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	<title>教育トーク | 国際教育ナビ</title>
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	<title>教育トーク | 国際教育ナビ</title>
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		<title>通常学級でも考えたい！特別支援の工夫 ～すべての子どもが気持ち良く学べる環境づくりとは～</title>
		<link>https://kknavi.jp/conversation/5093/</link>
		
		<dc:creator><![CDATA[国際教育ナビ編集部]]></dc:creator>
		<pubDate>Fri, 24 Feb 2023 10:00:47 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[教育トーク]]></category>
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					<description><![CDATA[<p>令和4年度の文部科学省の調査によると、小中学校の通常学級に在籍する児童のうち約8.8%は特別な教育的支援を必要とする児童生徒が在籍しているという統計が出ています。医師の診断を受けている児童だけでないことを考えると、現場の…</p>
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										<content:encoded><![CDATA[<p><span style="font-weight: 400;">令和4年度の文部科学省の調査によると、小中学校の通常学級に在籍する児童のうち約8.8%は特別な教育的支援を必要とする児童生徒が在籍しているという統計が出ています。医師の診断を受けている児童だけでないことを考えると、現場の先生方の中には、それ以上に多いと感じておられる方もいるでしょう。</span></p>
<p><span style="font-weight: 400;">児童・生徒たちはどのような支援を求めているのでしょうか。また、教員はどのようなサポートができるのでしょうか。公立の特別支援学校教諭の遠山先生にお話を伺いました。（聞き手：五十嵐 美加）</span></p>
<h2><span style="font-weight: 400;">支援が必要な児童・生徒を補助する「みんながわかりやすい進め方」</span></h2>
<p><span style="font-weight: 400;">（五十嵐）まずは、遠山先生のご経歴をお願いします。</span></p>
<p><span style="font-weight: 400;">（遠山）現在は公立学校の教員です。採用から5年間は小学校の教員として過ごしたのですが、小学校在籍中に放送大学で特別支援の免許を取りました。通常学級と特別支援学級どちらの担任もしました。それからは特別支援学校で教員をしています。</span></p>
<p><span style="font-weight: 400;">現在は、1年間研修の機会をいただき、現場から離れています。特別支援学校の学習評価の考え方についての研修をしていますが、来年度は再度現場に戻る予定です。</span></p>
<p><span style="font-weight: 400;">（五十嵐）特別支援の免許を取ろうと思ったきっかけは何だったのでしょうか。</span></p>
<p><span style="font-weight: 400;">（遠山）通常学級の中にも約6.5%（インタビュー時）は特別な支援の必要な児童生徒がいる*1 と言われています。そのほかにも、特別支援学級に在籍する児童生徒もいます。私が初めて持った学年にも、特別支援学級に在籍する児童がおり、私が担任していたクラスで一緒に学習する時間も設定していました。そこで支援学級への関心が高まりました。2年目から支援学級に異動させていただいて、特別支援学校教諭の免許も取得しました。</span></p>
<p><span style="font-weight: 400;"><a href="https://kknavi.jp/wp/wp-content/uploads/2023/02/BE9C2B03-35EA-4A93-A36B-8223DEEDA308.png"><img loading="lazy" class="alignnone size-full wp-image-5561" src="https://kknavi.jp/wp/wp-content/uploads/2023/02/BE9C2B03-35EA-4A93-A36B-8223DEEDA308.png" alt="" width="425" height="277" /></a></span></p>
<p><span style="font-weight: 400;">（五十嵐）いわゆる普通の免許状しかお持ちでない先生は、大学で特別支援教育という授業は履修していても、専門的なレベルまでは修めていない先生がほとんどだと思います。そういった先生は、特別支援の必要な児童が学級にいるとき、彼らへの理解が追いつかなくて、適切な支援ができているか不安に思っている先生方も多いのではないかと思うんです。</span></p>
<p><span style="font-weight: 400;">そういう先生方に対して、教科指導の面、学級運営の面、友達同士の関わりや集団で生活する際の社会的なつながりの支援など、ご助言いただければと思います。</span></p>
<p><span style="font-weight: 400;">（遠山）例えば教科指導だと、それぞれ児童の実態に合わせて進めるのが必要かと思いますが、ある程度みんながわかりやすい進め方というものはあると思います。</span></p>
<p><span style="font-weight: 400;">たとえば、</span><strong>その日の流れを黒板の隅に書いておくことは効果的です。特に支援の必要な児童は、先の見通しが持てないと不安になってしまうことも多いので、「今日の流れはこんな感じ」と最初に説明するだけでも、取り組み方が変わることもあります。口頭だけだと忘れたり、聞き漏らしたりすることがあるので、最初に黒板の隅に書いておいて、1日、1時間の流れの見通しが持てるだけで落ち着ける子は多いと思います。</strong><span style="font-weight: 400;">最近はこのような工夫も、取り入れているところが多くなってきていると思います。</span></p>
<p><span style="font-weight: 400;">また、ADHDの子や学習障害の児童は、特性上、筆算などをまっすぐ書けないこともあります。また、文章を読んでいるときに次の行に移ろうとしてどこまで読んだかわからなくなったり、文字がたくさんあると他の行が気になったりすることもあります。</span></p>
<p><span style="font-weight: 400;">例えば、算数や数学で筆算が必要な場合は、小学校の低学年が中心になるかと思いまうが、ちゃんと縦に揃えて書けるように、枠を用意しておくなど工夫をしています。国語であれば、教科書の文章を1行ずつ紙で隠していくと今どこを読んでいるかわかりやすくなるので、紙やものさしなどを使って、どこを追えばいいのかわかりやすくするのも一つの方法です。</span></p>
<p><span style="font-weight: 400;">特別支援学級在籍ではないけれども、通常学級の中で困っているような子には、そういう補助をいくつか用意しておいて、必要だったら使うというのも良いと思います。</span></p>
<p><span style="font-weight: 400;">（五十嵐）支援が必要な子への工夫は基本的に全員に対して優しいことなので、取り入れた方が全体の学習効果が高まりますよね。</span></p>
<p><span style="font-weight: 400;">教職課程の学生を見ると、模擬授業や実習前の事前指導で授業の流れを黒板の端に書いてから始めるということを実践しています。普通の生徒でもやることを最初に言っただけでは聞き逃してしまうから、やることを書いておくのはたしかに有効ですし、全国的にもそういう配慮をする先生が増えてきているかもしれません。</span></p>
<h2><span style="font-weight: 400;">苦手を把握し、「代替案」を考えてみる</span></h2>
<p><span style="font-weight: 400;">最近は大学入試などでも、どこを読んでいるかわかりやすいように、補助として定規を持ち込んでも構わないという配慮がなされるようになってきています。遠山先生の頃はこうした特別な配慮はありましたか？</span></p>
<p><span style="font-weight: 400;">（遠山）自分が受験の時は気にしていなかったのでわかりませんが、基本的に必要のないものは持ち込み禁止だったような気がします。</span></p>
<p><span style="font-weight: 400;">（五十嵐）現在は、必要な人は事前に申請すれば持ち込んでもよいという形になっているんです。そういう配慮はとても良い動きですよね。</span></p>
<p><span style="font-weight: 400;">英語で言うと、今はペアワーク、ディスカッション、プレゼンテーションなど、他の教科に比べ他者とのやりとりや人前で話すことをかなり要求される教科になっていますが、そういうのがつらい生徒もいるんじゃないかという気がしています。ペア活動やグループ活動が必須の状況で、配慮もしなければならない場合、両立のために何かアイデアはありますか？</span></p>
<p><a href="https://kknavi.jp/wp/wp-content/uploads/2023/02/pixta_76983691_L.jpg"><img loading="lazy" class="alignnone size-medium wp-image-5213" src="https://kknavi.jp/wp/wp-content/uploads/2023/02/pixta_76983691_L-600x400.jpg" alt="" width="600" height="400" srcset="https://kknavi.jp/wp/wp-content/uploads/2023/02/pixta_76983691_L-600x400.jpg 600w, https://kknavi.jp/wp/wp-content/uploads/2023/02/pixta_76983691_L-1200x800.jpg 1200w, https://kknavi.jp/wp/wp-content/uploads/2023/02/pixta_76983691_L-768x512.jpg 768w, https://kknavi.jp/wp/wp-content/uploads/2023/02/pixta_76983691_L-1536x1024.jpg 1536w" sizes="(max-width: 600px) 100vw, 600px" /></a></p>
<p><span style="font-weight: 400;">（遠山）確かに人とコミュニケーションを取るのが苦手な子はいますね。とはいえ、通常学級の生徒であれば、その後の進路を考えると、人とのディスカッションや発表の機会を作るということは大切だと思います。</span></p>
<p><span style="font-weight: 400;">逆に、</span><strong>支援学級に入級している、例えば自閉症で人との関わりが本当に苦手な児童生徒であれば、気を許せる大人が一対一で聞いて発表の代わりにしたり、本人が了承するなら発表しているところを動画に撮ってみんなの前で流したり、そういう方法もあるのかなと思います。</strong></p>
<p><span style="font-weight: 400;">本当に苦手でできない子に対して、発表をさせるべきなのかという点についても議論になるかと思います。最終的にやらせるという結論になったとしても、代替案を考え、できる方法を模索することは重要だと思います。</span></p>
<p><span style="font-weight: 400;">（五十嵐）いわゆる発達障害や学習障害でなくても、今増えてきているHSC（ハイリー・センシティブ・チャイルド）のように、音などに対して敏感で、友達が泣いていたら自分も同じぐらい悲しくなってしまうような、そういった子も支援の対象になるのでしょうか。</span></p>
<p><span style="font-weight: 400;">（遠山）HSCは定義上、障害とは別だとされていたはずです。なので、HSCだからすぐに支援学級を検討ということにはならないかと思いますが、学校内でそういう特性のある子がいると理解し、配慮することは必要ですよね。支援学級についていうと、刺激に対して敏感な児童生徒も多くいます。特に音であれば、イヤーマフというヘッドフォンのようなものを装着すると周りの音がかなり小さくなるので、全校で集まる行事や、ざわざわする時間にはそれを装着する児童もいました。</span></p>
<p><span style="font-weight: 400;">また、化学繊維に敏感で、劇の衣装などで肌がかゆくなってしまう児童もいます。もちろんそれだけで支援学級の対象になるわけではないので、そこは保護者と担任との間でしっかり情報共有をして、どう配慮するか事前に確認しておくのですが、</span><strong>まずは教員側が「この子はこういう傾向がある」と知らないことには始まりません。傾向がわかれば、その敏感な部分を回避するための対応はとれると思うので、まずは情報共有が大事だと思います。</strong></p>
<h2><span style="font-weight: 400;">いろんな種類の苦手があることを伝える重要性</span></h2>
<p><span style="font-weight: 400;">（五十嵐）友達付き合いの支援や行事など、教科以外の面での支援はどうでしょうか。今はだいぶ理解が進んで、そういう子もいると理解されていると思いますが、学校や地域によっては「変な子だ」というラベルを貼られて、いじめにもつながりかねないと思います。そういった友達付き合いの支援で心がけていることはありますか？</span></p>
<p><span style="font-weight: 400;">（遠山）これまでに子どもたちから「○○さんのこういうところが嫌だ」という相談を受けることもありました。子どもたちにとっては、○○さんは障害があるからと差別的な考えになるのではなく、嫌なことをされたから嫌だと感じる、それだけのことかと思います。その子の特性と行動を分けて考えるのが大事ではないでしょうか。おそらくそれが一番基本なのかなと思います。</span></p>
<p><span style="font-weight: 400;">ただ、「分けて考える」と言っても、その特性があるからこそ出てしまう行動ももちろんあります。子どもたちが「あの子ちょっと変だから嫌だ」とならないように、どう指導すればいいのかとよく考えます。</span></p>
<p><strong>それぞれ1人1人得意不得意があって、運動が苦手な人もいれば、国語が苦手な人もいる。その一つとして、人付き合いやじっとしていることなど、いろんな種類の苦手があるということを伝えるのは大事かなと思います。伝えたところですぐにぜんぶ理解されるわけではありませんが、周りの人から見ると「なんか変だな」と思う行動でも、本人の意図と関係なくその行動が出てしまうことがあるということを、学校できちんと伝えていくことが大事ですよね。</strong></p>
<p><span style="font-weight: 400;">それを前提に、1人1人が活躍できる場面を作るのが大事だと思います。教員側が「この子は診断が出ているからこれはしなくていい」と取り上げてしまうと「この子はできないんだ」という意識を植え付けてしまうかもしれないので、「みんなのためにこういうことをしてくれている」と伝えたり、「このお仕事は〇〇さんお願いね」とお願いしたり。</span></p>
<p><span style="font-weight: 400;">例えば、文字を書くのが得意ではない子でも、何もないところに書くのは苦手だけれども、書いてあるものをなぞるのは得意なら、模造紙の下書きは他のみんなでおこない、上からなぞるところはその子にお願いする。仕事の分担の中で全体が効率良く進めば、「この子がいるおかげで早く進んだ」という共通認識が生まれます。どうすれば得意なことを全体の場に活かせるか、うまく引き出すことが大事だと思います。</span></p>
<h2><span style="font-weight: 400;">特別支援学級で実践されている、教科等を合わせた指導</span></h2>
<p><span style="font-weight: 400;">（五十嵐）現在研修されている、特別支援における学習評価についても教えていただけたらと思います。</span></p>
<p><span style="font-weight: 400;">（遠山）知的障害のある児童生徒への指導方法は、通常学級と異なり、教科を合わせて指導することができます。例えば、国語の手紙を書く学習と、社会の公共施設について学ぶ学習を行うとします。</span><strong>それぞれを別でやるよりも、2つを合わせて、市役所の見学に行って、お礼の手紙を書くという学習にしたほうが、学習が効果的だと考える場合、1つの単元の中に複数の教科を合わせることができます。そういう授業で、どのように学習評価をしていくのかを現在の課題としています。これまで、児童の興味関心に重きを置いてきた学校、教科学習の視点を強く持ってやってきた学校など様々な学校があります。現在は教科の視点が求められているのですが、子どもたちのやる気を引き出すことも大切です。</strong></p>
<p><span style="font-weight: 400;">現在、教科ごとの視点をしっかり取り入れ、単元を組み立てて評価をするための、単元計画シートを作成しています。特別支援学校は複数の教員で生徒を見るので、授業内容の共有は比較的できていると思いますが、どの視点で評価すればいいかがわかりにくいので、ある程度形式を作ることでスムーズな評価につなげられたらと考えています。</span></p>
<p><span style="font-weight: 400;">（五十嵐）文部科学省が推進している「総合的な学習の時間」や「教科等横断的な指導」とも結びついていて面白いですね。教科を合わせた指導というのは、元々特別支援の中でカリキュラムとして決まっていたのですか？それとも、先生方が現場で工夫してそういう授業を作り上げていったのでしょうか。</span></p>
<p><span style="font-weight: 400;">（遠山）学校教育法*2 で定められていたはずですが、昭和30年代、知的障害のある児童生徒とを対象とする学習指導要領の制定時には、教科を扱うか、生活に合わせた内容を扱うか議論があったようです。学校教育法の成立過程についてはわかりませんが、知的障害の児童・生徒の実態に合わせた指導をすることもできるという規定になっています。</span></p>
<p><span style="font-weight: 400;">「することもできる」なので、自治体や学校によって合わせた指導を行っているところも行っていないところもあります。この時間は合わせた指導をするけれども、この時間は教科の学習をするなど併用しているところが多い印象です。</span></p>
<p><span style="font-weight: 400;">（五十嵐）教科等横断的な指導について、具体的にどんな授業をして、どんな視点を取り入れることができるのか、具体例を教えていただけますか。</span></p>
<p><span style="font-weight: 400;">（遠山）少し極端な例にはなりますが、例えば料理をする場合を考えます。作りたいもののために、材料を買いに行くとなれば社会の学習として町のことを学ぶ、調理中に材料を量るのは算数の量や重さの学習、レシピを図書室で調べる際に国語の学習を取り入れることもできますよね。一つの活動の中に、いろいろな教科の活動を取り入れることができます。（※注釈あり）</span></p>
<p><span style="font-weight: 400;">実施する中で「こんな視点もあったんだ」と気付くこともありますが、基本的には事前に教員が、「こういう教科の学習をこの時間にやりたい」というところまで考えて授業を計画します。後付けでこんな教科を行ったというのではなく、この力をつけるためにこんな活動をするという視点が必要です。</span></p>
<p><span style="font-weight: 400;">（五十嵐）なるほど、とてもクリアになりました。一般的に調理実習は家庭科ですが、家庭科は生活そのもので、生活するための実践的な知識スキルを得るための活動になっているということですよね。「結果的にそういう力も測れた、育めた」ではなく、先生が意図やねらいを持って実施した方が学習に至るまでスムーズですし、脇道に逸れている子がいても誘導しやすくて良いですね。特別支援学校に限らず、先生方のヒントになるようなものがたくさん含まれていると思うので、研究成果を期待して待ちたいと思います。</span></p>
<h2><span style="font-weight: 400;">支援に役立つ手法やツールを知っておくことでサポートの選択肢が増える</span></h2>
<p><span style="font-weight: 400;">（五十嵐）最後に、全国の先生方に共有しておきたい情報はありますでしょうか？</span></p>
<p><span style="font-weight: 400;">（遠山）</span><strong>支援の必要な子のための教材は世の中に結構出回っているので、そういうものを調べてみるのが良いと思います。</strong></p>
<p><strong>最近もあるのかわかりませんが、100円ショップで立体の三角定規を見つけたことがあります。普通、三角定規は平面ですが、持ちにくくて押さえられない児童もいて、立体なら握って押さえることができるんです。小さい子だと、定規で線を引こうとすると押さえている方の手も動いてしまうので、しっかり握って上から押さえられるように作ってあるものや、定規に滑り止めがついていて、置くと動かしにくくなるものもあります。回しやすいように工夫がされたコンパスなどもあります。</strong></p>
<p><a href="https://kknavi.jp/wp/wp-content/uploads/2023/02/pixta_10109014_L.jpg"><img loading="lazy" class="alignnone size-medium wp-image-5214" src="https://kknavi.jp/wp/wp-content/uploads/2023/02/pixta_10109014_L-600x899.jpg" alt="" width="600" height="899" srcset="https://kknavi.jp/wp/wp-content/uploads/2023/02/pixta_10109014_L-600x899.jpg 600w, https://kknavi.jp/wp/wp-content/uploads/2023/02/pixta_10109014_L-1200x1799.jpg 1200w, https://kknavi.jp/wp/wp-content/uploads/2023/02/pixta_10109014_L-768x1151.jpg 768w, https://kknavi.jp/wp/wp-content/uploads/2023/02/pixta_10109014_L-1025x1536.jpg 1025w" sizes="(max-width: 600px) 100vw, 600px" /></a></p>
<p><span style="font-weight: 400;">（五十嵐）いろいろな生徒に使いやすいグッズが出ていることは、私も知らなかったので勉強になりました。生徒がどこに困っているかを汲み取る力がないと上手に調べることもできないので、1人1人と向き合うことが大切ですね。表情や雰囲気から察知したりヒアリングしたりして、こういうグッズを提案してあげられるといいなと思います。</span></p>
<p><span style="font-weight: 400;">（遠山）例えば、コンパスで円を描くことに困っている子がいた場合、下に柔らかいものを敷いて針を刺しやすくするという考えは思いついても、違うコンパスがあるというところまではなかなか考えがいかないと思います。現時点で困っていそうな子どもがいなくても、「こういうものがある」ということをまず知っておくと、子どもたちが困っているときの引き出しになると思います。</span></p>
<p><span style="font-weight: 400;">（五十嵐）ニーズがあるからこういう商品があるわけですもんね。こういうつまずきがあり得ると知っておくと、「こんなことで困っているんじゃないか」とサポートするのにも役に立つということですね。</span></p>
<p><span style="font-weight: 400;">本日はどうもありがとうございました。「支援的指導」について理解が深まりました。現在取り組まれている研究の成果が出たら、また取材させていただけると嬉しいです。</span></p>
<p><span style="font-weight: 400;">注釈）</span><span style="font-weight: 400;"><br />
</span><span style="font-weight: 400;">*1 平成26年度『子ども・若者白書』（内閣府）では小中学校で6.5％（高等学校は調査対象外）とされていたが、R4.12.13に公表された令和4年の結果では、小中学校で8.8％、高等学校では2.2％となりました。ただし、これらの結果は、学級担任等の回答をもとにした調査であり、障害のある児童生徒の割合を医師の診断をもとに割合を推計したものではありません。</span><a href="https://www8.cao.go.jp/youth/whitepaper/h26honpen/pdf_index.html"><span style="font-weight: 400;">https://www8.cao.go.jp/youth/whitepaper/h26honpen/pdf_index.html</span></a><span style="font-weight: 400;">（H26調査）</span><a href="https://www.mext.go.jp/b_menu/houdou/2022/1421569_00005.htm"><span style="font-weight: 400;">https://www.mext.go.jp/b_menu/houdou/2022/1421569_00005.htm</span></a><span style="font-weight: 400;">（R4調査）</span></p>
<p><span style="font-weight: 400;">→*2 学校教育法 施行規則 第130条 第2項</span><span style="font-weight: 400;"><br />
</span><span style="font-weight: 400;">特別支援学校の小学部、中学部又は高等部においては、知的障害者である児童若しくは生徒又は複数の種類の障害を併せ有する児童若しくは生徒を教育する場合において特に必要があるときは、各教科、特別の教科である道徳、外国語活動、特別活動及び自立活動の全部又は一部について、合わせて授業を行うことができる。</span></p>
<p><span style="font-weight: 400;">注）今回は単に関連しそうな教科を例として挙げていますが、実際は各教科等の「知識・技能」「思考力・判断力・表現力」「学びに向かう力・人間性」の3つの観点から授業の中で子どもたちに身につけさせたい力を検討し、さらに、教科別の学習よりも教科等を合わせた方が効果的に学習できるのかまで考える必要があります。</span></p><p>The post <a href="https://kknavi.jp/conversation/5093/">通常学級でも考えたい！特別支援の工夫 ～すべての子どもが気持ち良く学べる環境づくりとは～</a> first appeared on <a href="https://kknavi.jp">国際教育ナビ</a>.</p>]]></content:encoded>
					
		
		
			</item>
		<item>
		<title>『新Aクラス中学英語問題集』がリニューアル！著者に聞く、特色と執筆への思い</title>
		<link>https://kknavi.jp/conversation/4294/</link>
		
		<dc:creator><![CDATA[国際教育ナビ編集部]]></dc:creator>
		<pubDate>Wed, 21 Dec 2022 01:00:42 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[教育トーク]]></category>
		<guid isPermaLink="false">https://kknavi.jp/?p=4294</guid>

					<description><![CDATA[<p>2022年３月に『新Aクラス中学英語問題集 １〜３年（４訂版）』（昇龍堂出版）が出版されました。『新Aクラス中学英語問題集』は、長年にわたって多くの中高生や英語学習者をサポートし続けてきた人気問題集です。この記事の読者の…</p>
<p>The post <a href="https://kknavi.jp/conversation/4294/">『新Aクラス中学英語問題集』がリニューアル！著者に聞く、特色と執筆への思い</a> first appeared on <a href="https://kknavi.jp">国際教育ナビ</a>.</p>]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p><strong>2022年３月に『新Aクラス中学英語問題集 １〜３年（４訂版）』（昇龍堂出版）が出版</strong><span style="font-weight: 400;">されました。『新Aクラス中学英語問題集』は、長年にわたって多くの中高生や英語学習者をサポートし続けてきた人気問題集です。この記事の読者の中にも「学生時代にお世話になった」という方がいらっしゃるのではないでしょうか。</span></p>
<p>&nbsp;</p>
<p><span style="font-weight: 400;">３訂版は1992年に出版されているので、今作は実に</span><strong>30年ぶりの大改訂</strong><span style="font-weight: 400;">となりました。著者の一人として関わられた今田健蔵先生に、４訂版の特徴と、執筆にあたって込められた思いを伺いました。</span></p>
<p>&nbsp;</p>
<p><img loading="lazy" class="size-full wp-image-4296 aligncenter" src="https://kknavi.jp/wp/wp-content/uploads/2022/11/3af30713a404a9e95addb4e21abc2dbd.jpg" alt="" width="540" height="290" /></p>
<p><span style="font-weight: 400;">『新Aクラス中学英語問題集　１〜３年（４訂版）』</span></p>
<p><span style="font-weight: 400;">青栁良太、久保野雅史、久保野りえ、今田健蔵、須田智之、中島真紀子、山田雄司、山本永年 共著／各1540円／昇龍堂出版</span></p>
<p>&nbsp;</p>
<h2><span style="font-weight: 400;">執筆陣も学生時代に使っていた問題集、30年ぶりの大改訂</span></h2>
<p>&nbsp;</p>
<p><span style="font-weight: 400;">—— </span><strong>有名中学・高校の教諭を中心に、著者陣には錚々（そうそう）たる顔ぶれが並んでいます</strong><span style="font-weight: 400;">。執筆に参加された経緯を教えてください。</span></p>
<p>&nbsp;</p>
<p><span style="font-weight: 400;">（今田）前任校である神奈川県立相原高校に勤務をしていたときに、大学院時代の恩師である久保野雅史先生からお声をかけていただきました。</span></p>
<p>&nbsp;</p>
<p><span style="font-weight: 400;">実は、現在私が理事を務める英語授業研究学会に通うようになったのも、久保野先生からの紹介がきっかけでした。学会に参加することで英語教育の奥深さに触れ、また英語教育に熱心な先生方からたくさんの刺激を受けて、私自身、成長することができました。</span></p>
<p>&nbsp;</p>
<p><span style="font-weight: 400;">執筆陣は素晴らしい経歴をお持ちの先生方ばかりで、恐縮する気持ちもありましたが、自分自身の挑戦が自己研鑽にもなり、かつ生徒たちの学びに貢献できる良い機会であるととらえ、参加させていただこうと決意しました。</span></p>
<p>&nbsp;</p>
<p><span style="font-weight: 400;">—— 執筆にあたり、今田先生はどのような思いで臨まれたのでしょうか。</span></p>
<p>&nbsp;</p>
<p><span style="font-weight: 400;">（今田）内容検討会議の中で、</span><strong>執筆者の先生の一人が「学生の頃に３訂版で英語を学んでいた。この問題集のことがとても記憶に残っている」とおっしゃっていたのが印象的</strong><span style="font-weight: 400;">でした。そのお話を聞いて、「我々も長く愛され続ける本をつくりたい」と強く思いましたね。</span></p>
<p>&nbsp;</p>
<p><span style="font-weight: 400;">執筆にあたって少しでも貢献できるよう、たくさん勉強しました。都内の書店を巡り、中高生向けの英語問題集・参考書をさまざま見比べたり、英英辞典や文法書を何冊も買いそろえたりして知見を深めました。</span></p>
<p>&nbsp;</p>
<h2><span style="font-weight: 400;">英文法の基礎固めをしながら、豊かな語彙と自然な表現が身につく問題集</span></h2>
<p>&nbsp;</p>
<p><span style="font-weight: 400;">—— 『新Aクラス中学英語問題集 ４訂版』の特色を教えてください。</span></p>
<p>&nbsp;</p>
<p><span style="font-weight: 400;">（今田）文法だけでなく、語彙力も同時に身につく問題集であるという点は特徴的だと思います。一般的な英文法の問題集は、文法の理解を優先するあまり、比較的やさしい語彙で構成された問題が多いのが現状です。しかし、</span><strong>言語を習得するには、ただ文法だけを学ぶのではなく、並行して語彙も身につけていく</strong><span style="font-weight: 400;">ことが欠かせません。そこで本書では、語彙の難易度を下げない代わりに、各ページ下部に重要単語の一覧をまとめています。</span></p>
<p>&nbsp;</p>
<p><span style="font-weight: 400;">また、英語のネイティブスピーカーがよく使う表現や、日常会話として自然な例文をできるだけ多く採用しました。そのため、教科書では出てこないような語彙や表現も多数登場しています。先ほどご紹介したページ下部の語句一覧を活用することで、本書を通じて表現力もパワーアップできるようになっています。</span></p>
<p>&nbsp;</p>
<p><span style="font-weight: 400;">本書を使って学習すれば、取りかかる前には想像もしていなかったほどの、豊富な英文法の知識と語彙力・表現力が身につきます。英文法と語彙力、この両輪は学習者の皆さんにとって堅実な英語力の支えとなることでしょう。</span></p>
<p>&nbsp;</p>
<p><span style="font-weight: 400;">—— 本書はどのような生徒に適していると思われますか？</span></p>
<p>&nbsp;</p>
<p><span style="font-weight: 400;">（今田）幅広い層に役立つ問題集だと思いますが、特に、英文法の基礎固めにおすすめです。</span><strong>英文法の知識をしっかり固めたいと思っている中学生</strong><span style="font-weight: 400;">や、中学生でない方でも</span><strong>基礎から英文法の知識を学び直したい人</strong><span style="font-weight: 400;">にとって取り組みがいのある問題集です。</span></p>
<p>&nbsp;</p>
<p><span style="font-weight: 400;">各章とも、初めに文法の説明があり、その後は基本問題→実力問題→Aクラス問題と続きます。文法の確認をした後に、難易度の低い問題から高い問題へと段階を踏んで学習できるので、突然つまずくということがほとんどないはずです。積み重ねによって自信をつけ、難易度の高い問題にも挑戦できるようになります。</span></p>
<p>&nbsp;</p>
<p><span style="font-weight: 400;">—— 本書をどのように使うとより効果的に学べるでしょうか？</span></p>
<p>&nbsp;</p>
<p><span style="font-weight: 400;">（今田）まずは、各章の文法事項の説明を読みましょう。先述のとおり、難易度の易しい順に問題が配置されていますので、それらを順番に解き、解答解説を熟読します。そして間違えた問題には再度取り組みましょう。</span><strong>一度で終わりにしないことが重要</strong><span style="font-weight: 400;">です。</span></p>
<p>&nbsp;</p>
<p><span style="font-weight: 400;">ポイントとしては、初めて解く問題では「表現力アップ！」という語彙・表現をまとめた一覧を参照しながら解き進めて構いませんが、問題に再度取り組む際には、「表現力アップ！」を参照せずに解いてみることです。「表現力アップ！」なしで解けるようになるのが理想ですね。</span></p>
<p>&nbsp;</p>
<p><span style="font-weight: 400;">『新Aクラス中学英語問題集 ４訂版』は、中学・高校での現場経験の豊富な先生方が集結し、本当に丁寧に、時間をかけてつくられた珠玉の問題集です。どうすればより知識が深まるか執筆陣で議論し、完成に至るまで何度も検討・校正を重ねました。掲載している問題は全て本書のために書き下ろしたオリジナルで、理解を促す解説も充実したものになっていると思います。ぜひ本書を日々の学習に取り入れ、</span><strong>受験対策だけでなく、「生きた英語」を使うための基礎として役立ててほしい</strong><span style="font-weight: 400;">ですね。</span></p>
<p>&nbsp;</p>
<h2><span style="font-weight: 400;">変化の時代を生きる生徒のために、教員にも「成長と挑戦」が重要</span></h2>
<p>&nbsp;</p>
<p><span style="font-weight: 400;">—— 今田先生が、英語教育において大切にされていることを教えてください。</span></p>
<p>&nbsp;</p>
<p><span style="font-weight: 400;">（今田）以前読んだ本で目にした</span><strong>「英語は教わったように教えるな」</strong><span style="font-weight: 400;">という故・若林俊輔先生の言葉が強く心に残っています。それは「自分が中学・高校の頃に経験した英語の授業をなぞるように、教員として何の進歩もない授業を行っては決してならない」という意味だと私は理解し、まさにその通りだと感じています。</span></p>
<p>&nbsp;</p>
<p><span style="font-weight: 400;">特に現代は価値観が多様化し、５年、10年で大きく様変わりしていく社会です。変化の時代を生きる生徒たちにとって、時代に合った学びは非常に重要です。生徒の成長のためにも、</span><strong>指導する教員自身が日々成長し、学び、挑戦し続ける人でなければ</strong><span style="font-weight: 400;">と思っています。</span></p>
<p>&nbsp;</p>
<p><span style="font-weight: 400;">—— 今後、今田先生が取り組みたいことを教えてください。</span></p>
<p>&nbsp;</p>
<p><span style="font-weight: 400;">（今田）今回の執筆で、たくさんの先生と話し合いながら英語教育のあり方を考えられたのはとても良い機会に恵まれたと思います。これからもいろいろな先生方とつながって、今度はより良い授業を模索していきたいですね。特に、</span><strong>学校教育の定期試験のあり方には工夫や改善の余地がまだある</strong><span style="font-weight: 400;">と思っています。</span></p>
<p>&nbsp;</p>
<p><span style="font-weight: 400;">また、執筆を通して英語教育の奥深さをあらためて感じたので、今後もまだ見ぬ英語教育の世界を開拓していきたいと思います。例えば、新学習指導要領では小学校でも教科として英語が導入されました。小学校で英語を教えることができれば、中学・高校にフィードバックできる気づきが得られるかもしれません。また、ICTを活用した授業にも興味があります。</span></p>
<p>&nbsp;</p>
<p><span style="font-weight: 400;">そして何より<strong>、</strong></span><strong>自分の英語力をもっと向上させたいという思いが強まった</strong><span style="font-weight: 400;">ので、私自身も英語の勉強、研究を重ねていきたいと思います。</span></p>
<p>&nbsp;</p>
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			</item>
		<item>
		<title>「英語教育の開拓者に訊く」シリーズ　第1回 AI時代の到来が外国語教育に与える影響（後編）</title>
		<link>https://kknavi.jp/conversation/4700/</link>
		
