「自分の授業、これでいいのかな」——現職教員が博士課程に挑む理由

最終更新日:2026年6月8日

華やかな他校の成功事例を目にして、「自分には到底無理だ」と感じたことはないでしょうか。目の前の授業や日々の業務に追われる中で、ふと「自分の授業はこれでいいのかな」と迷いを抱える先生も少なくないはずです。

大学時代は英文学専攻で「優等生では決してなかった」と語る中原先生。公立高校の教員として現場に立った際には、「何も教育のことがわからない」「英語力も足りない」と実力不足を痛感したといいます。そこから大学院の門を叩き、教壇に立ちながら「データ駆動型学習(DDL)」について探究されています。理論と実践のギャップに悩み、地道な試行錯誤を繰り返しながらも、なぜ現職教員が研究の道へと進み続けるのか。英語教育に新たな「選択肢」をもたらすための、現在進行形の葛藤と挑戦のプロセスを伺いました。

「現場に還元できる研究を」——データ駆動型学習との出会い

――教員になられた当初の「原体験」と、大学院に進もうと思ったきっかけを教えてください。

(中原)根本的に、自分は英語教員として大した実力がないと思っていたんです。学部生時代は優等生では決してなく、遊びとサークル中心の生活をする、いわゆる「文系大学生」でした。ただ、受験勉強みたいなことは比較的得意だったので採用試験もその延長線上で受かってしまい、教員になってしまいました。いざ最初の赴任校で現場に出てみると、「英語教育のことをよくわからないまま、自分が受けてきた授業を焼き直しているだけだな」と感じたのです。それから、そもそも自分の英語力の不足も痛感しました。

そこで、自分の教え方や英語力を鍛えてもらうつもりで、名古屋大学の「英語高度専門職業人コース」というリカレント教育のプログラムに入ったのが、アカデミアの世界への入り口でした。元々は研究なんて全く考えておらず、現場で使えるスキルの修行のつもりでした。

――当初イメージしていた学びと、実際の大学院での研究にはギャップがありましたか?

(中原)最初は「なんか思ったのと違うぞ」という圧倒的なギャップがありました。英語教授法の話になるかと思ったら、いきなり苦手な統計やRというプログラミング言語の話が始まったからです。

それでも修論を書かなければいけない中で、指導教員と「何がやりたいか」を話していくうちに「データ駆動型学習(DDL)」(※1)に行き着きました。最初は前置詞の習得のために、田中茂範先生らが提唱するような、コアイメージを与える研究などを考えていました。ですが、「イメージを与えるだけではだめで、イメージに自分で行き着くためのインプットが重要なのではないか」という議論になったのです。そうしたら、指導教員の先生が「それって、DDLですよね」と教えてくださいました。その当初、DDLなんて外国語学習法は全く知りませんでした。でも、現場に還元できる面白いテーマだと感じました。純粋な基礎研究だけで終わるのではなく、「現場に還元できる何かがしたい」という自分の思いが指導教員に認められ、そこからようやく理論と実践がつながり、研究が面白く思えるようになっていきました。

修士の卒業式の様子

「一人じゃ無理だ」——博士課程進学を決意するまで

――修論を終えた時は「これでお腹いっぱい」とはならなかったのですか?

(中原)修論を書いている時はいろいろと考えすぎて寝られなかったり、結構辛いことも多かったので、本当にこれでお腹いっぱいで終わりのつもりでした。しかし、提出後の口頭試問で指導教員が「修士論文でここまで面白かったのは久しぶりだ」と褒めてくださり、「私が第二著者に入るから学術論文として投稿しようよ」と声をかけていただいたんです。

そこから教員として働きながらの「延長戦」に入りました。指導教員と1対1で「ああでもない、こうでもない」と議論しながら論文の修正を行い、ようやくアクセプトされたのが約2年後(※2)。その2年間、結果的に指導教員の研究の進め方を間近でひとり占めして「盗み見」できたのです。

そこで先生のやり方を見よう見まねで、日頃の実践の中で考えたことを実証してみるという形で、生成AIを壁打ち相手にしながら自分なりに2本ほど論文を書いてみました。一応査読は通ったものの、やっていく中で「一人じゃこれ以上は無理だな」と痛感しました。なんとか形にはなったものの、先生が入ってくださっていた時のようなクオリティには至らなかったのです。

今の時代は、AIと相談することも可能ですが、それでもやはり人間とは違います。きちんと導いてくれる人間の指導教員が欲しいと強く感じました。また、うちの学校にはとても頼りになる先輩英語教員がたくさんいるので、実践に関しては相談ができます。一方で「研究」について相談できる同僚はさすがに少なく、議論できる研究コミュニティが欲しかったのも大きかったのも大きな理由です。あとは、大学が契約しているジャーナルを読めるのも助かります。結局、やっていて必要になったから博士課程に行くことにしました。ですが、修士の時の指導教員の先生はもう定年でいなくなってしまったのです。名古屋で別の先生に指導をお願いすることも考えたのですが、せっかくなので新しい環境に入ってみようと思い、思い切って筑波大学を受験することにしました。

筑波大学大学院

――教員として働きながらの博士課程。両立のための工夫や、周囲の理解はどうやって得ているのでしょうか?

