【内容×言語で効果倍増!】CLIL実践のヒント
最終更新日:2024年2月27日
英語力とともに思考力や異文化理解を深める学習法として、CLIL(Content and Language Integrated Learning)が近年注目を集めています。実践する教員も増えている中、学校のカリキュラムとして取り組んでいるのが、横浜女学院中学校高等学校。今回は、同校の英語科主任である鯉渕健太郎先生に、CLIL授業の設計や実践についてお話を伺いました。
横浜女学院のCLIL実践
———CLILは、日本では「クリル」あるいは「内容言語統合型学習」として定着しつつあるようですが、どのような学習法なのでしょうか?
(鯉渕)CLILは、教科学習と英語学習を組み合わせた授業にすることで、教科の内容と英語両方を相乗効果で習得する学習法です。単なるオールイングリッシュの授業ではなく、他教科や世界の問題について深く考え、クラスメートと協働しながら学んでいきます。本校では授業名をCLILとしてカリキュラムの中でCLILを実践しています。
———現在CLIL授業はどのように運用されているのですか?
(鯉渕)本校には、「国際教養クラス」と「アカデミークラス」の2つのコースがあり、CLILは主に国際教養クラスの中3・高1・高2生を対象に、65分週2コマで実施しています。基本的に学期に1つ大きなテーマを掲げて学びます。よりオーセンティックな学びにするため、修学旅行など学校行事と関連させることも多いです。英語で関連知識を学ぶことで、行事の学びも深まっていきます。そのため、CLILの教材は全てオリジナルで作成しています。
例えば中3では毎年、ニュージーランドの海外研修を実施していて、CLILの授業では事前事後学習としてニュージーランド関連のトピックについて英語で学びます。ニュージーランドは環境保全先進国でもあり、国鳥のキウィを始めとした生物多様性の保護や、マオリ族との多文化共生に関してなど、日本が学ぶべき点も多いです。そのため、中3ではBiodiversity(生物多様性)、Multiculturalism(多文化共生) 、Environmental Issues(環境問題)などについて英語でじっくりと学びます。こうして事前に英語で学んでおくことで、現地校で交流をした際にも知識や経験が生きてくるのです。
高1ではジェンダー、多言語主義などについて扱っています。今の日本が抱えるジェンダー平等の課題やステレオタイプ、LGBTQなど性の多様性についても学習します。一般的にジェンダーはセンシティブなトピックのため学校ではあまり取り上げられません。しかし国際社会では常識と言ってもよいトピックなので、アメリカ人の女性教員とティームティーチングで教えています。むしろ、英語で扱うからこそ意義のあるトピックかもしれません。こういったテーマの根底にある共通概念は、ダイバーシティ(多様性)です。生物も多様性があることによって生態系が守られていることは、理科で学びますよね。文化もジェンダーも言語も一般に考え方は同じで、多様性があった方が、組織や社会も強くなると言われます。しかし、こういった考えをただ単に受け入れるのではなく、授業では様々なディスカッションやエッセイを通して、テーマに対して常に批判的に考えるように促しています。
高2では1学期に、広島への修学旅行に関連させて世界平和について英語で学習します。2学期は、幸福学、またはポジティブ心理学とも呼ばれる分野をベースに、人間の幸福について探究的に学びます。幸福の土台には平和があり、テーマも1学期と連動するようにデザインしています。3学期は、英語でキャリア教育を行います。大学受験のための進路指導とは違い、もっと俯瞰的にAIや人生100年時代におけるこれからのキャリアのあり方、そして幸福な生き方について考える少し哲学的な授業です。最後に行う自分語りのスピーチは、日本語よりむしろ英語の方が心理的距離があるおかげでやりやすいと感じる生徒もいるようです。
(編集部注:取材に伺った当日は「なぜアメリカ人と日本人は原爆投下に対する歴史認識が違うのか」をテーマに、2国の教科書を読み比べるCLIL授業が行われました。例えば、沖縄地上戦に関して、あるアメリカの教科書ではアメリカ人の死者数のみが記載され、日本人が16万5千人亡くなったことには触れられていませんでした。)
CLIL授業設計の肝はテーマ設定
———CLILを扱う教科書もあるようですが、なぜオリジナル教材でされるのですか?