		<dc:creator><![CDATA[国際教育ナビ編集部]]></dc:creator>
		<pubDate>Mon, 30 Jan 2023 01:00:41 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[教育トーク]]></category>
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					<description><![CDATA[<p>AIの発達により、翻訳アプリの機能や翻訳サイトのサービスが随分向上してきています。AI時代が到来し、世間では外国語学習の必要性に疑問を持つ声もよく聞かれます。 実際、英語がほとんどできなくても、翻訳ソフトを駆使して、海外…</p>
<p>The post <a href="https://kknavi.jp/conversation/4700/">「英語教育の開拓者に訊く」シリーズ　第1回 AI時代の到来が外国語教育に与える影響（後編）</a> first appeared on <a href="https://kknavi.jp">国際教育ナビ</a>.</p>]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p><span style="font-weight: 400;">AIの発達により、翻訳アプリの機能や翻訳サイトのサービスが随分向上してきています。</span><strong>AI時代が到来し、世間では外国語学習の必要性に疑問を持つ声</strong><span style="font-weight: 400;">もよく聞かれます。</span></p>
<p><span style="font-weight: 400;">実際、英語がほとんどできなくても、翻訳ソフトを駆使して、海外との取引によって事業を成功させている人もいます。</span></p>
<p><span style="font-weight: 400;">このような時代にあって、英語教師の役割や英語学習の様相も随分と変化しつつあります。AI技術の発展によって外国語教育はいかに変化してきたのでしょうか、そして、今後どのような在り方が求められるのでしょうか。</span></p>
<p><strong>「AI時代の到来が外国語教育に与える影響」について、学習院大学文学部英語英米文化学科の冨田祐一教授にお話を伺いました。</strong><span style="font-weight: 400;">仕事上で英語が必要になったら、機械に翻訳させればいい。では、我々が英語などの外国語を学ぶ意義とは。後編では、中編に引き続き、AI時代における外国語教育の意義について、いよいよ核心に迫ります。</span></p>
<p>&nbsp;</p>
<h2><span style="font-weight: 400;">AI時代における外国語教育は「異文化間コミュニケーション能力」の育成を重視すべき</span></h2>
<p><span style="font-weight: 400;"> </span><span style="font-weight: 400;">（五十嵐）ITが発達すると、どんなに難しい英語でも、簡単に翻訳できるようになるので、英語を学ぶ意味って0になるのではないか、という意見も世間の中ではよく聞かれます。それと関連して、外国語教育においては、外国語の習熟よりもむしろ、文化理解の方が重要になるという変化があるという意見もあります。いかがでしょうか。</span></p>
<p>&nbsp;</p>
<p><span style="font-weight: 400;">（冨田）確実に20年後にはAIは、今よりもはるかに発達しているはずです。そうすると、「英語教育って何のためにあるのか？」という根源的な問いが大きな意味をもってくるでしょう。 </span></p>
<p><span style="font-weight: 400;">今までは、英語教師が、子ども達や生徒たちから「先生、そもそも、英語を勉強する必要って、受験以外にあるんですか？」と質問された時には、「海外旅行の時に英語が使えなかったら困るだろう？」とか「外国の人があなたに道案内を求めてきたら、英語で道を教えてあげられるじゃない。」などと答えてきたわけですが、これからはそんな答えは通用しなくなります。「先生、でもね、翻訳アプリを使えば、そんなこと、問題なくできますよ。」と言われてしまうからです。</span></p>
<p><span style="font-weight: 400;">たとえば電卓は、30年くらい前までは驚くほど高額なものでしたが、今では100円ショップで買えます。翻訳機器や翻訳アプリも、ほぼ間違いなく、確実に価格が低くなるでしょうし、今でも、Wifiが使える環境なら「無料」で使えます。そのような時代になった今、「英語教育って何のためにやるの？」という「問い」は、英語教師にとって、ますます「答えることが難しい問い」になることでしょう。</span></p>
<p><span style="font-weight: 400;"> </span></p>
<p><span style="font-weight: 400;">つまり、</span><strong>これからの学校教育の場でこれからも「英語を教える」のであれば、少なくとも「翻訳機器や翻訳アプリではできないこと」を「外国語教育の新しい意義」として、明確に学習者に示す必要がある</strong><span style="font-weight: 400;">と思います。</span></p>
<p><span style="font-weight: 400;">この点については、様々な考え方があることでしょうが、私の場合には、「翻訳機器や翻訳アプリではできないこと」の中で「学校教育における外国語教育が提供すべき教育的価値」として、「異文化間コミュニケーション能力」があると考えています。</span></p>
<p><span style="font-weight: 400;">なぜなら、異文化間コミュニケーションの能力とは、「生身の人間と人間の関わり合い」に関係する能力だからです。たしかに、翻訳機器や翻訳アプリを使えば、「ある言語の表現」を「別の言語の表現」に変換することはできますが、「人間同士の交流や相互理解」のためには、ほとんど役に立ちません。私は、そうした「異なる言語・文化をもつ人間同士のかかわり合い」に関係する「教育的価値」が、これからの時代における外国語教育にとって、非常に重要な意味をもつに違いないと考えています。</span></p>
<p><span style="font-weight: 400;">例えば、「異言語・異文化」をもつ人々が挨拶をする時、翻訳機器を使えば「挨拶」をし合うことは簡単です。しかし、そこから先の、深いレベルの「人間と人間の相互理解」や「交流」の段階に進むと、文化、歴史、思想といった「言語以外の多様な要素」の相互理解が必要になります。「多様で複雑な要素」がかかわる「異文化間コミュニケーション能力の教育」は、今後の外国語教育の柱として、重要な意味をもってくるに違いありません。</span></p>
<p><span style="font-weight: 400;"> </span></p>
<h2><span style="font-weight: 400;">これからの時代の英語教育の方向性を考える上で参考になる「動機づけ研究」</span></h2>
<p><span style="font-weight: 400;"> </span><span style="font-weight: 400;">外国語教育の世界では、</span><span style="font-weight: 400;">1970年代にGardner &amp; Lambert (1972)が、外国語の学習を促進する「動機づけ（motivation）」の研究を行い、「統合的動機付け（integrative motivation）」と「道具的動機づけ（instrumental motivation）」</span><span style="font-weight: 400;">という2つの動機づけを提案したことを皮切りに、今日までの約50年間にわたって、たくさんの「動機づけ」の研究が行われてきています。私は、この「動機づけ」の研究が示している研究結果は、これからのAI時代の英語教育の方向性を考える上で重要な示唆を提供してくれていると考えています。</span></p>
<p>&nbsp;</p>
<p><span style="font-weight: 400;">たとえば、「母語以外の言語を使う人」との「商談」ができるような「外国語能力」を身につけたいと思う人は、「商談できること」を最終的なゴールとして設定しているため、外国語（の能力）を「（目的を達成のための）道具」だと考えています。このような人がもっている「動機づけ」が「道具的動機づけ」です。</span></p>
<p><span style="font-weight: 400;"> </span></p>
<p><span style="font-weight: 400;">そのような外国語を「道具」として使いたいと望む人達にとって、翻訳機器や翻訳アプリは、ものすごく役に立つものであることは言うまでありません。そのことは、現在社会で行われている「国際的な商談」で、翻訳機器や翻訳アプリが大活躍していることを見れば明らかです。</span></p>
<p><span style="font-weight: 400;"> </span></p>
<p><span style="font-weight: 400;">しかしながら、他方の「統合的な動機づけ」については、翻訳機器や翻訳アプリが同じように役に立つか？と言えば、必ずしもそうとは言えません。たとえば、ある人が「アメリカ人みたいになりたい」と思ったとします。そうした感情は「憧れ」と呼ばれますが、そうした人間の感情に関わるような要素については、翻訳機器や翻訳アプリが手助けすることができないからです。</span></p>
<p><span style="font-weight: 400;"> </span></p>
<p><span style="font-weight: 400;">外国語を身につけたいと思う人の中には、「～に憧れる」「～と親しくなりたい」という気持ちで、外国語をいっしょうけんめい勉強する人達がいます。BTSが大好きな人が韓国語を身につけたい、という気持ちですね。そういう人達は（言い方を換えれば）「誰かと繋がりたい」「誰かと関わりあいたい」「誰かと同じ言語・文化を共有したい」という感情に駆られて外国語を学びたいと思います。</span></p>
<p><span style="font-weight: 400;"> </span></p>
<p><span style="font-weight: 400;">そうした動機づけが「統合的な動機づけ」なわけですが、</span><strong>これからの時代の外国語教育にとって、この「統合的な動機づけ」は、非常に重要な意味をもつだろうと思います。なぜなら、「統合的な動機づけ」を促進するためには、翻訳機器や翻訳アプリではなく、「生身の人間」の「外国語教師」の存在が不可欠だからです。</strong></p>
<p><span style="font-weight: 400;"> </span></p>
<p><span style="font-weight: 400;">現在の動機づけ研究の第一人者であるドルニェイ（Dörnyei）は、最近、第二言語理想自己（Ideal L2 Self: 第二言語を使ってどんな人間になりたいのか）が第二言語能力の発達に強く関与していると言っています。こうした「動機づけ研究」の成果や動向は、今後の日本の英語教師の皆さんには、ぜひ注目していただきたいと思います。</span></p>
<p><span style="font-weight: 400;"> </span></p>
<p><span style="font-weight: 400;">英語教師は、これからのＡＩ全盛期の時代の中で、いったいどうしたら、学習者の「統合的動機づけ」を刺激し、促進し、育成することができるのか？そんな課題が目の前にあるように思います。さらなる議論を進めて行きたいですね。</span></p>
<p><img loading="lazy" class="alignnone size-full wp-image-4706" src="https://kknavi.jp/wp/wp-content/uploads/2023/01/31eHk6bHV4L._SY346_.jpg" alt="" width="215" height="346" /></p>
<p><span style="font-weight: 400;">Zoltán Dörnyei ・ Ema Ushioda (編)　Motivation, Language Identity and the L2 Self</span></p>
<p><span style="font-weight: 400;">（参照：<a href="https://www.amazon.co.jp/Motivation-Language-Identity-Acquisition-English-ebook/dp/B01NAZHHA0" target="_blank" rel="noopener">https://www.amazon.co.jp/Motivation-Language-Identity-Acquisition-English-ebook/dp/B01NAZHHA0</a>）</span></p>
<p><span style="font-weight: 400;"> </span></p>
<h2><span style="font-weight: 400;">これからの時代の英語教育で育成する「論理的思考」について</span></h2>
<p><span style="font-weight: 400;"> </span><span style="font-weight: 400;">（五十嵐）外国語を学習することで、普段使っている母語を論理的に分析するきっかけになるということを強調する方もいらっしゃると思いますが、冨田先生は、その点については、どのように考えていますか。</span></p>
<p><span style="font-weight: 400;"> </span></p>
<p><span style="font-weight: 400;">（冨田）私が尊敬する大津由紀雄先生（慶應義塾大学名誉教授・関西大学客員教授）などは、「母語と外国語」を比較検討することを通して、論理的なものの考え方を会得できると主張し、外国語を学ぶことの大切な目的の一つに論理的思考があると言われていますね。</span></p>
<p><span style="font-weight: 400;"> </span></p>
<p><span style="font-weight: 400;">私もそういう考え方には大いに賛成ですし、外国語教育を行う際の重要な目的の一つだと思いますし、「言語的認識能力」または「メタ言語能力」を発達させるためには「外国語」は大いに役立つとも思っています。</span></p>
<p><span style="font-weight: 400;"> </span></p>
<p><span style="font-weight: 400;">ただし、同時に、現在、外国語教育の世界で人々の関心を集めている（前述の）Plurilingualism （複言語主義）と、大津先生のおっしゃっている「メタ言語能力」を対比した場合、どちらが「これからの時代に必要か？」を考えると、私には、複言語主義の考え方のほうが重要に思えます。</span></p>
<p><span style="font-weight: 400;"> </span></p>
<p><span style="font-weight: 400;">たとえば（複言語主義と強く関係している）言語教育政策に（主に欧州で広がっている）「3つの言語」を学ぶことを奨励する「三言語政策（trilingual policy）」があります。この考え方は、3つ以上の言語を学ぶことによって、複数の言語を比較対照することができるようになり、結果として、言語の価値を正しく認識できるようになる、という考え方に基づいています。</span></p>
<p><span style="font-weight: 400;"> </span></p>
<p><span style="font-weight: 400;">大津先生が主張されている「母語 vs外国語」という「二項対立的考え方」と「複言語主義」の決定的な違いは、大津先生が「母語」に執着しているのに対して、「複言語主義」は、「（3つ以上の）複数の言語を使うこと」を重視している点にあります。</span></p>
<p><span style="font-weight: 400;"> </span></p>
<p><span style="font-weight: 400;">私は、大津先生のように「母語」にこだわりすぎることについては、賛成することができません。なぜなら、「母語重視主義」を、極度に推し進めてしまうと、結果として「日本語もどんな言語よりも大事」とか「日本文化はどんな文化よりも大事」といった、母語偏重主義や母国偏重主義を芽生えさせてしまう危険性があるからです。</span></p>
<p><span style="font-weight: 400;"> </span></p>
<p><span style="font-weight: 400;">また、日本のような状況で「日本語 vs 英語」といった対立的な比較を強調してしまうと、「外国語＝英語」といった「誤った認識」を学習者がもってしまう可能性が出てくるので注意すべきです。前述の三言語教育政策が、（2つではなく）3つ以上の言語を教えることの意義を重視しているのも、そうした「誤解」を学習者にもたせないようにするためです。</span></p>
<p><span style="font-weight: 400;"> </span></p>
<p><span style="font-weight: 400;">私の「言語に関する基本的スタンス」を簡単にまとめると、次の２つになります。</span></p>
<p><strong>(1)  人間という生物が生得的にもっている言語能力は神秘的なほど美しい構造をしており、あらゆる言語には、等しく、素晴らしい価値がある。</strong></p>
<p><strong>(2)  言語がもたらす文化的価値は人間にとって極めて重要であり、あらゆる文化には、等しく、素晴らしい価値がある。</strong></p>
<p><span style="font-weight: 400;"> </span></p>
<p><span style="font-weight: 400;">そのような考え方に基づいて、「世界中に存在するあらゆる言語の価値は等しく、素晴らしい」と考えているため、「日本語（だけ）に価値がある」といった考え方には、賛成できません。我々のような「日本語母語話者」は、たまたま日本社会に生まれ、日本語を話すように育っただけで、それは「偶然のなせる業」にすぎないわけですから。</span></p>
<p><span style="font-weight: 400;"> </span></p>
<p><span style="font-weight: 400;">その意味では、</span><strong>（母語を含めた）あらゆる言語を平等にとらえ、できる限り多くの（＝最低3つ以上の）言語の教育を受けることの価値を尊重する「複言語主義」や「三言語政策」に魅力を感じています。</strong></p>
<p><span style="font-weight: 400;"> </span></p>
<p><span style="font-weight: 400;">最近は、オンラインのアプリを使えば、世界のたくさんの言語を学習することができるようになっているので、英語以外の言語の学習もかなりしやすくなっています。私の英語の授業では、自由課題として「多言語学習アプリDuolingo （原則として無料）」の活用を与えていて、（英語以外の）外国語をたくさん学習した学生には、ボーナスポイントを与えています。</span></p>
<p><span style="font-weight: 400;"> </span></p>
<p><span style="font-weight: 400;">さて、いろいろな方面に話が行ってしまったので、ここで「論理的思考と外国語学習」のことに話を戻して、具体的に「論理的思考と外国語学習」について考えていることをまとめると、以下のようになります。</span></p>
<p><span style="font-weight: 400;"> </span></p>
<p><span style="font-weight: 400;">＜論理的思考と外国語学習＞</span></p>
<p><span style="font-weight: 400;">地球上のあらゆる言語の価値を平等に認めた上で、複数の言語を知り、複数の言語を学び、複数の言語を使えるようになることで、人間の「論理的思考能力」が鍛えられる。ただし、外国語学習によって論理的思考を高める場合には、「母語＋英語」といった「一つの外国語」だけを学習するだけでなく、できれば2つ以上の外国語を学習することが望ましい。</span></p>
<p><span style="font-weight: 400;"> </span></p>
<p><span style="font-weight: 400;">（五十嵐）大津先生も、決して「母語偏重」といった学術的立場ではないと思いますが、英語や外国語を詰め込む前に、直感のきく母語を大切に、ということは一貫しておっしゃっていますね。大津先生も、以前から日本にも複言語主義を導入するべきであるというご発言をなさっています。例えば、ひつじ書房から出版されている「英語だけの外国語教育は失敗する—複言語主義のすすめ」を読むとよくわかります。</span></p>
<p><img loading="lazy" class="alignnone size-full wp-image-4705" src="https://kknavi.jp/wp/wp-content/uploads/2023/01/61KjcYzfEL._SY344_BO1204203200_.jpg" alt="" width="244" height="346" /></p>
<p><span style="font-weight: 400;">画像引用：</span><a href="https://www.amazon.co.jp/%E8%8B%B1%E8%AA%9E%E3%81%A0%E3%81%91%E3%81%AE%E5%A4%96%E5%9B%BD%E8%AA%9E%E6%95%99%E8%82%B2%E3%81%AF%E5%A4%B1%E6%95%97%E3%81%99%E3%82%8B%E2%80%94%E8%A4%87%E8%A8%80%E8%AA%9E%E4%B8%BB%E7%BE%A9%E3%81%AE%E3%81%99%E3%81%99%E3%82%81-%E3%81%B2%E3%81%A4%E3%81%98%E8%8B%B1%E8%AA%9E%E6%95%99%E8%82%B2%E3%83%96%E3%83%83%E3%82%AF%E3%83%AC%E3%83%83%E3%83%88-4-%E9%B3%A5%E9%A3%BC%E7%8E%96%E7%BE%8E%E5%AD%90/dp/4894768569"><span style="font-weight: 400;">Amazon書籍情報</span></a></p>
<p><span style="font-weight: 400;">（五十嵐）複言語主義が日本にもしっかり定着する日がくればいいのですが。バイリンガルの話が出ましたが、本当に50：50のバランスで使いこなせている、という人は少なくて、大坂なおみさんのように偏りがあるケースが多いですよね。確かに、両方使える大坂なおみさんに母語がないかと言ったら、そうではなく、おそらく英語が母語になるのでしょうが、そういう場合には、優位な言語を「第1言語」としてとらえることになるのでしょうか。</span></p>
<p><span style="font-weight: 400;"> </span></p>
<p><span style="font-weight: 400;">（冨田）大坂なおみさんの例はとても面白いし、検討する価値があると思いますね。彼女は、英語と日本語を使えるわけですが、比較的（または圧倒的）に英語の運用能力のほうが高いことは誰の目にも明らかです。</span></p>
<p><span style="font-weight: 400;"> </span></p>
<p><span style="font-weight: 400;">しかし、彼女の言語能力について注目すべきことは、彼女がもっている二つの言語の内の（比較的）弱い方の日本語の能力についても、充分にコミュニケーションをとることができるレベルには達しているという点です。複言語主義は、そうした（いわば）アンバランスな言語能力を肯定的にとらえていて、必要に応じて、能力に応じて、複言語話者が、自由に複数の言語を使うことを推奨しています。</span></p>
<p><span style="font-weight: 400;"> </span></p>
<p><span style="font-weight: 400;">複言語話者の中には、ほぼ完全に2つの言語を母語として生活している人もいて、そういう人は「完全なバイリンガル」と呼ばれることもあります。しかし、大坂さんのように、使うことができる「複数の言語」の能力の間に「差がある」人もいるわけで、２つの言語のバランスについては多様なパターンがあっていいし、自然なことです。</span></p>
<p><span style="font-weight: 400;"> </span></p>
<p><span style="font-weight: 400;">したがって、彼女のような（複数の言語能力に差がある）複言語話者に「日本人なんだから、日本語をしっかり話せるべきだ」といった批判をすることは、まったく的はずれだということを、認識しておくべきですね。</span></p>
<p><span style="font-weight: 400;"> </span></p>
<p><span style="font-weight: 400;">現在の日本社会においては、いわゆる「日本語のみ」の人がたくさんいて、全人口のおそらく95%以上を占めていると思いますが、その状況は50年後にはだいぶ変化している可能性があります。</span></p>
<p><span style="font-weight: 400;"> </span></p>
<p><span style="font-weight: 400;">日本社会における「複言語話者」の数は、多くなることはあっても、少なくなることはないでしょう。そして、日本においても、ヨーロッパほどではないにしても、「複言語話者がめずらしくない時代」を迎える可能性もあります。</span></p>
<p><span style="font-weight: 400;"> </span></p>
<p><span style="font-weight: 400;">そのような新しい時代を前にした今、我々外国語教師は、この「複言語話者」をどのようにとらえるのか？英語教育が目指すのはどのような「複言語話者」なのか？といったことを、検討していく必要があるように思っています。</span></p>
<p><span style="font-weight: 400;"> </span></p>
<h2><span style="font-weight: 400;">これからの「ＡＩ時代の英語教育」を考える上で大切なこと</span></h2>
<p><span style="font-weight: 400;"> </span><span style="font-weight: 400;">（五十嵐）最後に、一言、これからのＡＩ時代の英語教育のあり方を考える上で、今日触れていただいたことの他に何か大切だと思われることがあれば、お聞かせいただけますか？</span></p>
<p><span style="font-weight: 400;"> </span></p>
<p><span style="font-weight: 400;">（冨田）</span><strong>最後に申し上げることとして、次の2点だけ加えさせていただきたいと思います。</strong></p>
<p>&nbsp;</p>
<p><strong>(1)  これからの教師には「テクノロジーの発達」を的確に理解し、教育のために有効に使えるようになる必要がある。</strong></p>
<p><strong>(2)  「テクノロジー」は、教育的目的を達成するための「道具」にすぎない。「新しいテクノロジーを使うこと」で、どんな「目的」を果たすのか、が重要である。</strong></p>
<p><b> </b></p>
<p><span style="font-weight: 400;">たとえば、先日、大学生の通信機器の利用に関する簡単な調査を行ったところ、大学生が「Facebookをほとんど使っていない」ということが分かったんです。代わりに学生がよく使っているのは、インスタグラムとTwitterでした。また、大半の学生が「メールを使っていない」ということも分かりました。家族や友人との連絡は、ほとんど全てLINEで行っていました。私が学生あてにメールを送っても、学生の反応がにぶいことは感じていたのですが、その理由が、今回の調査で分かりました。学生は私からのメールなど読んでいないんですね。(笑)</span></p>
<p><span style="font-weight: 400;"> </span></p>
<p><span style="font-weight: 400;">つまり、この調査から分かったことは、私はすでに現在の大学生のコミュニケーションツールの利用習慣に「追いついていない」ということでした。このことは、私にとっては、ちょっとした驚きでしたが、「より使いやすいテクノロジー」が現れると、学生はかなりの速さで「新しいテクノロジーに乗り換える」ということが、よく分かりました。</span></p>
<p><b> </b></p>
<p><span style="font-weight: 400;">AIやICTに関係するテクノロジーの進歩は、これからは、間違いなく、さらに早い速度で進行し続けることでしょう。そうだとすると、こうした「テクノロジーの変化の速度」に、「英語教師はどのようにして追いついていくか？」という点については、もっと真剣に検討する必要があるように思います。最も基本的な方法は、「教師一人一人が努力する」ということになるでしょうが、個人的努力だけでは、これからのテクノロジーの発達の速度に追いつけないように思います。</span></p>
<p><b> </b></p>
<p><span style="font-weight: 400;">だからと言って、たとえば教育委員会などが提供している「講習会」も、決定的な助にはならないでしょう。（20世紀型の）トップダウン式の講習会は、新しいテクノロジーを使う技術を身に着ける方法としては、あまり効果的ではないからです。</span></p>
<p><span style="font-weight: 400;"> </span></p>
<p><strong>これからの時代の教師にとって一番有効な方法は、おそらくネットワーク上の「草の根的情報共有」だと思います。その意味では、まずは教師本人が、新しい時代に生きるための情報収集能力をもつ必要がある、ということになるのだと思います。</strong></p>
<p><span style="font-weight: 400;"> </span></p>
<p><span style="font-weight: 400;">そして、先程申し上げた２点目についてですが、これは、改めて言うまでもないことですが、Ai や ICTに関係する新しいテクノロジーを「いったい何のために使うのか？」という「目的意識」にかかわることです。</span></p>
<p><span style="font-weight: 400;"> </span></p>
<p><span style="font-weight: 400;">新しいテクノロジーを使ったとしても、それを使う目的がなんであるかが明確になっていなければ、そのテクノロジーを使用する意味が分かりません。たとえば、「授業で翻訳アプリを使用する」という時、その目的は何なのか？ということですね。単に学生が（英語の）情報を収集するためなのか？その情報を使って自分の考えをまとめて発表することを目指すのか？その英語の情報を示す英語の文章の中の「文法構造」や「語彙」を学習させるのか？といったことが、明確になっていなければ、翻訳アプリを使うことの教育的意味も分かりません。</span></p>
<p><span style="font-weight: 400;"> </span></p>
<p><span style="font-weight: 400;">当然のことですが、「新しいテクノロジー」を使った新しい「英語教育の目的」については、まだまだ議論が不足しています。これからは、そうした「新しい時代」の英語教育の目的論と方法論についての活発な議論や検討を進めて行く必要がありますね。</span></p>
<p><span style="font-weight: 400;"> </span></p>
<p><span style="font-weight: 400;">（五十嵐）そうですね。冨田先生が普段なさっているように、翻訳アプリや翻訳ソフトだけでは完結しない、その先の課題を用意しなければなりませんね。学校現場では、いまだにITツールに抵抗があったり、活用しきれていなかったりする先生方もいらっしゃると思います。今日は、そんな先生方に参考にしてもらいたいことをたくさん教えていただきました。私自身も、自分の授業でツール活用しきれていないところもありますので、大変勉強になりました。ありがとうございました。</span></p><p>The post <a href="https://kknavi.jp/conversation/4700/">「英語教育の開拓者に訊く」シリーズ　第1回 AI時代の到来が外国語教育に与える影響（後編）</a> first appeared on <a href="https://kknavi.jp">国際教育ナビ</a>.</p>]]></content:encoded>
					
		
		
			</item>
		<item>
		<title>教師自ら学び続ける意義</title>
		<link>https://kknavi.jp/conversation/2568/</link>
		
		<dc:creator><![CDATA[国際教育ナビ編集部]]></dc:creator>
		<pubDate>Thu, 19 May 2022 02:00:51 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[教育トーク]]></category>
		<guid isPermaLink="false">https://kknavi.jp/?p=2568</guid>

