「授業をどう進めたら・・・」と悩む小学校の先生におススメ!言語学に基づいた英語指導本
最終更新日:2022年9月20日
- おすすめしたプロフェッショナル
-
五十嵐美加 / こども教育宝仙大学・青山学院大学
日本語からはじめる小学校英語ーことばの力を育むためのマニュアルー
開拓社
- おすすめのポイント
-
Q. 良かったところ
本書は「言語学」に基づき、教員が実際にすぐに教室内で使える「英語指導」について書かれた指導書である。本書の最も良い点は、私たちが母語として慣れ親しんでいる日本語から英語、ないし他言語についてじっくりと考えるきっかけとなるところである。
例えば本書の「複合語」のレッスンでの例を挙げたい。
(例)「コロッケカレーとカレーコロッケ、どう違う?」
解説:日本語を母語にする者にとっては、前者はコロッケ付きのカレーで、後者はカレー味のコロッケであることが簡単に理解できるだろう。これは後ろに付く言葉が「主要部(意味の中心となる部分)」だと無意識に私たちが理解しているからである。
英語もa university student(大学生)のように後ろに付く言葉が主要部の言語である。これらの知識を知っているだけで、英語の複合語を読むときに「これは後ろが意味の中心だから…」と考えることができるようになる。
ちなみに「複合語」のレッスンでは、英語だけでなくタイ語、アイヌ語、イタリア語の例も紹介している。タイ語は、水+みかんで「オレンジジュース」を意味する単語となり、日本語や英語とは逆に、前に付く言葉が主要部であることがわかる。このようにただ英文法の知識を学ぶだけでなく、1つの言語として「英語」を捉え、生徒たちの視野を広げることにも役立つだろう。
また授業指導案やワークシートも各レッスン内に入っているため、教員は個人で何か準備することなくすぐに授業ができるのが本書の優れた点である。
Q. 困ったところや改善してほしいところ
本書には25レッスンあるが、中には現場の先生方から「このレッスンはわかりにくくて、生徒たちに使わせにくい」という指摘をいただくこともあった。本書の全レッスン箇所の編集には現場の教員が入ってはいるが、執筆担当には小中高での指導経験がなく大学での指導や研究が中心になっている方もいる。「現場の教員や生徒たちがどのようなことにつまずき、困難を感じているか」を深く理解していないと、どうしても内容がわかりにくくなってしまい生徒たちの反応も薄くなる。全てのレッスンが、現場の教員や生徒目線が多く反映された内容になると良いと感じる。
Q. 導入の経緯や、本教材採用の意図と狙い
2019年に出版された本書、『日本語からはじめる小学校英語』の部分執筆・編集に2017年頃から携わってきた。当時、私はすでに現場を離れ大学院での研究に取り組んでいる最中だったため、小中高にて自ら本書を使った指導はしていない。
しかしながら、現在の勤務先であるこども教育宝仙大学での「実践英語」の授業中に本書を活用した経験と、大阪府のとある小学校の英語授業にて本書を使用してもらった検証結果はあるので、そちらについては後述していきたい。
問題/課題:
本書の部分執筆・編集をするにあたり、現在の英語教育が抱える問題や課題の、主に2つを解決したいと考えた。1つ目は、「小学校での英語の授業をどう進めたら良いかわからない」と悩む教員が多いこと。中には、「何をしたら良いかわからず、とりあえず英語の音楽をかけたり簡単なゲームをして何とかやり過ごしてしまう」という声もあった。通常の授業準備や運営で多忙のなか英語の授業準備はさらに大きな負担となってしまっている。
2つ目は、英文法を教えたり理解させることの壁が高いこと。日本語話者にとって外国語である英語の文法を理解することは容易ではなく、ただの丸暗記ではどうしようもできない。特に日本はヨーロッパなど複数の言語や文化が日常に溶け込んでいる国々とは違い、日常生活で触れる原語はほぼ日本語のみという環境である。
学校教員にとって使い勝手のよい指導書となるもの、そして、日本語話者である私たちにとって学びやすい教材であること。これらを叶える教材制作が大きな目標であった。
状況(クラスの人数やレベル):
- 1クラス35名の公立小学校にて、英語と国語の授業内で使用。
- 保育士、幼稚園教諭を目指す大学生、10名程度に「実践英語」の授業内で使用。
他の類似教材ではなくなぜこれか:
小学校での英語授業指導に関する教材は多く出版されていると思うが、本書は「言語学」の視点に基づいて作られており、広く言語一般の知識も身に付けられる点に特徴がある。また本書にはすぐに授業内で活用できるワークシートと授業時間別指導案サンプル(15分バージョン、45分バージョン)がついているところが優れていると感じる。
Q. 実際の使い方 (どこを、どの程度のペースで等)
教材の構成(全体構成、ページ構成):
本書には①「ことば全般」②「音声」③「文法」④「言語生活」⑤「言語技術」という5つのユニットがあり、1つのユニットはさらに5つのレッスンに分かれている。1レッスンは10ページ程度。例えば③「文法」のユニットでは、「複合と連濁」・「接辞」・「句構造」・「埋め込み文と等位接続」・「あいまい性」といった5つのレッスン内容に分かれて詳しく説明される。レッスン内容の構成は以下の通りである。
- レッスン概要:指導の狙いや工夫のコツが、見開き1ページで書かれている。
- 漫画:見開き1~2ページでレッスン内容(文法や表現について)を簡単に紹介。(児童・生徒向けにおススメ)
- 解説:見開き1~2ページで詳しく解説する。
