日本にいながら世界のスーパーエリートから講義を受けられる―Double Helix(前編)
最終更新日:2024年1月31日
2023年7月27日から5日間、巣鴨中学校・高等学校でDouble Helix: Translational Medicineが開催されました。国際教育ナビ編集部はイベント初日に伺い、発起人である岡田先生や、現役医師である講師の方々、講義を受けた生徒たちに取材させていただきました。
Double Helixとは?
Double Helix(ダブル・ヒーリックス)(以下DH)とは、「二重螺旋」のこと。「知識」と「高次の思考」を螺旋のように絡み合わせながら向上させていくとの趣旨でプログラムとして命名されました。学校の垣根を越えて私立中高の先生方が企画しており、意欲的な生徒を集め、海外から講師を招いて行われます。
元々、プログラムの発起人である岡田先生が勤務されている巣鴨中高は、イートン校のサマースクールへ参加できる東京で唯一の男子校でした。イートン校は、歴代首相や名だたる著名人を輩出するイギリスの超名門校です。参加希望者は殺到し、残念ながら参加できない生徒も多数いる状態でした。そんな生徒のために企画されたのが巣鴨サマースクール。イートン校サマースクールを経験した講師を招き、まるでイートン校のサマースクールに参加するような体験ができます。
このサマースクールを巣鴨中高の生徒以外にも開放しようと企画されたのがDHです。
2020年に第1回DHがオンラインで開催されました。第2回目となるDH: Translational Medicineは、巣鴨中高にて対面形式で実施することができました。参加者は首都圏の6校(巣鴨高等学校、市川学園高等学校、駒場東邦高等学校、鷗友学園女子高等学校、広尾学園、洗足学園女子高等学校)、関西の2校(南山高等学校、四天王寺高等学校)から52人もの生徒が参加しました。
自分の価値観が揺さぶられる体験をしてほしい
———今回のDHはどのようなものでしょうか。
(岡田)DHはDouble Helix: Onlineと、Double Helix: Translational Medicineというシリーズがあります。今回は後者のDouble Helix: Translational Medicineといって、医療系に特化したものとなっています。
———なぜ医療系に特化したプログラムを作られたのでしょうか。
(岡田)今回、一緒に企画をしてくれたDr Matsumiyaから聞いた話なのですが、という方がいるのですが、彼は東大と慶應のそれぞれの医学部で講義経験がありました。
日本のいわゆる名門大学の医学部には、医療に興味がない学生も少なからず通っています。そういう人たちは、高校の成績が良いがために、教員に医学部に行ってみてはどうかと言われてそのまま入ってくる。すると、一部の学生たちはリスクを犯さずに社会的高い地位を得るには何科に行けば良いかを考えるようになるらしいのです。そして、そういう人たちも結局医療界のトップに行く。そうすると日本の医療は良くならないですよね。
以前より、なぜそのような人材だと医療界は良くならないか、何が欠落しているかを私とDr Matsumiyaで議論していたんです。結果、倫理とチームワークが欠如しているのではという結論に至りました。そこで、医者になって自分の身を犠牲にしてでも患者を助けたいという倫理と、一人の力は限られているけどみんなで力を合わせれば多くの人が助けられるというチームワーク。この2つが学べるプログラムを作ろうとなりました。
———会場運営などの様子を拝見していて、先生方もチームワークを発揮されているなと感じます。
(岡田)そうですね。今回、全8校19名の先生方が5日間のプログラムに来てくださっています。
———今回のプログラムで、最初に先生たちにモチベーションカーブ※をお話ししてもらう構成にしたのはなぜですか?(※編集部注 自分の過去を振り返り人生のモチベーションの高さを時系列で表したもの)
(岡田)今回講師として来てくださった先生方は、みなさんすごい経歴なんです。 イートン、ゲンブリッジ、オックスフォード大学病院、東大。いわゆるスーパーエリートです。 僕が今まで関わってきたプログラムすべてに共通しているのですが、 成功している人は失敗の数がすごく多いんですよ。
しかし、失敗の克服の仕方、失敗からの学び方がすごく上手でもあります。それを子どもたちに伝えたくて、このような構成にしました。