					<description><![CDATA[<p>&#160; いよいよ2022年度から全国の高校で本格的に探究型学習科目が導入されました。 しかし、総合学習との違いや、探究型学習についてどこまで取り組むべきなのか、真剣に悩んでいらっしゃる先生方も多いのではないでしょう…</p>
<p>The post <a href="https://kknavi.jp/conversation/2568/">教師自ら学び続ける意義</a> first appeared on <a href="https://kknavi.jp">国際教育ナビ</a>.</p>]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p>&nbsp;</p>
<p><span style="font-weight: 400;">いよいよ2022年度から全国の高校で本格的に探究型学習科目が導入されました。</span></p>
<p><span style="font-weight: 400;">しかし、総合学習との違いや、探究型学習についてどこまで取り組むべきなのか、真剣に悩んでいらっしゃる先生方も多いのではないでしょうか。</span></p>
<p><span style="font-weight: 400;">文部科学省の問題意識にも理がある一方、探究活動を本格的に授業現場に盛り込むための課題は山積みで、学内だけではなかなか解決が難しいことも&#8230;。</span></p>
<p><img loading="lazy" class="alignnone size-medium wp-image-2575" src="https://kknavi.jp/wp/wp-content/uploads/2022/05/7c9ad52937ea65d389e902c4994799d7-600x401.jpg" alt="" width="600" height="401" srcset="https://kknavi.jp/wp/wp-content/uploads/2022/05/7c9ad52937ea65d389e902c4994799d7-600x401.jpg 600w, https://kknavi.jp/wp/wp-content/uploads/2022/05/7c9ad52937ea65d389e902c4994799d7-1200x802.jpg 1200w, https://kknavi.jp/wp/wp-content/uploads/2022/05/7c9ad52937ea65d389e902c4994799d7-768x513.jpg 768w, https://kknavi.jp/wp/wp-content/uploads/2022/05/7c9ad52937ea65d389e902c4994799d7-1536x1027.jpg 1536w" sizes="(max-width: 600px) 100vw, 600px" /></p>
<p><span style="font-weight: 400;">そこで今回は、学外の研究会を活用して探究学習指導に取り組む高瀬聡伸先生(山脇学園中学校高等学校)に、学外に学びの場を作る重要性についてお話をお伺いしました。</span></p>
<p>&nbsp;</p>
<h2><strong>学校外との繋がりを求めた結果ESNというコミュニティが誕生</strong></h2>
<p><img loading="lazy" class="alignnone size-medium wp-image-2574" src="https://kknavi.jp/wp/wp-content/uploads/2022/05/13c052f396a73fcbc5193acc1266a93b-600x401.jpg" alt="" width="600" height="401" srcset="https://kknavi.jp/wp/wp-content/uploads/2022/05/13c052f396a73fcbc5193acc1266a93b-600x401.jpg 600w, https://kknavi.jp/wp/wp-content/uploads/2022/05/13c052f396a73fcbc5193acc1266a93b-1200x802.jpg 1200w, https://kknavi.jp/wp/wp-content/uploads/2022/05/13c052f396a73fcbc5193acc1266a93b-768x513.jpg 768w, https://kknavi.jp/wp/wp-content/uploads/2022/05/13c052f396a73fcbc5193acc1266a93b-1536x1027.jpg 1536w" sizes="(max-width: 600px) 100vw, 600px" /></p>
<p><span style="font-weight: 400;">（五十嵐）私自身、今大学で英語と社会の教員免許取得を目指す子たちに関わっていますが、教員採用試験や節目節目の授業で、理想の教師像やどんな教員になりたいか考えさせる機会が結構あります。</span></p>
<p><span style="font-weight: 400;">その中で、私も学生たちも思っていることとしてよく出てくるのが、教える生徒が学習するとき、教師自身が学習をどのようにしていくのかモデルにならなければいけない。つまり、自主的、主体的に学ぶことを、教師自らその姿勢や背中を見せる必要があるということです。</span></p>
<p><span style="font-weight: 400;">高瀬先生は、学校外でも様々な活動をなさってると思いますが、学内の研修などではなく学校外で、教師自ら学び続ける意義ということについて先生のお考えをお聞かせいただけますでしょうか。</span></p>
<p><span style="font-weight: 400;">（高瀬）学校外で学ぶことについて、私が意識するようになったのは30代に入ってぐらいのことです。</span></p>
<p><span style="font-weight: 400;">私自身が大学卒業をしてからすぐの1校目は都内の私立女子校に勤務を始めまして、そこでいわゆる担任、教科指導、部活、校務分掌という、オーソドックスな教員生活を7年間ぐらい務めました。</span></p>
<p><span style="font-weight: 400;">当時、自分の指導力を伸ばしたいという気持ちがあったのですが、職場の内側だけの学びに限界を感じて、外側に気持ちを向けて繋がっていきたい想いがありました。</span></p>
<p><span style="font-weight: 400;">それでも、年に数回、例えばどこかが主催するセミナーや勉強会に参加する程度でした。</span></p>
<p><span style="font-weight: 400;">セミナーでは、実力のある先生がお話をされたり、少し隣席の方と話し合う時間を持ったりするのですが、単発で終始することが多く、参加者と継続的なつながりがないと感じました。</span></p>
<p><span style="font-weight: 400;">もう少し少人数で、ワークショップや一つのテーマを継続的に話し合っていく学び合いの場がないものか漠然と思っていました。</span></p>
<p><span style="font-weight: 400;">その時に偶然にも当時勤めていた私立で、Z会のニュートレジャーという検定外教科書を採用して、私はその導入の先頭学年というポジションを任されました。</span></p>
<p><span style="font-weight: 400;">当時、Z会が年に1度主催する大きな会があり、他校がどのようにその教科書を扱っているか学ぶ機会がありました。</span></p>
<p><span style="font-weight: 400;">その時、名刺交換した他校の先生とメールでやりとりするようになりました。そして、年に1回実施する勉強会では物足りない話になり、教員が有志でつくる勉強会をやってみましょうと話が進みました。</span></p>
<p><span style="font-weight: 400;">そこで当時、かえつ有明にいらした久保先生、京都女子にいらした吉川先生と、私の3名で、ニュートレジャーの自主的な勉強会を立ち上げました。</span></p>
<p><span style="font-weight: 400;">吉川先生は地元でもともとニュートレジャーの勉強会を立ち上げておられました。そのノウハウを教えていただきながら、東京でも実施してみることにしました。最初は数名の参加者でしたが、年を追うごとに規模が大きくなっていきました。</span></p>
<p><span style="font-weight: 400;">会の規模が大きくなるにつれ、先生方の中で、「ニュートレジャーを採用してる学校の先生だけのつながりにしておくにはもったいない」「全国の英語の先生にも参加してもらえる研究会にしていきたい」と話すようになりました。</span></p>
<p><span style="font-weight: 400;">そこで、ESN英語教育総合研究会と新たに名称を変更し、その中に、ニュートレジャー研究会、国際バカロレア研究会、クリティカルシンキング研究会、ICT研究会など設置。各分野の先端で活躍されている先生方を中心に、全国区でセミナー、ワークショップ、勉強会などを実施してもらい、研究会が告知や運営の支援をするようにしました。</span></p>
<p><span style="font-weight: 400;">研究会発足から早10年。おかげさまで、今では全国約700名の会員を持つ大きなコミュニティになりました。お互い高め合える仲間を作り、有益な情報交換の場としての役割を今後も担い続けたいと思っています。</span></p>
<p><span style="font-weight: 400;">（五十嵐）外と繋がるということが、教員として大事ということですね。</span><span style="font-weight: 400;">私立は流動性がなく、いろんな先生方と関わる人数とかも限られていて刺激を受けづらい。時代と共に生徒の特性も変わっていく中で、自身のスキルアップや、教員自身が変わっていく必要性を考えた時に、外と繋がることは大事だと思います。</span></p>
<p>&nbsp;</p>
<h2><strong>探究学習の実現の鍵は社会とのリアルなつながり</strong></h2>
<p><span style="font-weight: 400;">（高瀬）このように30代前半の私のやりがいの一つは、先生同士でつながり、お互いに磨き合い、良いものをシェアし合うということでした。そして30代後半、「探究」というキーワードが出てきて、英語科という枠に収まらない新たな学びの形に出会うことになります。</span></p>
<p><span style="font-weight: 400;">実際に探究の授業を任されて改めて感じたことは、学校の中だけでは完結できない、リアルな人やモノに触れる学びの必要性です。</span></p>
<p><span style="font-weight: 400;">世の中のリアルな課題解決と向き合うためには、教員だけでなく、社会で働く人や社会に貢献している人とつながりを持つことが重要であるということに気付いたのです。</span></p>
<p><span style="font-weight: 400;">（五十嵐）まず初めにそれぞれの教科の先生が探究学習をやることになれば、自分の教科に関連する探究学習がやりやすいと思うのですが、それだけではなく、企業や大学とのつながりを通した探究学習も大事ということでしょうか。</span></p>
<p><span style="font-weight: 400;">（高瀬）そう考えています。探究の定義というのは非常に曖昧ですが、課題解決という点に限れば、生徒の興味関心とリアルな社会課題をリンクさせ、世の中の誰かの困ったを解決するアイデアを出したり、実践したりすることではないかと思っています。</span></p>
<p><span style="font-weight: 400;">しかし、生徒が持つ興味関心は必ずしも自分が指導できるような専門領域ではないことの方が圧倒的に多いのです。そして、この発想自体が、教員は知識、敬虔共に生徒よりも勝っていなければいけないという上下関係に縛られてることにあるとき気付かされました。</span></p>
<p><span style="font-weight: 400;">探究学習のポイントはティーチャーであることよりも、ファシリテーター、コーチであることの方が重要で、「それおもしろいね、データとるためにこんな実験できないかな」とか「ここに連絡取ると専門の人の話を聞けるんじゃないかな」とか、生徒が自走するための手伝いをすることが大切と感じるようになりました。</span></p>
<p><span style="font-weight: 400;">そうすると、今回のテーマにもつながるんですが、外とつながって自分を高め合う関係というのは、実は教員同士だけでなく、社会で働く人たちとのつながりも非常に大切になってくるということです。</span></p>
<p><span style="font-weight: 400;">（五十嵐）私自身は今高瀬先生のお話を伺って視野が広がった気がします。</span></p>
<p><span style="font-weight: 400;">今回インタビューさせていただくことになったときに、ESN、English Study Networkなので、英語の先生方の英語についての勉強会、研究会というのが念頭にありました。ですが、企業の方とのつながりまで話が広がっていくんだということを知って感銘を受けました。</span></p>
<p><span style="font-weight: 400;">それは進路指導とかに活かせたりしますよね。</span></p>
<p><span style="font-weight: 400;">（高瀬）もちろんです。</span></p>
<p><span style="font-weight: 400;">（五十嵐）若い頃、私自身も学部を卒業してすぐに教員になったので、他の業種・会社をまったく知らずに教員になりました。</span><span style="font-weight: 400;">そのため教員以外の職種や仕事をイメージしにくい。</span></p>
<p><span style="font-weight: 400;">出身学部自体は経済系だったので、友人は色々な企業に就職しましたが、自分が指導するとなったときに、メジャーな職種は分かっているけれども、それをやりたいならどういう学びが必要かとか、どういうところに行けば有利なのかまでは分かっていませんでした。そのため、そこまで知識がない中で手探りの状態で進路指導してたなと、あの頃の指導してた生徒たちには申し訳ないことをしていたなと思うこともあります。</span></p>
<p>&nbsp;</p>
<h2><strong>ESNが作る企業と教員のフラットな関係</strong></h2>
<p><img loading="lazy" class="alignnone size-medium wp-image-2577" src="https://kknavi.jp/wp/wp-content/uploads/2022/05/e71431e89b03902dc7b56eac21cad83c-600x401.jpg" alt="" width="600" height="401" srcset="https://kknavi.jp/wp/wp-content/uploads/2022/05/e71431e89b03902dc7b56eac21cad83c-600x401.jpg 600w, https://kknavi.jp/wp/wp-content/uploads/2022/05/e71431e89b03902dc7b56eac21cad83c-1200x802.jpg 1200w, https://kknavi.jp/wp/wp-content/uploads/2022/05/e71431e89b03902dc7b56eac21cad83c-768x513.jpg 768w, https://kknavi.jp/wp/wp-content/uploads/2022/05/e71431e89b03902dc7b56eac21cad83c-1536x1027.jpg 1536w" sizes="(max-width: 600px) 100vw, 600px" /></p>
<p><span style="font-weight: 400;">（五十嵐）英語教育に関する研究会や勉強会などのコミュニティは他にもありますが、教員は教員だけで集まっている組織やコミュニティが多いと思うんです。</span></p>
<p><span style="font-weight: 400;">ESNさんは、教員で固まってるというよりもっと広く、いろんな人と繋がるようなネットワークっていう感じなんですかね。</span></p>
<p><span style="font-weight: 400;">（高瀬）そうですね。当初は教員中心の研究会でしたが、ここ数年では、企業会員も増えています。職場とは関係なく学びたい方や、学校という現場のニーズをしっかり掴んだ上で、サービスを構築したい、教材を提供したいと望む教育産業の方も増えてきました。</span></p>
<p><span style="font-weight: 400;">そういった方たちに学びの場を提供し、教員とのフラットな関係性の中で、現場のニーズ把握や、自社サービスの改善などに役立ててもらえればと思っています。</span></p>
<p><span style="font-weight: 400;">（五十嵐）探究学習のお話に戻りますが、探究学習は探究学習の時間として時間が当てられていますか？</span></p>
<p><span style="font-weight: 400;">教科の中で何かやるわけではなく、探究の時間があるのでしょうか？そうするとそれは担任がファシリテート役というか担当ということになるんでしょうか？</span></p>
<p><span style="font-weight: 400;">（高瀬）学校のやり方にもよりますが、総合探究という時間ができるという点においていえば、担任が大きく関わることになります。</span></p>
<p><span style="font-weight: 400;">（五十嵐）それで大きな英語研究の団体や会というと、全英連などがありますよね。あちらは結構かっちりしてるんだけども、ESNはもう少しカジュアルに集まり、ざっくばらんにいろいろ情報共有し合う、その中で企業さんが宣伝したいものは持ってきてもらっても構わないし、口コミも情報共有する。フランクというより敷居が低くてみんな参加しやすい会といった点が特徴でしょうか。</span></p>
<p><span style="font-weight: 400;">（高瀬）おっしゃるとおりです。ESNは日本の英語教育をより良くしたいと願う人なら誰でも参加できるゆるやかな研究会です。</span></p>
<p><span style="font-weight: 400;">（五十嵐）うまく連携して、良い関係性を作ってやっていくということですね。</span></p>
<p>&nbsp;</p>
<h2><strong>外の世界を勉強する心の余裕を持っていたい</strong></h2>
<p><span style="font-weight: 400;">（五十嵐）ESNの活動は、そんなにきっちりかっちりというわけではないお話をしていただきましたが、ある程度の時間を割いて集まったり、勉強し合ったり、情報共有しあったり、イベントがあるならイベントに参加するための時間を確保しなきゃいけないと思うんです。</span></p>
<p><span style="font-weight: 400;">しかし、全国的に先生方はどこの学校も分刻みで毎日動くなど大変忙しいイメージがあります。</span></p>
<p><span style="font-weight: 400;">私自身も中学校・高校で勤めていた時は凄く忙しかった記憶があり、私立だと土曜日も授業があるじゃないですか。平日より土曜日が逆に凄い忙しい時もある。日曜しか使える時がない、その日曜も部活で潰れるケースも。</span></p>
<p><span style="font-weight: 400;">そんな中で、高瀬先生はアクティブに活動されていると思うのですが、どのように時間を工夫して確保されてるのかは先生方は知りたいと思います。時間を割くコツや工夫を教えていただきたいです。</span></p>
<p><span style="font-weight: 400;">（高瀬）本当に先生は忙しいですよね。忙しくなりすぎると組織の内側しか見えなくなり、自己研鑽も後回しになりがちです。</span></p>
<p><span style="font-weight: 400;">プラスアルファに時間を割くための私なりの工夫をあげるとするなら、自己研鑽のための小さな探究マインドを頭の片隅に常に置いておくことかと思っています。その年の自分の関心事は何か、どんな人と繋がってみたいか、その条件を満たすコミュニティはないか、なければ作ってみてはどうか、同じことを考えている他校の先生に声をかけてみようか、といった具合です。もちろん、本業優先なので、動きたくても動けない時期のほうが圧倒的に多いのですが。</span></p>
<p>&nbsp;</p>
<h2><strong>介護や育児に縛られずに誰もが参加しやすい会にする為に</strong></h2>
<p><span style="font-weight: 400;">（五十嵐）デリケートな話になるかもしれませんが、アクティブに集まって活動されてる先生方の男女比は半々ぐらいですか。</span></p>
<p><span style="font-weight: 400;">（高瀬）会員の内訳という意味では男性が7割、女性が３割です。</span></p>
<p><span style="font-weight: 400;">（五十嵐）教員、特に英語の先生は割と女性の先生も結構多いような気がしますが、それはどうしてでしょうか。一般的に、女性の方が人と接したり人とお喋りしたりするのが好きな傾向にあるイメージなので、女性と男性で半々でも良さそうですが、男性の方がやっぱり圧倒的に多いのでしょうか？</span></p>
<p><span style="font-weight: 400;">（高瀬）圧倒的に多いですね。</span><span style="font-weight: 400;">ただウェビナーになってから女性の参加率も増えています。時間的な制約、空間的な制約を受けないためかもしれません。</span></p>
<p><span style="font-weight: 400;">（五十嵐）身も蓋もないことを言ってしまうと、私自身も子どもが小さいんですが、家を空けづらいですね。子どもがいる場合、パパとママと両方いたときに、パパの方が出かけてもいいというか出かけやすい、まだそんな世の中なんじゃないかなって思います。その男女比なんかにもジェンダーギャップが反映されてるんじゃないかと感じます。</span></p>
<p><span style="font-weight: 400;">私も勉強会やセミナーに積極的に参加したい方の人間で、学会についても、子どもが生まれる前は、年に3回ぐらいは海外の国際学会に行ったりしていました。国内の学会も合わせたらたくさん参加していたんですけど、子どもが生まれてからは物理的に参加できなくなってしまいました。行きたいのですが、肝心なところでやっぱり行けないとか、子どもが熱を出してしまっていけないなどもよくあります。</span></p>
<p><span style="font-weight: 400;">圧倒的に男性が多いという話を聞いて、子育てや介護のように何か家庭の事情があった時に、まだ女性が率先して担わなきゃいけないというようなことがあるのかなと、そのように思ってしまいました。</span></p>
<p><span style="font-weight: 400;">（高瀬）的を射ていると思います。</span></p>
<p><span style="font-weight: 400;">男女平等、女性の社会進出というスローガンは掲げられて久しいですが、実際、男性の育休取得率は未だに低いですし、年休消化率も主要各国と比べて低いという調査結果も出ています。結果として、女性には家庭での様々な仕事が軽減されることなく、社会進出を余儀なくされていているのではないかという仮説があります。</span></p>
<p><span style="font-weight: 400;">（五十嵐）参加されてる先生方にアンケートを取ってみたくなりました。お子さんがいるのかとか、介護が必要な方がお家にいるのかとか、配偶者の有無など。</span></p>
<p><span style="font-weight: 400;">恐らく組織的な運営を考えると男女比半々ぐらいの方がバランスはいいんですよね。</span></p>
<p><span style="font-weight: 400;">ESNとしては、もうちょっと女性の先生でアクティブなメンバーが結構増えると良いかなと考えてらっしゃいますか？</span></p>
<p><span style="font-weight: 400;">（高瀬）そう思います。</span></p>
<p><span style="font-weight: 400;">（小泉）逆にESNとしてはチャンスよね。そういった女性が参加しやすいイベントのやり方を模索して、例えば何かESNの中の分科会のようにやったら良いのではないでしょうか。例えば、出版社の勉強会も男性が多い、出版社は編集部は女性も多いですけど、本当に中高年男性が多くて（笑）ESNの先生方は女子校の先生がすごい多いじゃないすか。高瀬先生もそうですし。「ESNはそういった女性の味方です」。そんな見せ方ができたら凄く良いですよね。</span></p>
<p><span style="font-weight: 400;">（五十嵐）乳幼児の発達の学会や児童心理に関する学会、児童や乳幼児を研究対象にするような学会だと、託児施設を学会のときに作って、託児サービスを受けられる場合があります。比較的女性の研究者が多いということもありますが。</span></p>
<p><span style="font-weight: 400;">託児スペースを作って、自分が発表したい、自分が聞きたい、ディスカッションしたいところの時間帯は子どもを預ける。子連れで行っても全然構わないみたいな、そういうワークショップや学会も増えつつあるという気はします。</span></p>
<p><span style="font-weight: 400;">今コロナで対面でそういう機会はあんまりないかもしれませんけど、もし対面で今後何かイベントとかされるんだったら、検討してみることは良いことかと。</span></p>
<p><span style="font-weight: 400;">（小泉）当面オンラインだとどうすればいいんですかね。</span></p>
<p><span style="font-weight: 400;">文言で書く以外に何か具体的に、実効性のあるオンラインでのセミナーで、育児世帯が特に女性が参加しやすい工夫などは何か思いついたりしますか？</span></p>
<p><span style="font-weight: 400;">（五十嵐）オンラインであれば、夕御飯から寝かしつけまでの育児家事ピークの時間帯じゃなければ参加しやすいと思うんですよね。横で子どもは泣いたりおしゃべりしたりするかもしれませんが。</span></p>
<p><span style="font-weight: 400;">（小泉）高瀬先生もオンラインで女性の参加比率が上がったと先ほどおっしゃってましたが、セミナー形式であれば、ミュートにしてれば、何かをしながら参加するなどできるところがありますよね。五十嵐さんの問題意識は重要な課題として認識できました。</span></p>
<p><span style="font-weight: 400;">（五十嵐）女性の先生が増えたらいいですよね。</span><span style="font-weight: 400;">ワークショップやセミナーに参加してる間でさえ、他の家族が子どもを見ててくれないとかいう問題があると感じます。私も何か考えられたらお伝えします。</span></p>
<p>&nbsp;</p>
<h2><strong>生徒に思考力と自主性を身に着けさせるポイント</strong></h2>
<p><img loading="lazy" class="alignnone size-medium wp-image-2580" src="https://kknavi.jp/wp/wp-content/uploads/2022/05/b622c1d71242e1962e5be5b5af595916-600x401.jpg" alt="" width="600" height="401" srcset="https://kknavi.jp/wp/wp-content/uploads/2022/05/b622c1d71242e1962e5be5b5af595916-600x401.jpg 600w, https://kknavi.jp/wp/wp-content/uploads/2022/05/b622c1d71242e1962e5be5b5af595916-1200x802.jpg 1200w, https://kknavi.jp/wp/wp-content/uploads/2022/05/b622c1d71242e1962e5be5b5af595916-768x513.jpg 768w, https://kknavi.jp/wp/wp-content/uploads/2022/05/b622c1d71242e1962e5be5b5af595916-1536x1027.jpg 1536w" sizes="(max-width: 600px) 100vw, 600px" /></p>
<p><span style="font-weight: 400;">（五十嵐）私自身、元々中高一貫校で私立で英語の教員をやっていて、そこを退職して大学院に進学しましたが、元々なぜアカデミアの門を叩いたかというと、目の前にいる子どもたち、生徒さんたちの中には、英語が苦手な子どもは絶対いるじゃないですか。</span></p>
<p><span style="font-weight: 400;">その子を見てると、まず勉強のやり方が間違っているような感覚がありました。一般的に物量主義的に量をやらせる先生がいたり、学年でどこからどこまでをやらせるとか、どういう形で小テストを進めるなど、既定路線で決まっているような学校もあります。</span></p>
<p><span style="font-weight: 400;">そのような時、たくさんの課題を与えられると力技で丸暗記してきてしまう子が多い。力がある子だと、たくさん量が与えられてもきちんと意味づけや関連づけなどしながら、丸暗記せずにやりこなせる。しかし、ちょっと苦手だったりしんどい子というのは、結局丸暗記になってしまい、とりあえず小テストは突破できるけれども、定期テスト模擬テストになると全然駄目みたいなことになるんです。</span></p>
<p><span style="font-weight: 400;">どうして丸暗記してしまうのだろうと見ていると、そもそもの日本語、ベースとなる国語の力不足だと分かりました。品詞なども意識して単語は覚えたり書いてほしいのですが、品詞の感覚がないというか。形容詞と副詞の区別がついていないことはありがちです。</span></p>
<p><span style="font-weight: 400;">日本語で考えてみようと、日本語の文を例にすると、日本語で考えてもなかなか難しいと感じるところがありました。言葉に関する意識が低いまま、中学生高校生になったんだなと感じました。</span></p>
<p><span style="font-weight: 400;">国語、つまり母語がしっかりしてないと駄目だなということを痛感しました。そのため何とかそこを突破して、英語の勉強方法を改善したり、英語の動機づけを上げたりすることはできないか、ひいては英語のパフォーマンスも上がるようなことができないかなと。そのため、国語教育と英語教育の連携に強く関心を持っています。</span></p>
<p><span style="font-weight: 400;">そして、それを軸に研究してきたんきたのですが、高瀬先生、ここ最近学習指導要領の中でも、教科等横断的な指導が掲げられて、特に英語という同じ言語を扱うので国語教育との親和性は結構高いと思うんです。それに伴う英語と国語の横断的指導として取り組まれてること、考えてることがあれば教えていただきたいんです。</span></p>
<p><span style="font-weight: 400;">（高瀬）英語は対話の道具・手段ですので、どの教科とも親和性が高いと思っています。一つのテーマを扱う場合、第二言語で出来ることには制限が限界があるので、母語の科目で背景知識の獲得や深掘りした議論やプレゼンを行うなどして、言語活動の場を整地しておいてもらうと英語を乗せやすくなります。</span></p>
<p><span style="font-weight: 400;">逆に言うと、第一言語での思考のロジック訓練がしっかりできていないと、そこに英語を乗せても滅茶苦茶な論理主張やエッセイライティングになってしまうと言えます。</span></p>
<p><span style="font-weight: 400;">小中学校のうちは、まだ基本的な英会話なので、繰り返しの訓練でなんとかなりますが、高校でプレゼン、ディスカッション、ディベート、エッセイライティングなどが本格化すると、様々なロジック破綻が起こりやすくなります。意見の根拠を意見でおぎなってしまったり、トピックの主張とは関係ないサポートセンテンスを書き進めてしまったり。そして、いざそれを日本語で書かせたり説明させてみたりすると、そもそも日本語でもロジック破綻を起こしていることがわかるのです。</span></p>
<p><span style="font-weight: 400;">欧米は書き手が責任を負うローコンテクスト文化で、日本は読み手が責任を負うハイコンテクスト文化とよく言われます。欧米では「阿吽の呼吸」や「以心伝心」という文脈を持たないバックグラウンドを持つ国民が英語を使うわけですから、書き手は誰がどう読んでも同じ解釈になるよう説明したり書いたりする責任を負うよう、幼少期からロジカルシンキングを鍛えます。これがローコンテスト文化の特徴です。</span></p>
<p><span style="font-weight: 400;">一方で、日本では「書き手の心情の変化を読み取る」ことに重きがおかれており、書き手の意見や心情を理解する責任を読み手が負うという性質をもっていると言われています。だから、ロジック破綻を起こしている日本語を私たちが読んでも、なんとか言いたいことを私たちが理解できますし、違和感を持たないことすら生じることもあるのです。</span></p>
<p><span style="font-weight: 400;">（五十嵐）素朴な疑問というか、不勉強なので教えていただきたいんですけれども、アメリカはローコンテクストだという話で、書き手がちゃんと明確に書いていたり、発信する側はちゃんと明確に発信する必要があるという話があったと思います。では、いわゆるイギリス英語は文化的には書き方がちょっと違うんでしょうか？</span></p>
<p><span style="font-weight: 400;">イギリスも、ヨーロッパ大陸の国々から攻め込まれたり攻めたり、支配したりされたりという歴史があるので、アメリカと似たような文章表現の文化があるのか、あるいはアメリカの文章表現とイギリスの文章表現は、同じ「英語」ですが違いはあるのでしょうか？</span></p>
<p><span style="font-weight: 400;">（高瀬）私も専門家ではないので詳しくは分からないですが、イギリスもかなりエビデンスベースで物事を動かす国と聞いています。コロナによるロックダウンや規制緩和は、きちんとした統計データをベースに政府が判断しているというニュースを見ました。国民に説明責任を果たすという点で、エビデンスをしっかり提示することを重視しているのだとすれば、イギリスもまたローコンテスト文化（発信する側の責任が重い）という見方もできるでしょう。</span></p>
<p><span style="font-weight: 400;">話は戻りますが、過去に務めた学校で、同僚が大学院に通いながら勤務していたのですが、修士論文の中途チェックを受ける際、とにかく英語ネイティブの教授に指摘を受けたのは「この部分は事実ですか、それともあなたの意見ですか、意見だとしたらそれを証明するファクトはありますか」という事だったそうです。また、権威のある人の発言や、信用できる団体の調査結果を引用しても、それが本当に正しいのか、自分に都合がよいデータソースだけ集めていないか、などバイアスについてもかなり厳しい指摘があったそうです。</span></p>
<p><span style="font-weight: 400;">（五十嵐）私も大学院に進学してすぐに指導教授に教え込まれたのは「自分の頭で考える」ことの大切さです。どれだけ権威のある方の言ったことでも鵜呑みにせず、眉唾で受け止める。それでその人の考えを否定することはその人自身、つまり、その人の人格否定にはならないということです。そして、そのことを意識して情報を精査することが大切だということなんです。</span></p>
<p><span style="font-weight: 400;">少し恥ずかしいですが、私はそういった事を大学院に入って初めてきちんと考えたんですが、中学高校よりもっと小さいころからそうした考え方が出来る訓練が必要です。その意味で、情報リテラシーや批判的思考、論理的思考を育成する教育が大切ですよね。それをまずは国語で、母語でやって、基盤を整えて、英語でもできるように支援することが国語・英語教員にとって大事な仕事なんじゃないかと思います。さきほどお話の中に出てきた探究学習には情報リテラシーや批判的思考、論理的思考が欠かせませんから。</span></p>
<p><span style="font-weight: 400;">今回は、本当にありがとうございました。私自身は中高の現場から離れてしばらく経ちますので、今の現場の先生の生の声は大変勉強になりました。次の機会には国語教育と英語教育の連携をメインにディスカッションさせていただけたら嬉しいです。</span></p><p>The post <a href="https://kknavi.jp/conversation/2568/">教師自ら学び続ける意義</a> first appeared on <a href="https://kknavi.jp">国際教育ナビ</a>.</p>]]></content:encoded>
					
		
		
			</item>
		<item>
		<title>現職校長からの提言～学習者中心の教育観で柔軟な指導を～</title>
		<link>https://kknavi.jp/conversation/4084/</link>
		
		<dc:creator><![CDATA[国際教育ナビ編集部]]></dc:creator>
		<pubDate>Tue, 18 Oct 2022 01:00:21 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[教育トーク]]></category>
		<guid isPermaLink="false">https://kknavi.jp/?p=4084</guid>

