文法学習の伝道師 石原 健志先生の視点!文法学習の奥深さとその価値

最終更新日:2024年1月18日

大阪のトップの進学校である大阪星光学院 中学・高等学校で教べんをとる石原 健志先生は、英文法のスペシャリストとして2023年4月に上梓された『入試実例 コンストラクションズ 英文法語法コンプリートガイド』、7月に上梓された『基礎英文のテオリア 英文法で迫る英文読解の基礎知識』のみならず、多くの英文法書の制作に携わられています。英文法を学ぶ意義はどこにあるのでしょうか? そして私たちは英語教育を通じて生徒にどのような未来を示せるのでしょうか? 石原先生に、書籍の内容も含めお話を伺いました。

異なるアプローチで文法を基礎から学ぶ『コンストラクションズ』と『テオリア』

——2023年 7月に刊行された『基礎英文のテオリア』はどのような内容なのでしょうか?

日本語と英語では言語の構造がまったく異なっています。『テオリア』は「だれが」「どうする」「なにを」「どこで」「いつ」という英語の語順と品詞に焦点を置いた本です。ダイレクトメソッドのように英語の環境に身を置くことで、英語の語順を身に付ける学習法もあると思います。しかし日本で生活している以上、学校を出た瞬間に英語がない環境になってしまうのでなかなか難しいのが現実です。『テオリア』では品詞と語順をただただひたすら詳しく書いて、徹底的にわかりやすく、ゼロのゼロから文法を扱っています

—— 一方、2023年4月に刊行された『入試実例 コンストラクションズ』は、どのような力を身に付けてほしいという思いから作られたのでしょうか?

副題が『英文法語法コンプリートガイド』となっているように英文法・語法の問題集です。収録した英文は大学入試等の文法問題から選別したものではなく、実際の入試に出た長文問題から重要文法部分を切り取ったものが中心になっています。少なくとも過去20年、大学入試問題の英文は、アメリカやイギリスのネイティブスピーカーが読むような一般的な現代英語を題材にしたものが多いです。ただ、それを長文単位で扱うのは非常に大変です。本書はそういった長文を読む力を養うための第一歩となり、「これは英語を理解できるようになるために大事」というものを一つひとつ選び抜いて問題にしています。

そのために、制作過程ではまず英語を読むために重要な文法項目を一つずつ立てていきました。そして私をはじめ、本書作成に携わってくださった大学・高校の英語教員の先生方は、膨大な量の大学入試の長文問題を読み込みました。その中から本書のコンセプトに合う文章をピックアップし、掲載するか否かの議論を重ねました。その後、選別した文章を文法項目ごとに分け、さらにはベーシック・スタンダード・アドバンストとレベル別に分けて、と、途方もない手間をかけた1冊です。

 

——すごいですね、そこまで情熱と労力を注がれたのはどのような理由なのでしょうか。

文法学習全般に言えることなのですが、教材なら教材を通して、授業なら授業で、生徒にどのような英語の力を身に付けてもらいたいかを教員側が認識する必要があるということです。多くの場合、この解像度が低いまま指導しているのではないでしょうか。広く浅く、「およそ意味がわかればいい」くらいの英語力で良いという姿勢が、「文法軽視」の風潮につながっているのではないかと考えています。

私が大切にしている文法学習の意義のひとつが「母語の相対化」です。外国語学習は、日常的に使う言語「母語」を相対化し、客観的な気付きを得ることができます。日本人の場合、身近な学習言語が英語であることが多いというだけです。

言語というのは自然に使える能力であり、だからこそ文法という構造の存在は見過ごされがちであると思います。しかし、文法は単純に言語を構成しているだけでなく、文法の存在を学習することで、他言語の話者の考え方や文化背景に母語話者との違いがあることを自覚することにもつながっていきます。たとえば、日本語と英語で物の捉え方が違うと感じることがありますが、なんとなく「英語を話している人はこういう考え方をする」と単純に結論付け、英語話者全体にラベルを貼ってしまうのは違うと思うのです。それこそ、差別につながってしまう危険もあります。

英文法を学ぶことで、日本語・英語それぞれの構造的な違いの存在を認識する。その結果、文法の先にある文化的な違い、考え方の違いを一つひとつしっかり理解し、受け入れていく基礎ができるのだと思います。

