高1対象「全員必修」かつ「選択制」の海外研修 100%の満足も、即効性ある成果も目指さない、真の教育を求めて

最終更新日:2026年6月8日

全員を満足させなければ――。すぐに目に見える成果を出さなければ――。

学年行事や海外研修といった大規模なプログラムを担う際、このようなプレッシャーを感じる先生方もいらっしゃるのではないでしょうか。

湘南白百合学園が実践しているのは、「入り口は必修、中身は選択」という独自の海外・国内研修です。一見、華やかな成功事例に見えますが、その出発点は「全員満足は目指さない」という潔い割り切りでした。生徒が感じる落胆や不便をも、学びの種として肯定したい。湘南白百合学園が追求する真の教育とは?

「実は、教員はなりたくない職業No.1だった」と語るのは、同校の国際教育を牽引する伊海 真美先生。挫折や葛藤の経験さえも力に変えた、試行錯誤のプロセスを辿ります。

中1から高1まで、学年行事としての国際教育プログラム

2022年度から段階的に開始した新しいプログラムでは、中1から高1までの4学年にわたり、各学年の習熟度に応じた機会を必修として提供しています。

「100%の満足」よりも「ベターな落とし所」を必死に探る

――4学年にわたる必修の国際教育プログラムは、大きな舵切りであったと思います。どのような背景があったのでしょうか。

(伊海)本校の国際教育プログラムは、もともとは他校さんと比べると決して活発ではありませんでした。当時の校長が「もっと骨太にしたい」という想いをお持ちで、とくに強くこだわっていらしたのが、それまでにはなかった全員参加のプログラムを作ることだったのです。

――とくに高1の海外・国内研修は、必修でありながら選択制であり、なかなか前例のない取り組みですね。

(伊海)最初は「無理よね」と消極的でした。しかし、「他でやっていないことをやってみたい」という思いから、やる意義があると考え直しました。私が国際教育委員長に就任したのが2020年。ちょうどコロナ禍で海外渡航がストップした時期でした。この期間にしっかりと力を蓄え、コロナが明けた時に「湘南白百合学園はパワーアップして帰ってきた」というポジティブな印象を、在校生にもこれから入学してくる未来の生徒にも与えたかった。ある意味、シビアな学校経営戦略でもあります。

――前例のない取り組みとなると、指揮する際の苦労も多かったのではないでしょうか。

(伊海)学内には多様な意見や懸念があって当然です。さまざまな考えに誠実に耳を傾け、しっかり意見交換をし、時にはあえて一歩引いて受け入れる謙虚さも大切にしつつ、私なりのやり方で、泥臭く信頼関係を積み重ねてきたつもりです(笑)。

一方で、「校長や学校が描いた大きな想いを、現場に落とし込む役割を担うことが私の仕事である」とある意味割り切っていました。つまり、関係者とたくさん話をし、それをまとめ、いかに具現化するかに集中しました。自分の主観だけで進めるのではなく、「学校の目指す姿からブレない」と考えていたからこそ、過度に気負わずに進められたような気がします。

――「全員必修」となると、生徒全員を満足させなければというプレッシャーはありませんか。 

(伊海)もちろん、生徒全員の心に刺さるベストな研修を作れたらよいですが、それは限りなく不可能に近い。完璧なものは逆につまらない。レジャーではなく研修ですから、思い通りにいかない不便や、期待外れの落胆があってもいい。むしろ、そこで抱いた違和感や「ままならなさ」さえも、生徒にとって、その先の人生を豊かにする糧になるはずです。

全員にとってのベストを目指そうとすると動けなくなりますが、「ベターな落とし所」を必死に探る。そう割り切ることで、続けていられるように思います。

選択制は「誰一人取りこぼさない」というメッセージ

――各プログラムの概要を教えてください。

(伊海)サンディエゴ研修では、ホームステイをしながら、High Tech High*の現役教員が講師を務める問題解決型の授業に取り組みます。世界大国の1つであるアメリカの熱量を体感しながら、高度な英語発信力の養成を目指します。

マルタ共和国研修では、語学学校に通い、他国からの留学生とともに授業やアクティビティに参加。カトリック信仰の根付く国の歴史やヨーロッパの街並みから学びを得ると同時に、留学生との関わりやホームステイを通じて異文化を体感します。

国内研修は「グローカルフィールドワーク」と題し、学校周辺の湘南・鎌倉エリアを舞台に、SDGsにまつわる環境課題の解決に挑みます。外国人講師とともに街へ出て実地調査を行い、見つけた課題の解決策を議論・発表。最終的には地元の自治体への提案・協働を目指す、地域貢献に根ざした実践的な内容です。

いずれも夏休み中に実施し、海外渡航を伴うものは10日間程度、国内研修は4日間程度です。

*High Tech Highとは…サンディエゴにある公立のチャータースクール。PBL(Project Based Learning)の先駆的な実践校として、その質の高い教育が世界から注目されている。