					<description><![CDATA[<p>コロナ禍により、社会全体が大きく様変わりしました。特に、学校教育現場では、オンライン授業への切り替え、分散登校、給食の黙食、諸々の感染対策指導、などなど、これまで以上に臨機応変、かつ柔軟な対応が求められるようになりました…</p>
<p>The post <a href="https://kknavi.jp/conversation/4084/">現職校長からの提言～学習者中心の教育観で柔軟な指導を～</a> first appeared on <a href="https://kknavi.jp">国際教育ナビ</a>.</p>]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p><span style="font-weight: 400;">コロナ禍により、社会全体が大きく様変わりしました。特に、学校教育現場では、オンライン授業への切り替え、分散登校、給食の黙食、諸々の感染対策指導、などなど、これまで以上に臨機応変、かつ柔軟な対応が求められるようになりました。</span></p>
<p><span style="font-weight: 400;">変化の著しい社会を生き抜くために</span><b>、</b><strong>子どもたちに「主体的に考え、仲間と協調し、課題解決していく力」を育む必要性が叫ばれていますが、そのためにはまず、指導・支援する立場にある教師がそのような力を十分に備え、発揮していく必要があります。</strong></p>
<p><span style="font-weight: 400;">複雑かつ、日々変化する「教育」という営みを成功させるために、現場の教師が心得ておくべきこととはどのようなことでしょうか。今回は、大阪府岬町立岬中学校の信田清志校長先生に、「教師教育」や「健全な教師コミュニティの構築」を切り口に、お話を伺いました。（聞き手：五十嵐　美加）</span></p>
<p>&nbsp;</p>
<p><img loading="lazy" class="size-medium wp-image-4092 aligncenter" src="https://kknavi.jp/wp/wp-content/uploads/2022/10/c9c33c2a89443598fa3ad46c6123c288-600x549.png" alt="" width="600" height="549" srcset="https://kknavi.jp/wp/wp-content/uploads/2022/10/c9c33c2a89443598fa3ad46c6123c288-600x549.png 600w, https://kknavi.jp/wp/wp-content/uploads/2022/10/c9c33c2a89443598fa3ad46c6123c288-768x702.png 768w" sizes="(max-width: 600px) 100vw, 600px" /></p>
<p>&nbsp;</p>
<h2>「教師の良し悪し」は教師コミュニティ次第</h2>
<p><span style="font-weight: 400;">（五十嵐）ご専門が外国語教育学や教師教育ということで、どんな研究や活動をされてきたか、今までのことをお聞きしたいです。</span></p>
<p><span style="font-weight: 400;">（信田）僕が、最初に着任した学校はすごく荒れていました。そこで4年間お世話になりましたが、英語の授業の前に、「教師の仕事って何だろう？教育って何だろう？」ということをすごく考えさせられたんです。このときは荒れている原因を言語化することができませんでしたが、「どうやら、荒れの原因は子どもたちの責任」ではないようだ」ということだけはぼんやり気がついていました。</span></p>
<p><span style="font-weight: 400;">その後、当時の同僚が働いていた学校、現在校長をしている岬中学校に転勤しました。７年間担任をさせていただき、本当に多くのことを教育実践家である同僚たちから学ばせていただきました。また、自身の専門分野である外国語（英語）教師としての実践も少しずつ認められてきました。</span></p>
<p><span style="font-weight: 400;">そんな矢先に「指導主事」としての役目を仰せつかりましたので、初任校を含めた11年間の中学校教員の教育実践を携え、新しい勤務先である大阪府教育委員会（現大阪府教育庁）へ向かいました。</span></p>
<p><span style="font-weight: 400;">まっ、「３年程度」と聞いていたので、荷物も多く残していきました。だって、まさか13年も勤務するとは思ってなかったですからね、その時は（笑）。</span></p>
<p><span style="font-weight: 400;">たまたま、私が指導主事になった、ちょうどその時、「大阪府の学校教育や外国語（英語）教育を変えよう」という変革の機運が高まっていました。ですので大阪府教育委員会時代はだいぶ好きなことをやらせていただきました（笑）。具体的に何をさせていただいたのかといえば、</span><a href="https://www.eiken.or.jp/casestudy/2014/0430_100_o.html"><span style="font-weight: 400;">「使える英語プロジェクト（平成23年～平成25年）」という英語教育に特化したプロジェクト</span></a><span style="font-weight: 400;">の制度設計と運営担当をさせていただいたのです。当時の文部科学省が全国の指定中学校を対象に実施していた英語事業の規模が数億円でしたが、それを上回る規模のプロジェクトでしたので、非常に業務は大変でしたが充実感はありました。</span></p>
<p><strong>しかし、ここで問題がでてきたのです。当時の自分は英語教育の実践はしたことがあっても、理論的な背景知識を持ってはいませんでした。「大阪の英語教育担当者としてこれではいけない」と思い、府教育委員会の指導主事をしながら関西大学大学院外国語教育学研究科に行くことを決意しました。</strong></p>
<p><span style="font-weight: 400;">仕事をしながら大学院に行っていました。当時の府教育委員会は大変忙しく、「不夜城」といわれるくらいでした。今から考えると無茶な決断をしたものです。また大学院では「（その大学院の中で）最も厳しい」という評判のゼミに進んで所属していましたから論文や参考文献の読み込みなどの課題もたくさん出ましたし、本当によく勉強をしました。３年間、フラフラになりながらもなんとか修士課程を修了しました。今、振り返っても指導教官の教授をはじめ、全ての方に感謝の気持ちしかありません。私は本当に恵まれていました。</span></p>
<p><span style="font-weight: 400;">いろんなことを学びましたので、創発的視点で初任校の「荒れている原因」を少しずつ言語化できるようになりました。</span></p>
<p><span style="font-weight: 400;">外国語教育学の先行知見を踏まえて考察すると、例えば、サイモン・ボーグ（Simon Borg）という人の、Language Teacher Cognition（言語教師認知）という学問領域ですが、</span><strong>S・ボーグは「言語教師認知というのは、英語教師が何を考え何を知り何を信じて行動してるかということを探究する学問」で、教師は自分の持っている認知に基づいて授業を行っているとしています。</strong></p>
<p><span style="font-weight: 400;">また、S・ボーグによると、教師が英語教師を認知するのには4つの区間があるとしています。教師の認知というのは、4つの区間から作られていて、まず、自分が習った授業で、つまり教師は学んだ風に教えるんです。ある意味絶対的なところで、それに憧れて教師になることもあります。2つ目は、教師になろうと決めたときに入った大学でどんな教育を受けたか。教員養成課程でどんなことを学んだか。3つ目が初任校です。最初に働いて教師として実際に働きだしたときに体感したり見たりしたことです。そこで一緒に働く同僚とか。要は自分が受けてきた英語教育、大学で教師になろうと思って受けた教育、それから初任校。最後は今自分がいる英語教師としての教育コンテクストや学校コンテクストです。</span></p>
<p><span style="font-weight: 400;">それらの4つが1つになって、教師像や教師イメージを構成し、教師認知に基づいた授業が展開されています。例えば訳読をずっとやってきた人は、訳読をやってしまうんです。そういう経験をしてきたので。それを大学でも修正されなかったらそのままやってしまうし、初任校でそれを得意としている同僚がいたら、その授業スタイルがいいと思ってしまう。</span></p>
<p><span style="font-weight: 400;">でも、訳読をずっとやっていても、大学に入ったときにいろんなやり方を知って、それがいいなと思ったら多少は上書き保存されていったり、ミックスされていったりします。次に行った初任校が教師はこんなふうに授業するよというのを最初に教えてくれる場所なので、例えば、そこが徹底した訳読方式中心だったら、そっちに行こうと思ってしまう。</span></p>
<p><span style="font-weight: 400;">日々のコンテクストが何も影響を与えなかったら、最初の3つで得た認知は固定化され（fossilization）ていくといわれています。そうなってしまうと、教え方を変えることは難しいです。</span></p>
<p><strong>実際には今の状況や社会のニーズによって、絶えずその認知をアップデートして柔らかくしていかないといけないのに・・・</strong></p>
<p><strong>私が最初に行った学校はそういう「学校をアップデートする」コンテクストが弱かった。ひと昔まえの「教師はこうあるべきだ」という古い文脈のまま固まってしまい、その影響をまともに受けていたんだと推測しています。次に行った学校はそれが非常に柔軟で、30年前くらいから今の時代で提唱されている教育実践がされていました。本当に、全てのやり方で違いを感じましたし、今も感じています。</strong></p>
<p><strong>要するに、成長する教師コミュニティを育まないといけないということです。</strong></p>
<p><span style="font-weight: 400;">院生時代の論文では、そのような先行知見に基づき「教育実践家のとして望ましいコミュニティづくり」を進めるためには校内でどのようなレッスンスタディをすればいいかを考えて、授業観察のオブザベーションシートを作成しました。そして、その使用感をもとに出てきた意見やリアクションをまとめたものが修士課程で行った研究でした。</span></p>
<p><span style="font-weight: 400;">（五十嵐）現在のコンテクストに含まれる、所属している教師コミュニティが健全で、適切、最適なものでないといけないという話なんですね。</span></p>
<p><span style="font-weight: 400;">（信田）その通りです。</span></p>
<p>&nbsp;</p>
<p><img loading="lazy" class="size-medium wp-image-4094 aligncenter" src="https://kknavi.jp/wp/wp-content/uploads/2022/10/e1cfad8e0af73539c74b18c128aba191-600x933.png" alt="" width="600" height="933" srcset="https://kknavi.jp/wp/wp-content/uploads/2022/10/e1cfad8e0af73539c74b18c128aba191-600x933.png 600w, https://kknavi.jp/wp/wp-content/uploads/2022/10/e1cfad8e0af73539c74b18c128aba191.png 764w" sizes="(max-width: 600px) 100vw, 600px" /></p>
<p><span style="font-weight: 400;">サイモン・ボーグ著　Teacher Cognition and Language Education: Research and Practice（参照：<a href="https://www.amazon.co.jp/Teacher-Cognition-Language-Education-Linguistics/dp/0826477283">https://www.amazon.co.jp/Teacher-Cognition-Language-Education-Linguistics/dp/0826477283</a>）</span></p>
<p>&nbsp;</p>
<h2>良い教師コミュニティの3つの条件</h2>
<p><span style="font-weight: 400;">（五十嵐）「良い教師コミュニティ」を言語化することができるようになったとおっしゃっていましたが、良いコミュニティとは、ずばりどういうものなんでしょうか。</span></p>
<p><span style="font-weight: 400;">（信田）</span><strong>大きなポイントは3つです。まず1つは、「教育活動は学習者主体ということが共通認知されている」ことです。その次にそれらの共通認識の上に教師同士がお互いの学びを暗黙知だけでなく、科学的先行知見に基づいて理解していることです。言い換えると感覚的なものではなくて、時代の潮流や理論的枠組みをきちんと理解していることが大切です。</strong></p>
<p><span style="font-weight: 400;">（五十嵐）さっきのオブザベーションシートの話と同じで、生徒たちが楽しそうに活動できてよかったよねというざっくりした感想ではなくて、科学的学術的なバックグラウンドに基づいた判断で、お互いの教師のことを見ることが大事ということですか？</span></p>
<p><span style="font-weight: 400;">（信田）「Getting to Maybe- How the world is changed-」という書籍があります。ソーシャルイノベーションを実践家の視点から、コミュニティづくりと共に書いたものですが、そこには私たちが直面している課題は大まかに分けて3種類あるとしています。1つは、「単純な課題」、マニュアルで対応できる問題です。飲食チェーン店では、どの店の、どの店員さんがつくってもだいたい同じ品質のものが商品として提供されます。これは簡単でシンプルな問題です。</span></p>
<p><span style="font-weight: 400;">次は「煩雑な課題」です。これは実験して1回成功してコツをつかんだら大体次からは成功します。つまり、再現の可能性がある課題です。月にロケットを送る場合などがそうですね。金属やエネルギーなど、いろんな専門家が集まって実験を繰り返し、失敗や経験をもとに課題を解決します。これはさっきみたいなマニュアルでできる「単純な課題」よりも解決まで「煩雑」です。でも、成功条件はだいたいいつも同じなので結果の確実性は高いです。</span></p>
<p><span style="font-weight: 400;">最後は、複雑な問題です。例えば子育てですね。子どもを一人育てれば、二人目もうまく育てることができるとは限らない。その逆もあります。天気予報なども当てはまるかもしれないですね。ほぼほぼ当てられるけど、1年後や10年後は予想できません。</span></p>
<p><span style="font-weight: 400;">（五十嵐）梅雨は毎年来るけど、いつ始まっていつ終わるかは年によって違うし、台風もくる時期はだいたい同じだけれども、具体的にいつ、いくつ、どんな規模のものが来るのかは分からないということですね。</span></p>
<p><span style="font-weight: 400;">（信田）そういうことです。それは、空気の動きや、ちょっとした温度の変化など、そんな小さいファクターの積み重ねが天気を構成しているからです。それは非常に入り乱れています。少し難しい言い方で「複雑系」といわれる分野です。</span></p>
<p><span style="font-weight: 400;">教師も、最後の複雑系の科学と同じであると考えられます。</span><strong>子どもの状況は毎日一緒じゃないし、肝心の教師の状況や心情も毎日違います。しかも教える内容も毎日変わってくるし時間割りも毎日同じではないです。ということは、マニュアルで対応できないということが前提です。しかも経験を積み重ねていけばある程度成功する見通しはあるけど、10年間絶対間違わない教育実践ということはないです。子どもも変わりますから、絶えず検証していくことが重要です。</strong></p>
<p><strong>複雑系科学に基づいたときに、教師はその場その場の最適な答えをつくっていきながら授業をしているので、それだけにたよると「這いずり回る」授業実践となります。</strong>また<span style="font-weight: 400;">1つ発問したときに誰が答えるのかも、その場でベストな選択をして選ばないといけません。課題提示の方法も答えを子どもがつい考えたくなるように子どもとのインタラクションの中で見つける必要があります。”この手順によるべし”という絶対的な正解はないんです。</span></p>
<p><span style="font-weight: 400;">（五十嵐）今ちょうど教育実習生の事前指導をやっていますが、1人1人の研究授業を見に行くんです。ベテランの先生と実習生のどこが違うかというと、一番違うところは臨機応変さなんですよね。指導案通りだったらスムーズなんですが、生徒からちょっと想定と違う反応が出てきたら、どうフォローすればいいか分からないんです。</span></p>
<p><span style="font-weight: 400;">指導案で想定されてないところから、面白い課題に発展したり議論が巻き起こったりして、良いきっかけになるリアクションをしている生徒のことを拾えずに、自分の規定路線で行こうとして、もったいない授業をしていることがあります。</span></p>
<p><span style="font-weight: 400;">（信田）それは最初に言った学習者主体の話にもつながっていますね。学習者中心（＝ラーナー・センター）だったらそこで子どもの反応に委ねられるんですが、指導者中心＝ティーチャー・センター）だとあくまでも自分で隅々まで教えないといけないと思ってマニュアル通りになってしまいます。本屋さんにも「学校で習わない〇〇〇」という本がありますが、だいたい「全てを学校で学ぶ」と思っているのが考え方によってはおそろしいことですし、そんな本が売れているのもおそろしい（笑）。</span></p>
<p><span style="font-weight: 400;">教師の世界のコンテクストは、複雑系科学に近い状況で、マニュアルだけでは駄目だし、煩雑でもない。授業では、その場その場で最善の答えを探し求めること、またその結果が本当に適切だったか振り返る、省察することが重要です。これはドナルド・ショーンや、クリス・アージリアスといった教育研究家が、「省察」という枠組みを既につくっています。英語教師の前に「教師」としてのポテンシャルを高めるためには、複雑系科学の考え方に基づいた実践家としてのコミュニティをつくり、その中で教育実践を「省察すること（させること）」っていくことが大切になるわけです。</span></p>
<p><span style="font-weight: 400;">（五十嵐）良い教師コミュニティのポイントとは、学習者主体と、複雑性科学における教師の学びと&#8230;最後の一つはなんですか？</span></p>
<p><span style="font-weight: 400;">（信田）</span><strong>僕はZPD（発達の最近接領域：Zone of Proximal Development）だと私は思っています。元祖は皆さんご存知のヴィゴツキーです。その理論的進化の先にいるユーリア・エンゲストロームの活動理論による「拡張する学習」や、それらの教育的先行知見の枠組みを学ぶことも大切です。ここでは詳しく説明はしませんが、今のコミュニティを分析する時に、現状を適切に認識、整理して、課題を見つけ、教育文脈の中でもとらえをすることやその姿勢で臨むことが大切です。</strong></p>
<p><span style="font-weight: 400;">まとめると、良い教師コミュニティに必要な視点は、３つで、1つ目はラーナー・センターの教育観、2つ目はアカデミアの視点、特に複雑系科学ですね。3つ目はコミュニティづくりの視点ということですね。</span></p>
<p>&nbsp;</p>
<p><img loading="lazy" class="size-full wp-image-4095 aligncenter" src="https://kknavi.jp/wp/wp-content/uploads/2022/10/de7faf7fff24240db981b54ba0b11f69.png" alt="" width="596" height="822" /></p>
<p><span style="font-weight: 400;">レフ・セミョーノヴィチ・ヴィゴツキー</span></p>
<p><span style="font-weight: 400;">（参照：<a href="https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%AC%E3%83%95%E3%83%BB%E3%83%B4%E3%82%A3%E3%82%B4%E3%83%84%E3%82%AD%E3%83%BC">https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%AC%E3%83%95%E3%83%BB%E3%83%B4%E3%82%A3%E3%82%B4%E3%83%84%E3%82%AD%E3%83%BC</a>）</span></p>
<p>&nbsp;</p>
<h2>管理職に必要な3つの専門性</h2>
<p><span style="font-weight: 400;">（五十嵐）東京の中学校に勤めている友人がいます。公立なのでいろんなところに行きますが、同じ自治体内でも、学校によって雰囲気が随分違うようです。管理職の先生や校長先生が柔軟な考え方を持ってらっしゃって、新しいことをどんどんやっていいよと言ってくれると雰囲気がいいと感じるそうです。管理職の先生の人柄で学校の雰囲気が全く違うと言っていました。</span></p>
<p><span style="font-weight: 400;">（信田）管理職がきちんとしたビジョンを持って、いろんなことを知っていると、生徒指導的なこともできるしアカデミアの話もできますし、教科の指導もできます。</span><strong>良い管理職の条件に、三つの専門性が必要だと思っています。</strong></p>
<p><strong>まずは、教科の専門性です</strong><span style="font-weight: 400;"><strong>。</strong>僕は英語教師だから英語の教科の専門性ですね。その構成要素は、教科指導に対する知識と指導者自身の英語力がどのくらいあるかということです。教えることに関しての知識も必要で、SLA（Second Language Acquisition:第２言語獲得理論）の知見をどれだけ知って、どれだけ授業実践で生かしているのかも大切になってきます。</span></p>
<p><strong>2つ目は、豊かな実践経験です。</strong><span style="font-weight: 400;">いくら英語教育のことを知っていても、いくら英語力が高くても、教師としての実践経験が豊かでなければいけません。</span><strong>教職に係る先生の中には、そこに関する認識が少し難しい方もいるのかもしれません。例え、教科の専門性やそれらの知識がたくさんあっても、「実際に中学生に教えられるか」といえば、話は別になってきますよね。管理職は教師としての豊かな経験や実践を大切にするマインドセットが必要になってきます。</strong></p>
<p><strong>最後に行政能力です。</strong><span style="font-weight: 400;">当たり前かもしれませんが、日本は日本国憲法に基づいた議院内閣制による法治国家です。公立学校における全ての教育活動は、法令として示されている学校教育法等に基づき、その活動が行われています。普段、教職員はそのようなことを気にもしていません。しかし、管理職にはその視点、言い換えると行政知見は不可欠といえます。例えば私が大阪府教育委員会（現 大阪府教育庁）で行政職として職務が遂行できたのは、その知見があったからです。教育行政では「困ったときは（ウワサや風評だけでなく法的根拠になる）原典にあたり、判断をするときは（教員として子どもたちと接していた時の原体験である）原点にかえる」という言葉があります。そうすれば、例えば文部科学省に対しても間違えていることは、はっきりと「間違えていますよ」って臆さずに言えますし、そのことが、学校運営の適切さにもつながっていきます。</span></p>
<p><span style="font-weight: 400;">適切に「喧嘩」ができることは大切です（笑）。</span></p>
<p><span style="font-weight: 400;">つまり、教科の専門性、教師としての経験、行政に知見がある管理職のもとでは働きやすいでしょうね。身近な学校しか知らなくて行政を知らなかったら、教育委員会と対等にはやりとりできないですからね。</span></p>
<p><strong>結局は教師力を育もうとしたら、教科の枠組みを早く越えないといけません。教科の枠組みにとらわれない教師力を高める。そのためには、各教科の「見方・考え方」を踏まえた学習指導要領の熟知は非常に重要です。ある意味、学習指導要領を知っているということは、汎用性があります。教科にこだわらずに教えることができるわけですから。</strong></p>
<p>&nbsp;</p>
<h2>カリスマはいらない</h2>
<p><span style="font-weight: 400;">（五十嵐）私は大学院に進学する前に、何冊も本を出している著名な現職の先生のセミナーに行った経験があります。アクティビティとして部分的に取り入れられそうなものはあるけれど、体系的に自分でやっていくと考えたら、難しいと思います。その先生が勤めていらっしゃる、元々優秀な子どもたちが集まる進学校だからこそできる授業じゃないかと思ったんです。</span></p>
<p><span style="font-weight: 400;">（信田）僕が指導主事の時にやったのが、「カリスマ撲滅運動」です。重要なのは、目の前にいる生徒に、そのときの学校文脈やソーシャルコンテクストに合わせたやり方を採用していくことが大事です。今年から大阪府中学英語教育研究会という中学校英語教員の研究会の会長をしているんですが、その中でもみんなでそういうコミュニティをつくっていこうと伝えています。また、いろんなセミナーに行っていろんな人の話を聞くことも大事です。</span><strong>カリスマに会って、その人のようになりたいと思って過度に意識してしまうと、硬直化が始まります。認知変化が止まってしまうから、価値観を変えられなくなります。</strong></p>
<p><span style="font-weight: 400;">（五十嵐）管理職やコミュニティづくりのリーダーとしてのあるべき姿みたいなのをたくさん教えていただき、大変勉強になりました。例えば、かつて先生が感じていたような違和感を抱いている若手の先生がいたとしたら、どんな助言をしますか？現状を完全に打破することはできなくても、ステップを踏んでいけるとしたらどんなアクションがあり得ますか。</span></p>
<p><span style="font-weight: 400;">（信田）</span><strong>コトバンクのセミナーに参加することかな（笑）答えは外にありますからね。外に答えを探しに行くときに、「有名だから」とか、「カリスマだから」とか、という落とし穴にはまらないように気をつけてください。外に出て答えを見つけるということと、教師の枠を越えていくことに尽きますね。 </strong></p>
<p><span style="font-weight: 400;">（五十嵐）本日は大変勉強になりました。ありがとうございました。不安や悩みを抱える若手の先生方にも響く内容だったと思います。今後も、コトバンクのセミナー等にご登壇いただけると幸いです。</span></p>
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			</item>
		<item>
		<title>「英語教育の開拓者に訊く」シリーズ　第１回 AI時代の到来が外国語教育に与える影響（前編）</title>
		<link>https://kknavi.jp/conversation/4701/</link>
		
