学ぶことは「優しさ」を身につけること~プロジェクト型学習とICTを活用した授業法とは

最終更新日:2025年2月12日
英語の授業を通して「新たな気付き・視点、無知・無関心の自覚」を大切にし、生徒たちに世界と繋がる体験を提供している東福岡高等学校の今井 孝治先生。国際的なプロジェクト型学習やICTツールを活用した先生の授業は、英語力だけでなく、人間性や協働力までをも育むものです。「学ぶことは『優しさ』を身につけることに他ならない」とおっしゃる今井先生の授業法について伺いました。
そもそも授業とはどのような営みなのか?
———先生の教育理念についてお聞かせください
(今井)教育理念を考えるにあたって、私は「授業とはどのような営みなのか」を自分なりに定義付けています。授業とは、“Teacher’s Belief”と呼んでいる、私たちの理念や想いを実現する手段に他なりません。Teacher’s Beliefに準じて設計された授業こそが本当の意味で生徒の成長に寄与する授業であると考えています。こうした考え方は、かつて和田 玲先生(現ウィーン大学研究員、元順天中学高等学校・英語科教諭)から大きな影響を受け、自分の中の軸として大切にしています。
私のTeacher’s Beliefは多々ありますが、一番大切にしているのは「無知は人を傷つける」という考え方です。「無知であるが故にどこかで誰かを傷つけてしまうことにつながる可能性がある。だから、何かを知ることや学ぶこと、あるいは知ろうとしたり学ぼうとしたりする態度は、『優しさ』を身につけることに他ならない」と生徒たちにはよく伝えます。そのため、日常や世の中にありふれたもので、自分たちが全然知らなかったような世界や、考えたことがなかったような視点を授業の中で意識的に取り扱うようにしています。
———具体的にどのようなことを行っていますか?
(今井)最近だと、日本人クリエーターが生み出した新しい点字についてディスカッションをしてもらいました。下記は、その際の文字起こしです。
「新しい点字であるブレイルノイエとは何ですか?」という発問から始まりました。この発問はいわゆる内容確認のためのもの。ただし、そのやり取りの中で深堀りをしていくと、生徒たちが「目が見える人」の意味で“we”という言葉を使う場面がありました。
ここで無意識に使用する“we”に関して、“Who are “we”?”と問いかけることで、生徒たちは「私たち=正常な人」と答えるわけです。正常な人とは?と問いかけることで、さらに彼らの無知や無自覚に迫ることができました。この何気ないやり取りの中で、こうした無意識に行われている自分たちの認識に気づかせる機会にすることができているように感じます。まさに私が授業で大事にしている「無知を自覚する」時間になりました。
私自身、このディスカッションがどこに向かっていくか正直わかりませんでした。しかし、目が見えないことが必ずしも不幸であるとは限らない、違った視点からのアプローチも同時に生徒たちには必要だと痛感。そこで、テクノロジーが彼らの生活を支えるどころか、より鮮やかに輝かせている場面として、Appleの「The Greatest」という動画の視聴を行いました。障害を抱えた人たちがクリエイティブに、想像力豊かに、たくましく生きる姿を捉えたこちらの動画を見ることで、またさらに生徒たちに新たな視点を与え、価値観が揺さぶられるきっかけになったと思います。
このような出来事は決して遠い世界の話ではない、ということを気づかせたかったので、私たちの身近な世界にある、それでいて私たちが知らなかった様々なユニバーサルデザインを探しにいくワークも実施しました。具体的には校内にあるバリアフリーやユニバーサルデザインを探すワークで、様々な気づきがある有意義な時間になりました。無知から一歩外に出ようとすることで、自分の世界が広がるいい経験をさせられたかなとも思います。
ただし、毎回このようにうまくいくわけではありません。今回のファシリテートの仕方も、他の先生のファシリテーションからヒントを得たものです。教員自身も無知から一歩外に出て他の人から多くを学び、真似ることで一歩前に進めると思っています。
———これはいわゆるファシリテーターとしての立ち振る舞いかと思うのですが、ファシリテーターとして心がけていることを教えてください
(今井)授業では「ライブ感」を大切にし、できるだけ予定調和で終わらないようにすることです。
結局、教員の持っている答えやゴールにたどり着かせるように誘導していくのは、ファシリテーターではないと思うのと同時に面白くないですよね。全体の方向性を整えつつも、生徒たちの発言や意見を拾い上げ、そこから広がりを見せ、誰も予想していなかったような展開に繋がるよう進めていきます。そのため、質問と発問と問いを使い分けながらファリリテートし、その中で生徒それぞれが自分の考えを深めたり、他者との違いに気づけたりするような場を作ることに重きを置いています。
英語は自分の世界を広げるためのツール
———英語教育で大切にされていることを教えてください
(今井)私にとって英語は「自分の世界を広げるためのツール」であると考えています。もちろん、中等教育においては受験のための英語教育も重要な要素かもしれませんが、それだけにとどまらない価値を生徒たちに届けたいです。たとえば、英語だけでなく他の生徒や海外の人々と協働するプロジェクト型学習を行うことで、ツールとしての英語を用いた主体的な学びを促しています。
また、ICTを活用しながらコミュニケーションや創造的な活動に活かす機会を作るよう心がけています。イギリスの教育哲学者ケン・ロビンソン氏は「育成すべき8つのコンピテンシー」として、クリエイティビティやコラボレーション、好奇心(キュリオシティ)などの非認知能力をかねてより提唱しています。私はこれらがICTの“C”にあたる重要な部分と考え、授業設計しています。
———そのような先生の教育観はどのように形成されてきたのでしょうか?