私は、生徒たちには日本語という母語を通して英語表現を見たときに「文化が違うんだな」と感じられる力を育んでもらいたいのです。さまざまなものに触れ、他者との違いに自覚的に気付き、「おもしろい」「違うんだな」などと自分の意見を持つ。そういった中の一つとして英語学習があってほしいと思っています。

表現のベースになるルールを学べば、無限に表現を生み出せる

文法学習のもう一つの意義は、「表現のベースとなるルールを学ぶことで無限に表現を生み出せる」という点です。『テオリア』でも焦点を当てていますが、日本語と英語では語順がまったく異なります。しかし中学1、2年生ではいわゆる進学校の生徒でも大半がそのことに気付いていません。なぜなら教えてもらっていないからです。英会話に頻出するフレーズをそのまま覚えさせる学習法がありますが、それでは言語の構造に気付く、ましてや理解することが難しいのは当たり前です。

私の授業では、そういったフレーズも文法的に解説するようにしています。たとえば、英語での授業で、“Give him a big hand.”という表現を使った際に、授業後に生徒から「あのとき、何と言ったのですか?」と質問されたことがありました。「“Give him a big hand.”だよ」と伝えると、「ああ、『拍手しましょう』って言ったんですね」と返されました。

たしかにフレーズとして“Give him a big hand.”=「拍手しましょう」と覚えることが一般的かも知れません。しかし私は思わず、「違う。僕がどのような英語を言ったのか、これまでの授業を思い返して考えてみなさい」と返しました。すると生徒は「わかりました、第4文型ですね」と応えてくれました。

ちょっとした英会話フレーズではありますが、どのような仕組みか知らなければ本当の意味で使えるようにはなりませんよね、フレーズをたくさん知っていたとしても、必ず数に限りがあります。それでは「一生、他人から借りたおもしろフレーズだけで生きていくんか!(笑)」ということになりませんか? 有限のフレーズを組み合わせるだけで、本当に自分の意見を発信できるようになるのでしょうか。逆に、言語のルールさえ身に付けておけば、無限に近い表現を生み出せます。それこそパブでの会話もできれば、ビジネスパーソンや研究者としてふさわしい英語を使うこともできるようになります。結果として、生徒の可能性をどんどん広げていくことにつながるのではないでしょうか。

言語と自覚的に向き合うことは、人との向き合い方につながる

もう一つ、私は生徒が英語を学ぶ中学入学から高校卒業までの間に、「英語の勉強って、思ったより大変」であることを知ってほしい、学んでほしいと思っています。英語の勉強は一度始めると終わりがありませんし、「これでできるようになった」といったゴールはありません。たまに英語学習において「簡単に習得できる!」「効率よく学ぶ」といった謳い文句を見かけますが、他言語の習得がもしそれほど簡単なら、みんな今頃、英語を自由自在に使いこなせているはずです。さらには我々が書くような学習書・指導書もこれほど出ていないと思うのです。これだけ出版されているということは、それだけ大変であることの裏返しだと捉える方が自然です。私はいつも、生徒たちに「本当に大変だよ」と伝えています。

「なぜ英語を勉強しなきゃいけないの?」という生徒の問いへの答えも、「将来使うから」というような無責任なものではなくて、「後々苦労するやろ」だと思っているんです。「わかんない、何やこれ!」と壁にぶつかったときに、先生から注意されて嫌な思いをしたり、友達と励まし合いながら勉強したり、苦労しながら乗り越えていく。自分で悩みながら取り組んだ経験を積み重ねることで、将来、社会に出て困難に遭遇したときにも「一度考えてやってみよう」と思えるようになるのではないでしょうか。そういう力を培うのが、中学・高校で勉強している意味であって、たまたまそれを英語でやっているのだと考えています。

また、文法学習を通して言語の違い、その先にある文化的な違いを認識し、「外国語を学ぶことの大変さ」を実感することは、海外の人に対する態度も養えると思います。街を歩けばたくさんの外国人を見かけます。コンビニに行けば、外国の方が店員として働いていることも多いでしょう。彼らは当然のように流暢な日本語を使って接客をしてくださいますが、その裏には想像もできないほどの努力や苦労があったはずです。他言語を使いこなすことがどれだけ大変なことかを生徒たちにはきちんと理解し、彼らが日本語を話すのを当然だとは思わずに接してもらいたいと考えています。

取材・構成:小林 慧子/記事作成:吉澤 瑠美

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