ディベート授業で世界と対等に渡り合える生徒を育てる―ディベート教育の牽引者が実践する授業法とは

最終更新日:2025年10月27日

英語の授業において「アクティブラーニング」が注目されるようになって久しい昨今。

さいたま市立浦和高等学校で教鞭をとる浜野 清澄先生は、アクティブラーニングの一つであるディベートを実践しています。浜野先生は、2006年から部活動でディベートの指導をはじめ、全国高校生英語ディベート大会において7回の優勝に導きました。さらに、スコットランド、タイ、チェコなどで開催された世界大会への出場も果たしています。

今回はそんな浜野先生に、ディベートを英語教育に取り入れたきっかけや、授業設計のポイント、さらに英語教育の未来に対する考えを伺いました。

世界に出ても自身を卑下しない生徒を育てたい

――育成されたい生徒像を教えてください

(浜野)世界の同じ世代の生徒たちと集まったときに、英語で対等に議論できる生徒を育てたいです。

私はこれまで、日本人の高校生が他国の高校生と会った際に、自分を卑下して自信がなさそうな様子で、意見を堂々と言えない場面を幾度となく見てきました。そんな様子を見て、ずっと悔しさや悲しさを感じてきました。

英語教員の使命として、日本人高校生がもっと自信を持って自分の意見を言えるようにしたいです。

――日本の高校生が自身を卑下してしまい、意見を言えない原因は何だと思われますか?

(浜野)私が考えている理由は2つあります。

1つ目は、アウトプットする力が足りないことです。語彙力がないと、自分の伝えたい内容を話せないからです。

2つ目は、知識や自分の考えが不足していること。日本の教育は、たとえば歴史の授業だと世界史と日本史を、紀元前から学びますよね。でも、近代史や現代の問題にはさらっと触れるだけで、深くは学びません。欧米の教育では、自国と自国周辺の歴史については学ぶけれども、世界中の歴史を学ぶことはあまりないと聞いたことがあります。さらに、現代の社会問題について学び、自身の意見を言う時間が多く設けられているそうです。社会問題とは、人権や宗教、環境問題などです。このような違いが、知識と自身の意見を述べる力の欠如につながっていると思います。

――では、理想の生徒像に育てるために、授業で大切にしていることはありますか?

(浜野)大きく2つあります。

1つ目は、「実技」の要素を多く盛り込むことです。英語も体育と同じく、トレーニングが必要な科目です。理屈だけでなく、実際に使う時間を設けなければできるようにはなりません。

2つ目は、生徒への動機付けを行うことです。「なぜ英語の授業が必要なのか?」というところからきちんと説明するようにしています。「やると決められているから、やるんだ」では生徒にとっては理由はあってないようなものですよね。「大学入試で加点対象になる」「交渉力として使えるレベルに英語力がある人とない人では、生涯年収が数億円違ってくるというデータもある」などを紹介しています。個人的に、教育とは幸福実現につながるものだと思っているので、「お金がすべてではないけれど、幸福実現の一要素として無視できないよね」と。

他にも、ディベートに限っては、「相手に勝つ」ことを目的とすることで、動機付けを行っています。

「2011年の悲劇」がディベートへのめり込むきっかけに

――ディベートとの出会いを教えてください

(浜野)2006年に、埼玉県高校英語教育研究会の一員として、県内でのディベート大会開催に運営側として携わったことがきっかけです。「せっかく大会運営をするなら、自分の高校の生徒たちにも出てほしい」と思い、インターアクト部の生徒に出場してもらいました。とはいえ、私自身ディベート未経験の素人だったため、うまくいかずに「浜野の言うことを聞いても勝てない」と言われたこともありました(笑)。

私なりに勉強をして生徒にもがんばってもらい、初出場してから5年目の2010年にはじめて優勝できたときは、涙を流しながら喜んでいたのを今でも鮮明に覚えています。

優勝後の2011年、日本代表として世界大会に出場しました。ただ、ここで大きな敗北を味わいます。論題は毎回変わる、今までやってきたプレパレーション型ではなく即興型のディベート、レベルも非常に高い…。結局一勝もできずに帰国の途につきました。

「日本の全国大会で優勝した生徒たちなのに、世界とはこんなに差があるのか」「持っているべき知識の種類が全く違う」と、愕然としましたね。「次こそは絶対に勝ちたい!」と私の闘志に火が付いた瞬間です。

 

――最初は部活動で指導されていたのですね。その後、授業に取り入れるようになったのはなぜですか?