		<dc:creator><![CDATA[国際教育ナビ編集部]]></dc:creator>
		<pubDate>Fri, 27 Jan 2023 01:00:23 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[教育トーク]]></category>
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					<description><![CDATA[<p>AIの発達により、翻訳アプリの機能や翻訳サイトのサービスが随分向上してきています。AI時代が到来し、世間では外国語学習の必要性に疑問を持つ声もよく聞かれます。   実際、英語がほとんどできなくても、翻訳ソフトを駆使して、…</p>
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										<content:encoded><![CDATA[<p><span style="font-weight: 400;">AIの発達により、翻訳アプリの機能や翻訳サイトのサービスが随分向上してきています。</span><strong>AI時代が到来し、世間では外国語学習の必要性に疑問を持つ声</strong><span style="font-weight: 400;">もよく聞かれます。</span></p>
<p><span style="font-weight: 400;"> </span></p>
<p><span style="font-weight: 400;">実際、英語がほとんどできなくても、翻訳ソフトを駆使して、海外との取引によって事業を成功させている人もいます。このような時代にあって、英語教師の役割や英語学習の様相も随分と変化しつつあります。AI技術の発展によって外国語教育はいかに変化してきたのでしょうか。そして、今後どのような在り方が求められるのでしょうか。</span></p>
<p><span style="font-weight: 400;"> </span></p>
<p><strong>今回は、「AI時代の到来が外国語教育に与える影響」について、学習院大学文学部英語英米文化学科の冨田祐一教授にお話を伺いました。</strong><span style="font-weight: 400;">冨田教授はかつて英語教員として都立高校に勤務されたご経験もあり、長く英語教員養成にも携わっていらっしゃる先生です。</span></p>
<h2><span style="font-weight: 400;">より良い方法の模索のため、新しいものにトライしてみる</span></h2>
<p><img loading="lazy" class="size-medium wp-image-4367 aligncenter" src="https://kknavi.jp/wp/wp-content/uploads/2022/11/e512366d019851469204e5c18cafa2cb-600x529.png" alt="" width="600" height="529" srcset="https://kknavi.jp/wp/wp-content/uploads/2022/11/e512366d019851469204e5c18cafa2cb-600x529.png 600w, https://kknavi.jp/wp/wp-content/uploads/2022/11/e512366d019851469204e5c18cafa2cb-1200x1058.png 1200w, https://kknavi.jp/wp/wp-content/uploads/2022/11/e512366d019851469204e5c18cafa2cb-768x677.png 768w" sizes="(max-width: 600px) 100vw, 600px" /></p>
<p><span style="font-weight: 400;">（五十嵐）近年AIがかなり進化してきています。外国語教育の中でこういったAIを有効に活用していくために必要なことというのはどのようなことでしょうか。</span></p>
<p><span style="font-weight: 400;"> </span></p>
<p><span style="font-weight: 400;">（冨田）新しい機器や道具を使うことに関しては、私はこれまで積極的にやってきましたし、これからもどんどん使っていこうと考えています。なぜなら、教師とは常に「より良い教育実践」のあり方を模索し続けるべき職業だと考えているからです。過去の自分のやり方を何年も「ただ継続しているだけの教師」にはなりたくないですね。</span></p>
<p><span style="font-weight: 400;"> </span></p>
<p><span style="font-weight: 400;">もちろん従来の教え方を繰り返すことにまったく意味がないとは言いませんが、日々刻々変化し続ける現代社会にあっては、「もっとこうすれば良くなるかもしれない」と思って「試行錯誤」を繰り返す教師が求められているのではないでしょうか。</span></p>
<p><span style="font-weight: 400;"> </span></p>
<p><span style="font-weight: 400;">そうしたことが私の基本的な考え方なので、基本的には</span><b>、</b><strong>何か新しいテクノロジー、新しい指導方法、研究方法などが目の前に現れてきたときには、怖がらずに、まずはトライすることにしています。</strong></p>
<p>&nbsp;</p>
<h2><span style="font-weight: 400;">慣れてきた頃にこそ自分の指導について振り返るべき</span></h2>
<p><span style="font-weight: 400;">（冨田）教師の仕事としての教育実践については、ある方法を繰り返し使っていくと、徐々にその効果に関する「見通し」や「見込み」ができるようになるし、慣れてくればどんどん教え方が上達することは間違いのないことですが、大体何年ぐらいで「自信がもてる領域」に入れるかというと、10年ぐらいではないかと思っています。</span></p>
<p><span style="font-weight: 400;"> </span></p>
<p><span style="font-weight: 400;">学校によって差はありますが、1人の教師が1週間に担当する授業は15～18時間くらいですので、1年で約500時間の授業を担当することになります。教師の指導技術とは、そうした教育実践を積み上げることで磨かれるので、その約500時間の授業実践を経験すると、一通りの必要な指導技術が身につきます。</span></p>
<p><span style="font-weight: 400;"> </span></p>
<p><span style="font-weight: 400;">次に、徐々に自信がついてきて、やる気が高まっていく段階が来るのですが、それが大体4～5年目だと思います。どうしてかと言うと、教師が最初に担任を任されるクラスの生徒たちが中学校や高校を卒業するのに3年かかるからです。</span></p>
<p><span style="font-weight: 400;"> </span></p>
<p><span style="font-weight: 400;">この「4～5年が終わった頃」になると、教師は、生徒たちが「3年間の学校教育を終えると、こう育っていくんだ！」ということが見えるようになるからです。そして、１つの学年の担任を3年間終えたとき、教師の指導技術のレベルがワンランク上がります。</span></p>
<p><span style="font-weight: 400;"> </span></p>
<p><span style="font-weight: 400;">どんな教師でも、失敗を含めた様々な教育実践を4～5年やると、「こういう生徒に、こういう教育をすれば、こう育って行くんだ」という、いわば「入口と出口」の姿が見えるようになるため、１年目の4月に、担当するクラスの児童・生徒に出会った時に、どのような教育実践をどうすれば、どのような成果が出るかについて、ある程度の予測できるようになります。そして、このサイクルを2〜3回繰り返した頃の10年目ぐらいには、かなりの自信がもてるようになります。</span></p>
<p><span style="font-weight: 400;"> </span></p>
<p><span style="font-weight: 400;">その10年の約5,000時間という年数は、飛行機の操縦士の経験年数と似たところがあるように思います。たとえば飛行機のパイロットは、副操縦士からキャプテンになるのに10年ほどかかるそうですからね。</span></p>
<p><span style="font-weight: 400;"> </span></p>
<p><span style="font-weight: 400;">つまり教師にとって「教育実践の経験」はものすごく大切です。</span><strong>いくら教授法の本を読んだとしても、現場で役立つ教育方法は、良くわからないですからね。たとえば、日本の教育実習では、実習生が授業を担当するのは、せいぜい3〜7時間ぐらいですので、そのような短時間の教育実践の体験だけでは、ほんの「さわり」程度の経験しか味わうことができません。</strong></p>
<p><span style="font-weight: 400;">（注） ちなみに、イギリスの教員養成のシステムは日本と少し違っていて、教育実習生は、１年間学校に通って教育実習を行います。そのため、日本の教育実習生とは比較にならないほどの教育実践を経験することができます。</span></p>
<p><span style="font-weight: 400;"> </span></p>
<p><span style="font-weight: 400;">そのようなわけで、教師にとって、教育実践の経験はすごく重要なわけですが、一方で、</span><strong>その「経験」だけに頼ってしまうと、「落とし穴」が生まれるので、注意する必要があります。教師にとって「教育実践の経験」と同じくらい重要なことに、教育実践の中で「常に自分の教え方や考え方」をチェックして、「リフレクティブかつ批判的に、自分の教え方を見直すこと」が大切だからです。つまり、「教育実践による自信」と「教育実践を振り返る姿勢」の二つが、教師の指導力の基礎になる非常に重要なファクターになります。</strong></p>
<p><span style="font-weight: 400;"> </span></p>
<p><span style="font-weight: 400;">そして、「自分の授業を振り返る時」には、自分が教育実践で用いている「授業案」や「指導法」だけでなく、当然のことながら「教育的ツール」にも注意を払うべきでしょう。もしも、より有効な教育ツールに出会ったら、その新しい教育的ツールを「ためしてみよう」という積極的な姿勢をもつことが大切です。そうした前向きな姿勢をもつことによって、そこから先の自分の指導力がぐんと伸びて行くからです。</span></p>
<p>&nbsp;</p>
<h2><span style="font-weight: 400;">今の時代、機械翻訳を使うことも外国語学習の一環</span></h2>
<p><span style="font-weight: 400;">（冨田）例えば、私が担当しているReading の授業では、学生全員にGoogleに登録してもらって、授業のマネジメントを</span><i><span style="font-weight: 400;">Google Classroom</span></i><span style="font-weight: 400;">で行っています。課題の制作では</span><i><span style="font-weight: 400;">Google Doc</span></i><span style="font-weight: 400;">を使います。課題は、できるだけ「数人（3～5人）のグループ」で協力して取り組んでもらうことにしているのですが、仲間と一緒に一つの課題をシェアして、協働作業を進めるためには</span><i><span style="font-weight: 400;">Google Doc</span></i><span style="font-weight: 400;">が非常に便利です。</span></p>
<p><span style="font-weight: 400;"> </span></p>
<p><span style="font-weight: 400;">学生はWebページ上のニュースにアクセスして、「（自分たちが）一番興味深いと思う記事」をさがして、それを「授業で読む教材」として、自分たちで作り直していきます。自分たちが選んで、自分たちが教材化した記事を読んだ後は、意味がよく分からない箇所を、</span><i><span style="font-weight: 400;">Google Translate</span></i><span style="font-weight: 400;">や</span><i><span style="font-weight: 400;">DeepL</span></i><span style="font-weight: 400;"> を使って、自分の日本語訳の適格性をチェックします。</span></p>
<p><span style="font-weight: 400;"> </span></p>
<p><strong>翻訳ソフトを使うと、時々妙な日本語訳になってしまうこともあるので、どの英語とどの日本語が対応しているかを丁寧に確認しながら、おかしな日本語があったら自分たちで修正していきます。そして、その作業を行う時には、自分たちが重要だと思う「単語」「句」「文」をリストアップして、表を作ることも大切な作業です。</strong></p>
<p><span style="font-weight: 400;">（注） 定期試験では学生が作った「重要な単語、句、文」のリストから試験問題を作ります。</span></p>
<p><b> </b></p>
<p><span style="font-weight: 400;">このような活動を通じて、理解を深めた「英語の記事」と「日本語訳された記事」が、私の授業のReading の教材になるわけですが、次は、その記事を使って、グループ・ディスカッションの活動に進みます。学生たちは、記事の内容について、グループで話し合ってから、（グループのメンバー以外の）他の学生を対象にした（記事に関する）アンケート調査を行います。アンケート調査は</span><i><span style="font-weight: 400;">Google Form</span></i><span style="font-weight: 400;">で行い、その調査結果は</span><i><span style="font-weight: 400;">Google Slides</span></i><span style="font-weight: 400;">でまとめます。</span></p>
<p><b> </b></p>
<p><span style="font-weight: 400;">そして、最後には、</span><i><span style="font-weight: 400;">Google Slides</span></i><span style="font-weight: 400;">に音声をつけて、</span><i><span style="font-weight: 400;">YouTube</span></i><span style="font-weight: 400;">上にアップロードします。これが現在行っている私のReading の授業のプロセスです。</span></p>
<p><span style="font-weight: 400;"> </span></p>
<p><span style="font-weight: 400;">このような方法を採用している一番の理由は、このような「英文を読むプロセス」が、大学生が日常生活の中で「英語を読むプロセス」とほぼ同じだからです。一方、従来の大学の英語教育のReading の授業では「教師が決めた教科書を読んで日本語訳する」という形式で進められることがほとんどだったわけですが、そういう「従来の授業における英語を読むプロセス」は、現在の学生が現実の生活の中で英語を読むプロセスとは、かけ離れています。つまり「学生にとってのリアリティ」が感じられない授業形式だったわけです。</span></p>
<p><span style="font-weight: 400;"> </span></p>
<p><span style="font-weight: 400;">私の授業では、学生たちに、できるだけ「現実の世界で英語を読むプロセス」に近い形で英語を読んでもらうわけですが、さらにもう１点、私が強調していることは、決して「読み終わったら終わり」にはしないという点です。</span></p>
<p><span style="font-weight: 400;"> </span></p>
<p><span style="font-weight: 400;">例えば、「ウクライナにヨーロッパの国々や米国が、今後も武器を輸出すべきか？」といった問題については、学生の間から、多様な意見が出てくるのですが、「英語を読むこと」をきっかけとして、そうした（判断が分かれる）難しい問題について、仲間の学生と話し合うことによって、「どうするのが一番良いか？」に関する自分たちの答えを見つけ出して行ってほしいわけです。そういうプロセスこそが「英語を読むこと」の「本質的に重要な教育的意味」だと考えているからです。</span></p>
<p><span style="font-weight: 400;"> </span></p>
<p><span style="font-weight: 400;">このような授業の場合、</span><strong>とかく「新しいツールとしてのICT」だけに注目が集まりがちですが、「新しいツールを使うこと」自体が「目的」ということではありません。「英語を読むことによる思考プロセスによって学生が成長すること」が目的なのであって、ICTは、あくまでもその目的を達成するための「道具」であり「手段」でしかありません。</strong></p>
<p><span style="font-weight: 400;"> </span></p>
<p><span style="font-weight: 400;">大学生にとって価値ある「教育的な目的」を達成するために「新しいツール」を使っているだけです。その目的を達成するために、ICTが役立つのであれば、ICTは有効な道具ですが、役立たないのなら、有効な道具とはみなせません。</span></p>
<p>&nbsp;</p>
<h2><span style="font-weight: 400;">コロナ禍によるICTの発達は「日本の教育の改善」に貢献したのだろうか？</span></h2>
<p><span style="font-weight: 400;"> </span><span style="font-weight: 400;">（冨田）私はコロナ禍が始まった頃、教務委員をしていたのですが、当初は、大学の同僚の先生方の多くから「授業ができない！」「どうしよう？」という相談を受けました。私は、ICTにある程度精通していたし、Zoomについてもコロナ禍の前から使っていたため、そうした不安をかかえている先生方にZoom の使い方などに関するサポートをしたりもしました。</span></p>
<p><span style="font-weight: 400;"> </span></p>
<p><span style="font-weight: 400;">コロナ禍による「授業の急激なオンライン化」は、大学教育に強烈なインパクトを与えたため、当初は、多くの先生方が「オンライン授業」を敬遠していたのですが、2年あまりが経過した今では、当時の混乱は見られなくなり、ほぼすべての先生方が、何の問題もなくオンライン授業を行っています。したがって、いろいろな問題はあったものの、ICT教育の視点から見ると、コロナ禍による「授業のオンライン化」は、日本の教育に恩恵をもたらしたと言えるでしょう。</span></p>
<p><span style="font-weight: 400;"> </span></p>
<p><span style="font-weight: 400;">ただ、ここで見逃してはならないことは、コロナ禍でもたらされたICT化は「本当に日本の教育を改善したのだろうか？」という点です。「ツール面の変化」だけに注目して、「ICTの進歩によって、日本の教育は改善された」などとは、軽々に言えないからです。</span></p>
<p><span style="font-weight: 400;"> </span></p>
<p><strong>コロナ禍が、少し落ち着いてきた今だからこそ、前よりもICTを使えるようになったことで、「日本の教育は改善されたのか？」を、きちんと検討した上で、これからの ‘After Covid Era’の教育を考えていく必要があるでしょう。私は、これからは、むしろ、そちらのほうの議論に力を入れるべきだ</strong><span style="font-weight: 400;">と考えています。</span></p>
<p><img loading="lazy" class="size-medium wp-image-4368 aligncenter" src="https://kknavi.jp/wp/wp-content/uploads/2022/11/df034ba58b9e84aa3793d8301640e0d9-600x863.png" alt="" width="600" height="863" srcset="https://kknavi.jp/wp/wp-content/uploads/2022/11/df034ba58b9e84aa3793d8301640e0d9-600x863.png 600w, https://kknavi.jp/wp/wp-content/uploads/2022/11/df034ba58b9e84aa3793d8301640e0d9-768x1105.png 768w, https://kknavi.jp/wp/wp-content/uploads/2022/11/df034ba58b9e84aa3793d8301640e0d9-400x575.png 400w, https://kknavi.jp/wp/wp-content/uploads/2022/11/df034ba58b9e84aa3793d8301640e0d9-200x288.png 200w" sizes="(max-width: 600px) 100vw, 600px" /></p>
<p>&nbsp;</p>
<h2><span style="font-weight: 400;">新しいツールを使うなら、新しい教育的な付加価値が生まれるべき</span></h2>
<p><span style="font-weight: 400;"> </span><span style="font-weight: 400;">（冨田）例えば、ある教師が、100人の学生を相手にしたZoomによる授業をしているとします。確かに、そうした授業は、一見「新しい授業」のように見えるのですが、もしもその100人の学生が、ただZoom から流れてくる教師の音声を聞いて90分の授業が終わるのだとすれば、以前の大教室の「講義」と「ほぼ同じ講義」が行われていることになります。</span></p>
<p><span style="font-weight: 400;"> </span></p>
<p><span style="font-weight: 400;">最新のテクノロジーのZoomという機器を使ってはいるけれど、やっている授業は「100年前の講義」とほぼ同じじゃないですか。もちろん講義が全部悪いなどとは言いませんが、</span><strong>新しいツールを使うのであれば、そこには何か「新しい教育的な付加価値」が加えられるべきだ</strong><span style="font-weight: 400;">と思うんです。</span></p>
<p><span style="font-weight: 400;"> </span></p>
<p><span style="font-weight: 400;">現在でも、多くの大学では、100人以上のクラスをZoomでやることが多いようですが、そういう授業形式って、極論かもしれませんが、先生たちが楽をするためにZoom を使っているように思えてしまうのですが、いかがですか？１回だけ講義ノートを作ったら、あとは、それをしゃべればいいわけで、教師にとっては、すごく簡単な方法です。</span></p>
<p><span style="font-weight: 400;"> </span></p>
<p><span style="font-weight: 400;">さらに「オンデマンド型＋配信型の授業」なら、１回動画を作っておいてそれを流せばいいわけですから、非常に簡単で、非常に楽です。でも、それって、ちょっとおかしいんじゃない？と思ってしまうんですよね。そういう授業なら、わざわざ講義時間を固定する必要はないわけですから、You-tube 上に講義を録画した動画をアップロードしておけば充分です。</span></p>
<p><span style="font-weight: 400;"> </span></p>
<p><span style="font-weight: 400;">こういうあまり生産的な意味がないテクノロジーの使い方をしていたのでは、「ICTの発達によって大学の授業が改善された」などとは、とても言えないんじゃないでしょうか。少々きつい言い方になるかもしれませんが、新しいツールが「教師が手抜きするための道具」として使われているだけですからね。</span></p>
<p><b> </b></p>
<p><span style="font-weight: 400;">たとえば、さっき私が言ったような、Google Form を使って学生の判断、選択、意見、等をとり入れた授業方法は、まだまだ未完成なので、改善の余地はたくさんあるものの、少なくとも、新しいテクノロジーを使って「今までにできなかったこと」をやろうとしているし、そういう意味ではテクノロジーを有効活用しようとしている方法の一例だと言えると思います。</span></p>
<p><span style="font-weight: 400;"> </span></p>
<p><span style="font-weight: 400;">Google Docを使って参加者が同じテキストをシェアし、他者と協働して一つの課題に取り組む、といった活動も、従来の「紙で作ったハンドアウト」をシェアしていた方法と比べると、よりダイナミックな「協働作業」を提供していると思います。</span></p>
<p>&nbsp;</p>
<h2><span style="font-weight: 400;">VUCA</span><span style="font-weight: 400;">※</span><span style="font-weight: 400;">の時代を生き抜くために</span></h2>
<p><span style="font-weight: 400;">※</span><span style="font-weight: 400;">Ｖ（Volatility：変動性）Ｕ（Uncertainty：不確実性）Ｃ（Complexity：複雑性）Ａ（Ambiguity：曖昧性）の頭文字をとったもの</span></p>
<p><span style="font-weight: 400;"> </span></p>
<p><span style="font-weight: 400;">（冨田）数日後に行う私の講演のテーマは「VUCA」です。VUCAというのは、元々戦争の戦略を研究する時に使われていたらしいですが、今では経済界でも広く使われていて、最近は教育の世界でも使われはじめています。</span></p>
<p><span style="font-weight: 400;"> </span></p>
<p><span style="font-weight: 400;">簡単に言えば、これからの時代は、予測不可能なことが起こるので、「従来の知識」が使えなくなる、ということを意味しています。従来は、それまでに蓄積されていた情報やデータを基に、将来の変化や動向を予測することができたのですが、これからの時代は、ものすごい勢いで予測不能な事態や状態が起こるため、それまでの古い知識が通用しなくなる、ということですね。こうしたことは、現代社会の全体がかかえる問題なので、当然のことながら、教育の世界でも、そういうVUCAの時代に生きる子どもを育てる哲学や方法を考え直す必要があることになります。</span></p>
<p><span style="font-weight: 400;"> </span></p>
<p><span style="font-weight: 400;">VUCAの時代に生きる子どもたちにとって「一番大切なことは何か？」に対する答えは簡単には出せませんが、あえてまとめるとすれば、</span><strong>「誰かに与えられた知識を受け取って従うだけの子」ではなくて、「自分の頭で考え」「自分から進んで知らないことを調べ」「自分で進むべき方向性を選択し」「自分で新しい知識を創造する」子どもたちを育成すること、ということになるのではないでしょうか。そして、そういう力をもった子どもが「21世紀のVUCAの時代を生き抜く子ども」ということになる</strong><span style="font-weight: 400;">と考えています。</span></p>
<p><span style="font-weight: 400;"> </span></p>
<p><span style="font-weight: 400;">新しい教育用機器やテクノロジーの有効な使い方について考えたり論じたりする時にも、当然のことながら、そういう「予測不可能な社会を生き抜く子ども」を頭の中に置いた上で、教育の内容や方法を模索していく必要があるということが、今、私が一番考えていることです。旧態依然とした「知識供給型」の教育を目的とした「新しいツール」の利用っていうのは、まさに、そうした考え方とは真逆の考え方に基づくものです。そこに気づく必要があると思うわけです。</span></p>
<p><span style="font-weight: 400;"> </span></p>
<p><span style="font-weight: 400;">「新しい機器を使っていれば全てOK」というものではなく、「新しい機器」を使うことによってかにして「VUCAの時代に生きる子どもたち」を育成できるか？が重要です。そうした教育を構築するための哲学や方法論を、どうやったら築けるか？が、今、強く求められていると思いますね。</span></p>
<p><span style="font-weight: 400;"> </span></p>
<p><span style="font-weight: 400;">2020年代に存在する仕事が20年後の2040年代にいったいどのくらい存在するかを予測することはほとんど不可能です。間違いなく、これからどんどんと新しい仕事が生まれ、古い仕事はどんどん少なくなっていくに違いありません。そうした、まさに「VUCAの時代」を生きぬくためには、「自分で考えて行動する力」が間違いなく重要です。そこが今の教育関係者が考えるべき大事なポイントだと思います。そして、そういう視点に立った教育のあり方に関する研究や実践については、まだまだ日本は後進国だと思います。</span></p>
<p><span style="font-weight: 400;"> </span></p>
<p><span style="font-weight: 400;">例えば、IB（インターナショナルバカロレア）の教育が重視していることは、自分で考えて、自分で調べて、自分で知識を構築することですよね。その目的のために、学習者には自分でリサーチすることや、調べたことに関する大量のエッセイを書くタスクが課せられます。IBの教育で、なぜそうしたことを重視しているかといえば、これからの時代を生きぬくには、そういう力が必要不可欠だという信念が根本にあるからにほかなりません。そこには、20世紀型の教育観からの一種のパラダイム転換が見てとれます。</span></p>
<p><span style="font-weight: 400;"> </span></p>
<p><span style="font-weight: 400;">しかしながら、</span><strong>残念なことに、日本の教育の場では、まだそうした「パラダイム転換」がほとんど進んでいませんね。「教師が古い知識を供給して、学習者がその知識を受け取る」という、一方向的な知識供給型の教育が根強く残っています。そこが日本の教育が抱えている非常に大きな問題だ</strong><span style="font-weight: 400;">と思います。</span></p>
<p>&nbsp;</p>
<h2><span style="font-weight: 400;">むしろ先生方に主体的で対話的で深い学びの機会を</span></h2>
<p><span style="font-weight: 400;"> </span><span style="font-weight: 400;">（五十嵐）昨今、主体的で対話的な深い学びが重要だと言われています。私自身も主体的、自主的に自分で情報を取りに行って、自分で考えて、クリエイトして発表していくことが必要だと思います。</span></p>
<p><span style="font-weight: 400;"> </span></p>
<p><span style="font-weight: 400;">ただ、</span><strong>今の小学校や中学校で「子どもたちに主体性を」という活動として先生たちが主体的に動こうとすると、上司の方に抑えられたり、何か新しいことをやろう、アップデートしようとなったときに、古い考え方の先生や管理職がいらっしゃったりして動きづらいというお悩みをよく聞きます。</strong><span style="font-weight: 400;">制約の中でも何とかしていくバイタリティが必要だと思うんですけれども、どんどんブラック化している環境の中で、良くしていこう、アップデートしていこうという先生たちの主体性が失われて、そこでつまずいてしまう先生方もいらっしゃる印象があります。そんなジレンマを抱えていらっしゃる先生に対して、ご助言いただけませんか。</span></p>
<p><span style="font-weight: 400;"> </span></p>
<p><span style="font-weight: 400;">（冨田）今おっしゃったようなことを、私も現場の先生方から聞くことが多いですね。先生たちも、今の時代に合った教育を、何とか進めて行かなければ、と思っているのですが、残念ながら、現在の教育現場の労働環境は、まさにブラックで、本当に忙しいですよね。</span></p>
<p><span style="font-weight: 400;"> </span></p>
<p><span style="font-weight: 400;">私が以前暮らしていたイギリスの学校などでは、午後の3時ぐらいになると、先生方はみなさん帰宅されていました。そういう</span><strong>余裕のある状況で生活している先生方には、帰宅後に「ふーっと息を抜く余裕」があり、「考える時間」があるわけで、結果として「あの授業は上手くできたかな？」とか「どうやればもっと良くなるかな？」といったことを考えるための「スペース」が確保されています。そういう「考えるスペース」というのは、本当に先生方にとって重要です。</strong></p>
<p><b> </b></p>
<p><span style="font-weight: 400;">今の日本の学校の先生方には、そうした「考えるスペース」があまりにも少ないですね。これは大問題で、先生たちの責任ではないので、学校関係者だけでなく、全ての日本人がこの学校の状況を理解して、現場の先生たちに「考えるスペース」をもっとたくさんもっていただけるように働きかけなければ、日本の教育はどんどん先細っていくと思います。</span></p>
<p><img loading="lazy" class="size-full wp-image-4369 aligncenter" src="https://kknavi.jp/wp/wp-content/uploads/2022/11/3c821b9dcda1c5cfc80e9c777ba88886.png" alt="" width="526" height="413" /></p>
<p>&nbsp;</p>
<h2><span style="font-weight: 400;">ブラック化を食い止めるための仲間づくり</span></h2>
<p><span style="font-weight: 400;"> </span><span style="font-weight: 400;">（冨田）意識の高い先生はたくさんいらっしゃいます。限られた時間の中で、なんとか時間を作って、児童や生徒たちの作品や課題に必死になってコメントを書いている先生がたくさんいらっしゃいますよね。だから</span><strong>先生方に責任があるのではなく、先生方を取り巻く労働環境に問題があることは明らかです。</strong><span style="font-weight: 400;">先生方にとって、「考えるスペース」は、教育を改善するために、絶対に欠くことができないものだと思うので、この問題は本当に重大です。</span></p>
<p><span style="font-weight: 400;"> </span></p>
<p><span style="font-weight: 400;">この問題はなかなか根が深い問題なので、すぐに解決する方法はないかもしれないのですが、日本社会に生きる全ての人々が真剣に考えて、先生方の働く環境を少しでも改善できるよう、地道に訴える続ける必要があると思います。そして、先生方についても、そういう声を遠慮せずに世の中に伝えていただいた方がいいと思います。</span></p>
<p><span style="font-weight: 400;"> </span></p>
<p><span style="font-weight: 400;">（五十嵐）諦めず声を上げることが大切ということですか。</span></p>
<p><span style="font-weight: 400;"> </span></p>
<p><span style="font-weight: 400;">（冨田）はい、そう思います。現在の労働環境をすぐに改善する妙案はすぐには見つからないと思いますが、まずは「先生方の声」が、すごく大事だと思います。</span></p>
<p><span style="font-weight: 400;"> </span></p>
<p><span style="font-weight: 400;">（五十嵐）１人で立ち向かっていくのは難しいし精神的にもしんどいと思うので、原動力になる仲間を集めることも大事かと思います。</span></p>
<p><span style="font-weight: 400;"> </span></p>
<p><span style="font-weight: 400;">先日、中学校の校長先生にインタビューさせていただいたのですが、忙しい中でも仲間作りのためにいろんなところに出て、学校内だけで終わるのではなくて、いろんな仲間を作ってどんどん声を上げていくことが大事だし、新しい発想もそこからもらえるかもしれないという話をお伺いしました。</span></p>
<p><span style="font-weight: 400;"> </span></p>
<p><span style="font-weight: 400;">（冨田）それは、すごく大事なポイントですね。日本の学校教育の極めて重要で素晴らしい特徴の一つは「先生方たちのコミュニティのパワー」だと思います。そこから生まれる「相互理解」と「協調関係」には、非常に素晴らしいものがあると思います。</span></p>
<p><span style="font-weight: 400;"> </span></p>
<p><span style="font-weight: 400;">例えば、日本の学校では、他の先生の授業を参観して、お互いの授業について意見を述べ合う、というようなことが行われていますね。授業が終わった後に、先生方がお集りになって、お互いの授業について話し合いをする「授業研究」が、頻繁に行われています。つまり、日本の学校の中には、そうした相互理解や協調関係を支える教師集団のコミュニティが存在するわけで、それって本当に素晴らしいことだと思います。</span></p>
<p><span style="font-weight: 400;"> </span></p>
<p><span style="font-weight: 400;">私は、今、世界的に注目されている Wenger (1998) の </span><i><span style="font-weight: 400;">Communities of Practice</span></i><span style="font-weight: 400;">　が言うところの「コミュニティに基盤とする実践」が、最も具現化されているのは、日本の学校における先生方のコミュニティだとさえ思っています。</span></p>
<p><span style="font-weight: 400;"> </span></p>
<p><a href="https://www.amazon.com/Communities-Practice-Cognitive-Computational-Perspectives-ebook/dp/B00D2WQ72I"><span style="font-weight: 400;">https://www.amazon.com/Communities-Practice-Cognitive-Computational-Perspectives-ebook/dp/B00D2WQ72I</span></a></p>
<p><span style="font-weight: 400;"> </span></p>
<p><span style="font-weight: 400;">そうした「学校内の先生方のコミュニティ」というのは、海外の学校ではあまり存在しないのではないでしょうか。</span><strong>少なくとも私が訪問したことがあるイギリスやアメリカの学校では、日本の学校に見られる先生方の「相互理解」や「意見交換」を促進する場は、日本の学校ほど確保されていないように思います。極めて忙しい中にもかかわらず、日本の先生方が、何とかしてお互いの意見を交換し合い、協力し合おうとする「コミュニティ」を維持しておられるという点は、本当に素晴らしいことだ</strong><span style="font-weight: 400;">と思います。</span></p>
<p><span style="font-weight: 400;"> </span></p>
<p><span style="font-weight: 400;">そういった先生方のコミュニティの場で、自由に意見を交わすことにはすごく大きな意味があると思います。</span><strong>校長先生が「こうやりなさい。」と言うことを、トップダウン式に、だまって聞いて行動するのではなく、先生方が自分たちで「どうやろうか」と考えた上で、ボトムアップ式に、自らの教育活動を選択するということは、非常に素晴らしいことだし、まさに「児童や生徒のお手本」になる行動だと言えると思います。</strong></p>
<p><span style="font-weight: 400;"> </span></p>
<p><span style="font-weight: 400;">（中編に続く…）</span></p>
<blockquote class="wp-embedded-content" data-secret="sJJST2vEud"><p><a href="https://kknavi.jp/conversation/4702/">「英語教育の開拓者に訊く」シリーズ　第1回 AI時代の到来が外国語教育に与える影響（中編）</a></p></blockquote>
<p><iframe class="wp-embedded-content" sandbox="allow-scripts" security="restricted" title="&#8220;「英語教育の開拓者に訊く」シリーズ　第1回 AI時代の到来が外国語教育に与える影響（中編）&#8221; &#8212; 国際教育ナビ" src="https://kknavi.jp/conversation/4702/embed/#?secret=sJJST2vEud" data-secret="sJJST2vEud" width="500" height="282" frameborder="0" marginwidth="0" marginheight="0" scrolling="no"></iframe></p>
<blockquote class="wp-embedded-content" data-secret="nMftFuhUEz"><p><a href="https://kknavi.jp/conversation/4700/">「英語教育の開拓者に訊く」シリーズ　第1回 AI時代の到来が外国語教育に与える影響（後編）</a></p></blockquote>
<p><iframe class="wp-embedded-content" sandbox="allow-scripts" security="restricted" title="&#8220;「英語教育の開拓者に訊く」シリーズ　第1回 AI時代の到来が外国語教育に与える影響（後編）&#8221; &#8212; 国際教育ナビ" src="https://kknavi.jp/conversation/4700/embed/#?secret=nMftFuhUEz" data-secret="nMftFuhUEz" width="500" height="282" frameborder="0" marginwidth="0" marginheight="0" scrolling="no"></iframe></p>
<p>&nbsp;</p><p>The post <a href="https://kknavi.jp/conversation/4701/">「英語教育の開拓者に訊く」シリーズ　第１回 AI時代の到来が外国語教育に与える影響（前編）</a> first appeared on <a href="https://kknavi.jp">国際教育ナビ</a>.</p>]]></content:encoded>
					
		
		
			</item>
		<item>
		<title>「英語教育の開拓者に訊く」シリーズ　第1回 AI時代の到来が外国語教育に与える影響（中編）</title>
		<link>https://kknavi.jp/conversation/4702/</link>
		
