます。でもまず母語で思考をすると、ある程度難しい概念も扱えます。そこまで思考を高めて、説得性のある意見を日本語で固めた上で英語でアウトプットすることが最終ですよね。自分の伝えたいことがまずあって、それを英語で言うために、知らなかった語彙などを獲得できるのだと思います。
英単語帳で機械的に1日何個と覚えるのも大事な学習かもしれませんが、それだと定着しづらいと思います。自分が言いたい言葉は絶対自分で取りに行くので、これってこういうふうに言うんだと、1回では覚えられなくてもかなり印象付くので、難しい語彙や難しい表現を英語で獲得することにも繋がっていくと思います。
国語の先生に入ってもらうような取り組みは、なかなかやられてる先生はいないと思うんです。自分の授業に来てもらって、もしくは国語の授業をやっているところに自分が入って、お互いどんな授業をどう進めているのか見たり、授業に入って指導してもらうところまでしっかり連携している先生や学校は少ないと思います。学校自体が教科横断的にやっていこうという雰囲気があるんですか?

(藤田)あまりそんな雰囲気はないですね。私自身が声をかけて「こういうのをやっていてちょっと助けてほしいんだけど」と言うタイプなので、今回はディベートだったので国語の先生でしたし、化学の先生に入ってもらうこともあります。でも他にやっている人はあまりいないかもしれないです。

(五十嵐)藤田先生が個人でやっている感じなんですね。

(藤田)気づいていないだけかもしれませんが、今のところそうですね。

(五十嵐)でもそれを見て、やってみたいなと思っている若い先生などいるかもしれないですね。

(藤田)そうだと思います。

(五十嵐)影響を受けて、学校全体でそういう雰囲気になっていくといいですね。

ディベート団体との交流・勉強会

(五十嵐)藤田先生は、英語の先生の集まりに行ったり、他校の先生と喋る機会はありますか。

(藤田)ディベート関係の先生と交流することはあります。仕事が忙しくて勉強会には行けていないです。

(五十嵐)ディベート関係の先生たちの勉強会があるんですね。そういう情報はどこから得ているんですか。

(藤田)団体に入っていて、その音頭を取っている先生から「いつどこで勉強会やるよ」という連絡をいただくことが多いです。
おそらく今、文科省がディベート事業にとても力を入れているようです。ディベート関係で大きい団体は、大阪府立大学の中川智皓先生がやっているPDAです。そこの研修等の連絡がたくさんきます。北原隆志先生(渋谷教育学園渋谷中学高等学校)という方が音頭を取っているHPDU(一般社団法人日本高校生パーラメンタリーディベート連盟)からもたくさん情報が届きます。大会等に出ると連絡が来るようになって、教員がディベートの審判をするときのやり方や、50分授業にディベートをどう取り入れていくかの授業実践報告書を載せている刊行物もあります。
その2つの団体が、ディベート好きの先生を巻き込んでいろいろな活動をしていて、それに時々参加しています。

ディベートに包括される社会スキル

(五十嵐)英語でやるのはまだまだ難しいと思いますが、ディベートを超えて折衷案を出していくアウフヘーベン(*1)スキルの方が、今後の先読みできない時代の中で重要だと思います。対立するAとBがある時、Bの方が優れているからBだではなく、双方のいいところを取って新しいものを作り出し、対立しないでうまく結論を出すようなスキルがおそらく今後は求められていくと思います。
(*1)思想の対立をいったん止め、互いの考えの要素の一部を保持したままより高い次元へと引き上げ、新たな一つの概念にするという哲学用語。対立する考え方や物事からより高い次元の答えを導き出すスキル。

その前段階として、AかBか説得性のある考えを出す時にデータをどこから持ってくるのかというデータリテラシーも大事ですし、説得するために図や表を使って有効にビジュアライズするプレゼンテーションスキルも大事ですね。ディベートが今盛り上がっている理由がわかる気がします。日本の教育はそこが弱かった部分だと思うので、頑張っていくのが大事ですね。

(藤田)アウフヘーベン的な折衷案について、ディベートにHEnDAという形があって、これは、否定側の立場に立つと、代替案を出すところまで求められるディベートです。例えば、「環境税を導入すべきだ」という考えに対し「ノー」なのであれば、今ある問題を環境税以外の方法でどうやって解決するのかまで提示しないと駄目というルールです。アウフヘーベン的な、善し悪しではなくて第3の意見を出して良い社会を作ろうという流れは始まっています。

(五十嵐)ディベートという実践の中に包括されているんですね。すごく期待できますね。

(藤田)ただ、その論題が出てきた背景にはどんな立場の人たちがいて、どの立場に立つかによって欲しい答えは違ってきて、違うものに優劣があるわけではないけれど、どこかで線を引かなければいけない、という考え方が生徒には難しいです。

(五十嵐)それはもう英語の範疇ではなく、全ての教科でできることですね。

(藤田)本当にそうです。そこで、三森ゆりか先生の「言語技術教育(*2)」に戻るのだと思います。事実と意見を混ぜない等の基本的なところから、思考を論理的に組み立て、相手が理解できる様に分かりやすく表現するという授業が設置できれば、教科横断型の授業も吸収できると思います。
芝浦工大附属中学校は三森先生の監修で言語技術をやっておられて、成績もとても上がっています。
(*2)言葉を技術としてとらえ、そのスキルを教える教育。ただ「言葉を使いましょう、作文を書きましょう、読みましょう」ではなく、いかにして読むか、いかにして書くか、いかにして議論をするかという方法を子どもの頃から積み上げるように教えていく。

(五十嵐)そこが学習の基礎の部分なので、その基盤を整えるにはカリキュラムも変えないといけないし、最初は時間がかかると思いますが、コスパはいいと思います。学校や自治体でできると、日本人のリテラシー能力も上がりますし、科学的な思考力や発信力も上がっていくと思いますね。

(藤田)「じゃあ英語いらなくない?」と思う瞬間もあるのですが、日本語の先生が日本語だけで言語技術をやっても、多分高校生は喜びません。高校生ってちょっと背伸びしたい部分もあるので、あえてハードルの高い英語をかぶせることで、基本的な技術の大切さを学び直せるチャンスになると思っています。

(五十嵐)本当にそうかもしれないですね。日本語で言うと、小中学校で、日本語の作文にいい思い出がない生徒もたくさんいるかもしれません。「また作文?小論文嫌い。点数の基準もわからないし嫌だ」と、フラストレーションを抱えている生徒が、新規性として英語の仮面をかぶせてあげると、新しい気持ちで取り組めると思います。
英語が苦手な子も、国語に落とし込めることをアピールすると取っつきやすいかもしれないし、逆に日本語の作文が苦手な子は、英語という新規性で新しい気持ちで頑張れて、新しいモチベーションの上げ方ですね。本当に重要なところだと思います。

本日はどうもありがとうございました。国語教育と英語教育の連携の在り方について大変勉強になりました。また新たな取り組みを実践なさった時には、改めてお話きかせていただけると幸いです。

参考資料:私立中高 進学通信

この記事を書いた人

国際教育ナビ編集部

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