31年間の予備校講師キャリアを捨て教員に!「塾いらず」を実現したい・・・その真意とは

最終更新日:2025年6月25日
東京都多摩地域に幼稚園から大学院までを有する明星学苑。そんな同法人は、2026年4月に明星Institution中等教育部を開設します。同校で英語の教鞭をとるのは、「塾と学校に行く、日本のダブルスタンダード教育を変えたい」と言う弦巻 桂一先生。弦巻先生は大手予備校での講師を31年間務めていらっしゃいました。なぜ元予備校講師が「塾いらず」の教育を目指すのか。その真意を伺うとともに、前任校と新任校での英語教育の取り組みを教えていただきました。
予備校講師歴31年から教壇へ──54歳で踏み出した“第二のキャリア”
――先生のこれまでのキャリアと、学校教員への転職を決意されたきっかけを教えてください
(弦巻)以前は横浜の大手予備校で31年間、中学・高校・大学すべての受験指導を行い、最終的には本部校の校舎長と英語科教科長を兼務していました。この間に、中学生向け単語帳を4冊出版する機会もいただきました。
そんな経験をさせていただきながらも、「なぜ、学校の授業だけで通常の勉強や受験対策をまかなえないのだろうか?」という疑問が年々膨らんでいったのです。そしてあるとき、神奈川県の公立中高一貫校に送り出した優秀な生徒の保護者達から「学校の勉強だけでは英語が理解できないため、ぜひ英語の授業をしてくれないか」と追加指導を求められることに。そこでわかったのは、学校ではアクティブラーニングを通じて英語を勉強している気にはなっているけれど、基本的な知識の蓄積なしにただアウトプットをしていることが問題なのではないかということでした。この現実に直面し、「日本のダブル教育を変え、子どもたちの学びを学校一本で完結させる環境を作りたい。この変革の一端を担い、教員生活を終えたい」と思ったのです。
また、塾の授業だけでは子どもと触れ合う時間が圧倒的に少ないことにも歯がゆさを感じていました。
当初は公立中高で教壇に立とうと考えていましたが、神奈川県にある公立中高一貫校の校長から「ぜひうちでやってみないか」と声を掛けられ、30年間眠っていた教員免許を54歳で復活させたのです。
基礎徹底×アウトプット――改良ラウンド方式で英検準2級合格率88%を達成
――前任校では、どのような英語教育を実践されましたか
(弦巻)当初、この学校でも公立中高一貫校で話題になっていた5ラウンドを取り入れました。高校3年生と中学1年生を担当させてもらい、オールイングリッシュの5ラウンド方式を実践したのですが、残念なことに中学生ではあまり成果が感じられませんでした。文章を理解する文法や語彙の知識がないまま、ただ本文を読んでいるだけだと英語の知識が蓄積されず理解できないことがわかりました。そこで、中学生は下記のオリジナルラウンド方式にやり方を変えて実施しました。
ここでのポイントは、教科書に入る前に塾用の教材で文法を整理しながら学び、単元ごとに確認テストを行うこと。そして、アウトプットとして教科書を活用します。教科書をNew Treasureにしたのは、単語量が検定教科書の1.5倍あり、教科書をきちんとやっていれば英検準2級は自然と取得できるようになるからです。また、文構造・品詞の理解をさせたうえで音読を徹底的に行いました。品詞理解ができていないと、英作文ができないからです。繰り返し音読をすることにより、文構造や品詞の位置などを自然に覚えられます。その結果、中学校3年卒業時に準2級を取得した生徒の割合が23%から88%に増加しました。
一方、高校生には5ラウンドの指導法が合い、効果がすぐに現れました。文法や語彙などのベースが少しでもあれば、読む回数を重ねると理解できるようになるのです。
ラウンド2:新出文法と単語の定着確認
ラウンド3:リスニング主体の通読
ラウンド4:品詞理解に重点を置いた精読
ラウンド5:本文全体の再話
そこで、中学でしっかり基礎を固め、高校で繰り返し読みをすることで、文法の型や前後の文章で語彙を想像する力をつけることが大事だと思っています。このように文法や語彙の武器を実装すれば、本当に自分が伝えたいことを伝えられ、深い内容にもなると思うのです。
英語を“思考のツール”に──5教科横断で深める学び
――現任校である明星Institution中等教育部への転職経緯と、どのような教育を目指されているかを教えてください