生徒には事前に、講師陣はスーパーエリートで成功した、キラキラした人たちなんだという部分だけを見せておくんです。しかし実際に来てみて、最初にモチベーションカーブを聞くと、「 えー、こんなに失敗しているの?」という風になる。そうすると、生徒たちも講師をすごく身近に感じるんですよね。そんな風に、成功するためには失敗というのは必要なことなのだとわかってほしかったんです。
巣鴨のサマースクールも、今回のTranslational Medicineもすべてこの構成になっています。
みんな不確定な世の中で将来何が起こるかわからないというわりには、 挑戦の機会が少ない道を選択したりしていますよね。そういう安全な道を選択することは悪くはないですが、安定が得られるかはわからない。 何があっても対応できるようにするのが、進学校の役割だと思うんです。しかし、現状はそうなっていない。依然として、有名大学の合格者数で良い学校、悪い学校を決めている風潮があって、その風潮がすごく嫌なんですよね。
評価軸としてはわかりやすいけれども、それって生徒たちの幸せにどれくらい関係あるのか。 おそらく大人たちの幸せには関係ありますが…。 そういう状況に一石を投じたく、 生徒たちととにかくいろいろなことを試して、いろいろ失敗していきたいんです。
生徒たちが、幸せになれる好きな分野に散らばっていって、 好きな分野に散らばれば散らばるほど、 自分ができない部分というのが増えてくる。そのときにお互い助け合って物事を進めていけば、一人ではできないたくさんのことを成し得ます。
———好きな方向に行ってリスクをとって、 そこでの失敗から学んでほしいということですね。
(岡田)そうですね。 Dr Matsumiyaも言っていましたが、人生のライフバランスは、 やはり自分でやってみないとわからないと思うんです。 たとえば、仕事を100%やりたい人もいれば、60%の人もいる。子どもたちにいろいろなことを試させたり経験させないで、 大人が言ったことをただやるだけでは、どうやったら自分で物事ができるようになるんだという話になりますよね。
今回の先生方の経歴を見ると、 たとえばイーファ先生というアイルランド出身の先生は、 最初は科学系の学部に行って、他のことを3つ4つやってからお医者さんになることを決めているんです。 結構皆さんそういう経歴なんですよ。
———大学を卒業してすぐ医師になられた方ではないんですか。
(岡田)そうではないんです。だから経験の幅が広いんです。 イギリスではこういう経験の幅の広い人がトップの組織にたくさんいると思うんですよね。 そこが日本とすごく違うんです。経験の幅が広いからいろいろなことが知識として備わっている。そういう人は意見もさまざまな観点から見られますよね。
日本の場合いかに現役で合格して、いかに失敗せずに人生を歩んでいけばいいかとなってしまうので、 経験の多さや豊かさが将来自分にどう戻ってくるのかを考えなくなってしまうのです。経歴ばかり重視されていては、社会自体よくならない。生徒自身もいかに失敗せず早く「成功」するかという競争になってしまうので、 自分の人生の大切なものがわからなくなってしまうと思うんです。
そういう社会の概念を絶えず変えるようなプログラムを組もうとしています。
———生徒にとって非常に刺激的ですね。 親御さんが医師という生徒さんも何人かいたのですが、今回の先生方のようなロールモデルは見たことがないかもしれません 。
(岡田)そうですね。 なので、オックスフォード大学病院のような場で活躍されている世界のトップ中のトップの先生がどのようなことを考えてどのようなことを大事にしているのか。―そういうストーリーを生で聞けるというのはとても良い経験だと思います。
———今回のプログラムに参加している生徒たちはすでにオープンマインド※だと思うのですが、初日と5日目にどういった変化が起こることを期待されていますか。(※編集部注 心が広い・頭が柔らかい・開放的・偏見がないこと。違う意見や思想なども認めることができることを指す)
(岡田)たしかにもうすでにオープンマインドな生徒が多いと思いますが、オープンマインドの質が最後になるとがらりと変わります。
オープンマインドってとても難しい。自分と違う意見というのは聞いたふりをしても実は受け入れていないことが多いですよね。 しかし、オープンマインドとは自分の価値観を疑うということでもあります。つまり、自分の世界を不安定にする挑戦を絶えず続けられる状態なんです。それってとても残酷なことでとても勇気がいることなんですよ。