――中でも国内研修は、2024年度の開始当初と比べ、現在の生徒の特性により合わせた内容へとブラッシュアップされたそうですね。

(伊海) 当初はコロナ禍の影響もあり、オンライン研修という選択肢も設けていました。しかし、日頃からICT教育の中でデジタルに慣れ親しんでいる生徒たちの様子を見るうちに、彼女たちに今必要なのは、より五感を刺激するリアルな体験ではないかと思い至りました。そこで現在は、あえてアナログなフィールドワークという形にデザインし直しています。

――2026年度からは、選択肢に台湾とスリランカが加わるとのこと。とくにスリランカは斬新ですね。

(伊海)きっかけは、現校長の「アジア圏のプログラムを作る」という意向です。従来の「英語圏・座学中心」という枠組みを超えて国際教育をさらに骨太にしたいというねらいと、加速する円安の中で費用面でも参加しやすい選択肢を確保したいという現実的な視点が重なっています。アジア圏の中でもさまざまな国を検討した結果、最終的には「他校にない挑戦を」という想いから、関東圏の学校としては初派遣となるスリランカに決めました。

――具体的な内容を教えてください。

(伊海)研修の最大のねらいは、開発途上国に見られる「光と影」を肌で感じることです。滞在方法は、5つ星ホテル・ローカルホテル・ホームステイの3種類を体験。都会の名門女子校との交流から、窓も壁もないローカルな学校や孤児院まで、多様な環境での交流を予定しています。視察に行った際、どこに行っても現地の皆さんが非常に好意的に迎えてくださったのですよね。スリランカと日本の歴史的なつながりや、両国が築いてきた友好関係を学ぶ機会にもなると期待しています。

実は、このスリランカ研修が最も人気で、1学年178名のうち51名が参加する予定です。

――とくに海外研修においては、求められる安全性の基準がより高くなってきているように思います。どのように対応されていますか。

(伊海)学校行事である以上は、「安全であること」が大前提です。そのため、すべての研修先には、責任者である私が必ず事前に足を運び、現地の様子を直接確かめるようにしています。

具体的には、生徒が実際に食べるもの、泊まる場所、移動するルートの一つひとつを自分の目で確認し、求める安全基準に達するまで調整します。また、お世話になる業者さんが適切なライセンスを持っているかを確認し、契約を交わして責任の所在を明らかにするなど、リスク管理も徹底しているのです。

――なぜそこまでして、複数の選択肢を用意するのでしょうか。

(伊海)これは、「誰一人取りこぼさない」という本校の強い意志の表れでもあるのです。5つの選択肢があれば、その中の1つは各生徒の興味に合うもの、あるいは無理なく参加できるものが、きっと見つかるはずだと考えています。

そして、自分で選んだからこそ、自覚も責任感もぐっと増す。選択肢を用意することで、生徒たちが自律して歩き出すための入り口を手渡したいと考えています。

成果は「20年後」でもいい。海外研修の効果は「遅効性」

――選択制の海外・国内研修を実施して以降、各研修に対する希望者数は過度に偏り過ぎることなく分散しているとのこと。さまざまある生徒のニーズが満たされている結果だと思います。生徒に響く研修を作るために、どのようなリサーチをされているのでしょうか。

(伊海)特別なリサーチというより、日々の生徒との対話を何よりも大切にしています。私は教員ではありますが、それ以前に一人の人間として生徒と向き合いたい。だから生徒には、「私には話してはいけない話題はないんだよ」といつも伝えています。

学業のことに限らず、趣味の話でも、人間関係の悩みでも。生徒にとって「この人なら何を話しても大丈夫だ、プライバシーも守ってくれる」と安心できる存在でありたい。そうした信頼関係から生まれる「たわいもない雑談」の中にこそ、彼女たちの本当のニーズが隠れている気がするのです。

よく「教員らしくない」と言われます。あえて壁を作らない生徒との向き合い方に、賛否両論があるのは重々承知です。けれど、「そういった教員がひとりくらいいてもいいよね」と思っています(笑)。

――国際教育を担当する先生方の中には、とくに海外研修は「参加して終わりで、一過性のようになってしまう」という悩みがあると聞きます。

(伊海)確かにお金と時間という尺度で捉えると、海外研修は突出して労力がかかりますよね。しかし私は、そこで差別化するつもりはありません。2日しかない文化祭や1日しかない音楽コンクール、なんなら普段の授業と位置づけとしては同じだと捉えています。つまり、海外研修はあくまでもさまざまな活動の中の1つであり、それをしっかりと経験した。おかずに例えるならば、ちゃんと食べて身体の栄養となり、時間をかけて血肉となっていくはずなのです。