- 授業指導案:授業時間に合わせ選べるよう、15分バージョンと45分バージョンが用意されている。
- ワークシート:指導案に沿って、そのまま授業内で生徒が使えるシート。
進め方(年/学期単位、授業単位):
進め方は、それぞれ教員が「どのレッスン内容に課題を感じているか?」という点で決めてもらいたい。通年の授業を通じて活用してもらうのが好ましいが、レッスン回を選んで短期間や単発の授業で取り入れてもらうのでも十分効果があると思う。実際に公立小学校と大学で本書を活用した際の事例を紹介したい。
【公立小学校】
③「文法」のユニット内、「複合語」「埋め込み文」「あいまい性」の3レッスンを、週1回の英語授業と複数回の国語の授業内で実施。担当教員が英語と国語の連携に力を入れていたこともあり本レッスンを選んだ。使用期間は2021年7月~9月のおよそ2ヶ月程度。
【大学】
保育士、幼稚園教諭を目指す大学生向けに実践英語の授業内で自ら使用。④「言語生活」のユニット内、「外来語」のレッスンをワークシートも併用し1コマの授業で実施した。
指導する上での工夫:
英語指導に関しては、各学校や担当学年により方針や抱えている課題が異なる。保護者から教員に求められるものなども違うだろうし、それらを考慮しなければならない時もあるだろう。生徒に教えなければならないことが多くある中で、「言語学」からの英語指導はなかなか手が出しにくいと考えてしまうかもしれない。しかし本書には、教員が授業でそのまま実践できる授業指導案が1時間バージョンと15分バージョンで用意されている。また、そのままコピーして生徒に配布できるワークシートも付いている。それぞれの事情に応じて使い分けてもらえればと思う。
教員は「解説」箇所をしっかりと読み込めば授業でより伝わりやすい説明ができるようになり、「漫画」解説の箇所は生徒たちが楽しみながら理解を深められるように作られているので、ぜひ活用していただきたい。
Q. 使ってみた結果
【公立小学校】
教材使用の効果を測定するために、メタ言語能力テストを教材の使用前(事前)と使用後(事後)に実施した。「メタ言語能力」とは言語そのものの構造や機能について意識をめぐらせることができる能力のことである。例えば、センテンスの中でどの語がどの語を修飾しているか、また、主節と従属節の区切りはどこかを判断する能力などが含まれる。今回は、日本語の文分節課題と曖昧性判断課題を出題した。
文分節課題とは関係節を含む文を二つの文に分ける課題で、英語の関係代名詞や関係副詞を学習する際に重要な役割を果たすメタ言語能力を測定することを目的としている。
・文分節課題の例)
これは先週お父さんが買ってきた本だ。
→先週お父さんが本を買ってきた。これは(その)本だ。
曖昧性判断課題とは、文脈によって意味が二つにとれる文を読み、二つの意味を明確に説明するという課題で、修飾関係や主語・目的語といった文の要素を認識するメタ言語能力を測定することを目的としている。
・曖昧性判断課題の例)
マサキはかっこいいスーツを着た山田先生を見た。
→①かっこいいのはスーツ ②かっこいいのは山田先生
事前テストと事後テストのスコアを比較したところ、文分節課題においても曖昧性判断課題においても事後テストのスコアの方が高かった。つまり、当該の教材を使うことで、子どもたちのメタ言語能力が上昇するということが統計的に証明されたということである。
・文分節課題(12点満点):平均 4.1点 → 6.4点
・曖昧性判断課題(12点満点):平均 1.2点 → 3.8点
この他、英語学習や国語学習における動機づけや学習観についてのアンケートも実施し、そちらも現在分析中である。おそらく、テストスコアの上昇に付随して、動機づけや学習観についてもポジティブな効果が期待できる。分析結果が出次第、追記という形で報告したい。
【大学】
例えばこの授業では、ロシア語のネイティブスピーカーに「イクラ(食べ物)」を発音してもらい、何について言っているのか学生に当ててもらった。イクラは日本古来の言葉ではなくロシアから入ってきた外来語である。それを知らない学生たちにとってはかなりの難問となった。他にも、天ぷら、サウナ、だるま、アラカルト、すばる、ライフライン、バトンタッチなどの言葉の中で外来語ではないものを選ばせたり、逆にKawaiiやOtakuなど日本語が英語にそのまま入り込んでいるものも考えていった。学生たちからは「母語の日本語でもまだまだ知らないことが多くあることを自覚しました」「和製英語に気を付けようという視点が生まれました」などの意見が出た。
Q. 利用が向いていると思われる学校・クラス・生徒
英語教員だけでなく英語を学びたい人に広く向いている。使い方を工夫すれば小学1年生くらいから大人まで、十分活用できる。
Q. 個人的にあまり合わないと思う学校・クラス・生徒
本書は「日本語」を母語とした人向けなので、インターナショナルスクールなど日本語で教育を行っていない教育機関には向かないと思う。よって外国籍の子どもや海外にルーツを持つ子どもが多く通う学校などでは注意して使い、日本語を母語としない子どもたちが疎外感を感じないようにする必要がある。
- 五十嵐美加
- こども教育宝仙大学・青山学院大学
プロフィール
2007年~和歌山信愛中学校・高等学校、2012年~慶應義塾大学社会学研究科修士課程、2014年~東京大学大学院教育学研究科博士課程、2020年~東洋英和女学院大学教職・実習センターを経て、現在、こども教育宝仙大学(実践英語担当)、青山学院大学(心理学応用演習…