でもこのプログラムでいろいろな学校の生徒や先生の話を聞くと自分の価値観が揺さぶられます。すると、だんだん揺さぶられること自体が心地よくなり、胆力がついてくる。 自分の思考が妨害されないように部屋に閉じこもっている状態から、他者に耳を傾け、自分を疑い、新しいことに挑戦したりやり方を変えていくようになる。そこの変化がすごくおもしろいですよ。
———5日間でそこまで変わっていくものでしょうか。
(岡田)そうですね。完全には変わらないですけど、そのきっかけにはなると思っています。オープンマインドになるための種がまかれるようなイメージですね。
去年のDHで「なんでイギリス人の先生は人を助ける、人を助けるって言うんだろう?」という感想がありました。ちょっと信じられないでしょう?お医者さんなのだから人を助けるのは当たり前だと思うじゃないですか。日本の子どもたちの中にはそれを不思議に思う子もいるんです。でもそれは子どもたちが悪いんじゃないです。私たち大人の言動にどこかおかしなところがあるから子どもはそう思ってしまうんですよね。本来は人を助けるための仕事なのに…。
———このような機会が日本にいながらにして得られるのは本当に素敵なことですね。
(岡田)そうですね。イギリスでもこれだけのメンバーは集まらないのではとDr Matsumiyaも言っていました。生徒たちにはその貴重さはなかなかわからないかもしれませんが、それでいいと思うんです。僕たち大人は環境を用意してあげて、自分も話を聞くことができる。そういう中からの学びや新たな発見もいろいろあるので、生徒にとっても教員にとってもとてもいい機会だなと思います。
講師感想
今回のDHには、イギリスから現役医師5名が招かれました。それぞれ初日の授業後に感想を伺いました。
Dr Matsumiya
(巣鴨高等学校岡田先生と共にDHTMを企画、運営。今回はモチベーションカーブとチームワークについて講義)
———今回2回目の開催となりますが、前回・今回を通して生徒の熱量や参加への意思について、何か思うところはありますか?
(Dr Matsumiya)今回はまだ初日なので現段階では分からないですが、 教員としては3日目から変化が現れてくれれば一番嬉しいですね。 去年は本当にそれを感じることができたので。
初日って一番難しいんです。会ったことのない別の学校の生徒たち、 しかも男子校と女子校が混ざって、その環境下で5日間ずっと英語でやる不満や不安が一気に押し寄せてくるんですよね。 でも去年は最終日になるとみんなとても仲良くなっていました。講義が終わってもみんな教室から出ないでずっと話して名残惜しそうにしていたんですよ。DHがきっかけでいまだに他の学校の生徒と仲良くしている学生もいると聞いているので、 そういう結果が一番ありがたいですね。高校生にはあまりそういう経験や機会ってないじゃないですか。
なので、講義の内容はともかく、そのような繋がりが生まれることのほうがとても重要だと思います。今回学んだ知識はおそらく1ヶ月、1年経ったらほとんど忘れるでしょう。でも、あの時こういう刺激があったなとか、 知識の部分は忘れたけど、あのときの記憶のこの部分を自分の頭の中で探せば答えが導き出せるなと思えれば十分だと思います。
Dr Aoife
(器官の関係性について講義)
———1日目の講義を終えられた感想を教えてください。
(Dr Aoife)生徒たちは今回、非常に難しい概念を別の言語で学んでいるにも関わらず、本当に熱心に取り組んでいました。彼らにとってはとてもチャレンジングなことだったと思いますが、恐れずに取り組んでいたので、素晴らしかった。英語が得意な生徒もいれば、あまり得意でない生徒もいる中で協力しあって、学びを共有する姿には感銘を受けました。
Dr Jason
(災害時の救命について講義)
———この5日間のプログラムを通じて、学生に何を学んでほしいですか?
(Dr Jason) 医学の全分野についてですね。私は救急医療が好きなので、自分が教える内容は自分の好きな分野にしました。他の講義の内容も踏まえて、学生たちにマネキンを使って、今日の講義で話したことを実際に行ってもらいます。それを通じて、患者と一緒にいる場合はどのような感じになるのか、実践的な経験をさせてあげたいですね。
———次世代の医師たちに何を伝えたいですか?
