「生徒のため」の足し算からの脱出

最終更新日:2023年7月29日

効率化で長時間労働からの解放を図る「働き方改革」が叫ばれて久しい現代社会ですが、学校では依然として教員の残業時間が増える一方。教員を志す学生にもその不安は広がり、教員志望者は年々減少しています。

そんな現状を変えようと業界全体で気運は高まっているものの、ホワイト化が進んでいる学校もあれば課題が山積する学校もあり、またDXが進んでいる領域と未開拓の領域もあり、残念ながら業界全体の改革には至っていません。

文化学園大学杉並中学・高等学校は、中学が1学年100名で合計300名、高校が1学年300名で合計900名、合わせると約1200名の生徒を擁する大規模な学校です。高校はコースが3つに分かれており、各コースとも生徒のニーズに応じて多様な選択科目を設定してきました。生徒にとっては非常に魅力的なシステムですが、教員の雇用や教室の確保、時間割の作成など学校側の負担は少なくありません。

この文化学園大学杉並中学・高等学校で教務のホワイト化に取り組んでいる川崎 厚先生に、実践のご状況と取り組みの根底にある思いを伺いました。

(聞き手:小泉)

限られた生徒のために身を削ることは本当に正しいの?

(小泉)川﨑先生は、効率化や教務のホワイト化についてどのように取り組まれているのでしょうか。

(川﨑)私の勤めている文化学園大学杉並中学・高等学校は古き良きシステムを大事にする学校で、生徒一人ひとりのニーズに合わせることを大事にしていて、結果的にそれがこの教員の負担増というところにつながっていたという過去があります。

そこで最初に手をつけたのが、「少数のため」という言葉は果たして本当に正しいのか。教務で言うと高校の科目選択ですね。生徒一人ひとりのニーズに合わせてカスタマイズするということは、生徒一人ひとりの将来を考えるという意味では大事ですが、本校は都内随一というほど選択科目の数が多く、時間割の作成も大変だったんです。

学校は足し算は得意ですが、引き算が本当に苦手だなと思います。科目選択もそうですし、会議も増える一方。「じゃあ、減らせるものはなんだ」というところからまず着手しました。

(小泉)「少数のために」は本当に正しいのか、という言葉には重みを感じますね。

(川﨑)要は、先生方が生徒のことを思ってあれもこれもやって、結局後で大変な思いをしているということです。「生徒のためなら」と喜んで身を削る先生もいますが、やはりそれは大変です。

もちろん、生徒は自分がやりたい科目があれば嬉しいと思いますが、「この中から選びなさい」と言われればその中から選べます。長い歴史の中で「生徒のため」と言いながら、まさに足し算のごとく科目をどんどん設定してきたのを、改めて先生たちに「本当に必要ですか」と投げかけたわけです。

実際、科目の削減が雇用に影響する先生もいらっしゃるわけで、簡単な話ではありません。さまざまな議論がありましたが、結果的に10科目ほどを削りました。今になって「やっぱりあれは」と蒸し返す人もいないので、正しかったのかなと思っています。

共学化を機に始まった学校の改革、まずは「大掃除」から

(小泉)先生がこの問題に取り組まれたのは、学校全体として抱えていた問題意識に対して「何ができるか検討してほしい」というミッションが先生に与えられた、ということでしょうか。

(川﨑)本校はもともと女子校だったのですが6年前に共学化し、いろいろな設備や制度の見直しが図られました。例えば生活指導なら、校則が厳しすぎると男子に毛嫌いされるのではないかとか、トイレをどうするかとか。共学をきっかけに何が学校の中で変えられるかというミッションを任されて、いろいろな試行錯誤を始めました。

(小泉)最近ますます共学化する学校が増えていますが、それを良いきっかけと捉えて、取り組みを始められたということですね。

(川﨑)そうですね。最初は科目のことから始めて、あとは、何気ないことですが、本校は50年近い歴史があるので、本腰を入れて掃除をしました。初めは1人で掃除をしていましたが、学校の長期休暇中に行う研修の機会を利用して、他の先生方にも協力を仰ぎみんなで大掃除をしました。学校って、年月が経つとどうしても汚れが溜まりますし、書類もあちこちで山積みになっています。そういったものの整理できたのは大きかったかなと思います。

(小泉)物品管理的な側面もさることながら、象徴的というか、片付けをして場を綺麗にすることで、何事も新しくしていこうという機運やモチベーションを高めるような意味合いでしょうか。

(川﨑)身近な場所の清掃も含めた断捨離を断行したことも、部長になってやり始めた活動の一つです。そんなに散らかっている状態がおかしいと言われてしまえばそうなんですが、効率化の一助にはなったと思います。

教員の負荷を劇的に下げたICTツールの刷新、しかし依然課題も

(小泉)他にはどんな取り組みがあったでしょうか。

(川﨑)これは部長になって2、3年目の話ですが、本格的にICT関連に着手しました。特に校務システムの刷新は大きかったです。それまでは職員室に数台ある専用パソコンで全員が順番に入力していたのですが、それがクラウド上でできるようになりました。

学期末の成績処理にしても、Excelで入力や計算式を間違えて苦労することも全くなくなり、先生方は相当楽になったと思います。

(小泉)システムの選定も、いろいろな先生の要望を受けて学校に合うかどうか選ぶ必要があったと思います。選定の軸になったのはどんな点でしたか?

