教育トーク : 海外コンクール参加、ホームステイ、合唱を通じて本物の歴史・文化に触れる
最終更新日:2024年3月4日
プロフィール
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合唱指揮者 沼丸 晴彦
和歌山児童合唱団指導者。同合唱団を率いて世界の著名な国際コンクールにおいて、リヴァ・デル・ガルダ国際合唱コンクール(イタリア)で「金賞」と現代音楽部門の最優秀賞である「特別賞」、合唱オリンピック(オーストリア)民俗音楽アカペラ部門「金メダル」、トローサ国際合唱コンクール(スペイン)でユース部門「二位」、ブダペスト国際合唱コンクール(ハンガリー)でユース部門・民俗音楽部門共に「金賞」、ハレ国際児童合唱コンクール(ドイツ)で「一位」。また全日本合唱コンクール全国大会一般部門「銀賞」、宝塚室内合唱コンクールでシアターピース部門「金賞」と「総合二位」を受賞。カーネギーホール(アメリカ)やチャイコフスキーコンサートホール(ロシア)など世界10数カ国の著名なコンサートホールでの公演を成功させる。2019年には唯一世界遺産になっている音楽祭「エストニア歌と踊りの祭典」へ日本の合唱団として初めて招待を受け約15万人の観客の前で演奏した。また国内外のコンクールの審査員や講習会の講師等も務める。 和歌山県内では「植樹祭」「国民体育大会」「ねんりんピック」「国民文化祭」の皇族御前演奏において指揮・指導を務めている。 現在、一般社団法人Art MICE会長、一般社団法人東京国際合唱機構企画政策担当、日本合唱指揮者協会会員、和歌山小さなこどもの歌声倶楽部講師、大阪ユースクワイア常任指揮者、元神戸女学院大学音楽学部講師。
世界に触れる国際教育の機会は、英語の授業だけではありません。小学生から高校生までが所属する和歌山児童合唱団では、合唱音楽を通じて世界の言語や文化に触れ、またホームステイや演奏会など国際交流も盛んに行っています。国際交流が始まったきっかけや、合唱と国際教育を掛け合わせる意義などについて、和歌山児童合唱団で指導にあたられている沼丸 晴彦さん(元 和歌山市教育委員会)にお話を伺いました。
「初めての海外では不安や失敗も」合唱団がホームステイをする理由
—— 和歌山児童合唱団の国際的な活動について教えてください。
私自身が合唱音楽に出会ったのは高校生の頃のことです。一度は音楽のプロの道を目指しましたが、「好きなものは趣味に留めておきたい」という想いがあり、音楽ができる職業として公務員を選びました。20代の頃は大人の合唱団と関わっていましたが、自分の指導力に限界を感じ、30歳のときに和歌山児童合唱団の指導に就きました。それから33年間、指導をしています。
自分たちの演奏を海外で通用させるためにどうしたらいいか、いろいろと研究したり、国際的な活動を取り入れたりしました。その結果、和歌山のわらべうたをテーマにした独自の作品を作曲家の方に多く作っていただいて、それを持って海外へ行こうと考えました。指導して8年目でヨーロッパのコンクールにチャレンジしたのをきっかけに、イギリスやベルギー、ロシアなどの国を代表するような児童合唱団との交流が始まって、ヨーロッパでホームステイをさせていただくようになりました。
中学生から高校生の団員とともにホームステイをし、現地の方々と交流をし、一緒に準備をしてコンサートを開くという活動を、今まで34回行ってきました。これだけ多く海外に行っているのは、日本では特出していると思います。
—— 中学生、高校生が親元を離れ、海外で現地の生活に入ることは苦労や困難も伴うのではないでしょうか?
中学生のときの、精神面でも肉体面でも不安定なときに、初めての海外だと不安もあります。ホストファミリーが良くしてくれるので安心安全に行けますが、海外では相談相手がおらずすべて自分で考えなければなりません。例えば、横断歩道を渡るときに、日本人は右を見て渡りますが、海外では逆です。集合時間も5分前、10分前集合は当たり前ですが、中学生は集合に遅れたり、ホテルに何か忘れものをしたり、そういうことが起こります。
そういった経験が体に蓄積されて、今度は高校生になって自分が中学生を連れていく立場になったときに、自分が失敗したことを中学生に教えながら活動しています。私は叱咤激励しながらも、心の中では「この子たちは良い経験をしているな」と思っています。それがおそらく一番、子どもたちが将来に向けて生きる力を身につけるのに役立っていると思います。
—— 中学生のうちから海外に行って失敗を乗り越える経験は、普通に日本で学校教育を受けているだけでは得られないと思います。合唱団を通じてそういう経験ができることがポイントですね。単なる語学留学では得られない、合唱でホームステイをすることの価値について、先生はどうお考えですか?