		<dc:creator><![CDATA[国際教育ナビ編集部]]></dc:creator>
		<pubDate>Sat, 28 Jan 2023 01:00:05 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[教育トーク]]></category>
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					<description><![CDATA[<p>AIの発達により、翻訳アプリの機能や翻訳サイトのサービスが随分向上してきています。AI時代が到来し、世間では外国語学習の必要性に疑問を持つ声もよく聞かれます。 実際、英語がほとんどできなくても、翻訳ソフトを駆使して、海外…</p>
<p>The post <a href="https://kknavi.jp/conversation/4702/">「英語教育の開拓者に訊く」シリーズ　第1回 AI時代の到来が外国語教育に与える影響（中編）</a> first appeared on <a href="https://kknavi.jp">国際教育ナビ</a>.</p>]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p><span style="font-weight: 400;">AIの発達により、翻訳アプリの機能や翻訳サイトのサービスが随分向上してきています。</span><strong>AI時代が到来し、世間では外国語学習の必要性に疑問を持つ声</strong><span style="font-weight: 400;">もよく聞かれます。</span></p>
<p><span style="font-weight: 400;">実際、英語がほとんどできなくても、翻訳ソフトを駆使して、海外との取引によって事業を成功させている人もいます。</span></p>
<p><span style="font-weight: 400;">このような時代にあって、英語教師の役割や英語学習の様相も随分と変化しつつあります。AI技術の発展によって外国語教育はいかに変化してきたのでしょうか、そして、今後どのような在り方が求められるのでしょうか。</span></p>
<p><strong>「AI時代の到来が外国語教育に与える影響」について、学習院大学文学部英語英米文化学科の冨田祐一教授にお話を伺いました。</strong><span style="font-weight: 400;">仕事上で英語が必要になったら、機械に翻訳させればいい。では、我々が英語などの外国語を学ぶ意義とは。中編・後編では、AI時代における外国語教育の意義について、いよいよ核心に迫ります。</span></p>
<p><span style="font-weight: 400;"> </span></p>
<h2><span style="font-weight: 400;">ネイティブの真似をするのではなく、「自分の英語」を持つ</span></h2>
<p><span style="font-weight: 400;"> </span><span style="font-weight: 400;">（五十嵐）自分自身で考えて主体的に動ける子どもを育てることを考えたときに、小学校・中学校・高校・大学それぞれのフェーズで最適な英語教育の在り方を教えていただきたいです。</span></p>
<p><span style="font-weight: 400;"> </span></p>
<p><span style="font-weight: 400;">（冨田）21世紀になると、英語教育だけではなく、あらゆる教育の世界の目的や方法に大きな変化が起こっているわけですが、とりわけ、急激な「グローバル化」と「インターネットによる通信網の発達」の影響を強く受けた外国語教育界は、非常に大きく変化しつつあると思います。</span></p>
<p><span style="font-weight: 400;">英語教育について言えば、最も重要な変化は、「英語の所有者」に関する考え方の変化と、そのことに伴う「英語教育におけるモデル観（＝お手本観）」に関する考え方の変化だと言えるでしょう。従来の英語教育では、英語教育の「目標」または「お手本」を「母語話者の英語」だと考えていたため、学習者は、そのお手本（母語話者の英語）に少しでも近づこうと、母語話者の真似をしようと努力してきました。</span></p>
<p><span style="font-weight: 400;">しかし、その20世紀型の「母語話者モデルに基づく英語学習観」が、徐々に見直されはじめています。その変化の背景には、英語のOwnership（オーナーシップ、所有権）に関する考え方の変化があります。つまり「英語の所有者は誰なのか？」という問題ですね。20世紀までは、英語の所有者は母語話者（のみ）だと考えられていたため、外国語学習者の英語習得のプロセス (language acquisition process)は、英語学習者が母語話者の英語を真似し、母語話者の英語に近づくプロセスだと考えられていました。つまり、英語を第二言語や外国語を学ぶ学習者には、「所有権」が認められなかったと言っても良いでしょう。 </span></p>
<p><span style="font-weight: 400;">しかし、</span><strong>21世紀になると、英語という言語を「母語話者だけのものではなく、非母語話者のものでもある」という考え方が、広く受け入れられるようになってきました。そして、最近は「国際語としての英語 (English as an International Language: EIL)」 の価値が重視されるようにもなってきています。例えば、日本人とウクライナ人が（学校で学んだ）英語でコミュニケーションをするような場面を考えてみましょう。実はそうした「非母語話者同士」がお互いのコミュニケーションのために用いる英語がEILです。このように非母語話者同士が用いる共通言語は「リンガフランカ (Linga Franca)」 とも呼ばれます。そして、そうしたEILやLinga Franca の場合には、当然のことながら、非母語話者が英語の所有者とみなされます。</strong></p>
<p><span style="font-weight: 400;">また、このような「所有者観の変化」の影響で、最近は、「外国語の学習（または習得）」という用語についても、「見直し」が必要ではないかと考えられるようになってきています。従来の考え方によれば、学習者は「母語話者の英語（＝お手本）」を「習得している (= acquire)」ととらえられていたのですが、新しい考え方によれば、学習者は「学習者自身の英語」を、自分の目的に応じて、自律的に発達させている (develop) ととらえた方が良いと考えられているからです。</span></p>
<p><span style="font-weight: 400;">例えばクラスに「英語が得意な学習者」と「英語が苦手な学習者」がいることを考えてみましょう。従来は、前者が「よくできる子（＝真似がうまい子）」、後者が「できない子（＝真似がへたな子）」とみなされ、両者に対する（ある種の）差別が行われてきました。</span></p>
<p><span style="font-weight: 400;"> </span></p>
<p><span style="font-weight: 400;">しかし、新しい考え方によれば、全ての学習者は「自分の目的」のために「自分のペース」で「自分の英語」を発達させているとみなすので、彼・彼女たちの英語を「区別」したり「優劣」を論じたりすることに、教育的な意味での意義や価値がなくなります。</span></p>
<p><span style="font-weight: 400;">学校以外の一般社会においても、従来は、英語の運用能力を測定し、標準的なスタンダード値を定め、平均値以上であれば「できる人」、平均値よりも低いスコアをとれば「できない人」と評価し、英語の学習者は「できない人」から「できる人」に変化しようと、ある種の「劣等意識」と「焦り」を感じながら、努力してきました。しかし、</span><strong>新しい英語能力観によれば、各学習者は、自分が定めた目標に向かって、自分のペースで、自分の英語力を伸ばしているわけですから、学習者は「自分の英語力」を卑下したり「劣等意識」をもつ必要がなくなり、自信をもって「自分の英語能力でできること」をすれば良いと考えることができます。</strong></p>
<p><span style="font-weight: 400;">実は、そうした能力観・学習観・教育観は、まったく新しい考え方ではなく、すでに技能教科の体育の授業などでは、取り入れられています。例えば小学校の水泳の授業などで、水に恐怖感をもっている子どもがいたら、その子を他の子どもたちとは別に指導するでしょう。すべての子ども達に同一の目標を与えて指導するようなことはしないはずです。各子ども達ができることをまず良く観察して、それぞれの違いに応じた、多様な指導方法を用いて、支援しています。 </span></p>
<p><span style="font-weight: 400;">泳ぐことが苦手な子どもの場合には、最初はボードを使ったバタ足練習から始めるでしょう。一方、泳ぐことが得意な子どもの場合には、その子に合った高い目標を与えることもあるはずです。そうした教育方法をとる基礎には、「それぞれの子どもに最も相応しい発達を支援することが大切」という考え方があります。英語教育でも、今後はそのような考え方が大切になることでしょう。 </span></p>
<p><span style="font-weight: 400;">今回いただいたご質問は、「小学校・中学校・高校・大学」の各フェーズにおける「最適な英語教育とは何か？」という問いだったわけですが、その質問に答える前の前提として、まずは今述べたような「英語の発達観」とそれをサポートする「英語教師の役割観」の変化があることをご理解いただきたいと思います。</span></p>
<p><span style="font-weight: 400;">そして、これからの時代の英語教師は、「～を教えるべきである」といった「トップダウン式」または「Teacher centred」の思考方法ではなく、生徒を中心に据えた「ボトムアップ式」または「Student centred」の思考方法に基く「支援活動」を大切にする必要があると思います。</span></p>
<p><span style="font-weight: 400;">たとえば、</span><strong>小学校の英語教育について言えば、まず大切なことは、児童一人一人が、どんな能力、特徴、希望をもっているか、を丁寧に分析することです。そして、次の段階は、彼・彼女たち一人一人が、どのような「発達」を望んでいるかを知ることです。そして、最後に、そうした基本的情報を基に、彼・彼女たちにとって最も適切なプログラムを、（ボトムアップ式に）組み上げることになります。</strong></p>
<p><span style="font-weight: 400;"> </span></p>
<p><span style="font-weight: 400;">したがって、（トップダウン式に）「小学生には・・・を教えるべきだ」といったことを軽々に言うべきではないと考えています。地域によって、学校によって、クラスによって、子どもたちによって、その英語教育のあり方は、何通りもあるからです。同じことは、その他の学校のレベル（中学校・高校・大学）についても、同じことが言えます。まずは一人一人の学習者を「英語の所有者 (owner)」 とみなし、「自律的」に「自分の英語力」を「発達させて(develop)」いる学習者を「支援する (support/ facilitate)」ための方法を模索する必要があります。 </span></p>
<p><span style="font-weight: 400;">つまり、そうした新しい時代に合った考え方に基づく英語教育を行う際に重要なことは、英語を「英語母語話の言語」ではなく、「英語学習者（一人一人）の言語」であるとみなすことです。私はNHKラジオの基礎英語の講師をしている時、毎回、番組の最後のところで、</span><strong>必ず ‘English is YOUR language.’（「英語は、あなたの言語ですよ。」）と言い続けたのですが、その背景には、そのような考え方があったからです。</strong></p>
<p><span style="font-weight: 400;"> </span></p>
<h2><span style="font-weight: 400;">日本ではCEFRの概念が捻じ曲げられて利用されている</span></h2>
<p><span style="font-weight: 400;">（五十嵐）CEFRはもともとその子が今どのぐらいにいるのかを評価する基準だったのに、日本では、英検やTOEICと比較されて、とても安易な導入のされ方をしていますよね。</span></p>
<p><span style="font-weight: 400;"> </span></p>
<p><span style="font-weight: 400;">（冨田）CEFRスコアが、英検やTOEICの何点に相当するかを検討することを、英語では </span><b>alignment</b><span style="font-weight: 400;">  </span><span style="font-weight: 400;">と呼びますが、日本の英語教育界ではこのalignmentにかなりのエネルギーを使っていますよね。 ただし、こうした動向は、日本だけに限ったことではなく、世界の多くの地域で同じようなことが行われています。CEFRとは欧州評議会（Council of Europe）が2001年に発表したものですが、その作成プロセスで重要な役割を果たした研究者の一人にMichael Byramという方がいます。彼は私の言語教育学に関する師匠にあたるような方なのですが、彼は、私と話す時に、そうした世界の言語教育界が CEFR のA～Cの基準のみに着目していることを危惧し、心配している、と言っています。</span></p>
<p><span style="font-weight: 400;">CEFRとは、より具体的には、「ヨーロッパ言語ポートフォリオ（European Language Portfolio: ELP）」として示されたものなのですが、それは (1) Language Passport, (2) Language Biography, (3) Dossierの3つ要素で構成されています。そして、そのELPの目的は、「複言語主義 (Plurilingualism)」 と「複文化主義 （Pluriculturalism）」 を推進することでした。しかしながら、現実には、残念ながら、その3つの構成要素の中の (1) Language Passportの（A～Cの）指標だけが注目を集めてしまい、(2) Language Biography, (3) Dossierへの関心がほとんど払われず、結果として、ELPが目指していた「複言語主義・複文化主義（Plurilingualism, Pluriculturalism）」への理解は、ほとんど深まっていません。</span></p>
<p><span style="font-weight: 400;"> </span></p>
<p><span style="font-weight: 400;">とりわけ日本では、</span><strong>CEFR の指標を「英語能力の（標準化された）指標」として利用することだけに注目し、真剣に議論すべきだった「複言語主義・複文化主義」については、ほとんど「おまけの議論」程度にしか扱われていませんね。Language Biographyや Dossierは、学習自身が、自分の言語的体験や経験を自覚し、記録し、必要に応じて、自分の能力や経験を示す証拠として用いることができるようにするためのもので、「複言語主義・複文化主義」を推進するためには、欠くことのできない「方法論」と「評価法」をガイドするものなのですが、日本では、ほとんど理解されておらず、実践も進んでいません。</strong></p>
<p><span style="font-weight: 400;">例えば、児童・生徒・学生が、クリスマスカードを英語で書いた経験、仲間と一緒に英語で動画を作成した経験、国際的なボランティア活動をした時の成果の記録、大学生の時にニュージーランドでホームステイした際の現地の人との交流の記録、といった様々な異文化体験を示す証拠をファイルに入れて保管し、必要があれば、それらをELP として活用することができるものです。結局のところ、現在の日本社会においては、CEFRは、英検、TOEIC、TOEFLの得点をまとめて示す「便利な指標」程度にしか考えられていないため、本来の（欧州評議会の）趣旨からは「かなりずれた扱われ方をしている」というのが私の見解です。</span></p>
<p>&nbsp;</p>
<h2>子どもを育てるスキルは小学校の先生・幼稚園・保育園の先生から学ぶべし</h2>
<p><span style="font-weight: 400;">（五十嵐）最近は頻繁に、「小中高大の学校種間の連携」の必要性が叫ばれているのですが、冨田先生はそうした学校種間の連携については、どのように考えていますか？</span></p>
<p><span style="font-weight: 400;">（冨田）「小中高大の学校種間の連携」については、「安易に行うべきではない」と考えているため、「（安易な）連携」にはあまり賛成できません。各学校種のレベルでは、それぞれの目標・目的を設定して、そのための真剣な教育活動が行われて然るべきですし、そのことがまず最も大切だと考えています。</span></p>
<p><span style="font-weight: 400;">たとえば、「小学校の英語教育」に関する研究会の場面などで、中学校の英語科の先生が小学校の先生方の英語教育を見学して、「発音が良くない」とか「文法構造が間違っている」といったコメントをしているのを見ることがあるのですが、そういうコメントが多すぎると、小学校の先生方は萎縮してしまうだけで、せっかくの「連携」の効果も消えてしまいます。</span></p>
<p><span style="font-weight: 400;">英語教育における「小中連携」の場合、英語教育の実践経験をもつ「中学校の英語教師」が、あたかも小学校教育を理解しているかのような態度で、小学校の先生方に指摘やプレッシャーを与えることがよく見られるのですが、そうした「不適切な連携」であれば「やめた方がいい」と思います。英語教育における「小中連携」については、むしろ「中学校の先生」が「小学校の先生」に「教えてもらう」といったスタンスのほうがずっと適切です。</span></p>
<p><span style="font-weight: 400;"> </span></p>
<p><span style="font-weight: 400;">例えば、教室でちらばって遊んでいる子ども達を、自分の椅子に着席してもらう時の「指示の出し方」などは、保育園・幼稚園や小学校の先生方はものすごく上手ですね。中学校の先生であれば「座りなさい」と言うだけのことが多いはずですが、年齢の低い子どもたちを教えている先生方の場合は、歌をうたい始めたりしますよね。すると、子どもたちは、歌を聞いて一緒に歌い始め、それまで集中していた（友達同士の）おしゃべりから、歌のほうに注意が向き、やがて、不思議なくらいすーっと椅子にすわり始めます。</span></p>
<p><strong>私は、子どもを育てる能力やスキルは、大学の教員→高校の教員→中学校の教員→小学校の教員→保育園・幼稚園の教員、の順に、対象年齢が低くなればなるほど、より高いと考えています。我々のような大学の教師はそういう意味では一番教え方が下手です(笑)板書する字が汚くて読めない大学教授とか、たくさんいるじゃないですか。そんなことは小学校では通用しませんよね。だから、私は、私の授業にいる大学生に「大学の先生は（私も含めて）指導技術がだめなことが多いけれど、小学校の先生方は、本当に素晴らしい指導技術をお持ちですよ。」とよく言います。そういう姿勢こそが意味のある連携を生み出す基礎にあるべきだと思います。</strong></p>
<p><span style="font-weight: 400;">ただし「情報交換」については重要だと思います。お互いが、対等の立場に立って、「小学校ではこんな目標を立てて、こんな方法で指導しています。」「中学校ではこういうことで苦労しているんです。」といった「情報交換」をすることには、とても意味があります。小学校と中学校の先生方は、それぞれの学校の固有の「信念」「教え方」「課題」があります。両者が、共有できる部分もあれば、できない部分もあります。まずは、そうした「お互いの相互理解」の基礎になる「情報交換」を、「相互にリスペクトすること」を忘れずに推し進めるべきでしょう。</span></p>
<p><span style="font-weight: 400;">（五十嵐）昨今、小中連携、高大連携の必要性が叫ばれていることが影響して、知人の小学校の先生によれば、「連携」と称して、小学校の先生がいきなり中学校の英語の授業を担当するように言われたり、逆にその中学校の先生が小学校に教えに来てくれと言われたりしているようです。校種間を行き来しているものの、現状、普段の自分の授業を淡々としているだけという先生もいらっしゃるようで、連携なのかというところは疑問、単純に派遣し合っているだけで、現場は混乱している、という話を聞いたことがあります。 </span></p>
<p><span style="font-weight: 400;">「連携」よりも各学校段階でやれることを真剣に追及しましょう</span></p>
<p><span style="font-weight: 400;">（冨田）中学校の英語の先生は英語を教えるのが上手いと思うかもしれませんが、中学校の先生は小学校の先生ではないので、小学校教育のことを正しく理解しているわけではないし、何をしなきゃいけないかということも、完全に理解しているわけではありませんよね。</span></p>
<p><span style="font-weight: 400;"> </span></p>
<p><span style="font-weight: 400;">英語に関する知識や使う能力については、確かに小学校の先生と比較したら良く知っているし、良くできるでしょうが、だからと言って、小学生の英語教育ができるわけではありません。そこを勘違いする人が時々いるため、「安易な連携」については、十分に気をつけたほうが良いと思います。 </span></p>
<p><strong>連携って「お互いに影響し合う」ということも含意しているので、やり方によっては有効な場合もあるわけですが、下手をすると、お互いの教育を阻害する可能性もあるので、注意する必要があると思います「連携しない方がいい」とまでは言いませんが、それよりは、まず大学の教師は大学の教育を真剣に考えるべきだし、高校の教師は高校の教育を一生懸命やっていただきたいと思います。まずはそういう自立性が何よりも重要です。そうした各学校レベルの自立性が確立できたら、お互いをリスペクトし合うことを条件とした「相互理解」をする必要があるでしょう。そして、その適切な「相互理解」が達成できたら、はじめて「連携」について一緒に検討することができるかもしれません。</strong></p>
<p><span style="font-weight: 400;">私は、時々、それぞれの学校（小・中・高・大）における英語教育は「どの程度までやればいいのですか？」という質問を受けることがあるのですが、この質問に答えることは、なかなか難しいと思っていますが、一般論として言えることは、「発達段階に応じたレベル」を設定すべきであるということになると考えています。 </span></p>
<p><span style="font-weight: 400;">私は、英語教育と水泳教育を比較して、小学校では「水遊び」、中学校では「足がつくプールでの練習」、高校では「足がつかないプールでの練習」を目指すべきではないかと言っています。こうした考え方は、ヴィゴツキーのZPD（発達の最近接領域、Zone of Proximal Development）の考え方に基づいているのですが、要は、まず目の前にいる児童・生徒・学生の能力・知識・意識等をできる限り正確にとらえた上で、彼・彼女たちに最も適切な教育活動を実践するしかないと考えています。</span></p>
<p><span style="font-weight: 400;">目の前の学習者は「何を考えているのか」「どんなことができるのか、できないのか」「どんなことをしたいのか」といったことを知ることからスタートして、小学校だったらここまで、中学校だったらここまで、といった学習目標を立てることが大切だと思います。</span></p>
<p><span style="font-weight: 400;"> </span></p>
<h2><span style="font-weight: 400;">「学習用ツール」を使った「プロジェクト型学習」について</span></h2>
<p><span style="font-weight: 400;"> </span><span style="font-weight: 400;">（五十嵐）ツールを使って授業をするのではなくて、ツールを使わせる授業をする、その中で意思決定をどれだけさせるかということが肝なのかなと思いました。Googleクラスルームでマネジメントされていて、ドキュメントを作って、翻訳ツールで翻訳して、ビデオチャットを使ってディスカッションして、スライドを作ってアップロードするって、完全に社会に出てからの仕事・業務と同じですよね、プロジェクト遂行するということにとても合っています。ツールを使って意思決定できれば、社会人になってからも困らないですよね。英語を直接教えるのではなくて、英語自体をツールの一部として利用させて、英語で何かの意思決定させるということですね。</span></p>
<p><span style="font-weight: 400;">（冨田）はい、そう思っています。今までの英語教育では、（誤解を覚悟の上で）少し極端な言い方をすると、英語教師は、学習者に「英語の構造と規則」をたたき込もうとしてきた面があるわけです。もちろんそれはそれで決して「無意味なこと」ではないのですが、肝心なことは、そうした「構造や規則に関する知識」を与えただけでは、学習者は「英語を使える」ようにならない、という点です。</span></p>
<p><strong>「自転車に乗れない人」を「自転車に乗れるようにしたい」時に、「自転車の構造に関する知識」をいくらたくさん与えても、役に立ちません。どこにサドルがあり、どこにチェーンがあるか、左右のペダルにかける力の割合は～対～か、などといった知識を学んだところで、絶対に自転車に乗れるようにはなりませんからね。 </strong></p>
<p><strong>自転車に乗れるようになるためには、自転車に「たくさん乗ってみる」ことが必要なわけです。英語だって、まったく同じです。英語を話せるようになりたいと思ったら「英語を使う」しかありません。したがって、英語の学習者にとって、まずは、自分の生活や人生の中で「英語を使う」ことが絶対的に必要なわけです。そして、もしも、（たとえば）ICTという「教育用のツール」が、学習者に「英語を使う機会」を提供できるのであれば、ICTを使って悪いはずがありません。私たち英語教師にとって何よりも大切なことは、学習者が「英語について知る機会」ではなく「英語を使う機会」を提供することだからです。</strong></p>
<p><span style="font-weight: 400;"> </span></p>
<p><span style="font-weight: 400;">（五十嵐）今までも英語はツールだという言葉はありましたけど、今ではツール自体に英語が組み込まれているじゃないですか、英語とITツールの区別もあまりなくて、ツールを使うと自然に英語も使えていることもありますよね。</span></p>
<p><span style="font-weight: 400;">（冨田）おっしゃるとおりですね。最近は「ゲームをすることを通じて」英語が使えるようになった、というような人の話を聞くこともあります。ネット上のゲームをやっていたら、そこに出てくる英語を、自然に使えるようになったというような話です。</span></p>
<p><span style="font-weight: 400;">（五十嵐）これからの時代の大学の英語教育では、たとえばプロジェクト型の学習などのような「英語をリアルな形で使う」教育が大切になってくるとお考えですか？</span></p>
<p><span style="font-weight: 400;">（冨田）はい。そう思います。もちろん、必ずしも「プロジェクト型の教育のみ」ということではないと思いますが、「英語を使う機会を提供する」という意味では「プロジェクト型の教育方法」は、これからの時代の英語教育にとって、非常に有効な方法だと考えています。最近は、その他の教育方法として、CLILなどが注目されていますが、ＣＬILのような「言語と意味を統合する教育方法」でも、「プロジェクト型の活動」が取り入れられていますよね。</span></p>
<p><span style="font-weight: 400;">（注）CLIL (Content and Language Integrated Learning　内容言語統合方学習) </span></p>
<p><span style="font-weight: 400;">従来の学校教育の中の「英語」は、「教科」「科目」「入試科目」として存在していたため、一般の世の中の「英語」とは乖離した存在でした。私が働いている大学でも、多くの学生にとって、「英語」は「必修科目（＝単位を取らなければ卒業できない科目）以外の何物でもなく、「自分の思考」「自分の生活」「自分の人生」とは、ほとんど無縁の状態で存在しています。</span></p>
<p><span style="font-weight: 400;">そのような状況の中で、なんとかして、「英語」と学生の「思考」「生活」「人生」を関連づけることができないだろうか？ということが、現在の私の問題意識であり、課題です。そして、そのような目的を達成するための、重要な「役割」を担っているツールが爆発的な発展をしている「ICT」だと考えているわけです。20年前には、英語が苦手な学生は、目の前の「英語という記号」の「解読」を強いられていたわけですが、今の時代の場合、スマホさえあれば、AIの自動翻訳アプリを使って簡単に翻訳ができます。</span></p>
<p><span style="font-weight: 400;">つまり、今の時代の学生たちは、あらゆる外国語を「記号の羅列」から「意味の分かる言語」に変換できるようになったわけです。これは、外国語教育にとって、まさに革命的な変化だと言って良いと思いますね。</span></p>
<p><span style="font-weight: 400;">（五十嵐）具体的には、「英語を使ったプロジェクト型活動」の成果を出すために「英語とICTツールを使う」ということになりますか。</span></p>
<p><span style="font-weight: 400;">（冨田）はい。おおむねそういう理解で良いと思います。そういう形の教育方法を、一般には「プロジェクト型学習・教育・活動」と呼んでいるので、私が現在行っている「英語教育」の形も、「プロジェクト型英語教育」と呼んでいただいて良いと思います。</span></p>
<p><span style="font-weight: 400;">たとえば、従来の大学の英語教育では、教師が選んだ教科書を、学生は「無理やり読まされていた」わけです。学生達には「読みたい英語」を選ぶ「選択権」が全く与えられていませんでした。つまり、従来の学生は、英語授業の教材については、「個人的な関心」に基づいて選択し、読むことがほとんどできませんでした。 </span></p>
<p><span style="font-weight: 400;">当然のことながら、そうした英語の読み方をしていると、英語は学生の「思考」「生活」「人生」といったものから、どんどん離れた存在になって行き、学生たちは「英語」という言語に「リアリティ」を感じられなくなります。 </span></p>
<p><span style="font-weight: 400;">そのため、</span><strong>新しい時代の大学の英語教育では、まず英語を「リアルなもの」にするために、学生に「自分が読みたい英語」を「選択する権利」を与えるべきだと考えています。その選択権さえ与えられれば、今の時代の学生たちは、スマホ一つで、大量の「英語の情報」にアクセスできます。つまり、学生達は、自らの意志とICTによって、簡単に「リアリティを感じられる英語」にたどりつけるわけです。</strong></p>
<p><span style="font-weight: 400;"> 私の授業では、「自分が興味を感じる英語の情報」にアクセスすることから始め、「調べ学習」「調査活動」「発表活動」などのプロジェクト型の活動を行っています。こうした学習は「アクティブラーニング」や「ディープラーニング」と呼ばれることがあるので、私の授業方法を、今風の名前をつけて呼ぶとすれば、「ICTと英語を使った『プロジェクト学習型』のアクティブラーニング」ということになるかと思います。</span></p>
<p><span style="font-weight: 400;">（後編に続く・・・）</span></p>
<blockquote class="wp-embedded-content" data-secret="fqJchTMsK1"><p><a href="https://kknavi.jp/conversation/4700/">「英語教育の開拓者に訊く」シリーズ　第1回 AI時代の到来が外国語教育に与える影響（後編）</a></p></blockquote>
<p><iframe class="wp-embedded-content" sandbox="allow-scripts" security="restricted" title="&#8220;「英語教育の開拓者に訊く」シリーズ　第1回 AI時代の到来が外国語教育に与える影響（後編）&#8221; &#8212; 国際教育ナビ" src="https://kknavi.jp/conversation/4700/embed/#?secret=fqJchTMsK1" data-secret="fqJchTMsK1" width="500" height="282" frameborder="0" marginwidth="0" marginheight="0" scrolling="no"></iframe></p>
<blockquote class="wp-embedded-content" data-secret="W3kgcPtpZl"><p><a href="https://kknavi.jp/conversation/4701/">「英語教育の開拓者に訊く」シリーズ　第１回 AI時代の到来が外国語教育に与える影響（前編）</a></p></blockquote>
<p><iframe class="wp-embedded-content" sandbox="allow-scripts" security="restricted" title="&#8220;「英語教育の開拓者に訊く」シリーズ　第１回 AI時代の到来が外国語教育に与える影響（前編）&#8221; &#8212; 国際教育ナビ" src="https://kknavi.jp/conversation/4701/embed/#?secret=W3kgcPtpZl" data-secret="W3kgcPtpZl" width="500" height="282" frameborder="0" marginwidth="0" marginheight="0" scrolling="no"></iframe></p><p>The post <a href="https://kknavi.jp/conversation/4702/">「英語教育の開拓者に訊く」シリーズ　第1回 AI時代の到来が外国語教育に与える影響（中編）</a> first appeared on <a href="https://kknavi.jp">国際教育ナビ</a>.</p>]]></content:encoded>
					
		
		
			</item>
		<item>
		<title>外国語教育に役立つかもしれない？ 言語学・音声学</title>
		<link>https://kknavi.jp/conversation/3419/</link>
		