(今井)私の教育観は、これまでの経験や出会いによって作られてきました。教員になり最初に勤めた工業高校では、自分が受けてきた授業をそのまま再現するような授業をしていました。
こんなに世の中は変わっているのに、自分の授業のありようは昔と何ら変わっていない。それだとやはり目の前の生徒たちの興味や関心を引けていないことに気づいたのです。このままではいけないと思い、外に目を向けさまざまな人に出会えるよう勉強会などに参加し、自分の授業を変えるヒントを学ぼうとしました。そこで、生徒たちの英語力を伸ばすことができるメソッドやトレーニング法、授業法などを学んだのですが、段々と「英語力を伸ばす」ことだけに固執している自分がいると気づいたのです。
そうしていくと、「自分の可能性や世界を広げるツール」である英語を教える方法を自然と模索していました。そんなときに出会ったのがApple Distinguished Educatorの先生方です。そこで、授業の場面に応じてICTを効果的に使いながら生徒たちの世界を広げ、授業だけにとどまらないさまざまな力と可能性を伸ばしている世界中のADEの先生方を目の当たりにし、心が踊りました。いつかこんな授業実践を通して生徒の世界や可能性を広げたい、という考えに至りました。
生徒が「世界と繋がれた」と心が動かされる瞬間を
———先生が力を入れられているプロジェクト型学習(PBL)の実践について教えてください
(今井)主に「Global Classroom」という、国境を超えて同じ教室で学ぶように互いの学習を補完し合おうという目的のもとで実施しているプロジェクトです。アメリカ・ニュージャージー州のデマレスト高校と連携して行っています。私たちの学校では英語を第二言語として学んでいますが、デマレスト高校では日本語を第二言語として学んでいる生徒がいます。お互いに助け合い、第二言語学習を補っていこうというコンセプトのもと、協働学習を行うことになりました。
———具体的にはどのような活動をされていますか?
