SDGsを理解し、発信・議論する力を育む! これからのグローバル社会で求められるリテラシーとは(後編)

最終更新日:2023年3月24日

2015年9月の国連サミットで加盟国の全会一致で採択されて以来、全世界で注目され、積極的に取り組まれている国際目標SDGs。SDGsは「持続可能な開発のための2030アジェンダ」に記載されており、2030年までに持続可能でよりよい世界を目指そうとするものです。17の目標・169のターゲットから構成され、地球上の「誰一人取り残さない(leave no one behind)」ことを誓っています。

17番目、つまり、最後の目標項目は「持続可能な開発に向けてグローバル・パートナーシップを活性化する」ことです。より多くの人々が、世界的に広く話され、学ばれている英語のスキルを高めることは、グローバル・パートナーシップの活性化に貢献するはずです。人類共通の重要課題とも言うべき『SDGs』に関する基本知識や問題意識を伸長し、それらを英語で理解し、発信・議論する力を、教育現場でどのようにして育んでいけば良いのでしょうか。

今回は、最近SDGsをテーマにした英語の教科書をご出版された永井敦先生(神戸大学グローバル教育センター特命助教)にお話を伺いました。前編では、その教科書の概要や特徴を中心にお話しいただきました。後編では、データリテラシー向上、ジェンダーギャップや障がい者雇用の問題まで、SDGsを達成するために必要なことについて具体的に語っていただきます。

(教科書の内容見本, 画像出典:開文社出版HP)

視聴率や偏差値など身近なデータの意味を説明できるか

(永井)データリテラシーの高い人とは、目的に応じてデータを読んで使いこなせる人です。

ビジネスにおいては、然るべきステークホルダーに意思決定を促進する形で分析したデータを提示できることが、最終ゴールであり目指すべきレベルかと思います。情報を消費する側、受け取る側にもデータを読み解く力は絶対必要です。

例えば、視聴率や偏差値の意味をちゃんと分かっているかどうかですね。「偏差値」というと、単なる頭の良さの指標みたいになっていますが、元々はあるサンプルデータに標準化という数学的な操作を当てはめ、平均を50、標準偏差を10に調整した数値のことです。例えば、「偏差値60でまあまあだね」などと経験的に聞くことがあります。それは、平均から1標準偏差分だけ高い数値という意味になるのですが、これがどれほど珍しいことかについては、多くの人があまり自信を持って答えられないのではないでしょうか。統計学的には、正規分布が当てはまるという仮定のもとで、1標準偏差以上平均より高い偏差値を持つ人の割合は、母集団の約16%になります。これを「まあまあ」とするかどうかはもちろん人によりますが、少なくともこれらの基本知識を持たずになんとなく話してしまっているだけならば、その人はあまりデータリテラシーが高くないなと思ってしまいます。

よくニュースになる日本国民の貯蓄額の平均なども、データリテラシーを考える上で良い例です。算術平均、つまり、我々に馴染みのある平均の計算方法を用いると、飛びぬけた富豪の存在によって引き上げられた「国民一人当たり約2,000万」なんて、およそ誰にも当てはまらない数字になります。算術平均は、ただ合計額を総数で割るだけの操作なので外れ値の影響を受けやすくなります。なので、この場合は、例えば中央値を代表値として使うことで、より実態に即した理解が可能です。こういった点も、読み手側が気をつけていないと、つい見逃してしまいます。

平均に関連し、この化粧品を使うと平均して90%の人が満足、みたいな広告がよくありますよね。でもそういった広告では、そもそも母集団として誰を想定していて、そのデータのサンプル数はいくらかも書いてないことも多く、さらに、そのサンプルはどうやって集められたのかも明示されていないのが普通ですよね。実際は、N=2(モニターは2人)のように非常に限られたサンプル数であったり、また、元々新製品に好意的なタイプの人々ばかり集められていた、のような事態は十分考えられます。このように平均というなじみのある言葉一つとっても、それは何の平均なのか、サンプル数はどれくらいなのかなど、まずは落ち着いて考える力が、日常生活においても必要になってきます。そういう意味で、データリテラシーは全ての人にとって重要です。