(弦巻)前任校で知り合った教員から、「多摩地区で旧帝大と海外大の合格を目指す学系を作る学校があるので腕をふるってみないか」と言われたのがきっかけです。
そのような高みを目指す学校には、難しい受験を突破した優秀な生徒たちが集まりますよね。でも、中学受験は算国理社の4科目で受験科目に英語は入っていません。そのため、小学校で英語をやってきているとはいえ、文法項目などは習っておらず、英語はほぼ一からやる必要があります。ここで自分のメソッドが活かせるのではないかと思いました。
また、予備校時代に気づいたことなのですが、最難関大を受験するレベルの生徒は自立して学習できる生徒で、良問を提供さえすれば、あとは講師のアドバイスのみでどんどん自分で進んでいけるんです。そうなると、教えている感じがしないのが正直なところです。でも、学校となるとそうはいきません。生徒のレベルはバラバラですし、教科書もしっかり教えなければいけない。時間も限られています。さまざまな条件がある中で、塾なしでどれだけ身につけさせられるか、最難関大へ送り出せるか。この取り組みが成功すれば、「学校教育だけで旧帝大に合格できる」と証明できるのではと考えました。
以上のように、この学習メソッドが他の学校でも結果をだせる汎用性があり、それがより高いレベルでも効果を発揮できるかを検証したいという理由から、転職を決意しました。
明星Institution中等教育部は、1学年70名の定員なので、35名のクラスが2クラスの想定です。かなり少ないと感じられるかもしれませんが、そこが本校が大事にしている点なのです。明星学苑では「手塩にかける教育」を指導の指針としており、一人ひとりの能力を丁寧に引き出していくことを目指しています。
――現任校でもラウンド式の授業を取り入れる予定ですか?
(弦巻)はい、取り入れる予定です。
現任校では、具体的に下記のように進めていこうと思っています。
①文法理解
塾で使用する文法教材を使用し、文法の単元理解を行う。教材には各単元ごとに確認テストが設けられており、学んだことをすぐに定着させられる構造となっている。文法を理解させることで、本文読解の素地を作る。
②教科書でアウトプット
文法を理解したうえで教科書本文に入る。習得した文法が使われている文章を理解できるか、自分で使いこなせるかアウトプットを行い、さらなる定着を図る。
③自分の意見をライティング
まとまりのある英文を読み、その内容に対して自分は何を考えたかを英語でまとめ、オリジナルのエッ セイを作り上げプレゼンをする。本作業は、英検と大学入試の記述対策にもなり、将来的に自身の意見を述べられる人材に育てるためのもの。
また、 “English Camp” なるものを開催しようと思っています。これは、1日5時間、ネイティブの先生しか校内におらず、必然的に英語を話さなければいけない状況を作る 取り組みで、前任校でも3日間連続で開催していました。もともとは塾時代の取り組みで、塾ではホテルで泊りがけで行っていました。
生徒たちは拙い英語でもいいから自分の力で話すことで「簡単な英語でも通じるんだ」と抵抗感がなくなったようです。また、異文化の方とのコミュニケーションにおもしろさを感じることで、英語学習のモチベーションアップにつながり、やってよかったですね。
――今後の展望をお聞かせください
(弦巻)英語という言語を、知識を深めるためのツールとして無意識に使えるよう、生徒を導いていきたいと考えています。
英語の論理的な構造を理解することは、国語力や思考力の向上にもつながります。そして物事を深く考えるためには、英語だけでなく、5教科すべての知識が土台となるのです。そのための第一歩として、英字新聞を通じて多分野の知識に触れさせ、英語を使って学ぶ力を養っていきたいと思います。
また、繰り返しにはなりますが、塾いらずの教育を実現させたいです。新任校では、学習指導要領で定められている時間以上の英語の授業時間が確保されています。また、夏休みには全教科夏期講習の開講を予定しており、理科と社会に関してはフィールドワークを取り入れます。このように、塾に行く暇がなく、内容も充実したものを提供すれば、私の夢は実現するかもしれません。
残された教員人生はわずかですが、私なりの「使命」を全うしたいです。
取材・記事作成:大久保さやか