(浜野)ディベートは、4技能5領域をすべてカバーし、生徒の総合的な英語力と思考力を高めるのに最適だと思ったからです。つまり、英語の授業の最終的な目標を達成するには、ディベートが有効なのではと考えるようになったのです。そこで、部活動で培った指導のノウハウを授業に落とし込もうと決めました。

生徒の好奇心を刺激しながら、世界の知識を身につける論題を

――実際の授業内容を教えてください

(浜野)現在高校1年生から3年生の1学期まで、必ず週に1回、ディベートの授業を行っています。具体的な内容は下記です。

1年生: メモの取り方、論理的なスピーチ作成方法、質問・反論の仕方、立ち方など、ディベートの基礎を習得
2年生: 1年時に習得した知識・技術を用いて毎週異なる論題でディベートの試合を実践。1学期は2週間かけて1つの論題についての試合を行うが、2学期以降は毎週違う論題で試合を行う。
3年生(1学期): 授業開始後すぐに試合を行うなど、より実践的な形式でディベートを実施
 
試合はすべて即興型のディベートを実施しています。
 

――授業のポイントを教えてください

(浜野)50分の授業の中で、必ず2試合を実施するようにしています。ディベートはジャッジ役も必要なので、1試合のみではディベータ―として参加できない生徒が出てきてしまうからです。

また、論題選びにも注意しています。これは、生徒の知識を増やしたいことと、楽しんでもらいたい想いからです。たとえば、「猫と犬とどっちがいいか」などではなく、「国はタバコを禁止するべきか」「最低所得保障制度はどうあるべきか」などの論題を扱っています。

タバコの論題については、世界の常識や物事の考え方を知ってほしいからです。日本では「タバコを禁止するのは、身体に悪いからだ」という意見に終始しがちですが、実はそれだけではない。もっと広く深い視野で考えると、そこには「自由権」と「政府の管理」という要素が根底にあります。つまり、人間はみんな自由権を持っているけれども、どこまでその権利を許して、どこから政府の介入でストップすべきかを考えなければいけないのです。とくに西洋などの国では、根底に流れている思想やロジックが、議論する上で欠かせません。それを知ってほしいのです。

お金に関する論題では、生徒の知的好奇心を刺激し、アカデミックな楽しさを提供したいからです。難しい論題ではありますが、論点を少し与えるだけで、生徒は意外にどんどん議論を進めてくれます。生徒を子ども扱いしないことが大切だと改めて感じる瞬間でもあり、私自身も授業を楽しんでいます。

あとは、私が一番シビアに見ているのが、生徒が英語を話す時間です。今までの経験から、高校3年間でトータル100時間英語を話す時間を確保できれば、レベルがぐっと上がるということがわかりました。そのため、先ほども申し上げた通り、50分の授業中ほとんどの時間を英語を話す時間にするようにしています。

実技中心の英語授業をもっと増やしたい

――ディベート授業の成果を教えてください

(浜野)まずわかりやすい成果だと、2017年から2024年の間に、生徒のGTEC総合スコアが約1割向上しました。正直この結果にほっとしましたね。なぜかというと、周囲から「教科書を使わない授業を1週間に1時間も行って学力的ロスにならないか」という不安の声があったからです。教科書を使った座学的な授業を1時間潰してでも、実践的な授業を行った方が、英語力は向上することを証明できたのではないかと感じています。

肌感覚の成果だと、自信を持って英語で積極的に話す生徒が増えたと感じています。本校は高校2年生の11月にシンガポール修学旅行があり、現地の高校生や大学生との交流の機会があるんです。そこで、臆せず話す姿を見てディベートの授業で話すことに慣れた成果だと感じました。

また、授業中積極的に手を挙げて話す生徒も増えました。ライティングの内容も、個人の感想に留まらず、社会問題についてメリット・デメリットを論じるなど、実際に使える知識のレベルアップにも貢献できていると感じています。

――今後の展望をお聞かせください

(浜野)10年後にあるべき英語教育に向けての取り組みをすべきだと思っています。今やAIや翻訳ツールが普及し、書く・訳すといったスキルは不要になりつつあります。そんな時代で求められるのは、対面でのコミュニケーション能力や交渉力といった「ヒューマンスキル」です。そのため、英語教育は大幅に実技にシフトすべきです。そんなときに活用できるのがディベートです。コミュニケーション能力が伸びるのはもちろん、知識も養うことができゲーム性もある。生徒が楽しく学べ、教員の負担も少なくできる万能な英語学習ツールだと思います。

教員の負担が少なく実践できるといっても、何の経験もない状態から授業を構築していくのは難しいと思います。そんなときは、どうか私に聞いてください。長年教員をやってきて、気づいたことがあるんです。それは「答えはベテラン教員が持っていることが多い」ということ。私も若手のときは散々一人で悩んでモヤモヤしましたが、ベテラン教員の方に教えを乞うと悩んでいた時間がもったいなく感じるくらいに、すぐに適切な答えをくれます。今や私も教員歴が長くなったので、みなさんにディベートの授業を行う上でのノウハウは提供できると思っています。いつでも授業を見学に来ていただいてもいいですし、お話もできるので、ぜひ悩む前にお声がけくださいね。

(取材・構成・記事作成:大久保さやか)

 
 
 

この記事を書いた人

国際教育ナビ編集部

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