ジェンダーや障がい者に係る問題を是正するテクノロジーイノベーション

(五十嵐)私も最近データリテラシーが高いとはどういう状態なのか、ルーブリックを設定するとしたらどのようなものを作成すべきか、考える機会が増えてきたので、大変勉強になります。さて、SDGsの具体的なトピックに話を戻しますが、私自身、女性ということもあり、特に日本におけるジェンダーギャップの惨状には非常に危機意識を持っています。ギャップ解消に向けてどのような取り組みが必要かについて関心があるのですが、ジェンダーに関するトピックについても先生の教科書に含まれているのでしょうか。

(永井)はい、我々の教科書でもSDGsの観点からジェンダー平等について取り上げています。これについてはジェンダーギャップ指数という指標が知られているのですが、日本は残念ながら世界標準からみてかなりランキングが低い状況です。もちろん少しずつメディアを中心にジェンダー平等への注目が集まりつつありますが、例えば女性が出産・育児のためにキャリアを諦めてしまう風潮は今でも残っていると思います。

米国などでは、アファーマティブアクションといって、これまで虐げられてきたマイノリティの人たちの状況を積極的に是正する動きが前からあります。しかし、そういった経験がこれまでほとんど無かった日本では、例えば女性限定の求人をした場合に、それに対して逆差別だと言ったり、能力主義であるべきだと言う意見がよく出てきます。もちろんそれらも一つの意見として尊重されるべきですが、忘れてはいけないポイントは、そもそも能力自体が差別や格差によって規定される部分が大きいということです。この点について、私たちの理解をアップデートしなければいけないと思います。

マイノリティーの話題に関連して言うと、教科書内のユニット11において、障がいを持つ人々に関して扱っています。私が担当したユニットですが、その中でも特に注目したのは、障がい者を支援するためのテクノロジーです。耳の聞こえない人、目の見えない人、車いすの人などが、テクノロジーの支援によって新しいキャリアを切り開いていくことに注目しています。テクノロジーのイノベーションにより、障がいを抱えた方々の社会参画がさらに加速し、結果として、そのことが経済の成長にもつながります。

国連の報告書によれば、今10億人を超える人が何らかの形で障害を抱えているということです。10億ですから、今現在の人口が80億人だと考えても8分の1です。8分の1というのは相当な数で、それだけの人が主流の経済活動から除外されてるってのはとても大きな損失です。道義的な理由からだけでなく、持続可能な経済成長のためには、障がいを持つ方々や女性など、これまで除外された人たちを積極的に社会の中心に取り込んでいく必要があります。

さて、ここまでの話でお気づきかもしれませんが、1つのグローバルな問題を取り上げたとしても、そこには複数のSDGsのゴールが絡んできます。SDGsのゴールには相互依存性があるからです。問題同士が複雑に繋がっている世界で、1つの問題の解決が別の問題に繋がっていることがあります。SDGsに取り組む際には、できる限り複雑な関係を複雑なまま意識して全体的に取り組むという、システム思考で問題を考えることが大切です。ここで改めて、「誰一人取り残さない」というSDGsのスローガンについても思い起こしてほしいと思います。実際、この教科書では、その点を意識して、色々な所に問題の関連性に目を向けるための情報を散りばめているので、自然とシステム的な発想を身につけられると思います。

この教科書に関しては、教員用の教授資料も丁寧に作り込みました。それぞれのユニットについて、関連ユニットの提示やプラスで使って欲しい参考資料もあげています。教える側にとっても初めて聞く情報もあると思いますので、教員側も知識をアップデートしながら、学生たちと一緒に学んでいくスタンスで使ってもらうと良いと考えています。