(川﨑)システムのシンプルさと、コスト面ですね。やはり大きな校務システムを入れ替える際に、管理職の先生や上層の方々に対してコストの説得は中間管理職の難しさとしてありました。コストと、あとは画面の見やすさが一番の軸になりましたね。その他複合的に考えても、やはり今回導入したシステムは本校に合っていたと思います。

このICTに関する分野はかなり広くて、例えば今は、デジタル採点も試験的に導入しています。さらに印刷機もどんどん良い製品が出てきていますよね。私たち教員にとって、印刷は定期試験、入試、学級、通信、いろいろな場面でかなり重要です。ただ、印刷機というものは非常に高価で、私の車より高いんです……。

(小泉)えー!

(川﨑)でも、校務システムとデジタル採点がうまく先生たちに浸透していく姿を見て、管理職も了承してくれて、ボタン1つで全部折り込みや丁合ができる最新のマシンを買っていただきました。新しい印刷機の導入で試験前の作業時間が格段に短縮されて、定期考査の提出締切を過ぎる人がいなくなりましたね。教務に関するシステムを見直したおかげで先生方の残業時間も減りましたし、何より期末の処理が楽になりました。

(小泉)校務システムが入り、デジタル採点が入り、印刷機が入り、あとICTの分野ですと何がありますか?

(川﨑)デジタル教材です。今、教科書は紙ベースのものを買わなくてはなりません。データ版も各出版社から出ていますが、紙の教科書に追加費用を払ってデータを買うしかないんです。私の感覚で言うと、数年後にはきっと書籍かデータか選べるようになると思うのですが……。教科書というのは、義務教育の中学はもちろん、高校でも必要です。中学校の場合、紙の教科書は無償で提供されますが、データ版が欲しかったら自費で購入しなければならないのが現状です。

デジタル教材は先生方にとっても、もちろん生徒にとっても、効率化するための次の素材だと思っているのですが、こうした制度の問題から思うように進んでいませんね。

学校でデジタル化、効率化が進まない理由とは?

(小泉)「今後こんな学校にしていきたい」「この2、3年はこういうことに取り組みたい」といったビジョンがあればお聞かせください。

(川﨑)私が言うべきことか分かりませんが、このDXが進んでいく中で、次に変わるべきは人だと思うんです。例えば、会議を減らすとか、委員会を減らすとか。もっとも、教務部長としては手を出せない領域なので、人事権のある管理職の先生など決定権のあるところで切り込んでいかないと、次のステップには行けないのかなと思っています。

(小泉)これからの未来予測として、先生のそのお言葉に共感される方はたくさんいらっしゃると思います。会議や委員会にもデジタル化の余地があるのかもしれませんし、先生方のコミュニケーションにもより一層の合理化が必要なのかなと思います。

(川﨑)あとは、役職の数も増えれば増えるほど複雑化しますよね。組織が活性化していくとどんどん役職ができるけれども、実は役職が少ない方が効率よく働けるのではないかと思います。そういったところまで着手しないと、学校という狭い世界での改革は次につながらないと思いますね。

(小泉)それは、例えばその役職をアウトソーシングすれば解決する問題なのでしょうか。先生の責任領域をタイトにしていく、というか。

(川﨑)その仕事をしていく中で、人で見るのか、仕事内容で見るのか、という部分がありますよね。先生たちが一生懸命やってると、どうしてもその評価をしてあげたくなる。そうすると役職が増えてしまいます。

人で見ず仕事内容で見たら、どうすれば仕事が効率良くいくのかを第一に考えますが、学校という組織はどうしても人を人で見てしまう。そこが学校の魅力でもあり、人を大事にするという仕事の一端にもつながっています。けれど、そこを大事にしすぎると、なかなか効率化は進まないのかもしれません。

未来の教員たちへ「工夫・改革にチャンスを見出してほしい」

(小泉)最後に、読者の方々へメッセージをお願いします。

(川﨑)学校にも「変わらなければいけない」という意識はある一方、「働き方改革」という言葉だけが先行して、「でもやっぱりこれは大事」と旧来の方法を手放せず、結局何も進まないというのが現状だと思います。

私学の入試広報の先生方は、学校の垣根を超えて部署ぐるみで交流が盛んです。同じ生徒を取り合っている立場のはずなのに仲が良くて、素晴らしいなと思っています。そんな姿を見ていると、「働き方改革」という分野においても学校間同士が、もっと風通しが良くなればいいなと思います。

私たちも「この学校を良くしよう」という部分においては同じ思いを持っていますし、仲は良いのですが、「こんな取り組みをやってはどうか」という議論にはなかなか至りません。もっと学校が効率良く回るように、まさに「ホワイト化」というキーワードを掲げれば、お互い協力し合えるようになるのかな。

(川﨑)若い方やこれから教員を目指す方が「学校って大変だ」と思われているなら、むしろそこにチャンスを見出してほしいと思いますね。もちろん学校は大変なことも多いですが、どこの学校にも得意・不得意はありますし、それだけいろいろなチャンスがあります。特に今は若い方々が得意とするICTやDXの分野が生きるので、長時間労働や保護者からのクレームという悪い部分ばかりではなく、「もうちょっとうまくできないかな」という工夫や改革にチャンスを見出してほしいと思います。

(小泉)そこで掃除から始められるのが素晴らしいです。本日はありがとうございました。

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