知識の限界を超える英語力向上術―AI時代の今こそ辞書の活用を!
最終更新日:2026年5月20日
ここ数年で、私たちの想像をはるかに上回ってきた生成AIの進化。教育現場でも、生成AIは積極的に活用されています。自身の英作文を添削してくれたり、AIと英会話ができたりと便利な一方で、宿題をAIに丸投げし、そのまま提出するなどの問題に頭を悩ます先生方も多いのではないでしょうか? 大阪星光学院中学校・高等学校の石原 健志先生は、そんな時代だからこそ紙の辞書の活用を勧めています。そして2026年1月「辞書で身につく本当の英語力」(大修館書店)を上梓されました。なぜ今、紙の辞書なのか? ただ訳語を調べるためのツールではないのか? ―そこには石原先生の原体験やAIの限界、「連合学習」の理論に基づく記憶の定着向上など、さまざまな想いが込められていました。
AIの落とし穴「自分が知らないことは質問できない」
――AI時代である現代において、なぜ紙の辞書で本当の英語力が身につくと考えたのでしょうか?
(石原)そもそも前提として、「AIが悪い、紙の辞書が正義だ」という二項対立ではなく、使う場面やレベルに応じて紙辞書、電子辞書、AIを使い分けるべきだと思っています。たとえば、その場限りで単語をさっと調べるのは、電子辞書やAIのほうが適しています。しかし、記憶の定着、その単語が持つ別の意味や品詞・用法を知るなどの「学習」という行為に対しては、絶対的に紙の辞書が適しているのです。
AIは博士課程並の知識で質問に対する回答をくれますが、人間側は「自分がわからない範囲」については質問できないので、結局堂々巡りになってしまいます。でも、紙の辞書は先人である英語の達人たちが「これを知っとけ!」という勘どころを凝縮してあらかじめ記してくれているため、自分の知識の限界を超え、拡張できるんです。
――紙の辞書の活用は授業で行われていますか?
(石原)そうですね、生徒が使い慣れていないうちは授業で一緒に辞書を引いていました。授業の予習として、昔ながらの「知らない単語を全部調べてきなさい」は絶対にしません。なぜなら、現代ではAIを使うでしょうし、私の中高時代は教科書ガイドの答えを写してしまう生徒が多かったからです。また、先ほどのAIの限界と同じで、生徒は教科書で使われている単語の意味だけ拾えればいいので、わざわざ調べたところで、結局目につくのは該当する語義だけなんです。それじゃ意味がない。
そんな経験をすると、「何で教科書に載ってる単語の意味一つ調べるのにわざわざこんなことせなあかんねん。紙の辞書ってめんどくさいなあ」となってしまいます。確かに訳語を調べるだけならかなりコスパが悪いですよね。指導者の中にも同様のことを思っている方がいると思うのですが、「それじゃあかんで」と言いたいです。先ほども言ったように、紙の辞書での学習は教科書に載っていない内容を知ることが真髄だからです。

先生が制作に携わった「ベーシックジーニアス英和辞典 第3版」の
「単語ボード」。ユーモアのある絵は読者にインパクトを残し記憶の定着を図るねらいがある。
出典:ベーシックジーニアス英和辞典 第3版(大修館書店)
「1日1単語の画面投影」でもいいから辞書を使い続ける
――「紙の辞書の指導」と言うと難しいように思えてしまいますが、実際にどのような指導を行えばいいでしょうか?
(石原)スモールステップでいいんです。まずは、一単語でもいいので、辞書のページを毎時間黒板に投影してみてください。単語は新出単語でも、 “many” など既に知っているつもりの単語でも何でも構いません。そして、一緒に辞書の紙面を見ていき、「どう見たら良いか」「辞書の情報をどう役立てたら良いか」を解説します。生徒たちにとっては、自分の手元のものと同じページが投影されていて同じことをすればいいので、非常にわかりやすいですよね。これはスポーツと同じだと思っています。たとえばスキーなら、まず手本を見て、先生の動きを真似するうちに自然とできるようになりますよね。
生徒に辞書を使わせ続けるポイントは、教員も一緒に使い続けること。たとえ教員も使い方がわからなくても、一緒に使い方を学んでいけばいいんです。
――さらに具体的な指導方法は先生のご著書で解説されているのですよね?
(石原)はい、おっしゃる通りです。これ宣伝になってしまいますね(笑)。投影以外の指導方法や、ワークシートもついていますので、授業のヒントを得てもらえたら嬉しいです。
ただ、辞書についてのセミナーなどで「他の先生から『今さら紙の辞書なんて買わせる必要はない』と否定されることがある」というご相談を受けることが多いんです。その際は、「小さい取り組みから始めてみてください」とお答えしています。生徒が紙の辞書を持っていなくても、たとえば自分の辞書を黒板に投影してみる方法があります。あるいは辞書の活用を呼びかけ、まずは購入した生徒と一緒に使ってみるのもよいでしょう。そこで多くの生徒が「使いたい」「辞書を使って英語が以前よりできるようになった」となれば他の先生を説得しやすくなります。
連合学習が記憶を定着させる
――自分の知識を拡張できることのほかに、紙の辞書にはどのような利点がありますか?
(石原)記憶の定着に効果があります。紙の辞書を引くとき、私たちはページをめくったり、指で紙面をなぞったり、辞書の厚みから単語の場所を予測したりしますよね。人間の思考や記憶は頭の中だけで完結するのではなく、こうした体の動きや感覚、つまり「身体性」と深く結びついています。さらに、紙の辞書は「〇ページの真ん中あたり」という絶対的な位置が変わることがありません。この位置情報や手触り、書き込みといった「体験」が「内容」と結びついて記憶に残る仕組みを「連合学習」と呼びます。スクロールによって表示位置が毎回変わってしまう電子媒体では、この連合学習が働きにくいのです。東京大学で言語脳科学を研究されている酒井邦嘉先生も、複数の情報を結びつけて覚えることで記憶が確かなものになるとおっしゃっています。※
※「紙が育む記憶力・脳の創造性」東京大学大学院総合文化研究科教授 酒井邦嘉氏
「シャワー浴びていいよ」って英語で何て言う?
――先生が辞書の重要性に気づいたきっかけは何かありましたか?
(石原)中学校2年生の時の原体験が大きいです。当時、カリフォルニアから留学生がやってきて、僕が所属していた水泳部に入ってきました。プールに入る前に「シャワー浴びていいよ」と言いたかったのですが、それが英語で言えなかったんです。教科書に載っていなかったからです。「どうやって言えばいいのかな」と悩んでいた時に、英語の先生に「 “can” を辞書で引いてごらん」と言われました。教科書には、「〜することができる」しか載っていなかったのですが、辞書を引いたら「〜してよい」と許可を表す意味も載っていました。「そうか、これを使ったらいいんだ!」と感動に近いものを味わいました。