この教科書の他の魅力として、各ユニットにAFPという国際的なニュース機関から、ユニットごとに関連する話題のビデオを用意しています。映像の力で学習者の興味を喚起し、同時に関連する知識を活性化させることができます。ビデオの字幕表示は日本語と英語が選べ、また、QRコードでアクセスもできるので、スマートフォンがあれば、いつでもどこでも簡単に視聴できます。さらに、アクティブラーニングも意識しており、教科書内にグループでプレゼンテーションをする内容も用意しています。SDGsではパートナーシップが重要と先に述べましたが、教室でのローカルなパートナーシップとして、他の学習者と一緒に、SDGsに関連する問題を取り上げる協働学習を支えるつくりになっています。

この教科書は英語の授業以外でも活用できます。私の元々の関心と同様に、留学予定の学生に向けての事前研修で使うこともできますし、逆に留学から帰ってきた学生を対象にして、英語で高度な内容を議論するための教材として使ってもらっても良いでしょう。また、教育機関でなくて、会社で英語を教えるような人に使ってもらっても面白いと思います。さらに、先生方のサポートがあれば、意欲的な高校で授業に使うこともできるはずです。なお、本文で使用されている英語については、過度に複雑な構造は避け、なるべくわかりやすいシンプルな表現を著者全員が心がけました。もちろん、SDGsを理解する為に覚えておいた方が良い表現については、あえてそのままにしています。というのも、それらは実際に国連の文書やニュースで使われている言葉だからです。

分析はAIがやる時代、しかし分析結果を解釈するのはあくまで人間

(五十嵐)ディスカッションをするにしても、「それってあなたの感想ですよね」というのが流行っていますけど、勘や主観でなんとなくこう思うからとか、自分の経験的にこうだったからみたいな偏見やバイアスから私たちは逃れられなくて、客観的に合理的に考えるときに、データに基づくエビデンスから考えて話し合っていくことが必要になってきます。そのため、今後データを読み解く力が必要です。紹介してくださった教科書はデータリテラシーも高められるような内容になっているし、英語力も高まるところが魅力だと思いました。英語によるコミュニケーションで渡り合えることと、データドリブンでいろいろな発想をしていくことは、どんな分野に行こうと社会で活躍していくためにどちらも必要だから、かなり使える教科書ですよね。

(永井先生)はい、この教科書の最大のテーマはSDGsですが、もう一つの重要なポイントはやはりデータリテラシーです。データに基づいた議論であれば、年齢や性別などの属性に関係なく対等に行うことができます。グローバルな課題について、世代を超えて多様な属性を持つ人々が一緒に建設的な議論をするためにはデータの存在が不可欠で、したがって、データと向き合うためのデータリテラシーはその価値をますます高めています。確かに、ビッグデータを始め、膨大で複雑なデータについては人間の処理能力を超えてしまうので、それらはAIに任せるほうが合理的だと思いますが、そのデータに基づいて何をするべきかの判断は人間がしなければいけない以上、我々自身がデータを適切に読み解く力を持つことは決定的に重要です。人間があくまで主導権を持ち、AIに使われるのではなくて、AIをうまく活用していくスタンスを維持するためにも、データリテラシーは、21世紀を生きる人々にとって必須の素養だと思います。

(五十嵐)先日、この国際教育ナビの企画で学習院大学の冨田先生と対談させていただいたのですが、その際のテーマが「これからのAI時代の英語教育を考える上で大切なこと」でした。冨田先生もAIを含む「テクノロジー」は、教育的目的を達成するための「道具」にすぎないわけで、AIを使うことでどんな「目的」を果たすのかが重要だとおっしゃっていました。まさに永井先生のおっしゃる「AIに使われるのではなく、主体的にAIを活用していく」スタンスが大切なんですよね。データリテラシーを意識した英語教科書というのはまだ少ないと思いますので、大変魅力的ですね。私も将来的に使ってみたいと思いました。本日はどうもありがとうございました。

参考文献:
国際連合広報センター
https://www.unic.or.jp/news_press/features_backgrounders/5820/

前編はこちら
SDGsを理解し、発信・議論する力を育む! これからのグローバル社会で求められるリテラシーとは(前編)

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