(鯉渕)検定教科書の内容を膨らませて扱うこともありますが、単発的にいろいろなトピックを学ぶよりも、ストーリーのある学びを学期に1本というスタイルの方がより深く学べると思っています。また、学校としてオリジナルのカリキュラムを組むにあたって国際教養クラスにふさわしい、国際教養と呼べるようなトピックを取り揃えています。
———指導する上で工夫されていることはございますか?
(鯉渕)CLILでは発問をつなげて批判的思考力を高めるような工夫を凝らしています。例えば、今回の日本とアメリカの歴史教科書を読み比べる授業の場合でお話ししますね。まず、対象が京都広島の修学旅行に行く高2の生徒だったので、最初は修学旅行で何が楽しみか英語で話す活動から始めました。その後、原爆ドームの話題などが出た後、BBCの短いドキュメンタリーと日米で原爆投下に対しての歴史認識が大きく異なるという統計を見せました。そして、「なぜ日米で原爆投下に対する歴史認識が異なるのか」という大きな発問につなげています。今回の授業では歴史教科書に焦点を当てて、比較することで歴史観の違いを学んでいきました。なお、今回比較に使用した日本の教科書では、原爆投下の理由を「戦争の早期終結と戦後のソ連との対立で優位に立つため」と記述していました。一方、アメリカの教科書では「アメリカ人の命を救うため」と書いてあるなど違いが際立ちました。世界平和を築くには、このような歴史認識の違いが生まれる背景を理解することが重要だと私は考えます。こうした授業をアメリカ人の教員とティームティーチングで教えることで、生徒の複眼的な思考力が育成されていきます。
もちろん、英語の授業でもあるので、英語に関してのフォローは必須です。授業はできる限り分かりやすい英語で行い、適宜語彙や文法のフォローも行っています。特にCLILでは、インプットとアウトプットのバランスも大事です。読んだ記事に関してペアでリテリングをしたり、意見を交換したりするなど必ずインプットからアウトプットにつなげるように意識しています。
———CLILを導入したい学校様へ、何かヒントや注意事項はございますか?
(鯉渕)内容が面白いか、関連性を持てるかが重要です。英語で取り組む分、内容が面白くないと苦痛がダブルパンチできついと、以前エネルギー問題について扱ったときに感じました。私の指導力不足もありますが、内容が生徒たちの興味関心を引き付けるものでないとCLILは難しいです。逆に、内容が面白いと、生徒たちも「内容をもっと知りたい」「英語で読みたい」と感じるようになり、2倍・3倍に授業が面白くなっていくのがCLILの魅力ですね。生徒たちが興味を持ちやすい内容にすること、そして何より教えている教員自身が楽しめるトピックを扱うのが大事だと感じます。
よくCLILの準備は大変だと言われますが、一方でそれほど肩肘を張らなくてもできる面もあります。例えば今回の原爆CLILは、2~3コマで完結する作りです。高3でも問題演習ばかりでは面白くないからと、単発でCLILを実践している教員もいます。本来、それでいいと思うんですよね。1つのテーマをじっくり深めるスタイルもよいですが、「今日はハロウィンだからハロウィンについて英語で学んでみよう」みたいなレベルでどんどんやっていいと思います。英語は豊かな内容と文脈の中で使いながら学ぶと、生きたことばとして吸収されていきます。
———保護者や生徒からの定量的、定性的な手応えは何かございましたか?
(鯉渕)英検の取得率などは全体的に上がって手応えも感じてきています。また、CLILに影響を受けて英語に目覚めた生徒もいたりします。ある生徒は中学から英語を学び始めましたが、CLILを受けて高1の夏には英検準1級を取得し、高2でニュージーランドにターム留学しました。現在はそういった生徒たちが自主的にCLILの授業で学んだトピックについて英語で後輩に教える、“Learning by Teaching” というイベントも毎学期実施したりしています。
———まさに主体的な学びですね!今後の展望はどのようにお考えですか?
(鯉渕)教材や教員研修をもっと充実させ、CLIL的な学びを英語科のみならず学校全体に普及していきたいです。他教科の教員とのコラボ授業ももっと増やしていきたいです。また、日本全体でもっと多くの先生方にCLILを試してもらいたいと思っています。今後もCLIL的な学びが広がる活動を続けていきたいですね。
取材・構成:小泉 純/記事作成:松本 亜紀