ふと気づけばアメリカのニュースが気になっていたり、マルタで食べたごはんの味が思い出されたり、なんとなく国際系の学部に進学したいと考えるようになったり。研修の話をしなくなったからといって、経験が消えたりなくなったりするわけではありません。その後も続いていく日常の中で、じわじわと浸透しているのですよね。

――即効性ある成果は求めなくてよいということでしょうか。

(伊海)そうですね。海外研修の効果は「遅効性」と考えるようにしています。学校として、海外研修という種蒔きをした。栄養と水も忘れずに与えている。その種をどう育むかは生徒それぞれですし、花が咲くのは1年後、5年後、あるいは20年後かもしれません。いつか芽が出て必ず開花すると信じて、生徒がそれぞれの人生を一生懸命に生きてくれたら十分。教育ってこういうことかな、と最近は感じています。

学校が苦手だった、かつての「私」を救うように

――そもそも伊海先生はどのような想いで、教育の道を歩み始めたのでしょうか。

(伊海)実は、教員はなりたくない職業No.1でした。中高時代の私は、ハッピーな生徒ではありませんでした。当時はひねくれていて、嫌なことがあると環境や周りの大人のせいにして、学校に対してネガティブな感情を抱いていた時期が長かったのです。卒業後はアメリカの大学に進学し、そのまま現地就職するつもりでしたが、9.11の混乱で不本意ながら帰国することに。

――そこから、どのようにして教員の道へ?

(伊海)私の帰国を聞きつけた、中学時代の私を知る母校の校長が、なぜか「うちで働かない?」と声をかけてくださったのです。やんちゃだった私を、「挫折や悩みを経験しているあなただからこそ、困っている生徒の痛みや不安がわかるはず。そういう先生がほしいの」と評価してくださった。決して立派な教育論を持っていたわけではなく、ただ「私のように立ち止まっている生徒の力になりたい」。既存の教員像とは少し異なるスタート地点こそが、私の原点なのです。

――その原点こそが、全員に平等に学びの種を蒔く海外研修の在り方につながっているようです。

(伊海)最初から自信のある生徒だけが扉を叩く「希望制」では、かつての私のような生徒は一生扉を開けないかもしれない。だから、学校が「必修」という形で扉を置いておく。そこまでは学校の使命であると考えています。

平等に手渡された機会の先で、何を掴み、どう成長していくかは100%生徒次第。彼女たちの人生は、決して私たち教員が作るものではありませんから。私たちはただ、生徒が自律して歩き出すための選択肢を十分に準備して用意し、信じて待つ。それが、学校として、一教員としての誠意だと思っています。


取材・編集:小林 慧子/構成・記事作成:早田 愛

関連記事

泉澤 誠先生/私立武蔵野中学高等学校
「教室」と「世界」をどうつなぐか。生徒の没頭(エンゲージメント)を生む授業と海外研修の相乗効果

曽武川 道子先生/明治学院中学校・明治学院東村山高等学校
再構築した「選べる海外研修」――多様な学びと明確基準で安全と意欲を両立

押尾 聡先生/藤嶺学園藤沢中学校・高等学校
海外校との相互交流で学校全体を国際教育の場に 異文化を受け入れ、日本の良さを再認識する海外研修プログラム

北村 洋先生/専修大学松戸中学校・高等学校
将来を考えるきっかけに―“楽しかった”で終わらせない海外修学旅行で視野を広げる方法とは

濵口 真那先生/芝浦工業大学柏中学高等学校
国際感覚を身に付けるきっかけに。海外研修で異文化を体験し、多様な価値観を育む

杉田 竜之介先生/日本大学豊山女子高等学校・中学校
中学1年生から参加できる海外研修の意義 自分事化を促し、自立につなげる工夫とは?

林 大輔先生/麗澤中学・高等学校
学年全員参加型の海外研修で実践する英語+αの学び 麗澤が大切にする「心の教育」とは

石井 道子先生/青山学院大学系属浦和ルーテル学院中学校・高等学校
現地と直接つくるアメリカ研修――信仰と英語を「生きた体験」に

山﨑 優美子先生/須磨学園高等学校・中学校
英語コミュニケーションの授業を「知識」から「思考」へ 授業用冊子と海外研修で深まる学び

山本 永年先生/市川中学校・市川高等学校
村田 祐子先生/鷗友学園女子中学高等学校
岡田 英雅先生/巣鴨中学校・高等学校
グローバル教育担当者必見!研修旅行だけじゃない。学校独自の国際教育 トップ校の実践例

英語教材を探す

  • Repeatalk 詳しくはこちら
  • Twitter
  • Facebook

お知らせ

レビュー募集

国際教育ナビでは、教材レビューを投稿したい方を募集しています。お気軽にお申し込みください。編集部員よりオンライン取材させていただきます。