―― 教科書にはない意味を、辞書を通して自ら発見されたのですね
(石原)中学生や高校生って、教科書の範囲をやっているに過ぎないんですよね。でも、教科書の範囲しかわからないと、「使える英語」にはたどり着かない。自分で疑問に思ったり「知りたい」と思ったりして調べることが大切だし、それこそが「学習」なんだと心底感じた出来事でした。
「一生、他人から借りたおもしろフレーズだけで生きていくんか」
――情報の取捨選択が必要になるので、辞書を使いこなすのはハードルが高いと思っていましたが、先生のお話を聞いているとそうではなさそうですね
(石原)全く逆で、辞書を使って初めてその「選び取る力」が育つんです。「正しい意味を見つけることが正解」ではなく、情報が見つからないことも、大切な体験の一つです。
AIを使えば効率的に正解にはたどり着けますが、聞けば高い確率で正しい答えが返ってくるものばかりに囲まれていては、「もっと知りたい」と学習意欲が掻き立てられるはずがありません。自分が言いたいことを英語でどう言うかをAIに聞いて、どれだけ精密で美しい英文を提示してくれたとしても、それは自分の言葉ではないですよね。昔のインタビューでも言いましたが、「一生、他人から借りたおもしろフレーズだけで生きていくんか!(笑)」と聞きたくなります。
――単語一つひとつを、生徒自身の言葉にしてほしい、と。
(石原)そうなんです。紙の辞書は、継続的に使うことで、世界に一つしかないオーダーメイドの学習記録になります。単語を引くのって、一回きりのことは少ないですよね。何回も同じ単語を引いて、そのたびに線を引いたり書き込んだりする。そうやってページに残された痕跡を見ることで、「これ前も見たやん!」「ああ、またこの単語か」と過去の自分と対峙できます。自分と向き合い、その単語を自分のものにしていくことが、真の「勉強」であり、紙の辞書でしかできない体験だと思うんです。
辞書の「作り手」と「現場」の架け橋になりたい

辞書で身につく本当の英語力(大修館書店)
――紙の辞書に対する想いを伺ってきましたが、今回「辞書で身につく本当の英語力」を執筆されたのは、その想いを伝えたかったからでしょうか?
(石原)そうですね、その想いから「辞書の価値を問い直したい」と思ったのは理由の一つです。
実はあと一つ理由がありまして、それは「辞書の作り手とユーザーの架け橋となりたい」と思ったことです。以前、辞書を作るお手伝いをさせていただいた際、作り手たちの言葉に対する熱量に驚きました。彼らは、「『日本食』と『和食』の違いは何か」について1時間ほど平気で話していたんです。ユーザーがそこまで一つの言葉に対して深く考えることは稀ですよね。
逆に、作り手は辞書を完成させることに全力を注いでおり、現場で「どう使われるか」までは考えていないのもまた事実です。
だからこそ、辞書に対して想いを持ち、実際に現場で活用している私が、作り手とユーザーの架け橋となり、溝を少しでも埋めたいと思い、今回の執筆に至りました。「わからない単語を調べる」以外に、どのような場面で活用できるかを解説しています。ぜひ本書を手に取っていただき、できることからスモールステップで実践していただけたら嬉しいです。
関連情報
書籍情報:辞書で身につく本当の英語力(大修館書店) 石原健志 著
新著情報:英文法のテオリア 英文法で迫る英語の世界(Z会)石原健志 著 2026/3/2発売
辞書を英語学習の相棒に【ラジオ英会話】|NHK出版デジタルマガジン
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