		<dc:creator><![CDATA[国際教育ナビ編集部]]></dc:creator>
		<pubDate>Tue, 23 Aug 2022 11:17:13 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[教育トーク]]></category>
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					<description><![CDATA[<p>学習指導要領の改訂により、中学・高校の英語科について「授業は英語で行うことを基本とする」という方針が示されました。地域、学校によってはオールイングリッシュの授業を開始しているところもあるのではないでしょうか。 しかし生徒…</p>
<p>The post <a href="https://kknavi.jp/conversation/3419/">外国語教育に役立つかもしれない？ 言語学・音声学</a> first appeared on <a href="https://kknavi.jp">国際教育ナビ</a>.</p>]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p>学習指導要領の改訂により、中学・高校の英語科について「授業は英語で行うことを基本とする」という方針が示されました。地域、学校によってはオールイングリッシュの授業を開始しているところもあるのではないでしょうか。</p>
<p>しかし<strong>生徒にとって、また教員にとって障壁の一つになり得るのが、英語の発音の習得</strong>です。ネイティブではない私たちは、どのようにして英語の発音を身につければよいのでしょうか？</p>
<p>2022年5月に『フリースタイル言語学』（大和書房）、『音声学者、娘とことばの不思議に飛び込む〜プリチュワからカピチュウ、おっけーぐるぐるまで〜』（朝日出版社）の2冊を上梓された慶應義塾大学言語文化研究所教授 川原繁人先生に、言語学・音声学と外国語学習や外国語教育の関係性について教えていただきました。（聞き手：五十嵐 美加）</p>
<p>&nbsp;</p>
<h2><span style="font-weight: 400;">英語上達のコツは「話し相手を見つけ、一緒に英語を楽しむこと」</span></h2>
<p>（川原）先日、『フリースタイル言語学』のPRとして、ラジオに出演したんです。前もって本を読んでくれたMummy-Dさんというラッパーが「面白かった」と言ってくれて。その本では、直接ラップの分析に触れた部分は一部でしたが、言語学の考え方や日本語の構造を知ることでラッパーの方が「自分の歌に役立つかもしれない」と感じてくださっているので、同じことが英語教育関係者にも言えるといいなと思っています。</p>
<p><a href="https://www.amazon.co.jp/dp/4479393897">https://www.amazon.co.jp/dp/4479393897</a></p>
<p>（五十嵐）本の中には、「英語を上達させるためにはどうしたらよいか」をご自身の経験から語られている章もありましたね。現場の先生方は「英語の授業は英語で」と言われているんですが、自分自身の英語をどのように上達させるか悩んでいる教員は少なくないと思います。川原先生はどうお考えですか。</p>
<p>（川原）<strong>「楽しい」と思わないと絶対できるようにはならないと思います。特に、言語習得は義務感だけで登れる山ではない</strong>と私は思っています。英語科の先生方は「英語が楽しい」「話せるようになりたい」と思っていた時期が少なからずあったからこそ、その職に就いたはずです。英語を学ぶのが面白いと思う感覚や気持ちを思い出してみるのはすごく大事なことだと思います。</p>
<p>（五十嵐）川原先生が、もう英語に不自由はないと思ったのは何歳頃ですか。</p>
<p>（川原）大学3年生で留学したのですが、読むことについては大学3年生の時点で問題なくできました。内容が理解できないことはありましたが、英語の意味がわからなくて困るということはなかったです。聞く方も、英語の映画をビデオテープのテープが擦り切れるほど視ていたので割とできていました。ただ、留学に行くまで喋りは全然できなかったです。</p>
<p>（五十嵐）英語が使用されている環境に身を置いて、英語をたくさん話すことが大事ですよね。言語学の観点から見てもそう思われますか？</p>
<p>（川原）最近、認知科学について広く勉強しているのですが、<strong>人間というのは社会的動物で、一番幸せを感じるのは、人と一緒に何かをやっているときだと言われています。先ほどの「何かを学ぶためには、楽しむことが一番」ということと、「楽しむためには誰かと一緒に何かをやる」ということを組み合わせると、話し相手を見つけて一緒にやることが一番の近道</strong>だと思います。</p>
<p>（五十嵐）第二言語の習得における動機づけは大きく2つに分かれていて、道具的な動機づけと統合的な動機づけがあると言われています。道具的というのはビジネスや生活に必要で使う場合、統合的というのは言語を使用している集団に対する憧れや社会的に繋がりたいという欲求から起こる動機づけです。</p>
<p>ただ、「将来海外と繋がる気はないし、別に旅行も好きではない」という人もいます。日本にいて、外国語が必要だと思っていない学生への声かけについてはどうお考えですか？</p>
<p>（川原）人間はそこまで意志の強い動物ではないので、「道具として有用だから学ぼう！」という意志の強さだけで学べる人はごくわずかだと思います。しかし、英語ができれば、最新の論文や最新の研究が翻訳を待つことなくすぐ手に入るというのは事実です。英語を学ぶことで世界が広がるんですよね。さきほどの発言と矛盾するようですが、日本の中の世界だけでいいと思っているのはもったいなくもありますね。</p>
<h2><span style="font-weight: 400;">プリキュアのキャラクター名はどうしてかわいいのか？</span></h2>
<p>（五十嵐）世界を広げるという面では、先生のご研究はいろいろな分野と繋がっていて、生活が豊かになる印象を受けます。物理的な豊かさというより、精神的に豊かになるというか。</p>
<p>先生のご専門である、言語学や音声学の概論を教えていただけるとうれしいです。</p>
<p>（川原）私は言語学者で、その中でも音声学を専門にしています。音声学は3つに分かれていて、調音音声学というのは、私たちが肺や喉、口の中、唇などの器官を使って、どのようにどういう音を出しているのかを研究します。音響音声学は、器官を使って発した音が空気の振動になって、（そして今の時代では）パソコンにデジタルデータとして変換されて、それがインターネットを経由して相手に届くという、話者と聴者の間で何が起こっているかを研究します。そして、その空気の振動が相手の耳に入って、それを相手の頭がどう解釈しているかを解明するのが知覚音声学です。</p>
<p>音声学の大事な諸概念を子育てを切り口として書いた本が『音声学者、娘とことばの不思議に飛び込む〜プリチュワからカピチュウ、おっけーぐるぐるまで〜』です。</p>
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<p>例えば、「両唇音」というカテゴリは確かに音声学を分析する上では重要ですが、授業で「両唇音は［p］［b］［m］［Φ］［w］ですよ」と言うと、「だから何なの？」となるわけです。それをどうやって楽しく教えようかと思ったときに出会ったのがプリキュアでした。</p>
<p><strong>プリキュアの名前を分析してみると、名前の始めに両唇音が多く表れます。その現象を捉えるためには両唇音という概念が必要で、なぜ両唇音かと考えると、喃語（赤ちゃんが最初に発する音）が両唇音だから、私たちは「両唇音はかわいい」というイメージを持っているというわけです。こういう教え方をすると、わりと音声学を楽しんでもらえます。</strong></p>
<p>身近な話題から音声学を考えるだけで、ただの暗記から解放されるのではないかという願いを込めた本です。一方、体系的に音声学を紹介しようとした『音声学者、娘とことばの不思議に飛び込む』と違って、『フリースタイル言語学』では、私の好きなことを好きなだけ語っています（笑）。</p>
<p>（五十嵐）ALS（筋萎縮性側索硬化症）とマイボイスの話※はとても感動しました。素晴らしい研究をなさっていますね。<br />
※将来自分の声が失われると分かっている難病（特にALS）の患者さんの声をあらかじめ録音し、声が失われた後もパソコンを通して再生することを可能にするソフト（マイボイス）の開発研究の話</p>
<p>（川原）本章に出てくる本間先生は作業療法士の先生で、音声学、言語学のトレーニングは全く積んでいない方です。私と出会う前は、独自の感覚だけでマイボイスを作成していたそうです。そんな中で音声学や言語学の知識を持った私がチームに加わってアドバイスをしたところ、「その問題を解決するために何ヶ月悩んだと思ってるんですか！」と言われました。自分の研究が、実社会の現場で役に立てたことがうれしかったですね。</p>
<p>（五十嵐）<strong>音声学を学ぶと、それぞれの単語の発音が明示的にわかって区別がつくようになりますね。音声学は発音の指導や、自分自身の発音の矯正など、英語らしく発音するためにどう修正すればいいのかを考えることに役立つ</strong>と思いますか？</p>
<p>（川原）役立つと思いますよ。サザンカリフォルニア大学のspanというプロジェクトでは、世界中の主な言語の発音のMRIをオンラインで無料で見られます。昔は舌の形のイラストで書いていたものが、本物を動画で見られるわけですから便利ですよね。</p>
<p>5人の著名な音声学者がそれぞれ発音してくれています。人を選んで、記号をタップすると、全部動画が見られます。</p>
<p><img loading="lazy" class="size-medium wp-image-3420 aligncenter" src="https://kknavi.jp/wp/wp-content/uploads/2022/08/6c58ffe3a6064b0adfd292c51ecdf0f2-600x316.png" alt="" width="600" height="316" srcset="https://kknavi.jp/wp/wp-content/uploads/2022/08/6c58ffe3a6064b0adfd292c51ecdf0f2-600x316.png 600w, https://kknavi.jp/wp/wp-content/uploads/2022/08/6c58ffe3a6064b0adfd292c51ecdf0f2-1200x631.png 1200w, https://kknavi.jp/wp/wp-content/uploads/2022/08/6c58ffe3a6064b0adfd292c51ecdf0f2-768x404.png 768w, https://kknavi.jp/wp/wp-content/uploads/2022/08/6c58ffe3a6064b0adfd292c51ecdf0f2-1536x808.png 1536w" sizes="(max-width: 600px) 100vw, 600px" /> <img loading="lazy" class="size-medium wp-image-3421 aligncenter" src="https://kknavi.jp/wp/wp-content/uploads/2022/08/305d7b8ae84908981985288b44e4fc73-600x371.png" alt="" width="600" height="371" srcset="https://kknavi.jp/wp/wp-content/uploads/2022/08/305d7b8ae84908981985288b44e4fc73-600x371.png 600w, https://kknavi.jp/wp/wp-content/uploads/2022/08/305d7b8ae84908981985288b44e4fc73-1200x742.png 1200w, https://kknavi.jp/wp/wp-content/uploads/2022/08/305d7b8ae84908981985288b44e4fc73-768x475.png 768w, https://kknavi.jp/wp/wp-content/uploads/2022/08/305d7b8ae84908981985288b44e4fc73-1536x950.png 1536w, https://kknavi.jp/wp/wp-content/uploads/2022/08/305d7b8ae84908981985288b44e4fc73.png 1664w" sizes="(max-width: 600px) 100vw, 600px" /> <img loading="lazy" class="size-medium wp-image-3422 aligncenter" src="https://kknavi.jp/wp/wp-content/uploads/2022/08/09f5ab4e57def3c44f755254e8d3cecb-600x369.png" alt="" width="600" height="369" srcset="https://kknavi.jp/wp/wp-content/uploads/2022/08/09f5ab4e57def3c44f755254e8d3cecb-600x369.png 600w, https://kknavi.jp/wp/wp-content/uploads/2022/08/09f5ab4e57def3c44f755254e8d3cecb-1200x737.png 1200w, https://kknavi.jp/wp/wp-content/uploads/2022/08/09f5ab4e57def3c44f755254e8d3cecb-768x472.png 768w, https://kknavi.jp/wp/wp-content/uploads/2022/08/09f5ab4e57def3c44f755254e8d3cecb-1536x944.png 1536w" sizes="(max-width: 600px) 100vw, 600px" /></p>
<p>（五十嵐）『音声学者、娘とことばの不思議に飛び込む』のほうで、語学の先生に読んでほしい部分はありますか。</p>
<p>（川原）<strong>音節（シラブル）の話は面白いかもしれませんね。第10話の「どうやって音を区切るか、それが問題だ」という章です。日本語はひらがなの拍で音を区切ると言われますが、子どもたちの言語習得のパターンを見ると、私たちも音節を持っていることがわかります。</strong></p>
<p>（五十嵐）拍とは何でしょうか？</p>
<p>（川原）例えば、しりとりで繋がっていくものが拍です。リンゴ、ゴリラ、ラッパだと「ゴ」「ラ」「パ」は拍です。ひらがな一文字分と考えても良いでしょう。小さい「ゃゅょ」は例外ですが、日本人に1個の音といったら何ですかと言ったときに、ぱっと思いつくのが拍です。</p>
<p>それに対して音節というのは、例えば「パ」に「ン」がついて「パン」となると、拍としては「パ」「ン」で2つに分かれますが、音節としては1つです。あとは長音ですね。「父ちゃん」は拍では「と」「う」「ちゃ」「ん」の4つで数えますが、音節では「とう」「ちゃん」の2音節になります。</p>
<p>（五十嵐）「日本語は拍、英語は音節ベースで違うから難しい」ではなくて、「日本語にも音節があって、自分たちも無意識にできていることだ」と言ってあげると、学習者としては気付きになったり、学びが進んだりするかもしれませんね。</p>
<p>（川原）また、第6話では音韻変化について説明しています。私は音声学者であり、音韻論者でもあるのですが、一般の方々に音韻論を説明しようとするととても難しいです。まず音韻論という言葉が通じないので、プロフィールにも音韻論者と載せることを避けるぐらいです。</p>
<p><strong>簡単に言うと、音は環境によって別の音に変わったり消えてしまったりすることが多くあります。それが音韻変化です。子どもの言い間違えを見てみると、日本語に潜む音韻変化が見えてくる</strong>というのが、第6話のポイントです。</p>
<p>ここでは子供が、うさぎ「グミ」、たんぽぽ「グミ」、ゆき「グミ」だから、「クミ」ではなくて「グミ」だと言っていたことを例に挙げています。</p>
<p>（五十嵐）クラスを意味する「組」は、「クミ」ではなく「グミ」としか聞いたことがなかったから「グミ」だろうと推測した、ということですね。</p>
<p>（川原）<strong>音韻論で大事なのは、音は環境によって変化するということ</strong>です。日本語の「くみ」も前に何かがつくと「ぐみ」に変化する。英語の例を挙げれば、can’tはtがほとんど発音されない場合があり、I canなのかI can’tなのかわからないことがあります。しかし、学習者が英語の語末の[t]は消えやすいと知っていると対応しやすいと思うのです。<strong>英語ではどのような音韻変化が観察されるのかを知っておくと、英語を学ぶうえで役に立つ</strong>のではないかと思います。</p>
<h2><span style="font-weight: 400;">「間違いはあなたのせいじゃない、言語体系が違っただけ」</span></h2>
<p>（五十嵐）中学生や小学生の素朴な疑問としては、「しっかり聞こえない場合は否定か肯定か、どうやって聞き分けているんだろう」というのがあると思います。それは文脈から推測になるのでしょうか。</p>
<p>（川原）その点は『フリースタイル言語学』の「部屋とエントロピーと私」という章で触れています。エントロピーとは、もともと情報理論の概念なのですが、予測可能性の量的な尺度で、実は言語の分析にも役立つという話です。今の文脈でいうと、話している方も誤解されたくないから、<strong>canなのかcan’tなのか、前後の文脈から判断しにくい場面ではきちんと[t]を発音することが多いわけです。しかし周りの文脈からcanなのかcan’tなのかが予測可能になって、そのエントロピーが低くなると[t]が消せる</strong>というわけです。</p>
<p>また、このような環境では [t]が消えやすいとわかっていると、聞き返せるというのもありますよね。音韻変化がわかっていると、そこに聞き取り問題が生じうる、だから聞き返すのは失礼ではない、という意識が持てるかもしれない。</p>
<p>（五十嵐）アニメの「デビルマン」ってあるじゃないですか。日本語だとデビルマンですが、英語でDevilとmanをくっつけるとDevilman（eにアクセント）で、私の中ではデビルマン（ビにアクセント）のイントネーションに違和感があって、デビルマン（デにアクセント）としか発音できないんです。私の中ではト↑マトマンだしポ↑テトマンなんですが、息子はそれをトマト↑マン、ポテト↑マンだと言うんです。英語に触れているうちに、元々持っていた日本語の直感が薄くなっていくこともあるんだなと思いました（トマトマン・ポテトマンは架空のヒーロー）。</p>
<p>（川原）それもまさに音韻論で、日本語は複合語をくっつけると、アクセントが複合語の境界あたりに落ちやすいんです。ポテトマンやデビルマンは繋がりの1個前のところにアクセントがきていますよね。それは日本語のルールを適用した結果です。それによって英語の元の発音から離れてしまうのは、あるあるです。<strong>日本語と英語のアクセントやストレスの位置の違いも、音韻論を知っていると役に立つかもしれないですね。</strong></p>
<p>例えば、Scienceをサ↑イエンスと言っている人がいました。日本語のアクセントのルールを考えると、サイエ↑ンスの方がしっくりくるんですよね。</p>
<p>（五十嵐）アカデミアではない友人と話している際に、フェ↑イスブックと言ってしまってフェイスブ↑ックだと訂正されたり、グ↑ーグルと言うとグーグ↑ルだと笑われたりすることがあります。英語のアクセントを意識しているわけではないのですが、アクセントの位置の違いを体系的に説明できると、英語の先生としては、生徒に面白い話ができそうです。</p>
<p>（川原）<strong>日本語には日本語の、英語には英語のルールがあって、その違いによって誤解が生じてしまうかもしれない、ということだけ頭の片隅に置いておけばいいと思います。通じなかったときに、私の発音が駄目なんだと思う必要はありません。</strong>Scienceをサイエ↑ンスと言ってしまったのも、日本語の音韻のルールではそこにアクセントを落とすのが自然だからそうしただけ。落ち込まずに「日本語に引っ張られてしまった」と考えると、気分として違うと思うんですよね。</p>
<p>（五十嵐）間違いを極端に恐れる必要はないですよね。それを生徒にも教えなきゃいけないし、そういう雰囲気を作らなければいけない。</p>
<p>教員向けのセミナーやワークショップでも、「何か質問やコメントはありませんか」というシーンで誰も発言しないことがよくあります。生徒には質問しなさいと言う一方で、先生が質問やコメントしない。「変なことを聞いたらまずい」と思ってしまうのだと思いますが、間違ってもいいからチャレンジする姿勢を教員自身が持つことも大事だと思います。</p>
<h2><span style="font-weight: 400;">自分の頭の中からスタートできる学問、それが言語学</span></h2>
<p>（川原）英語は私たちが思っているよりも多様です。アフリカンアメリカンの英語もあるし、ヒスパニック系の英語もあるし、日本人訛りの英語もある。その多様性ってすごく素晴らしいことだと思います。</p>
<p>山寺宏一さん（声優）と北山陽一さん（歌手）とお話ししたときに、北山さんは青森出身で、山寺さんは宮城出身で、「日本人は出せる音の引き出しが少ない。それは言語の多様性に対する寛容性が日本人は低いからだ」という話で盛り上がりました。歌手にしても声優にしても、英語に比べて出せる音の範囲が狭いというか、武器が少ない、と。それは、言語の多様性に寛容でなさすぎて、この発音はこれと決めてしまうからだと思います。</p>
<p>（五十嵐）日本人の言語観は、一つの言語に対して一つの標準語、基本的にそれで話すべきと考えている節があって、それを英語に対しても当てはめてしまっているのかなと思います。</p>
<p>中・高の教科書の音声はほぼアメリカ英語です。アメリカ英語が目標とすべき言語で、そこを目指していきましょうという価値観が、日本人学習者にはなんとなくある気がします。ある大学の先生は、日頃から学生に「English is YOUR language.」と言っているそうです。アメリカ人が使う言葉を自分が目指すのではなくて、自分の中でdevelopしていけばいいということが英語教育の中でもっと広まってほしいということでした。多様性はどの言語でも大事にしたいですね。</p>
<p>（川原）<strong>英語という未知なもので多様性を感じるよりは、日本語でまず多様性を感じて「こういうものなんだ」と思えた方が近道</strong>だと思います。</p>
<p>（五十嵐）そうですね。英語の方言や訛りを聞いても、どこの訛りかわかりませんが、日本だと「この辺の地域の言葉だな」「これはこういう意味になるかな」と直感がきくし、自分の言葉と比べて捉えやすいので、身近な言語から多様性を感じていけると良いですね。</p>
<p>今、探究学習が学習指導要領に入ってきましたが、言語学って探究学習にうってつけなものだと思うんです。</p>
<p>（川原）教育学専攻の方も、そういった感想をくれました。「プリキュアでもポケモンでもドラクエでも、何でも分析できるんだ」という態度そのものが、自由研究の見本になると言ってくれました。</p>
<p>（五十嵐）本当にそうだと思います。フィールドワークに出かけて調査をすることもありますが、例えば、先生のご研究のように、プリキュアやポケモンのキャラクターの名前でも分析ができます。<strong>気軽に、自分の頭の中の知識から研究が始められるというのは面白いですね。これからの日本の学校教育現場で求められるニーズにも合っている学問ではないか</strong>と私は思っています。</p>
<p>好奇心旺盛でいろいろな疑問を持っている生徒たちの疑問に答えるためには、指導者も好奇心を持ち続けて、いろいろな方向にアンテナを張ることが大事だと思いますし、その一つとして英語を教えているのだとすれば、言語学は知っていて損はない分野ですね。</p><p>The post <a href="https://kknavi.jp/conversation/3419/">外国語教育に役立つかもしれない？ 言語学・音声学</a> first appeared on <a href="https://kknavi.jp">国際教育ナビ</a>.</p>]]></content:encoded>
					
		
		
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		<title>「理科の実験」のワクワク感で発音練習！ ～分野横断的知見を生かした英語教育とは～</title>
		<link>https://kknavi.jp/conversation/6264/</link>
		
		<dc:creator><![CDATA[国際教育ナビ編集部]]></dc:creator>
		<pubDate>Wed, 31 May 2023 22:00:18 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[教育トーク]]></category>
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					<description><![CDATA[<p>「発音の指導は難しい」、「指導者としての自分の発音は正しい発音なのだろうか？」、そのような悩みを抱えていらっしゃる先生方は少なくないのではないのでしょうか。児童・生徒たちはもちろん、先生自身も楽しく正しく練習できる方法が…</p>
<p>The post <a href="https://kknavi.jp/conversation/6264/">「理科の実験」のワクワク感で発音練習！ ～分野横断的知見を生かした英語教育とは～</a> first appeared on <a href="https://kknavi.jp">国際教育ナビ</a>.</p>]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p><span style="font-weight: 400;">「発音の指導は難しい」、「指導者としての自分の発音は正しい発音なのだろうか？」、そのような悩みを抱えていらっしゃる先生方は少なくないのではないのでしょうか。児童・生徒たちはもちろん、先生自身も楽しく正しく練習できる方法があれば、日々の教育実践はより効果的で充実したものになるはずです。</span></p>
<p><span style="font-weight: 400;">今回は、上智大学理工学部情報理工学科教授の荒井隆行先生に、児童・生徒たちはもちろん、先生自身も「理科の実験」をするときのようなワクワク感を持ちながら発音練習できる方法について伺いました。荒井先生は、音声について工学的な見地からご研究を進めるかたわら、英語の音がテーマとなっているNHKの英語教育番組に実験監修を務めるなど、言語教育分野にも多くの業績をお持ちの先生です。</span></p>
<h2><span style="font-weight: 400;">人類が今在るのは音声コミュニケーションのおかげ</span></h2>
<p><span style="font-weight: 400;">（五十嵐）荒井先生は音響音声学や音声コミュニケーションという学術分野がご専門で、英語教育にも関わっていらっしゃいますよね。今日は、これまでのご研究の内容や教育活動の内容を踏まえて、英語の先生方が、心得ておいた方がいいことや、授業実践への示唆をお話しいただきたく思います。</span></p>
<p><span style="font-weight: 400;">（荒井）子どものころから、音声を含め「音」に関しての興味がありまして、それを自分が職業にするのに際し、まずは最先端のことを学ぼうと上智大学の電気・電子工学科に進むことにしました。上智大学の情報理工学科が現在の所属ですが、当時の電気・電子工学科で培われた教育と研究の土壌は、現在の情報理工学科という新しい学科に受け継がれています。</span></p>
<p><span style="font-weight: 400;">当時、音声を研究している先生がいらっしゃって、その先生は電子回路がご専門でした。どちらかというと工学系の先生で、声の分野というより信号処理の分野でご活躍でした。先生に出会ってから音声の勉強を進めていくと、音声というのは音の中でも特別なのだということが次第にわかってきました。</span><b>なぜ特別なのかというと、私たちが生きていく上で（音声に限らず）コミュニケーションというものが欠かせない存在だからなのでしょう。長い人類の進化の過程において、コミュニケーションがあったから今我々が存在しているのだろうというようなことを感じながら、音声の研究をしています。</b></p>
<p><span style="font-weight: 400;">ところで、実は、日本の中で音声学を先駆的に研究し始めていた大学の１つが上智大学でした。日本で音声学を始めた、先駆けの先生のお一人が千葉勉先生で、千葉先生はイギリス・ロンドンの世界で最も古い音声学研究施設がある大学に留学され、音声学を学び、日本にそれを持ち帰った方です。帰国後に、今の東京外国語大学に音声学研究室を作られ、その後、1950年頃に上智大学に第２の音声学研究室を作られました。私は大学院の時からそこに足を運んで勉強させてもらいました。千葉先生はもういらっしゃいませんでしたが、その流れを汲んだ先生方から多くを学びました。音声学って実は言語学の分野の１つです。上智は文系が強いというイメージをお持ちの方も多いと思いますが、音声学は文系の言語学の分野で、私は理工学部なので、もともとの畑は違うのです。しかし、音声学研究室で文系理系関係なく交流させてもらっていました。</span></p>
<p><span style="font-weight: 400;">今でこそSiriなどいろんな製品にも音声認識や音声合成の技術が応用され、話しかけるとAIが喋り返すといったことが日常的になっていますが、そこまで到達するのには長い歴史があって、私の大学院時代もなかなかうまくいかないことやむずかしい課題が多い中でその一端の研究を進めていました。それが90年代初頭でしたが、思い切ってアメリカに１年間留学することにしたのです。すると、アメリカの学術機関ではいわゆる文系の先生も理系の先生も一緒になって共同研究をしていて、学問が混ざりあってイノベーションというものが切り拓かれるという現実を目の当たりにしました。</span></p>
<p><span style="font-weight: 400;">日本に帰国して博士課程を修了した後、上智大学で研究を続けました。当時、日本にはまだポスドクという言葉がありませんでした。ポスドクというのは博士を取った後に研究を続ける研究者のことです。日本でイノベーションやスタートアップ、ベンチャーという言葉がまだ一般的ではない頃に、アメリカでそういうものを目の当たりにして、こんなふうに研究って進むのだということを体感しつつ帰国後の日々を送りました。</span><b>日本に帰ってきてから日本のシステムと世界の最先端のシステムとのギャップを感じて、日本にいては駄目だと思い、大学の職を辞め、再度アメリカへ修行の旅に出ました。</b><span style="font-weight: 400;">数年経って上智大学の恩師がリタイアするときに戻ってきて、今のポジションに着くことになりました。私が今している研究は、そういった全ての礎の上に成り立っています。</span></p>
<p><span style="font-weight: 400;">私の研究室では、スタートさせた時から一貫して３つのキーワードを掲げています。１つめは国際。２つめは学際、つまり、学問の垣根を越えてみんなと一緒にやりましょうというものです。３つめが人のためです。人のためというのは、結果的には上智大学の教育精神にも繋がるもので、もともと親の影響で医者になろうと思っていたことも関係しています。この３つのキーワードをモットーに、音響音声学や音声コミュニケーションに関わる教育や研究をしています。</span></p>
<p><span style="font-weight: 400;">その音響音声学という分野ですが、音響という名前がついていることからもわかるように物理の分野に大きく関係しています。ですので、物理学のこともわからないと、実は音ってわからないし、その音を扱う音声学もわからないはずなのです。日本では特に、音響学を含む物理学と音声学を含む言語学の間に壁があって、両方を一緒に学ぶことが難しいこともあり、私の研究室ではそれをとっぱらって一緒に学んだり研究を実践したりしています。</span></p>
<p><span style="font-weight: 400;">音声コミュニケーションといっても、文系理系の両方にまたがっていて非常に幅があるので、学問の垣根を越えて広く教育・研究を行っています。文系寄りのこともやっていますし、理系的なこともやっています。例えば、機械学習を使って病気の音声を識別するようなことも取り組んでいますし、一方で英語の発音について英語教育に関わるようなことも行っています。模型を使って、人間がいかに音声を発しているかを追究するようなことも大きな研究の柱であり、最近では国立民族博物館において発声時の肺のモデルや声の通り道である「声道」の模型の展示も行い、それに付随して、子どもたちが模型を作るワークショップも開催しました。</span></p>
<p><span style="font-weight: 400;">NHKの英語教育番組の実験監修もその延長にあるものでした。NHKがEテレで英語の発音について特化した幼児向け番組を作りたいということでお声がけいただいて、それが実験の監修をさせていただくきっかけとなりました。英語の発音をいろいろな道具を使って学んでいくストーリーを展開させていくことになったわけです。</span></p>
<h2><span style="font-weight: 400;">「ライオンマスク」を使えばLとRの発音の区別も簡単に</span></h2>
<p><span style="font-weight: 400;">（五十嵐）学術的な知見を踏まえて子どもが楽しいと思えるものをつくるのはなかなか大変ではないでしょうか。実験の監修において、これは一番面白くできた！というコンテンツを教えていただけますか。</span></p>
<p><span style="font-weight: 400;">（荒井）2017年から６年ほどレギュラー番組として放映されましたが、いろいろなことをその番組の中で試しました。例えば、よく言われる点ですが、</span><b>日本語を母語としている私たちはRとLの発音には非常に苦労しますよね。どうやって子どもたちに発音の気づきを与えられるかということで、Lは、ライオンマスクというものを作ろうということになりました。Lってそもそもどのように音を作っているかというと、舌の先が上がっていて、その脇はあいています。その動きや形からあの音が出てくるんだという話をしながら、横が空いていることを示すためにそこに棒を通してみようということになりました。ライオンがLから始まる単語であることから、ライオンのマスクのような装飾をして、「ライオンマスク」としました。登場人物の博士の発明した道具ということで、子どもたちがそれを試して音を出してみたり、その道具を子どもたち自身でも作れるように工夫してみよう、ということになりました。</b></p>
<p><b>Rも同じように、私のアイディアがベースになったもので、Rは舌が反り返っているので、ビーズ玉を紐に通して、それを舌ですくいながら引っ張るような仕掛けにしようということになり、Rの道具ができました。そういったものを実際に作って、番組で子どもたちが試してみて、発音がこうなっているのかと気づきをもってもらうことができました。</b></p>
<p><span style="font-weight: 400;">また、そのNHKの番組から「こうさくブック」というものも生まれました。講談社さんから出版されていますが、４つぐらい工作をしながら、子どもたちが実際に作ったものを使って発音の練習できるような本になっています。</span></p>
<p><span style="font-weight: 400;">（五十嵐）テレビだからできるようなものではなくて、家庭や学校でも取り入れることができるような学び方というか、勉強というよりも楽しみながら気付いていくようなコンテンツなのですね。現場の先生方や英語を頑張ろうと思っているご家庭に大変参考になりますね。</span></p>
<p><img src="https://s.w.org/images/core/emoji/13.1.0/72x72/25b6.png" alt="▶" class="wp-smiley" style="height: 1em; max-height: 1em;" /> <a href="https://www.amazon.co.jp/%E3%81%88%E3%81%84%E3%81%94%E3%81%A7%E3%81%82%E3%81%9D%E3%81%BC-Orton-%E3%81%88%E3%81%84%E3%81%94%E3%81%AE%E9%9F%B3%E3%81%A0%E3%81%9B%E3%82%8B%E3%81%8B%E3%81%AA-%E3%81%93%E3%81%86%E3%81%95%E3%81%8F%E3%83%96%E3%83%83%E3%82%AF-%E3%83%90%E3%83%A9%E3%82%A8%E3%83%86%E3%82%A3/dp/4065206642" target="_blank" rel="noopener"><span id="productTitle" class="a-size-extra-large">えいごであそぼ with Orton えいごの音だせるかな? こうさくブック</span></a></p>
<p><iframe loading="lazy" title="えいごであそぼ with Orton えいごの音だせるかな? こうさくブック ([バラエティ])" type="text/html" width="500" height="550" frameborder="0" allowfullscreen style="max-width:100%" src="https://read.amazon.com.au/kp/card?preview=inline&#038;linkCode=kpd&#038;ref_=k4w_oembed_9eiZQVtVjVgEM5&#038;asin=4065206642&#038;tag=kpembed-20"></iframe></p>
<h2><span style="font-weight: 400;">音楽経験がある人の方が外国語を上手く話せる！？</span></h2>
<p><span style="font-weight: 400;">（五十嵐）近年、教科横断的な指導についての話題が学校現場以外でも話されていて、分野横断的にやっていこうというようなことが言われています。例えば私は、国語と英語の連携が一番実施しやすそうだと感じていて、そこに関心があるのですけれども、一方で、同じ音というくくりで、音楽と言語学、音声学、外国語習得というところで、何か連携や繋がりはあるのでしょうか。よく現場の先生たちがやられているのは、洋楽を英語学習に役立てるとか、外国語のリズムと母語のリズムを比較させて、それを意識化させて、リズム感を鍛えたり。先生のご専門の立場から、その分野横断的指導に対する示唆はありますでしょうか。</span></p>
<p><span style="font-weight: 400;">（荒井）分野横断については私も常に考えています。音楽と英語、音楽と国語、理科と英語、理科と音楽など、全てに何らかの共通性があるので、その中で何か新しい学びはあると思っています。歌には、言語的な側面が当然ながら入ってきます。音楽的な芸術性もそうですし、さらに音響という物理学の側面もあります。音はどうやってできているのかというと、振動があって、それが空気を伝わって、耳に届くというプロセスです。その物理的な振動というのは人間の体でいうと、まず声帯で振動が生まれて、そのためには肺についての話も必要で、そうすると体のつくりを学ぶ理科の部分も入ってきます。肺の機能として呼吸というものがあり、呼気によって声帯が震え、それが声道で共鳴します。その時に舌や唇、鼻などの動くところを動かしながら歌詞を乗せつつ、同時に声帯の振動数を変えてメロディーを作ります。そこには発声や発音・音声学、そして日本語や英語など、様々な側面が相まって、最終的に歌になります。つまり、歌を歌うということは非常に複雑なプロセスが人間の体の中で行われていて、いろいろなことが関係しています。それはまさに分野横断ということになると思います。</span></p>
<p><span style="font-weight: 400;">リズムに関連したところでは、NHKの番組でもチャンツを取り入れ、そして発音やジェスチャーとも結び付けた試みも行いました。例えば、曖昧母音という、”e”がひっくり返ったような発音記号が英語の辞書にたくさん出てきます。物理学で言えば、何の狭めもないまっすぐな筒の端から音源を入れることで、曖昧母音に近い音を出すことができます。この曖昧母音は、日本語母語話者にとってすごく難しい発音とも言われています。これを体全体で表現してみようという回がありました。”あ”でもない、”う”でもない、その中間のような音をどのように出すか、そのために口の開きを体で表現したのです。</span></p>
<p><span style="font-weight: 400;">（五十嵐）実は国際教育ナビでは、国際的に活躍なさっているピアニストの方に近々取材をする機会がありまして、音への解像度が高い方って、ものまねがお上手だったり、リスニングやスピーキングがお上手な印象があるという方がいらっしゃいます。私自身は個人的にはあまりそういうことは思ったことはないのですけどね。例えば、無意識に音声や音韻を把握して再現する能力が高かったりすることが、もしかしてあったりするのでしょうか。</span></p>
<p><span style="font-weight: 400;">（荒井）幼い子どもは、口の形がどうのこうの言わなくても、聞いた音を再現する能力に長けています。それは生まれながらにして持った能力で、大人になるに従ってその能力が失われていきます。ですので、子どもの方が発音の習得が早いなどと言われますが、大人になったらもう駄目なのかというとそうでもなく、大人になってからはむしろ理屈を説明しながら、そして繰り返し練習しながら発音を身に着けることができます。しかし、子どもたちは大人のように多くの訓練をしなくても、音を聞いているだけで口の中がどうなっているのか説明しなくても再現することができるので、圧倒的にその点は子どもは大人とは違います。</span></p>
<p><span style="font-weight: 400;">NHKでの番組作りの中でも特にそのあたりのことは意識していて、子どもには気づきを与えて、そうすることによって子どもたちが自ら発音を習得することを見守りました。今では小学校でも英語が教科になりましたが、先生が必ずしも英語の発音に自信がないということも少なくないというのが現状だろうと思います。それについて色々と私も思うことはあります。発音は大事ということは一貫した主張ではありますが、それと同時に伝えたいことを伝えるというコミュニケーションの本質も大事だと思っていて、発音を気にしないでどんどん喋ることも大事だという両方の側面があると思っています。</span></p>
<p><span style="font-weight: 400;">話を戻して、音楽と語学の関連についてですが、私は3歳ぐらいからヴァイオリンをやっていたおかげで、音に対しては敏感な耳を持っている気がしています。聞いている音と自分が発している音を聞き比べて、自分の音を修正するということが自分の中で比較的できるほうだと思っています。音楽家の耳の一つの特徴として、常に自分が演奏している音を聞きながら自らの音をモニタリングしていると思うので、それに関しては、一般の方々よりも長けているケースも少なくないと思います。</span><b>発音を習得する上でも、音楽の経験が役立つというのは、いろいろな研究のデータからもしばしば言われています。例えば、音楽家かそうでないかで分けて結果を分析すると、差が出る場合があることがあり、音楽家とそうでない方々の間には耳や脳に違いがあるようです。</b></p>
<p><span style="font-weight: 400;">（五十嵐）音楽をやられている方とそうではない人で外国語のパフォーマンスが異なるというお話がありましたが、具体的にどういったところに見られるのでしょうか。</span></p>
<p><span style="font-weight: 400;">（荒井）いろいろな面においてかもしれないですね。音声をいくつかの要素に分けて考えると、まず発声と調音があります。私たちは発声において喉を調節して声を出し、同時に口や唇等を動かし調音をしています。そのうち、例えば声の高さは前者に関係しています。また、時間的な要素にはリズムがあります。リズムというものもいろいろな定義がありますが、英語らしいリズムと日本語らしいリズムはやはり違いがあります。また、強弱や音色も重要です。日本語のアクセントは主に声の高さがそれを担っていますが、英語のアクセントでは強勢が大事であり、高低もさることながら強弱や母音の「音色」もアクセントの有無で変わってきます。</span></p>
<p><span style="font-weight: 400;">このように高低や調音、リズムやアクセントなどと細分化していくと、音声にはいろいろな側面があります。それぞれにおいて、音楽家は高低や長短、強弱や音色などを聞き分けたり、演奏においてコントロールすることに慣れていると思います。</span></p>
<p><span style="font-weight: 400;">（五十嵐）実は、私が少し調べた範囲では音楽の熟達度と言語の熟達度の関連性があるという論文や研究が見つけられなかったのでお聞きしました。リズム感についてや、洋楽を取り入れることによる動機づけについては関連がありそうということはわかったのですが、純粋に楽器が熟達していて音感がいい、演奏が上手という人と、言語習得というところにあまり関連性が見いだせませんでした。例えば、言語を考えたとき、手話は音声は要素の中にありません。ですので、言語の本質のところから、音声は外れるのではないかと思っていて、そこは言語習得に決定的には関わってこないから研究が進んでいないのかということも考えたりしました。</span></p>
<p><span style="font-weight: 400;">赤ちゃんは言語獲得するときに、言語音と非言語音を明確に分けて獲得していくので、そういう意味でも楽器の音と言語の音は違いますよね。しかし、独立変数を音楽経験、従属変数を外国語のパフォーマンスに置いたときに差が出るという知見があるということなのですね。</span></p>
<p><span style="font-weight: 400;">（荒井）そうですね。もちろん音声と音楽は違うので、常に同等に取り扱うことはできませんが、相関はあるものと思います。</span></p>
<p><span style="font-weight: 400;">詳しく研究することによって音楽経験者の中でも、ヴァイオリンを演奏する人とピアノを演奏する人では違うこともあるでしょうし、個人差もあります。また、人によってバックグラウンドが様々あると思うので、そのあたりはひとくくりには言えないですよね。</span></p>
<h2><span style="font-weight: 400;">教科書の口腔断面図ではわかりづらい・・・立体模型で解決！</span></h2>
<p><span style="font-weight: 400;">（荒井）この辺で、さきほどお話しした模型の実物をお見せしたいと思います。これが肺の模型です。横隔膜があって、横隔膜を下げると肺が膨らんで、横隔膜を上げると肺がしぼんで、空気が出て、声帯を模したゴム膜があるのでブーという音が鳴ります。さっき話した日本語母語話者が不得意な曖昧母音というのは、このような真っ直ぐな筒で実現できます。これらを組み合わせて鳴らすと曖昧母音が聞こえます。英語で曖昧母音を習得することは非常に大事なのですけどね。</span></p>
<p><img loading="lazy" class="size-medium wp-image-6269 aligncenter" src="https://kknavi.jp/wp/wp-content/uploads/2023/05/image3-1-600x338.png" alt="" width="600" height="338" srcset="https://kknavi.jp/wp/wp-content/uploads/2023/05/image3-1-600x338.png 600w, https://kknavi.jp/wp/wp-content/uploads/2023/05/image3-1-1200x676.png 1200w, https://kknavi.jp/wp/wp-content/uploads/2023/05/image3-1-768x433.png 768w, https://kknavi.jp/wp/wp-content/uploads/2023/05/image3-1-1536x866.png 1536w" sizes="(max-width: 600px) 100vw, 600px" /></p>
<p><img loading="lazy" class="size-medium wp-image-6268 aligncenter" src="https://kknavi.jp/wp/wp-content/uploads/2023/05/image2-600x338.png" alt="" width="600" height="338" srcset="https://kknavi.jp/wp/wp-content/uploads/2023/05/image2-600x338.png 600w, https://kknavi.jp/wp/wp-content/uploads/2023/05/image2-1200x676.png 1200w, https://kknavi.jp/wp/wp-content/uploads/2023/05/image2-768x433.png 768w, https://kknavi.jp/wp/wp-content/uploads/2023/05/image2-1536x865.png 1536w" sizes="(max-width: 600px) 100vw, 600px" /></p>
<p><span style="font-weight: 400;">これはトロンボーン式の声道模型で、よく子どもたちに工作してもらうものです。</span></p>
<p><img loading="lazy" class="size-medium wp-image-6267 aligncenter" src="https://kknavi.jp/wp/wp-content/uploads/2023/05/image1-1-600x337.png" alt="" width="600" height="337" srcset="https://kknavi.jp/wp/wp-content/uploads/2023/05/image1-1-600x337.png 600w, https://kknavi.jp/wp/wp-content/uploads/2023/05/image1-1-1200x675.png 1200w, https://kknavi.jp/wp/wp-content/uploads/2023/05/image1-1-768x432.png 768w, https://kknavi.jp/wp/wp-content/uploads/2023/05/image1-1-1536x864.png 1536w" sizes="(max-width: 600px) 100vw, 600px" /></p>
<p><span style="font-weight: 400;">その進化版で、こういった模型があります。ここに舌があって、指を入れて動かすこともできます。音も鳴ります。こういったものを組み合わせると、例えば英語のRの音は舌を反らす、Mの音は口を閉じるなどを再現することができます。</span><b>よく英語の教科書に断面図が書かれていますが、断面図だとよくわからないということもあります。それが3次元の立体的な模型になるとわかりやすいですね。</b></p>
<p><span style="font-weight: 400;">鼻に通じる弁もあって、鼻に通じる弁の開き具合をこのダイヤルでコントロールできます。これを開けると、ちょっと鼻にかかった音になります。</span></p>
<p><span style="font-weight: 400;">Rのときは、舌を反らせます。そうすると、Rっぽい音が出るのですけど、Rを作るときに実は唇を少し丸めます。唇と舌を連動させて動かすと、Rの響きの度合いが増すのです。ですので、Rのコツとしては唇を一緒に動かすということです。さらに、実はRには２種類あって反り舌のR以外に、盛り上がり舌のRというものがあって、舌の奥の方を盛り上がらせてもRの音になります。ネイティブはそれをどちらも使っていて、そのことについて研究もいろいろとされているものの、英語教育の中ではそこまで取り扱われていないのではないかと思います。</span></p>
<p><span style="font-weight: 400;">（五十嵐）物理的な模型で見るのと、断面図のイラストで見るのでは、受ける印象が全然違いますよね。</span></p>
<p><span style="font-weight: 400;">（荒井）それをどうにかして皆さまに届けたいのですけど、なかなかそれが実現できていません。が、これから少しずつ進めたいと思っています。</span></p>
<h2><span style="font-weight: 400;">大事なことは「方言を含めて色々な英語を聞くこと」と「標準的な英語の発音を目指すこと」</span></h2>
<p><span style="font-weight: 400;">（五十嵐）最後に現場で英語を教えている先生たちに、何かメッセージをいただけたらと思うのですがいかがでしょうか。</span></p>
<p><span style="font-weight: 400;">（荒井）私の専門は音ですので、音に関することになりますが、発音は大事かどうかということに関して、いろいろと私自身もジレンマを抱えながら過ごしております。どう勉強したらいいのか、どうやって教えたらいいのかということを考えたときに、私が自分の中で納得しているアプローチの仕方は、次の通りです。</span><b>聞くときはいろいろな発音を聞くことが大事であるということと、自分が話すときの発音は一つの体系に揃える方が良いだろうということ。これが、私自身の答えです。</b></p>
<p><b>英語のテストを受けると、いろいろな英語の発音やアクセント、方言など、いろいろなものを聞くと思います。いろいろな英語が世の中にはあり、最近の表現で言うと、World Englishes、世界の英語たちと表現されますが、英語は１つではなく、いろいろな英語がありますので、それらを聞くことはとても大事だと思っています。</b><span style="font-weight: 400;">自分が英語を話すときに、どの発音にしたらいいかと迷うと思いますが、発音するときには自分で１つの英語を選んでそれを練習するのがいいと思います。私の場合は、話すのはアメリカ英語にしているのでアメリカ英語を軸に発音しています。一方、聞くものは必ずしもアメリカ英語ばかりではないというのが実際のところです。いろいろな英語に触れてもらえればと思っています。</span></p>
<p><span style="font-weight: 400;">（五十嵐）教育現場だと、アメリカ英語の音声が中心で、私も英語の教科書の制作に携わることがありますが、できるだけアメリカ英語・イギリス英語以外の発音が入っている動画を使ったり、英語を公用語としない国の子どもたちが頑張って英語を話している動画を取り入れたい思いがあるのですが、出版社の規定で、アメリカ英語でお願いしますと言われてしまって。World Englishesや多様性を認めていこうという社会の動きやインクルーシブの観点との齟齬を感じています。</span></p>
<p><span style="font-weight: 400;">いろいろな英語を聞いていくことが大事だけれども、発音自体は一つの体系に揃えて、例えばそれが標準的な英語であればそれを目指して、その英語との差異をなくして、発音を良くしていくことが大事ということには全く同感です。また、英語の先生にはきちんと標準的な発音を獲得してもらいたいという思いはあります。小学校英語など、最初の導入期は一番教育で大事なところですので、そこでいわゆる「発音がよくない先生」に教わってほしくない、熟達した人に教わって欲しい、と思います。</span></p>
<p><span style="font-weight: 400;">（荒井）私は発音を専門として、発音の部分はしっかり教えていきたいというふうに思っています。私の研究室にいる学生は、文系出身者も理系出身者も混在していますが、英語の先生になっている人も複数います。英語の先生になっている私の教え子はその多くが発音に興味を持っているので、発音を教えているケースも少なくありませんが、いろいろと苦労はあるようです。全国的にも、なかなか発音自体を教えられる先生も多くはないというのが現状だと思います。私が理事を務めている日本音声学会でも同じような議論があり、音声学の先生が英語の先生方に発音を教えるような活動も地道に行っています。</span></p>
<p><b>私も、発音に関しては大事ですよとお伝えしたいと思います。発音がうまくいかないときに、どういうようなミスコミュニケーションが起きるか、あるいはそれが発展して、実際に不利益を被るような場面もある訳で、そういうときにどうやって乗り越えていくかというようなことを、自分の経験も踏まえて何かフィードバックできたら嬉しいなと思っています。</b></p><p>The post <a href="https://kknavi.jp/conversation/6264/">「理科の実験」のワクワク感で発音練習！ ～分野横断的知見を生かした英語教育とは～</a> first appeared on <a href="https://kknavi.jp">国際教育ナビ</a>.</p>]]></content:encoded>
					