(中原)修士の最初は公立の「自己啓発等休業」という休職制度を利用しましたが、良くも悪くも公務員の身分が残るのでバイトができず、金銭的には苦しかったです。実家に戻って、公立教員時代にためたお金を切り崩して生活しましたし、奨学金も借りました。結局、途中で今の学校に採用内定をいただたので公立教員を退職しの間は個別指導の塾講師をしながら凌ぎました。

現在は私立の教員として働きながら、空いている時間で研究を続けています。環境に恵まれているおかげもあり、平日は仕事後に論文を読んだり単純作業をこなし、土日を中心にまとまった研究時間に充てられています。

今年度、授業数自体は他の先生方と同じですが、金曜の午後が空くよう配慮して時間割を組んでいただいており、そのタイミングで大学へ通えることも多いです。また、担当する部活(軽音部)の活動は基本的に平日なので土日も研究時間を確保しやすい環境ですし、教えている生徒たちもデータの利用に協力してくれるのでとてもありがたいです。何より、やりたいことはやらないと気が済まない自分の性格を理解した上で「やりたいのならやれば」と背中を押してくれた妻の存在が、一番の支えになっています。

データ駆動型学習を「選択肢」に——研究が目指すもの

――現在は博士課程でどのような研究に取り組まれているのでしょうか。

(中原)修士からテーマは大きく変わらず、DDLをもう少し掘り進めてみようと思っています。DDLの有効性は明らかになってきているものの、その理論的な基盤の弱さが度々指摘されてきました。近頃は「用法基盤モデル」という言語習得理論を用いてDDLの効果を説明する提案がなされており、それを実証していけないかなと考えています。

――この研究テーマにしようと思った理由はありますか?

(中原)シンプルに、DDLというある種の「発見学習」のようなものが純粋に面白いと思っているからです。最近だとGilquin (2021) の論文(※3)に出てくるこんなフレーズが気に入っています。

“Even  more  importantly,  the students seem  to  have  developed inductive  skills,  which  allow  them  to  make  generalisations (e.g.  about  the  construction’s  meaning) and to form patterns, just like someone acquiring their L1. In that sense, DDL is  a  pedagogical method that brings L2 acquisition a little closer to L1 acquisition – although the  two processes will of course always remain distinct from one another.”

つまり、インプットから帰納的にパターンの一般化を行うという点で、DDLは第二言語の習得を第一言語の習得に少し近づける外国語教育の手法ということです。

自分で言語のパターンを発見できるようになることは、要するに「自分で勉強ができるようになる」ことにもつながるように思います。学習者の負担は大きく、必ずしも彼らが発見したことが正しいとは限らないため「万能薬」だとは全く思っていません。しかし、主体的な学びが求められる今の学校教育において、もう少し取り入れられてもいいのではないかとも思っています。

――研究を通じて、教育現場にどのようなメッセージを届けたいですか?

(中原)メッセージというほど大それたものでもないですが、現在DDLが中高では全く主流ではないという現状なので、もう少し先生方の日々の指導の選択肢に入ってもいいのかなとは思っています。現場の先生方は日々の実践の中で手法を確立していくため、その指導法の理論的背景を気にしていない方も多いと思いますし、それが悪いことだとも思ってはいません。経験から得られるものは大きいと思います。とはいえ、全く知らない新しい学習法の場合、そこにデータの裏付けや理論がなければ、急に取り入れるのは怖いと思うんです。その学習法を取り入れなくても困っていない場合は特に。だからこそ、理論的根拠が弱いとされているDDLの論理的背景がもう少し固まって、日本の英語教育の「選択肢」の一つに挙がるようになったら嬉しいなとは考えています。

また、授業の中で実例を出して「どういう傾向が見られるか探してごらん」とやってみると、思ったよりも生徒はきちんと面白いことを見つけてくれます。教員がすべてを教え込むのではなく、「学習者を侮ってはいけない」「思ったよりも彼ら・彼女らはできるぞ」という体感があり、そういった学習者の可能性も伝えていきたいですね。

「これでいいのかな」と感じたら——大学院進学という選択肢

――ご自身の経験を踏まえて、現職の先生方へ大学院進学のアドバイスをお願いします。

(中原)自分のやっている授業に対して、一度でも「これでいいのかな」と疑問を感じたことがある先生であれば、修士課程までは気軽に進学を検討してみてもいいのではないかなと思います。

大学院に入って一度きちんと理論を学び、そこから自分の実践を見直してみた経験は、少なくとも私自身にとってはとても大きな意味がありました。特に教員という専門職においては、何年か現場を経験し「現場感」を持ってから修士に進んだことで、実践と理論が結びつきやすく、より得られるものが大きくなったように思います

博士課程については、最初から「行くぞ」と意気込むと最低5年先まで見通さなければならず難しくなってしまいます。研究者になりたいわけではなく中高の現場に立ち続けたいのであれば、まずは一旦修士まで行って、実践を見直せたら現場に戻ればいいのではないでしょうか。「もう少しやりたいな」と思ったら、そこで改めて博士進学を考えればよい気がします。今はオンラインや近くの国公立大学など、探せば働きながら学べるプログラムも多く存在するので「え、そんなの無理」と最初から諦めてしまうのは少し勿体ないかもしれません。少しでも疑問を感じるなら、まずは近くの大学を調べてみることから一歩を踏み出してみてはいかがでしょうか。大学院説明会で、実際に大学院の先生に相談してみることも有効だと思います。

 

※1 中原先生への取材記事(データ駆動型学習):コーパスを授業で活用!ネイティブが使った言葉の実例に触れ、生徒自身で気付きを得て主体的に、リアルな言語知識を学べる

※2 共著・掲載論文:Generalizing linguistic patterns through data-driven learning: A study of the dative alternation in Japanese learners of English

※3 参考文献: Gilquin (2021) https://onlinelibrary.wiley.com/doi/10.1111/ijal.12317

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