(Dr Jason)自分に合った専門分野を見つけることです。私は緊急事態、つまり物事が迅速に進むシチュエーションが好きなんです。私は忍耐強くないので、家庭医には向いていません。 緊急事態では、自分の行ったことはほぼ即座に効果が出て、結果を見ることができます。ただ、それが全員に向いているというわけではありません。緊急時の対応力が試されるからです。家庭医や皮膚科医にはその必要はありませんよね。なので、自分自身の得意な部分を最大限に引き出せる分野を見つけてほしいですね。
Dr Nadia
(医療倫理と法律、研究倫理の知見を持つ。イギリス研究倫理委員会のメンバー。今回は医療倫理について講義を行い、数ケース(例「赤ちゃんが危険な状態の妊婦に医者は帝王切開を勧めるが妊婦はそれを拒否。」)について、自分ならどのような意見を持つかどうかを考えるケーススタディを行ったりした)
———なぜ今回のテーマを高校生向けの講義に選んだのでしょうか?
(Dr Nadia)医療倫理は、たとえ医師にならず別の職に就いたとしても、役立つと思い今回のテーマを選びました。生徒たちは高校でいろいろなことを学んでいると思いますが、医療倫理については学んでいないのではないかと思ったのも理由の一つです。
———生徒たちに何を伝えたいですか?
(Dr Nadia)勇気を出して、間違いを気にせず、ただチャンスを掴むようにと言いたいですね。つまずいてしまったり、何か問題が起こっても、振り払って立ち上がれば、なんとかなるよと伝えたいです。
Dr Sonia
(公平と公正、特権について講義)
———なぜ今回のテーマを選んだのでしょうか?
(Dr Sonia)私は家庭医で、今までいろいろな家庭を見てきました。裕福な家庭から、今日食べるものにも困る貧しい家庭まで本当にさまざまです。人生は公正ではない。だからこそ、平等と公平の違いについて取り上げました。この違いを知ることが、より良い世界を作るのに必要だと伝えたかったんです。
———今回の講義で生徒たちに何を期待していますか?
(Dr Sonia)特権を持つ人とそうでない人がいることをわかってほしいですね。特権を持つということはお金持ちであるかどうかではなく、今日食べるものが満足にあるかということです。
受講生感想
Aさん、Bさん
———なぜ今回このDHに参加しようと思ったのでしょうか?
(Aさん)英語の先生に勧めてもらったのと、もともと医療に興味があったからです。特に救急医療や倫理観に興味があり、見た瞬間「参加するしかない!」と思って応募しました。
(Bさん)僕は英語がそこまで得意じゃなくて、それほど勉強もしてきませんでした。でも、高校生になっていろいろな人からの刺激を受けたいなと思って。冬にも留学したいと考えていたので、そのための経験としてこのプロジェクトに参加してみました。
———講義はすべて英語ですが、それに対する抵抗はないですか?
(Aさん)抵抗はあまりないですね。自分の英語がどのくらい伝わるのか、先生のおっしゃっていることがどのくらいわかるのかなっていうのが知りたくて、むしろ楽しみにしてきました。
———この5日間を通してこういう風になりたいなど期待していることはありますか?
(Bさん)全部英語なので、自分の言いたいことがすぐ出ないことがたくさんあると思います。それでも、いろいろな表現で伝えたいことを言えるようになりたいです。
Cさん
———なぜ今回このDHに参加しようと思ったのでしょうか?
(Cさん)私、先日フィリピンに行ったんです。そこでとても貧しい子どもたちに出会いました。貧しくても楽しそうにしていて、その子たちみんなが日本に行きたいって言ってくれたんです。でも、ある子が、自分は事故に遭って片腕がないから日本に行けないって言っていて。そういう理由で日本に行くチャンスがないのはちょっと悲しいなって思って、 医者になりたいって思ったんです。その時にちょうど、学校のチラシでこのプログラムを見て、すごく興味が湧いて今回参加しました。
———今回すべて英語での講義ですが、どのくらいわかりましたか?
(Cさん)大体は理解できるのですが、 たまによくわからない部分があると調べたくなりました。でも、受験でも英語の長文問題などでわからない単語があっても、前後の文脈で理解することが大事だって言うじゃないですか。なので、今回もそうやってなんとなく前後の文脈から理解していきました。
記事作成:大久保さやか