		
		
			</item>
		<item>
		<title>デジタルとアナログの両面から新学習指導要領の混乱を乗り越える</title>
		<link>https://kknavi.jp/conversation/4208/</link>
		
		<dc:creator><![CDATA[国際教育ナビ編集部]]></dc:creator>
		<pubDate>Thu, 27 Oct 2022 13:01:29 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[教育トーク]]></category>
		<guid isPermaLink="false">https://kknavi.jp/?p=4208</guid>

					<description><![CDATA[<p>令和２（2020）年度から順次実施されている新学習指導要領では、小学校に外国語の授業が導入されるなど、英語科の指導に大きな変化が求められています。変革への対応に戸惑う声も多い中、オンラインサロンと書籍の２軸で積極的な情報…</p>
<p>The post <a href="https://kknavi.jp/conversation/4208/">デジタルとアナログの両面から新学習指導要領の混乱を乗り越える</a> first appeared on <a href="https://kknavi.jp">国際教育ナビ</a>.</p>]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p><span style="font-weight: 400;">令和２（2020）年度から順次実施されている新学習指導要領では、小学校に外国語の授業が導入されるなど、英語科の指導に大きな変化が求められています。変革への対応に戸惑う声も多い中、</span><strong>オンラインサロンと書籍の２軸で積極的な情報発信・情報共有を促す先生</strong><span style="font-weight: 400;">がいらっしゃいます。</span></p>
<p>&nbsp;</p>
<p><span style="font-weight: 400;">無料オンラインサロン「英語教員がちサロン」を運営し、2022年７月には『スピーキング活動アイデア＆指導技術』を出版した江澤隆輔先生にお話を伺いました。</span></p>
<p>&nbsp;</p>
<h2>英語教員による英語教員のための無料オンラインサロン「英語教員がちサロン」</h2>
<p>&nbsp;</p>
<p><span style="font-weight: 400;">—— ご自身も公立中学校で英語の教鞭を執られている江澤先生は、</span><strong>全国の英語教員が気軽に情報共有できる無料オンラインサロン「英語教員がちサロン」</strong><span style="font-weight: 400;">も運営されているのですよね。なぜオンラインサロンを始められたのですか？</span></p>
<p>&nbsp;</p>
<p><span style="font-weight: 400;">（江澤）学習指導要領の改訂によって、令和２（2020）年度から小学校でも英語の授業がスタートしました。当然ながら参考にできる前例もありませんし、指導計画案もイチから作らなければなりません。４技能５領域を意識した指導やオールイングリッシュの推進など、混乱は中学・高校でも起こっており、情報共有の場を求める声が多く上がっていました。</span></p>
<p>&nbsp;</p>
<p><span style="font-weight: 400;">研究会や研修も盛んに開かれていますが、場の雰囲気などによってはざっくばらんに発言することが難しい場合も少なくありません。そこで、</span><strong>些細なことでも質問したり、誰でも気軽に情報共有をしたりできる場</strong><span style="font-weight: 400;">を設けたいと考え、オンラインサロンを開設しました。</span></p>
<p>&nbsp;</p>
<p><span style="font-weight: 400;">自分の指導法は合っているのか、他の人はどのような評価方法を採用しているのか、そういった不安や悩みをオンラインサロンで少しでも軽減できたらと考えて運営しています。</span></p>
<p><img loading="lazy" class="size-medium wp-image-4213 aligncenter" src="https://kknavi.jp/wp/wp-content/uploads/2022/10/e02e47a2b27d65cf0d741ba6d183d0c5-600x335.jpg" alt="" width="600" height="335" srcset="https://kknavi.jp/wp/wp-content/uploads/2022/10/e02e47a2b27d65cf0d741ba6d183d0c5-600x335.jpg 600w, https://kknavi.jp/wp/wp-content/uploads/2022/10/e02e47a2b27d65cf0d741ba6d183d0c5-768x428.jpg 768w, https://kknavi.jp/wp/wp-content/uploads/2022/10/e02e47a2b27d65cf0d741ba6d183d0c5.jpg 1122w" sizes="(max-width: 600px) 100vw, 600px" /></p>
<p><span style="font-weight: 400;">—— サロンは2021年11月に開設されたと伺っていますが、現在どれぐらいの方が参加されているのでしょうか？</span></p>
<p>&nbsp;</p>
<p><span style="font-weight: 400;">（江澤）SNSでの告知に始まり、またサロンメンバーからの口コミも相まって、今では全国から500名以上の先生方に参加していただいています。</span><span style="font-weight: 400;">授<strong>業での指導方法を紹介しあったり、自作のワークシートをシェアしたり</strong>、</span><span style="font-weight: 400;">メンバー同士でとてもポジティブな情報交換ができていますよ。</span></p>
<p>&nbsp;</p>
<p><span style="font-weight: 400;">—— １年足らずで500名以上も集まっているということは、いかに先生方が情報を求めているかということがわかりますね。コロナ禍を経て教育がオンライン化・ICT化したことで、オンラインサロンという手法がフィットしたのかもしれませんね。</span></p>
<p>&nbsp;</p>
<p><span style="font-weight: 400;">（江澤）タブレット端末が配布されたり、オンラインツールで課題を提出したりと、授業環境もこの数年で大きく変わってきています。そこで、教員の情報交換の場にもチャットツール「Slack（スラック）」を使うことにしました。Slackは先生方でも普段から利用している方が多いと聞いています。</span></p>
<p>&nbsp;</p>
<p><span style="font-weight: 400;">—— 「がちサロン」というネーミングも、教育系コミュニティではあまり聞かないユニークさがありますね。パンチが効いているというか（笑）。</span></p>
<p>&nbsp;</p>
<p><span style="font-weight: 400;">（江澤）ありがとうございます。教員にはとても真面目で謙虚な方が多いので、遠慮せず肩肘を張らず気軽に参加してほしい、という思いから「がちサロン」と名付けました。ユーモアを込めたつもりなので、「がち」と聞いて怖がらないでくださいね（笑）。</span></p>
<p>&nbsp;</p>
<p><span style="font-weight: 400;">少子化や社会の変化なども影響し、教育現場における問題や悩みは増える一方ですよね。</span><strong>英語の指導法に限らずさまざまなテーマについて話し合える場が、今の時代には必要</strong><span style="font-weight: 400;">だと思っています。課題を共有したり情報交換したりすることは、教員自身が自信を持って指導にあたることにつながり、生徒にとってもプラスに働くはずです。</span></p>
<p>&nbsp;</p>
<h2>「全国の教員が同僚」500名以上が集うオンラインサロンの内容とは？</h2>
<p>&nbsp;</p>
<p><span style="font-weight: 400;">—— 500人以上が参加するサロンとなると、運営も大変なのではないでしょうか？</span></p>
<p>&nbsp;</p>
<p><span style="font-weight: 400;">（江澤）いえいえ、皆さんとても協力的ですよ。最近では、</span><span style="font-weight: 400;"><strong>サロンのメンバーから自発的な提案もいろいろ頂いています</strong>。</span><span style="font-weight: 400;">たとえば、「生徒でも歌える洋楽プレイリストを作ろう」「授業で使えるスモールトークの話題をシェアしよう」といった企画は、メンバーからの発案でかなり盛り上がっていますね。サロンを積極的に盛り上げてくれる方も増えてきて、運営としては非常にありがたいことです。</span></p>
<p>&nbsp;</p>
<p><span style="font-weight: 400;">これだけ教員が集まると意見やアイデアも千差万別で、私自身も勉強になっています。いちメンバーとして、本当に情報共有に役立つサロンだなと実感するばかりです。</span></p>
<p>&nbsp;</p>
<p><span style="font-weight: 400;">—— それは素晴らしいですね！英語の指導法だけでも話題が多岐に渡ると思われますが、Slack上で見落としたり情報が重複したりすることもありそうです。運営において、何か工夫されているポイントはありますか？</span></p>
<p>&nbsp;</p>
<p><span style="font-weight: 400;">（江澤）そうなんです。メンバーがサロンをフル活用してくださっているおかげで、サロンでは本当にたくさんの話題が飛び交っているので、このような感じでテーマごとにチャンネル（掲示板）を分けています。</span></p>
<p>&nbsp;</p>
<p><span style="font-weight: 400;">・小中連携と初期指導</span></p>
<p><span style="font-weight: 400;">・be動詞の授業・一般動詞の授業・命令文の授業・三単現の授業・疑問視の授業</span></p>
<p><span style="font-weight: 400;">・現在進行形の授業・助動詞の授業・比較表現の授業・受動態の授業</span></p>
<p><span style="font-weight: 400;">・現在完了経験用法の授業・現在完了継続用法の授業・現在完了完了用法の授業</span></p>
<p><span style="font-weight: 400;">・間接疑問文の授業・分詞の授業・パフォーマンステスト・スピーキング指導</span></p>
<p><span style="font-weight: 400;">・授業のちょこっとスキル・前置詞の授業・過去形と過去進行形の授業</span></p>
<p><span style="font-weight: 400;">・未来表現の授業・接続詞の授業・関係代名詞の授業・動名詞の授業・仮定法の授業</span></p>
<p><span style="font-weight: 400;">・ICTの情報や相談・評価について・ライティング指導・リーディング指導・リスニング指導</span></p>
<p><span style="font-weight: 400;">・中高連携・英語教員の仕事術・語彙指導</span></p>
<p><img loading="lazy" class="size-medium wp-image-4214 aligncenter" src="https://kknavi.jp/wp/wp-content/uploads/2022/10/a9902d5d043b8604c24ea3edd952a6ac-600x375.png" alt="" width="600" height="375" srcset="https://kknavi.jp/wp/wp-content/uploads/2022/10/a9902d5d043b8604c24ea3edd952a6ac-600x375.png 600w, https://kknavi.jp/wp/wp-content/uploads/2022/10/a9902d5d043b8604c24ea3edd952a6ac-1200x750.png 1200w, https://kknavi.jp/wp/wp-content/uploads/2022/10/a9902d5d043b8604c24ea3edd952a6ac-768x480.png 768w, https://kknavi.jp/wp/wp-content/uploads/2022/10/a9902d5d043b8604c24ea3edd952a6ac-1536x960.png 1536w" sizes="(max-width: 600px) 100vw, 600px" /></p>
<p><a href="https://youtu.be/Vjr22U1j7W8"><span style="font-weight: 400;">https://youtu.be/Vjr22U1j7W8</span></a></p>
<p>&nbsp;</p>
<p><span style="font-weight: 400;">サロンメンバーは誰でもコメントできます。本当にさまざまなアイデアが出てくるので、チャンネル数はまだまだ増えそうです。必要な情報にいつでもアクセスしやすいサロンであるために、メンバーとも協力して環境を整備していきたいですね。</span></p>
<p>&nbsp;</p>
<p><span style="font-weight: 400;">—— 「がちサロン」ではSlack上のコミュニケーションだけでなく、交流会も開催されているとお聞きしました。交流会とはどのようなものなのでしょうか？</span></p>
<p>&nbsp;</p>
<p><span style="font-weight: 400;">（江澤）月に１回ぐらいのペースで、Zoomを使ってオンライン交流会を開催しています。Slackではテキストやスタンプでのやり取りしかできませんが、顔を見たり声を聞いたりすると、グッと距離が縮まるんですよね。</span></p>
<p>&nbsp;</p>
<p><span style="font-weight: 400;">小規模校で指導している教員の方は、「同僚がおらずいつも不安だったので、サロンで情報交換ができて良かった」と言ってくれました。オンラインサロンという性質上、リアルで集まることはなかなか難しいのですが、</span><strong>勤務校や地域を超えて「全国に同僚ができる」というのはオンラインの醍醐味</strong><span style="font-weight: 400;">かもしれませんね。</span></p>
<p>&nbsp;</p>
<h2><b>江澤先生のスピーキング指導のノウハウが満載『スピーキング活動アイデア＆指導技術』</b></h2>
<p>&nbsp;</p>
<p><span style="font-weight: 400;">—— ところで、江澤先生は2022年７月に『クラス全員が話せるようになる！　スピーキング活動アイデア&amp;指導技術』（明治図書出版）を上梓されましたね。</span></p>
<p><img loading="lazy" class="size-medium wp-image-4215 aligncenter" src="https://kknavi.jp/wp/wp-content/uploads/2022/10/0b2a55b54b660cd5990aed3767c4695b-600x847.jpg" alt="" width="600" height="847" srcset="https://kknavi.jp/wp/wp-content/uploads/2022/10/0b2a55b54b660cd5990aed3767c4695b-600x847.jpg 600w, https://kknavi.jp/wp/wp-content/uploads/2022/10/0b2a55b54b660cd5990aed3767c4695b.jpg 708w" sizes="(max-width: 600px) 100vw, 600px" /></p>
<p><a href="https://www.amazon.co.jp/%E3%82%AF%E3%83%A9%E3%82%B9%E5%85%A8%E5%93%A1%E3%81%8C%E8%A9%B1%E3%81%9B%E3%82%8B%E3%82%88%E3%81%86%E3%81%AB%E3%81%AA%E3%82%8B-%E3%82%B9%E3%83%94%E3%83%BC%E3%82%AD%E3%83%B3%E3%82%B0%E6%B4%BB%E5%8B%95%E3%82%A2%E3%82%A4%E3%83%87%E3%82%A2-%E6%8C%87%E5%B0%8E%E6%8A%80%E8%A1%93-%E4%B8%AD%E5%AD%A6%E6%A0%A1%E8%8B%B1%E8%AA%9E%E3%82%B5%E3%83%9D%E3%83%BC%E3%83%88BOOKS-%E6%B1%9F%E6%BE%A4/dp/4181432262"><span style="font-weight: 400;">クラス全員が話せるようになる! スピーキング活動アイデア&amp;指導技術 (中学校英語サポートBOOKS) | 江澤 隆輔 |本 | 通販 | Amazon</span></a></p>
<p>&nbsp;</p>
<p><span style="font-weight: 400;">—— 学習指導要領の改訂に伴い、都立高校入試にスピーキングの追加が検討されるなど、この数年英語科におけるスピーキングの重要度はより一層高まっています。しかしその一方で、スピーキングは４技能の中でも特に指導や評価が難しいという声も聞きます。現場の先生方は頭を抱えるところなのではないでしょうか。</span></p>
<p>&nbsp;</p>
<p><span style="font-weight: 400;">（江澤）まさにそれが今回の出版のきっかけです。スピーキングが受験でも必須要件になりつつあるなか、</span><strong>学校の授業においてスピーキングをどのように指導するか、またどのように評価するか</strong><span style="font-weight: 400;">という点で悩んでいる先生方は非常に多いようです。ちょうど出版社の方からお話を頂いたこともあり、私からできる限りの情報共有をさせていただこうという思いで、本書の執筆に至りました。</span></p>
<p>&nbsp;</p>
<p><span style="font-weight: 400;">—— とはいえ、新学習指導要領への対応という意味では、先生ご自身も試行錯誤の渦中だったのではないでしょうか？</span></p>
<p>&nbsp;</p>
<p><span style="font-weight: 400;">（江澤）新指導要領が施行された頃、私は英語科主任を務めており、スピーキングの指導や評価についても英語科で集まって話し合う機会を多く設けていました。他の先生方の意見を聞きながら私自身もさまざまな情報に触れ、試行錯誤を重ねながらスピーキングに対するアプローチを一冊に集約していった感じです。</span></p>
<p>&nbsp;</p>
<p><span style="font-weight: 400;">—— 本書ではスピーキング指導に対する考え方だけでなく、授業に取り入れられる30の活動が紹介されています。これだけあれば、目的や生徒の理解度に応じて使い分けたとしても、継続的にスピーキングの活動を授業で実践できますね。30種類も考案されるのは大変だったのではないでしょうか？</span></p>
<p>&nbsp;</p>
<p><span style="font-weight: 400;">（江澤）実は、本書に掲載している30個全ての活動をイチから考案したわけではありません。これまでに私が実践してきたスピーキング活動の中で特に盛り上がったものや、応用発展させたものもご紹介しました。そのうえで、いろいろな活動の中からクラスに合ったものを選んで取り入れていただきたいと思い、新しい活動もいくつか考えてみました。</span></p>
<p>&nbsp;</p>
<p><span style="font-weight: 400;">新学習指導要領で告示されただけで、まだ実践例もない状況では教育現場の方々が混乱するのもやむを得ない部分があります。指導にしてもパフォーマンステストにしても、こうして</span><strong>実践例をいくつか示すことで、本書を手に取った先生方がそれぞれの実態に合わせて、方向性を見出す手立てにしてもらえれば</strong><span style="font-weight: 400;">と思っています。</span></p>
<p>&nbsp;</p>
<h2><b>先生はとにかく忙しい！　だからこそ、簡単・手軽に使えるアイデアブックを</b></h2>
<p>&nbsp;</p>
<p><span style="font-weight: 400;">—— すでに多くの先生方が手に取っておられると思いますが、どのような点に留意して執筆されたのでしょうか？</span></p>
<p>&nbsp;</p>
<p><span style="font-weight: 400;">（江澤）日々現場に立つ教員はとにかく忙しく、限られた時間の中でより良い授業を作ることに苦労していますよね。私もそうです。せっかく現役教員が執筆するのですから、</span><span style="font-weight: 400;"><strong>現役教員の大変さを踏まえて「簡単に」活動を展開できるような仕組みを数多く盛り込みました</strong>。</span></p>
<p>&nbsp;</p>
<p><span style="font-weight: 400;">先ほどご紹介した30のスピーキング活動も、ただ30種類を列挙するだけでなく、それぞれ見開き２ページの範囲で手順や指導のポイントを簡潔に補足しています。また、YouTubeやVoicyの解説動画・音声にも各ページからQRコードでアクセス可能なので、本を読む時間が確保できない先生方は通勤時間やスキマ時間を使ってインプットしていただけたらと思っています。特に、YouTubeでは私が実際に授業で行っている様子を見ていただけるので、授業のイメージを膨らませやすいと思います。</span></p>
<p>&nbsp;</p>
<p><span style="font-weight: 400;">活動に必要なワークシートは巻末からPDFとWordの２種類でダウンロード可能です。PDFをそのまま印刷して使っていただいても構いませんし、オリジナルでアレンジしたい場合にはWordデータを書き換えて使っていただくこともできます。</span></p>
<p><img loading="lazy" class="size-medium wp-image-4216 aligncenter" src="https://kknavi.jp/wp/wp-content/uploads/2022/10/b40951edd88943da968cc07b29dd2d5a-600x425.jpg" alt="" width="600" height="425" srcset="https://kknavi.jp/wp/wp-content/uploads/2022/10/b40951edd88943da968cc07b29dd2d5a-600x425.jpg 600w, https://kknavi.jp/wp/wp-content/uploads/2022/10/b40951edd88943da968cc07b29dd2d5a-768x544.jpg 768w, https://kknavi.jp/wp/wp-content/uploads/2022/10/b40951edd88943da968cc07b29dd2d5a.jpg 960w" sizes="(max-width: 600px) 100vw, 600px" /></p>
<p><span style="font-weight: 400;">—— ワークシートを自作しなくて済むというのはありがたいですね。パフォーマンステストや評価方法の紹介について意識された点、また本書を活用するためのポイントはありますか？</span></p>
<p>&nbsp;</p>
<p><span style="font-weight: 400;">（江澤）</span><span style="font-weight: 400;"><strong>評価は、明確化することが重要だと考えています</strong>。</span><span style="font-weight: 400;">スピーキングの評価を「知識・技能」と「思考力・判断力・表現力」に分け、どのように評価すると生徒にも教師にも分かりやすい活動になるのかを重点的に説明しました。例えば、発音なら発音、受け答えできた回数なら回数というように、「これに絞って評価するよ」と生徒に提示すると生徒も取り組みやすくなりますし、教員も評価の基準が明確になると思います。</span></p>
<p>&nbsp;</p>
<p><strong>スピーキング力を定着させるためには実践を繰り返し、とにかく量をこなすこと</strong><span style="font-weight: 400;">だと思います。例えば、サッカーの試合で勝つためには、蹴り方・ルール・戦術を全部頭に叩き込んでから試合に臨むよりも、ある程度ルールを覚えたらとりあえず試合をする。できなかった部分の練習を挟んでまた試合に出てみる。実践を繰り返したほうが強くなれると思いませんか？　私のこれまでの指導経験からも、実践を積みながら途中で少しずつ指導を加えていくほうが成果に結びつくと感じます。</span></p>
<p>&nbsp;</p>
<p><span style="font-weight: 400;">本書で紹介している活動も、ポイントを絞った活動が幅広く揃っています。</span><strong>いろいろな活動を取り入れながら定期的にパフォーマンステストで成果を測り、その先の授業計画に反映していく</strong><span style="font-weight: 400;">のが良いと思います。</span></p>
<p>&nbsp;</p>
<p><span style="font-weight: 400;">—— 本書を読まれた先生方にはぜひ授業で実践していただき、得られた気づきを「がちサロン」でフィードバックしていただきたいですね。今日はありがとうございました。</span></p>
<p>&nbsp;</p><p>The post <a href="https://kknavi.jp/conversation/4208/">デジタルとアナログの両面から新学習指導要領の混乱を乗り越える</a> first appeared on <a href="https://kknavi.jp">国際教育ナビ</a>.</p>]]></content:encoded>
					
		
		
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