うちの場合は、相手の国を代表する児童合唱団の家にホームステイします。基本的には費用も払っていないし、向こうは「和歌山児童合唱団が来てくれるから」とホームステイの準備をボランティアでやってくれます。
朝は家族全員で庭の掃除をすると決まっているのであれば掃除に一緒に参加したり、この時間帯は必ず2時間勉強をすると決めてあれば、みんなでそこで勉強したり。海外の国、海外の家庭に入って、習慣や文化を共有することはとても重要です。
また、合唱音楽をやっているということは、体が楽器ということです。よりノドや身体を使うので、健康面に注意しないと、本番で体調を崩してしまっては今までの練習が無駄になります。コーラスは自分の体を本番に向けて調整していくことが大切なので、社会でも大事なプレゼンの日に向けていかに日頃から体調管理するかが、自然に身につきます。
合唱を通じて自国・他国の歴史文化に触れ、リスペクトを抱く
私は合唱の指導をしていて、決して音楽の道に進んでもらいたいと思ったことはありません。合唱って元々は祈りから来ていて、古来から雨が降らないときはみんなで声を出して天に雨乞いの歌を歌ってきたわけです。合唱もそうだし、日本では雅楽で歌うこともあるし、歌は元々人間の生活に密着しているものです。また、体が楽器ですので、あまりお金がかかりません。ですので、世界中の老若男女が関わっている音楽として、合唱は圧倒的に多いです。
ピアノやバイオリンは、5、6歳頃から1日何時間も毎日練習することでようやく掴めるものです。音楽大学に行ってプロになるのも素晴らしいですが、全く社会を学ばないまま歳を重ねることになってしまいます。私はプロの道に進んでもらいたいわけではなくて、音楽ができて、みんなと気持ちや声を合わせて生み出す感動を味わってもらいたい。しかも素晴らしいことに、合唱は言葉を使いますから、国の歴史文化に触れることができます。合唱はお互いの違いを認め合える素晴らしい音楽だと思います。特に大事なのは、異文化を学ぶことによって、子どもたちが若い頃から日本の良さがわかるということです。
—— 日本の良さに気づくことは自己肯定感の向上にもつながると思いますし、アイデンティティの確立にも役立ちますね。
3歳、4歳の頃はわらべうたの意味なんて理解していませんでしたが、中学生のときに改めてわらべうたを歌ってみたら、「これはどういう意味なんだろう」「何のために作られた歌なんだろう」というところまで意識が向きます。「こういう意味で作られているんだ」と気付いて、自分自身の文化を改めて知るというか、意識の下にあったものを意識の上に上げて認識するところがありました。この経験が、アイデンティティの確立に繋がっているのかなと思います。
海外に行っていろいろな団体の作品を聞いたときに、言葉がわからなくても言いたいことがひしひしと伝わってくるものがあります。それは自分たちの自国の曲を歌っているときです。とても感動させられたことがあったので、我々も他ではできない、和歌山の子どもにしかできないことをやりたいと思いました。海外に行くときにリスペクトして行っているのは、行くまでにその国の宗教を勉強することです。合唱は宗教音楽と密接に絡んでいますので、そのしきたり等は必ずリスペクトしています。
私が今まで国際コンクールで行ったブルガリア、スペイン、バスクには、その国の人のこだわりがありました。自国の音楽の課題曲で競うのですが、我々はブルガリアでもスペインでも1位を獲りました。それは、私がその国に行くたびに子どもたちとする、1つのリスペクトの表れでした。日本人だけど、現地のブルガリア人、スペイン人、バスク人が歌うよりも、さらに私たちは歌いたい、表現したいという気持ちで徹底的に研究して、現地の人に言葉をビデオで送ってもらうこともあります。
—— 宗教音楽では、ラテン語の曲をたくさんやりますよね。ラテン語はヨーロッパ言語の礎となっている言語ですから、ラテン語で歌って、単語を知っていると、ヨーロッパの言語が学びやすいですね。
ラテン語は英語、スペイン語、フランス語、ドイツ語などの元になっている言語なので、それを学ぶのはとても大事なことです。私たちがやっているのは音楽なので、そこには文化や歴史、風景が伴います。例えば、喜怒哀楽や恋愛の感情など、そういったものが全て入っているので、言語とともに文化や歴史を学べるのは合唱の強みです。そして合唱は世界中のどの国にもあります。それは祈りだからですね。
生徒だけでなく教員にも大切なのは「理屈抜きで”本物”を追求すること」
—— 沼丸先生のご経験を踏まえて、「学校教育がこうなったらもっと良くなるんじゃないか」というお考えがあれば教えてください。
私が音楽教育の中でやっているのは、オーソドックスな、誰もが受けて誰もが平均的にできることだと思います。自国の大切な文化や歴史を必ず学ぶこと、先祖から伝わってきた宗教や民族音楽などを、自分の国の誇りとして学ぶということ。その次に大事なのは本物を知るということです。私が子どもたちに楽譜を見せるのは小学4年生ぐらいからです。それまではハンドサインや、なぜこの拍子なのか、そういうことを伝えて表しながら、本物のものを理屈抜きで教えていくのが大事だと音楽教育では思っているし、それは他の教科でも同じではないかと思います。
英語に関しても、なぜこれがこの発音になっているのかとか、たとえばラテン語で光はルーチェスですが、フランスではルーチェといいます。なぜこれがUなのか、Lなのか、それを知ることで子どもたちは興味を持つんじゃないかと思います。だから、興味を持たせないといけないし、それが本質、本物でないと伝わらないと思います。それが一番大事なのではないでしょうか。
私は本物、真実をわかったうえでやりたいんです。指導要領を見てやることが良いと思っているだけで、自分で掘り下げていない先生は少なくありません。これは本物なのか、これが正しいのか、日本人はそういった理屈がわからなくてもできてしまう人が多いと思います。
追求をしていくことは、時間も労力も必要で大変なことですが、同じ時間を練習や勉強に費やすときの密度が鍵を握っています。最初は大変だけども、本物にどっぷり没頭できると、同じ時間でもすごくそれが楽しくなります。
—— たしかに価値づけは大事です。そういう意味でも本物を知るということが重要になってくるのですね。本日はありがとうございました。
取材:五十嵐美加/構成・記事作成:吉澤瑠美