(今井)本当はリアルタイムで交流したかったのですが、日本とアメリカとでは時差がかなりあり、難しく・・・。ここでICTに助けてもらいました。テクノロジーの力を使えば、時間的・地理的ハードルを超えられるよね、と。
たとえば、Padletというツールを使って、自分たちの暮らす街や文化をテーマにSNS風の投稿を行い、コメントやリアクションなどで交流をしています。交流前は、単に題材を読んで自分たちの街のことをポスターにまとめるぐらいで終わってしまっていて、もったいないと常々思っていました。しかし、今回の取り組みでは海外の生徒から実際にリアクションやコメントが集まるという、今までできなかった学びのあり方を模索できました。コメント欄でチャットのような会話がなされる様子を見て取れたのは、とても面白かったですね。反対に、アメリカからは現地の様子やタイムリーな話題や感情も発信してくれるのが良いです。

日本の生徒がアメリカの生徒に発信したもの。言語は英語を使用している。

アメリカの生徒が日本の生徒に発信したもの。言語は日本語を使用している。
また、次の写真は現地の保護者の方が、授業参観での様子を撮ってこちらにシェアしてくれたものです。
実際に現地の授業で自分たちの投稿が使われている様子を見ることができ、生徒たちは第二言語である英語というツールを通じて「世界と繋がれた」と心が動かされるような瞬間だったようです。
このような活動で特筆されるのはたいてい両者の文化的な「違い」なのですが、時としてお互いの「共通点」も見つけられる瞬間があります。両者の「同じ」はお互いの距離をぐっと近づけます。
ほかにも、ビデオレターでの交流も行っています。近年、自分の考えを動画で表現してアウトプットするような授業は増えてきているように思いますが、動画を作って評価して終わりなのが残念だと思っていました。しかし、本プロジェクトでは発信して実際に他の国の生徒からリアクションをもらうことで、発信する対象が明確になり、「誰かが見てくれた」と実感出来ることも特徴だと言えると思います。

ビデオレターの様子。お互いの国の食べ物を紹介し合うもので、日本の生徒は親子丼を、アメリカの生徒はブリト—を紹介し合った。閲覧数やいいね、コメントが書かれているのが見て取れる。
第二言語学習を補完するという観点では、私たちの発信に対してアメリカの生徒は英語でコメントをくれ、アメリカの生徒の発信に対して日本の生徒は日本語でコメントをし合いました。ある意味でリアルなバイリンガルの交流場面を体感できています。
さらには、協働して一つのものを創り上げるプロジェクトも行っています。冒頭で紹介したケン・ロビンソン氏が提唱するうちの一つである「クリエイティビティ」を育むことに焦点を置きました。「生物の不思議」をアメリカの生徒と日本の生徒がペアになってポスターにまとめたのです。
英語というツールを使って、自分たちの世界を他者とつなげ、自分の世界を広げる経験ができたと思います。
———PBLは通常の授業の中で行っているのでしょうか?その場合、教科書との兼ね合いはどのようにしていますか?
(今井)PBLは英語コミュニケーションの授業の中で行っています。教科書のトピックで、グローバルクラスルームで使えそうな話題があれば、アメリカの先生とも相談しながらPBLに組み込みます。
PBLの取り組みは、先生によっては大規模なものを行う方もいますが、私の場合は小さいプロジェクトにして回数をやらせたい気持ちが強いです。なぜなら、生徒たちがショートスパンで自分たちの活動を振り返り、改善点などの学びが得られるからです。そのため、学期に1回か2回、それぞれ4時間ほどかけてPBLを実施しています。
———そもそもアメリカの高校とはどのような経緯で協働学習を行うこととなったのでしょうか?
(今井)Appleを中心にした出会いでした。もともと私はこのようなPBLを他国の生徒と行ってみたい思いが強く、いろいろ情報発信をしていました。その発信を見てくれていたApple Japanの Education Teamの方が、日本との交流を渇望しているデマレスト高校のビル先生の存在を教えてくれたのです。ビル先生も私と同じように、「言語はツール」と考えています。そのため、せっかく日本語を学んでいるならツールとしての日本語を生徒に使わせる経験をさせたいと感じていたようです。すぐに意気投合し、一緒にPBLを実施することになりました。
フィジカルな国際交流を
———今後の展望をお聞かせください
(今井)大きく3つあります。
一つ目は、フィジカルな国際交流の実施です。ICTを活用していると、デジタルはもちろんのこと、アナログの良さにも気づくようになります。オンラインで交流するのも良いですが、オフラインでの交流でしか得られないものもあるのです。現在、アメリカやヨーロッパの方々を本校に呼んで一緒に体育祭のようなものを開催したり、地域貢献活動の一環として本校の生徒だけではなく地域の小中学生にも国際交流を楽しんでもらったりしています。そのような活動を、生徒たちと創りながら広げていきたいです。
二つ目は、ケンブリッジ流の第二言語教育をマスターすることです。本校では2025年4月から「国際教養コース」がスタートし、私は責任者を務めます。そんな国際教養コースでは、ケンブリッジ大学出版の教材を採用するため、CELTAのメソッドをマスターし、その上で独自に体系化させた国際教養コースの英語授業のシラバスとうまく融合させたいと考えています。
三つ目は、若手教員の育成です。私は、さまざまな教員の方々との出会いで考え方が揺さぶられたり変化したりした経験を通し、成長できたと実感しています。同じような機会提供を校内外問わず行っていきたいのです。「育成」というよりは、「一緒に成長していきたい」。そのための文化をまずは校内に醸成したい、そんな想いが強いですね。
取材:小林 慧子・大久保さやか/構成・記事作成:大久保さやか